《午後14:30 トールズ士官学院 グラウンド》
トモユキ達の第三陣の戦闘が終わり、《実技テスト》は以上を以て終了する。
最後の戦闘を飾ったトモユキ達第三陣は第一陣の俺達と同様、苦戦することなく、戦術リンクを活かした連携で見事戦術殼を撃破した。
特にいつも弱気で内気なエレカがチームを勝利へと導く程の活躍を見せ、これにはサラ教官も戦闘の終わりに拍手を上げる。
第二陣の戦闘で気分が少し憂鬱だった教官だったが、エレカの成長ぶりに教官として嬉しいかったようで、上機嫌に彼女を褒め称えていた。
あの様子だと第三陣とエレカを鍛え上げたイビトの評価は高いものになるだろう。
そして《実技テスト》が終わったことで次は今月の『特別実習』のメンバーと実習先の発表が始まる。
今回も前回と同様、書類が入った封筒をそれぞれ手渡され、俺達は早速中を開けて書類を拝見する。
A班:リィン、ルーティー、エリオット、エマ、マキアス、ユーシス、フィー
(実習先:公都【バリアハート】)
B班:イビト、トモユキ、ゼオラ、エレカ、アリサ、ラウラ、ガイウス
(実習先:旧都【セントアーク】)
A班・B班の実習先とメンバー構成は上記の通りだ。
「バリアハートとセントアーク……どちらもよく聞く地名だな」
「バリアハートは東部にある《クロイツェン》州の州都だね……」
「そしてユーシスの故郷ですわね」
「セントアークは南部にある《サザーランド》州の州都になるわ」
「へぇ、二つとも州都が実習先か」
「前回と違って、豪勢な場所です……!」
「帝国が誇る五大都市だもんね」
「そういう意味では双方で釣り合いは取れている筈だが……」
「はい……ですが……」
「それ以前の問題かも」
ボソッとフィーがそう呟いた直後、この発表に異議を唱える者が居た。
マキアスとユーシスだ。
彼等は班メンバーの変更を教官に強く要求する。
その要求に対し、サラ教官は『二人掛かりでもいいから力ずくで言う事を聞かせてみる?』と笑顔を浮かべて言った。
更に導力銃と剣を取り出す。
要は自分に勝てば、言うことを聞いてやるとのこと。
教官が取り出した見るからに凶悪そうな武器と本人から発せられる威圧感と覇気。
これ等に当てられた二人は戦うことを戸惑ったが、それを振り切って武器を取り出し、戦う意思を見せる。
「―――リィン。ついでに君も入りなさい! まとめて相手をしてあげるわ!」
「りょ、了解です!」
俺も参加するように指示する教官。
何故俺なのかは分からないけど咄嗟に身体が反応してしまい、戦列に入ってしまったのでもうやるしかない。
それにサラ教官の力がどれだけのものか、この身で確かめたいと思うし。
今の俺の力が教官にどれだけ通用するのか、試してみたいという気持ちもあるので戦うのもやぶさかではない。
「トールズ士官学院・戦術教官サラ・バレスタイン―――参る!」
教官が名乗り、それが開始の合図になった。
その直後――――。
「―――がっ………は!?」
一瞬、何が起こった分からなかった。
気が付くと俺達は地面に膝を付いていた。
そして今になって理解する、俺達三人はサラ教官の攻撃を喰らってこうなったと。
しかも重い一撃で身体に力が入らない。
一体どうやって攻撃したかは見えなくて分からなかったけど、強い!
圧倒的に強い!
戦う前に放たれた威圧感と覇気で強い人だと分かっていたが、こんなデタラメなぐらい強いなんて……。
ユン老師程じゃないにしても、次元が違う。
「あら、もう終わり? これでも手加減してあげてるんだからもう少し粘りなさい」
余裕の笑みを浮かべてこちらを見下ろすサラ教官。
手加減されていてもこれだけの力の差があるのか、この人の力の深さが計り知れない!
―――だけど!
「ぐ………舐めるな!」
「ま、まだ……」
「やれます……!」
武器を杖代わりにして俺達は力を振り絞って重い身体を立ち上がらせる。
例えどれだけの力の差があっても、まだ負けた訳じゃない!
最後まで抗ってみせる!
他の二人は単に負けず嫌いなのか、或いは勝てなくてもせめて一子報いたいのか。
どちらにしてもやられっぱなしは性に合わないといった顔付きだ。
「ふふ、それでこそ男の子ね。じゃあ―――」
「サラ教官」
教官が俺達の意気を買った瞬間、横からイビトが呼び止めた。
まだ戦いは終わっていないというのに、それを承知で割り込んできたことにクラスの誰もが眼を見開いて視線を彼に向ける。
「交代しましょう。ソイツ等の修正の役目、俺が代わりに引き受けます」
交代? 代わりに引き受ける?
それってつまりイビトがサラ教官の代わりを務めるってことか。
なんでまたそんなことを………。
サラ教官もイビトの申し出に眼を細めて、
「どういう風の吹き回し? 君がそんなことを自ら申し出るなんて……」
「なに、いくら教官の特別な処置だったとしてもクラスの皆が戦ったのに俺だけが戦わないのはちょっとズルいでしょう? それに〝こういう〟のは同年代がやった方が一番効くと思いますよ」
代わりのやる理由は意外にも自分だけ戦わないのは不公平だという殊勝的なものだった。
それを聞いてサラ教官は考え込みように少しの間眼を閉じ、やがて両手の武器を仕舞う。
「良いわ、それじゃあ彼等の相手は君に任せることにするわ。―――ただし、条件として〝武器の使用は禁止〟。良い?」
「了解しました」
文句や不満など一切言わず、教官が出した条件を呑んだイビトは武器を地面に下ろす。
そして教官が俺達の前から立ち去るとそこへ入れ替わるようにイビトがやって来る。
本当に俺達と戦うつもりなんだと分かった瞬間、突然詠唱をし始めた。
「『ホーリーブレス』!」
唱えてから早い速度でイビトが詠唱を終えると俺達の足元に魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間。
光と共に俺達がさっきの受けたダメージが無くなり、体力が回復していた。
「……身体が動く!」
「回復魔法か」
驚いたな。ゼオラ程じゃないにしても、もうこんな高度な回復魔法が扱えるのか。
お陰で戦う前の状態に戻れた。
でも………。
「―――舐められたものだな」
吐き捨てるようにユーシスは言う。
普通なら回復してくれたことに礼を言うべきなのだが、彼は気に食わんと言いたげな顔でイビトを睨む。
「どういうつもりかは知らんが本当に武器もなしで戦う気か?」
「あぁ、そうだが………何か問題でもあるか?」
「……気に入らんな。俺と他二人が相手じゃ武器など使うまでもないと言いたいのか?」
発言から察するにどうやらユーシスはイビトが武器を使わないことに対し、かなりお気に召さないようだ。
元を辿れば武器を使わないのはサラ教官の指示なのだが、イビトもイビトでその指示をやけに素直に了承した。
まるで始めからそうするつもりだったように。
そしてユーシスの言葉にイビトは、
「フッ……」
嘲笑うかのように鼻で笑う。
「逆に聞くが、たかが数匹の兎に狩るのに大砲を担ぎ出す馬鹿が居るのか?」
「なにぃ……」
イビトの口から発せられた投げ掛けにより一層睨みが鋭くなるユーシス。
今のは台詞は明らかな挑発だということは俺にも分かった。
マキアスも彼の挑発を耳にして、ユーシス程じゃないが同様に向かい側の彼を睨む。
そんな二人の睨み等ものともせず、イビトは自分の額に親指の先を当てて、
「今のお前達じゃ俺に一太刀入れることすら出来ない。それを証明してやるよ」
未来を予見したかのように、この戦闘で自分がダメージを負うことはないと宣言するイビト。
「ば、馬鹿にして……!」
「人を侮るのもいい加減に―――」
「イビト」
怒りで震えるマキアスとユーシスを遮るように俺の声が響く。
あの発言は自分の実力から来る傲慢と驕りか?
もしくは自分と相手の力量の差を完全に見極めた故の発言か?
どちらにせよ、さすがの俺でもそこまで言われたら黙っちゃいられない。
「もしお前が俺達に一太刀を入られたらどうするつもりだ?」
「無論、その時は俺の負けで良い。大口を叩いたのだからそれぐらい当然だろう」
あっ、自覚は有ったんだ。
まぁ何であれ、意気込みをぶつけさせてもらおう。
「そうか、なら―――俺はこの剣の一振りで勝たせてもらう!」
「………ほう」
大胆不敵とも言える俺からの宣言にイビトが興味深そうに眉を潜ませる。
他の皆も俺が今の発言して、意外そうな表情が浮かぶ。
「ふふ、じゃあ彼相手にどこまでやるか、見せてもらおうじゃないーーー始め!!」
戦闘から離脱した教官が《実技テスト》の時と同じように戦闘開始の合図を出す。
開始と同時に俺達は武器を構え直し、教官と入れ替わったイビトを注意力全開にして見据える。
相手が素手だからといって、一気に畳み掛けようと全員で特攻するような馬鹿な真似はしない。
イビトの戦闘力は未知数だが、強いのは間違いないと思う。
だからまずは慎重に相手の様子を見て、隙がないか窺うのが得策だ。
マキアスもユーシスもそれを分かっているようで、攻撃は控えて観察するようにイビトの動きに注意している。
一方イビトの方もこちらの出方を窺っているのか、或いは本気で舐めているのか。
素手なのに何の構えも取らず、ジッと俺達を眺めている。
そんなイビトを観察していく内に、俺はあることに気付く。
す―――
「(隙がないっ!)」
一見無防備に見えるイビトだが、その身体には全く隙がなかった。
その隙の無さは何処から攻撃しても全て受け流されてしまうような、そんなイメージが浮かび上がってきてしまう程だ。
「むっ……」
流派は違えど、同じに剣に精通している者としてユーシスもイビトの隙の無さを見抜いたようで、どう攻めたら良いのか?と頬に一筋の汗が零れていた。
聞かなくてもあの顔なら理解しているだろう。
ああいう相手に迂闊に攻撃などすれば、手酷い目に遭うことを。
……しかし、一人だけそれを分かっていない者が居た。
「ええい! このままじゃ拉致が明かない! 僕は仕掛けさせてもらうぞ!」
あろうことか、痺れを切らしたマキアスがショットガンをブッ放す。
俺とユーシスはその行動に眼を見開いて驚く。
そして発射された散弾は標的の元へ向かう。
普通の銃の弾とは違って散弾はある程度狙いが定まっていなくても、一度の発砲で複数の弾が広範囲に着弾するのでマキアスの撃った弾は言うまでもなく直撃コースだった。
だが着弾の直前、イビトが身体をほんの少し横にズラしただけで、散弾はイビトのすぐ横の地面に着弾した。
続いてマキアスは二発を撃つが、これも一発目と同様にかわされる。
「くそっ、当たれ! 当たれぇ!!」
半ばヤケクソ気味に第三,第四,第五射を連続で行うマキアス。
それでも弾は一つも当たりはしなかった、不思議なくらいに。
ヤケクソ気味と言ってもちゃんと狙いを定めて撃ったショットガンの弾は最小限の動きで悉く五度も回避される。
………イビトは弾の軌道が見えているか?
いや、冷静に弾の軌道を見切っただけで超高速で発射され、弾が拡散するショットガンの散弾を避けられるとは到底思えない。
まるで撃つ直前にどう動けば弾を避けられるかが分かっているみたいだ。
「あっ……!」
次の弾を発射しようとしたマキアスだったが、焦りで弾の残りに頭が回っていなかったか。
弾切れに気付き、急いで弾を補充する。
当然、その隙を見逃さなかったイビトは弾を補充し切る前にマキアスの元へ一目散に駆け込む。
「ちっ、阿呆が!」
毒を吐きつつもカバーする形で二人の間に割り込み、イビトを向かい撃とうとするユーシス。
そして相手が剣の届く範囲まで近付くと薙ぎ払うように剣を水平に振るう。
「なっ……!?」
次の瞬間、ユーシスは絶句する。
俺も自分の眼を疑った。
胸元に飛び込んできた横殴りの剣に対し、イビトは右手の親指と人差し指の間に挟んでユーシスの剣を受け止めたのだ。
「す、素手で剣を!」
「あれが噂の白羽取りか!」
前回と同じかそれ以上の神業を見せてくれたイビトに外野のエリオットとラウラが驚きの声を上げる。
エリオットは純粋に驚いているが、ラウラは驚きと共に敬服と歓喜が混じったといった感じで。
その証拠に眼が宝石のように輝いていた。
すると攻撃を素手で受け止めたイビトはスッと空いた左手をユーシスの眼前まで伸ばし。
バコッ!と斧で薪を叩き割ったような音が発する程のデコピンを放つ。
「ユーシス!」
強烈なデコピンを喰らったユーシスは身体が三日月状に折り曲がる。
しかも脳震盪が起こったみたいで、名前を呼んでもピクリとも反応しなかった。
完全に意識が無いようなので、この時点でユーシスは戦闘不能と見なさせる。
更にイビトの行動はそれだけで終わらない。
意識の無いユーシスを両手で持ち上げ、その状態でマキアスの所へ突進する。
その行動に驚きつつもマキアスは弾の補充を完了していた。
だが攻撃しようにもユーシスを盾にされて、発砲することが出来ず、そのまま懐までの接近を許してしまう。
一旦退いて距離を取ろうとするマキアスだったが、イビトはそれを許さなかった。
彼はユーシスを使ってマキアスをぶっ叩く。
「ぶぉごっ!?」
ユーシスの肘がマキアスの左頬にクリーンヒットする。
うん、痛そうだ。
しかし、攻撃の手は緩むことなく、イビトは更なる追撃を仕掛ける。
最早武器と化したユーシスを今度は打ち上げるように振り上げた。
「ぁんぐぅ!!」
頭突きの如く、ユーシスの頭がマキアスの顎を叩き上げる。
うわぁ………あれもキツいな。
顎に打撃を加えられ、脳が揺れてフラッと態勢が崩れるマキアス。
そこに止めだと言わんばかりにイビトはユーシスを振り下ろす。
「ばふっ!!!」
ハンマーの如く、ユーシスの背中がマキアスの顔面に落ちる。
この攻撃でマキアスの眼鏡が粉砕すると共に彼を地面に叩き付けて意識を奪った。
イビトは相手の意識が無いことを目視で確認するとユーシスから手を離し、マキアスを下敷きにする形で二人は地面に横たわる。
最後の最後まで容赦ないな………。
―――だが、チャンスだ!
そう思い至った俺は『紅葉斬り』の応用でイビトの背後まで移動する。
俺から見てイビトは背を見せている、一太刀入れるなら今しかない。
「っ!」
しかし、見向きもしないで俺の動きを察知したのか。
イビトがこちらの方に振り返ろうとしていた。
俺は彼が完全に振り向く前に地面を蹴り、〝瞬速を維持したまま〟再びイビトの背後へと回り込む。
この技は『八葉一刀流』・弐の型『疾風』。
まだ完全に会得した訳じゃないけど、この『疾風』で―――決める!
そう思った直後、俺はイビトの真後ろに着く。
「(取った!)」
タイミング的にこちらに振り向けないので俺は入ると確信し、イビトの背中に峰を打ち込む。
―――だけど。
イビトは前を向いたまま、首に手を回すように左手で太刀を受け止めた。
「なっ―――がはぁ!!?」
絶句と共にイビトの右拳が腹に突き刺さる。
めり込んだ拳は身体の中の空気を全て吐き出させるように強烈で、その一撃で俺は意識が遠退いていく。
「『惜しかったな』と言いたいところだが、これで分かっただろ? これが俺とお前達の差だ………」
そんな言葉が耳を掠めたと同時に視界が暗転する――――。
………数分後。
意識を無くした俺は保健室で眼を覚まし、目覚めてすぐ先の戦闘は俺達の負けだと悟る。
今度の戦いで俺は強敵相手に戦術リンクがどれだけ重要か、それを身を持って思い知ると共に。
同年代のクラスメイトに手も足も出ない程の圧倒的な力の差を見せ付けられたことに対し、味わったことのない悔しさを噛み締めるのだった。