五の軌跡   作:クモガミ

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高速道路を使うとスピード感覚が狂う………


第二章ー11 5月29日 課題終了後の夕食

《午後17:00 『セントアーク』》

 

行方不明となっていた男爵夫婦の子息を無事保護した俺達は泣きじゃくる子息を宥めながら『セントアーク』に戻り、砦の方に居る領邦軍に引き渡す。

子息は程なくして両親の元へ戻り、俺達は依頼完了の報告と少し間事情聴衆を受け、やがて解放される。

そして気付けば午後の5時を過ぎていたので丁度腹を空かした俺達は今回の実習で泊めるホテルに帰り、そのホテル近くのレストランで夕食を取ることにした。

高級ホテルの近くに建てられているだけあってか、そのレストランが出す料理はどれも旨く。

料理が口に運ばれる度、フォークやナイフがどんどん進んでいき、出された料理は全て残すことなく完食した。

 

「いやぁー食った食った! 久し振りにこんな豪華で旨いご馳走を食ったぜ」

「確かに『トリスタ』では庶民的な料理だったからな」

「やっぱりイビトさんやゼオラ、ラウラとかはこういう料理を毎日食べていたんですか?」

「俺の場合は一般的な家庭料理が多かったなぁ。そっちの方が馴染みが深い」

「へぇー意外ね。イビトの家って『四大名門』にも引けを取らない豪邸じゃなかったかしら?」

「……色々有ってな。ゼオラやラウラはどうなんだ?」

「ご想像通り、私の家では毎日最高級のコック達が手を振るっているのですが………」

 

と家庭内の私生活の一部を話し始めたゼオラだったが、途中で言葉が途切れる。

 

「どうしんたんだ? 何か言えないことでも?」

「いえ、贅沢な悩みと承知で言いますが………実家の料理は高価な食材と凄腕のコックの腕でものを言わせたものばかりでしたから、歳の重ねていくことに飽きてしまって……」

「あ~………そりゃあ確かに贅沢な悩みだわな」

 

一部の金持ちにしか分からない何とも贅沢な悩みに俺達は思わず苦笑を洩らす。

『四大名門』の息女とは言え、意外な苦労してるんだなゼオラも。

 

「対して庶民の料理は新鮮で、嫌いではありませんがたまにはこの手の料理を食べるのも悪くありませんわ」

「そうなのか? ユーシスとはエライ違いだなぁ」

「ユーシスはいつも『みずぼらしい』と言っているからな」

「そんな文句を言う癖に残さず食べるのよね、彼」

「確かそれについて『貴族の義務(ノブレス=オブリージェ)だ』って言ってな。料理にそれ関係ねぇだろ!」

 

俺がその時のユーシスの天然発言を真似して、尚且つ突っ込みを入れるとワッ!と笑い声が飛び交う。

たまに思うがユーシスも十分道化の素質があるぜ。

 

「そういえば今頃リィンさん達……A班はどうしているんでしょうね?」

 

ふと、エレカが【クロエツェン】州の州都、『バリアハート』に居るリィン達A班のことを挙げる。

今や我が《Ⅶ》組屈指の問題児を抱えているA班が今頃どうしているのか、それが気になるエレカの気持ちは分かるつもりだ。

まぁ実を言うと、A班と別れてからずっと気になっていたのだが。

アリサも同じように気にしていたのか、心配そうな顔を浮かべていち早くその話に乗る。

 

「う~ん……リィンが居るから実習の課題はちゃんとこなしていると思いたいけど……」

「あの二人が課題達成の支障になっていないか心配だな……」

「ホントそれな」

 

ラウラが言ったあの二人とは言うまでもないと思うが、ユーシスとマキアスのことだ。

二人の仲の悪さと来たら戦術リンクが結べないどころか、味方の足を引っ張るぐらいセットにしてはいけない悪さである。

そんな二人のお守りを任されたリィン達には同情を禁じ得ない。

制服のポケットに忍ばせておいた秘密兵器が役立ってくれれば良いのんだが………。

 

「―――あら、もう夕食ですか? 皆さん」

 

おっこの覚えのある声と匂い。

もしや―――

 

「貴方は……」

「ヨファン教官!」

「お疲れ様です。実習は順調ですか?」

 

振り向くとそこには俺達特科クラス《Ⅶ》組の副担任であるヨファン・トリガー教官が立っていた。

相変わらず豊満過ぎるものブラ下げてるなー。

 

「どうして此処に?」

「ちょっとした用事がありまして。そのついでに皆さんの様子を窺いに来ました」

「用事と言いますと学院の仕事関係なんですか?」

「ええ。ところで皆さん、一体何の話をしていたのですか? 見た感じ誰かを気にしていた様子でしたけど………」

「実は―――」

 

俺達はかくがくしかじかとヨファン教官に事情を説明する。

副担任である程度家のクラスの人間関係を認知している教官はすぐ納得した。

 

「……成る程、でしたら【ARCUS(アークス)】の通信機能で通話してみるのはどうでしょう」

「あっその手が有ったわね! 」

「じゃあ早速―――」

「それは無理だ」

 

ARCUS(アークス)】で通話を試みようとしたアリサとエレカをイビトが声で制止させた。

 

「此処からじゃ『バリアハート』と距離が有り過ぎる、リィン達と通話したいなら有線通信で―――」

「その必要はありませんよ」

「……どういうことです? ヨファン教官」

 

言葉を遮ったヨファン教官はイビトから説明を求められるとおもむろに懐を漁り始め。

中からアンテナのような導力機を取り出し、ゴト!とテーブルの上に置く。

 

「これは?」

「『ラインフォルト』社で開発された【ARCUS(アークス)】の通信範囲を広げる為に現在帝国全土に設置中の専用中継機です。これで『バリアハート』のA班と通信出来ますよ」

「こんなものまで作ってるなんて………!」

 

『ラインフォルト』社は【ARCUS(アークス)】だけではなく、それ専用の中継機を作っていたことに驚くアリサ。

コイツの家の事情は知らんが、会長さんの娘でも知らないことが沢山あるみたいだな。『ラインフォルト』社には。

 

「まだ試験段階で教員が緊急時に使う為のものですけどね」

「使って良いのですか? 私達の些細な心情の為だけにそんな試作機を使わせてくれて……」

「問題ありませんよ。使ったことはまだ一度もありませんから実験も兼ねて皆さんで使ってみてください」

「んーそんじゃあ、遠慮なく使わせて貰うぜヨファン教官! そんでどうやって使うの、これ?」

「まず中継機の電源をオンにして、そのプラグを『ARCUS(アークス)』に差し込めば完了です」

 

教官の指示に従って俺は中継機の電源を入れ、【ARCUS(アークス)】にプラグを差し込んでテーブルの上に置いた状態でリィンの【ARCUS(アークス)】にコールする。

一応俺達B班全員が聞こえるように話せるように音量を最大にして、リィンの受信を待つ。

 

すると―――。

 

『―――はい、こちらリィン・シュバルツァー』

 

教官の言った通り、リィンの『ARCUS(アークス)』に繋がる。

 

「おぉ! 繋がった繋がった!」

「リィン聞こえるー?」

「そちらは順調か?」

『え……トモユキ? アリサ? ガイウス? 何で通信が………そっちは『セントアーク』に居るんじゃ?』

「あぁ、それはな―――」

 

どうして『セントアーク』から遠く離れた『バリアハート』に通信出来るのか?

その他に何故そちらに通信したのか、その理由もリィン達A班に説明する。

 

『――成る程、大体の事情は分かった。心配してくれてありがとうな、わざわざ通信までしてくれて……』

「良いのよ別に。ところで課題は終わったの?」

『さっき終わって、今街の方へ戻っているところだ』

「課題の方は順調のようだな。何かトラブルとか起こったりしていないか?」

『いや、特にそういうのはーーー』

『……リィンが大怪我をしたくらいかな』

「えっ?」

『ちょ!? フィー!』

 

ボソッと呟いたフィーの声に『ARCUS(アークス)』越しからA班の慌てふためく声が飛び交う。

今の発言にこちらのメンバーの殆どが眼を見開き、アリサがテーブルから身を乗り出す。

 

「お、大怪我ってどういうこと、リィン!?」

『い、いやいや! 大怪我って言ってもそこまで大したことじゃ………』

『何言ってんの! あんなに出血していたのに、委員長が治療してくれなかったら危なかったじゃん!』

『ちょ、ルーティー!』

 

この慌てみようから見て、どうやらかなりの重傷を負ったようだなリィンの奴。

何が起こったかは想像付くが、一応聞いてみるとしよう。

まぁ俺が聞かなくても『ARCUS(アークス)』をガン見しているアリサが聞くんだろうが……。

 

「……リィン、何が遭ったか説明しろ。良いな?」

『え、えーと……』

 

戸惑いながらもリィンは怪我を負った経緯を簡潔的に説明する。

案の定、まだ息が有った討伐魔獣の最後っぺにリィンは喧嘩して周りが見えなくっていたユーシスとマキアスの二人を庇って肩を深く抉られたようだ。

深い傷だったみたいだが、委員長の素早い適切な応急処置で幸いにも大事には至らなかったらしい。

 

しかし、やっぱりと言うべきだろうか。

今回の実習でA班は大なり小なりのトラブルが起こると予想はしていたが……。

ホント、予想を裏切らないなーリィンは。

後、ユーシスもマキアスも。

 

『…………』

 

無言だが、元凶の二人の気まずそうな空気が【ARCUS(アークス)】越しからでも伝わってくるぞ。

見えはしないがその様子だと流石の二人も今回は反省しているようだ。

 

一方で事情を知ったアリサはリィンに質問攻めをしていた。

主に怪我や具合についての質問ばかりだったりする。

 

「―――で、本当に大丈夫なのね?」

『大丈夫さ。委員長が塗ってくれた薬のお陰で大分痛みが引いてきたし、動けるようにもなったから明日の実習には支障が出ないくらい回復してると思う』

「そう……なら良いわ」

 

リィンのその言葉を聞いてアリサはひとまず信じて椅子に腰を下ろす。

やれやれ、可愛い奴だなアリサは。

 

「じゃあそろそろ切るけど、もう無茶するなよリィン」

『それについては重々承知しているよ。あっそうだトモユキ、制服のポケットに入っていたあの』

 

ブツンとリィンが何かを言い終える前に通信を切ってしまった。

途中で切るつもりはなかったけど、手がつい動いてしまったのだ。仕方ないね。

まぁそれはともかくとして。

 

「全く……アリサはホント、リィンに甘々だな~~」

「な、なななななな何言ってるの!? クラスメイトなんだから心配するのは当然でしょ!!」

「えー、それにしては……なぁ?」

「うむ。リィンのことしか見えていなかった。完全に」

 

ラウラの発言に俺も含めて皆がうんうんと頷く。

自分以外は全員同意したことでアリサは何も言い返せず、全身真っ赤っかにして俯くのだった。

 

「にしても見事にとばっちりを受けたもんだよな、リィンの奴」

「うむ。何か起こると覚悟していたが予想を上回る事態だったので驚いた」

「でも大事にならなくて良かったです」

「けど、大怪我って言うぐらいなんだから。一度お医者さんに見てもらった方が良いんじゃ……」

「リィン本人が明日の実習に支障は無いと言っていたし、大丈夫な筈さアリサ」

「少なくともリィンは虚勢を張って無理をしたり、軽率な思い込みで大丈夫だと思う程、愚かな男ではない。同じ武道を歩む者なら自分の身体のことは自分が一番分かっていよう」

「痛みが引いて、腕が動けるようになったとも言っていたんだ。エマが塗ってくれたって言う薬がよく効いているんだろう」

「……そうよね。ちょっと心配し過ぎちゃったわ」

「まぁアイツが怪我をするのはいつものことだしなー。毎回人の盾になるぐらいなんだし」

「それは貴方がいつも彼を盾にしているからでしょう」

 

盾にだって? 嫌だなゼオラ君。

俺は肉の盾(ともだち)にそんな酷い真似はしないよう。

ほんのちょっとしか。

 

「だがこれでリィンの〝異常性〟がハッキリしたな」

「えっ?」

 

すると突然イビトが言い出した、リィンについての発言にアリサを始めてとして皆の眼が見開く。

 

……あーあ、遠回しにそれを指摘しようと思ったのにストレートに言っちゃったよイビトの奴。

でもそっちが手っ取り早くて良いか。

 

「異常性って、どういう意味なんですかイビトさん?」

「考えてもみろ、自分の身の危険を無視してでも他人を助けようとする。聞こえは良いが普通にそれを躊躇無しで出来ると思うか?」

「それは……」

「普通なら躊躇する筈だ、下手をすれば命に関わる場合があるからな。だがリィンは違う……さっきの話を聞く限り魔獣の襲撃に気付いたのはその直前だったとみたいだな。それでリィンは迷うことなく魔獣の襲撃から二人を庇った、自分の身を省みず。これがどういうことだが分かるか……?」

 

投げ掛けるようにイビトは俺達に尋ねる。

皆は言葉が詰まったように顔が曇り、口が開かない。

なので俺が代表してそれに答える。

 

「―――リィンは〝無意識に自分の身よりも他人の身を優先している〟ってことか?」

 

俺がそう言うと皆は過去を掘り返して思い当たる節が有ったことにハッ!と気付く。

 

「そうだ、それも時には〝自分の命を投げ捨てる〟ぐらいにな」

「い、命をって……いくら何でもそれは―――」

「忘れたのか? リィンは己を省みず、二人を庇ったのが原因で肩に大怪我を負った。これがもし運悪く怪我を負った箇所が〝肩〟じゃなく〝首〟だとしたらアイツは今頃死んでいる」

「あっ………」

 

起こり得たかもしれない最悪の可能性を挙げられ、アリサはその光景を想像してしまったのか、言葉を失う。

イビトの言う通り、咄嗟にユーシスとマキアスを庇ったリィンの行動は運が悪ければ急所を突かれて命を落としてもおかしくなかった。

防いだり、迎撃する余裕がなかったからの行動なのだろうが、それでも下手をすれば自分が死ぬかもしれない無謀な行いを躊躇無しで行えるなど普通なら無理だ。

 

入学式の時もそうだ、あの時リィンは一緒に落とし穴に落ちそうになったアリサを身を呈して庇ったと聞く。

後から本人に聞いてみたが〝反射的に〟動いたそうだ。

そういう時も普通の人間なら反射的に自分の身を守る。

なのにその時もリィンは自分の身よりも他人の身を優先した。

 

誰しも覚悟無しで反射的に自己犠牲が出来る訳じゃない。

それが出来るのは考えるに死を恐れていないか、或いは自分の命と誰かの命を秤に掛けてその誰かの命の方を取ってしまうような人間。

リィンは恐らく後者だ。

本来ならリィンの行動は聖者のようだと誉められてしかるべきことかもしれない、でも見方によっては異常でとても危うく、〝歪〟だと思われるだろう。

 

と、ここでリィンの意外な一面が発覚し、………いや、俺に取っては意外でも何でもないんだよねー。

だってアイツからには〝俺と同じような匂いが色々とする〟んだもんなぁ………。

まぁともかく、リィンの異常性を知った皆は何と言えば分からないと言ったご様子で、口が再び開かなくなっていた。

 

そこに………。

 

「――勘違いしているようだから言うが、〝異常〟と言ってもそれは決して悪いことじゃない」

「えっ?」

「確かに歪んでいるかもしれん。自分の身を守れず他人の助けるのはある意味傲慢かもしれん。だが……それもリィンの〝個性〟だ、長所であり短所でもある。完璧な人間なんて居ない、リィンもまた俺達と同じ、自分じゃどうしようもない〝部分(なやみ)〟を持った人間なんだ」

 

『それに――』とイビトは重ねて語り掛ける。

 

「リィンのその無茶が有ったからこそ二人は無事だった。リィンが庇わなきゃ二人ともどうなっていたか……」

「だな、二人が無事なのもリィンのお陰だし、結果的な話だがリィンの怪我が肩だけで済んだんだ。自由に怪我をする箇所を選べないんだから肩だけ済んで良かったと思うぜ逆に。不幸中の幸いって奴だ」

「あぁ。更に言えば、今回の件で流石のあの二人も大きな負い目と責任を感じている筈だ。その二つが切っ掛けになってどちらか片方が自分から歩み寄って、友達………は無理だとしても競争相手の仲ぐらいには発展するんじゃないか」

 

と予言するかのように憶測を立てるイビト。

競争相手か、どちらかと言うと喧嘩仲間の方がしっくり来るな、俺的には。

 

するとエレカが恐る恐る手を上げると共に『あの……』と呟く。

 

「……言い始めたイビトさんが落ち着いているのは分かるんですけど、どうしてトモユキさんもそんなに落ち着いているんですか?」

「それはまっ、あれだ。人生経験差って奴だな! なぁイビト」

「……zzzzzz」

「寝てるんかいっ!!?」

 

猫型ロボットの友達もビックリな早寝に流石の俺も思わず突っ込みを入れる。

そしてイビトが眠ってしまったことで不条理にもこの話は終了するのであった。

 

まぁ何がともあれ、運良く助かったリィンだけれども、次にまた同じようなことがあれば今度こそ命を落としかねない。

だから次はそうならように俺達がフォローしてやれば良い。

それがチームと言うものなのだから。




ふと目が覚めて時間を確認してみると『あっ!!やべぇ遅刻だぁ!』と起き上がった直後、今日は休むだと気付く。

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