迷うことなく旧校舎に辿り着いた俺達は出入り口の扉を開けて中へと入り、そこには誰も居ないことを確認すると奥の方に扉を見付け、その扉の奥から人の声が聞こえた。
あの扉の奥に俺達の組の連中が居ると悟った俺達三人はその扉を開けた。
扉を開けると学院の講堂のような空間が広がっており、そしてそこには11人の赤い制服を身に包んだ男女達とステージ的な段差のある場所の上に立つ赤ピンクの髪の女性が居た。
彼等はこちらの存在に気付き、顔をこちらに向けた。
「あ」
ステージの上の女性を含めて12人がこちらに顔を向けた瞬間、誰かがそんな声を発した。
声の主は誰なのか、俺は声がした方向に視線を向けると11人の男女の中に今朝出会った紫色の髪の少女が立っていた。
彼女は俺の顔を見て驚いた表情を浮かべる。
まぁ、今朝早く来た人間が遅刻するなんて考えもしなかっただろうな。
「遅いわよ貴方達、全く入学式に参加しないで何やっていたの?」
第一声がステージの上の女性から発せられた。
俺達はそちらの方に顔を向けると、彼女は腕を組み眼を細めてこちらを見ていた。
格好は些か教官らしくないが、あの女性もきっとこの【トールズ士官学院】の教官に違いない。
そして同時に俺達の担任に当たる人物なのだろう。
すると今の問いに紅い髪の少女、ルーティー・オルランドから答える。
「すいません、帝都から出発して7時40分に着く筈だった列車が発車前にエンジントラブルで三十分も出発が遅れて……」
「あぁ、確かにそんな報告も来ていたわね。まぁそれなら仕方ないわ、でも今度からはちゃんと余裕が持てるようにもっと早い時間に着く列車に乗ってきなさい」
注意と共に御咎めなしを貰ったとルーティは安堵した表情で『はい』と返した。
「それで? 貴方達二人はどうなのかしら?」
と次に俺等二人に回って来た。
正直、うまい言い訳を考えて俺も御咎めなしを貰いたいところだが、その言い訳が思い付かなかったので、俺は正直に答える。
「広場のベンチで寝てました」
「デートしてました」
俺の後にオレンジ頭の男子生徒、トモユキ・サクラがそう答えた。
人の事は言えないが、コイツが遅れた理由もどうしようもない物だった。
俺達の返答を聞いて、その場に居る誰もが呆れ顔を浮かべる。
「………全く、まぁ今は時間が惜しいから説教は後にしてあげるわ」
眉がピクピクと小刻みに動いているのを手で隠しながら女教官は『それよりも』と加えて言うと、
「貴方達、自分の得物以外の荷物はそこに置いてこっちへ来なさい」
女教官は得物以外の荷物はその場に置き、ステージの前に居る同じ赤い制服の11人の所に来るよう指示する。
一体何のために?と俺達は思ったが特に逆らう理由が無い為、素直にその指示に従いステージの前に足を運ぶ。
「それじゃあ改めて、特別オリエンテーリングを始めるわよ」
「特別?」
「オリエン?」
「テーリング?」
女教官の言葉に俺達三人は伝言ゲームのようにその言葉を復唱した。
……何でだろう? すげー嫌な予感がする。
「オリエンテーリング………それって一体、何なんですか?」
「そういう野外競技あるのは聞いたことがありますが……」
始めからこの旧校舎に居たツーサイドアップの金髪の少女と後ろの髪を三つ編みしたメガネの少女もそのオリエンテーリングが一体何なんのか、皆目見当もついていない様子だった。
「もしかして……門の所で預けた物と何か関係が?」
しかし、黒髪の男子生徒は何かに気付いたのか、女教官に尋ねる。
「あら、良いカンしてるわね。―――それじゃ、早速始めましょうか♪」
嬉しそうにそう言うと女教官は五歩ぐらい下がり、付近の壁に在った隠しボタンを押した。
―――直後、足元から歯車のような物が動く音が聞こえた。
俺は自然と身体が動いて、脇に居るルーティーの腕を掴んでその場から飛んだ。
「えっ、なにっ!?」
何が起こった分からないのか、ルーティーがそう叫んだ次の瞬間。
さっきまで俺達が居た床が下に傾き、その場に居た全員は次々と地下に叩き落される。
一方でそれを免れた俺はルーティーと一緒にステージの上に着地した。
「きゃっ」
だが着地した瞬間、今朝聞いた悲鳴と同じ悲鳴が背後から聞こえた。
その声に反応して俺はすぐさま振り向くと傾いた床から地下へと転げ落ちようとしている紫色の髪の少女の姿が見えた。
しかもあの態勢では頭から落ちるということも俺は察した。
「ちっ!」
今日最大級であろうと思う舌打ちをかました俺は床を蹴って飛び、地下へと降りた。
《視点変更 視点者:トモユキ》
「ふぅ~あぶねぇあぶねぇ」
ステージの上に逃げて床のトラップを回避した俺はそんな言葉を零した。
まぁ〝あの手の罠に慣れている俺〟にとっては回避することなんて造作もねぇ。
〝自分以外の誰かを助けること〟も、な。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」
俺に腕を掴まれているルーティーが礼を述べた。
実は床が傾く直前に俺とイビトは脇に居たルーティーの腕を掴んで、そのままコイツを引っ張って一緒にステージの上に逃げたのだ。
「礼なら
「勿論するよ」
俺の言葉にルーティは頷いて同意する。
その
「―――こらフィー」
とこれからのことを考えようとしたところ、後ろの方からあのナイスバディな女教官の声が響いた。
「サボってないでアンタも付き合うの。オリエンテーリングにならないでしょーが」
シュッと女教官はナイフを投げた。放たれたナイフは天井の柱にワイヤーを引っ掛けて俺達と同じく床のトラップを回避した銀髪の女の子の方に向かい、ワイヤーを斬り裂いた。
ワイヤーが切れたことで銀髪の女の子は重力に従って地下へと落下した。
「ほらっ貴方達も」
と教官は俺達の方に矛先を向けた。
ルーティーはぎこちない笑顔を浮かべて、
「私達も落ちないと駄目ですか?」
「だ・め・よ♪」
対照的にニコリと笑顔を浮かべた教官はルーティーの腕を掴み、片手の腕力だけで傾いた床へ放り投げた。
容赦ないな、この人。
「きゃあああああ!」
放り込まれたルーティーは可愛らしい悲鳴を上げながら床を滑って地下へと落ちて行く。
俺はその姿を『お~』と感心そうに眺めていると。
「さっ次は貴方よ♪」
と教官は変わらぬ笑顔のまま、今度は俺の腕を掴んだ。
俺は覚悟を決めて、咄嗟に振り向いて手を伸ばす。
直後にムニュと柔らかい感触が掌に伝わった。
そう、俺が今掴んでいるのは教官の首から約数センチ下に在る大きく実った果実の一つだ。
「!!?」
俺の行動に教官は眼を見開き、頬が赤く帯びた。
その顔を見て俺は果実を掴んだ手を肩に移し、ポンポンと教官の肩を叩く。
「安産体型ですな、教官♪」
にこやか顔と爽やかな声で俺がそう言うとブチリと教官の頭から何かが弾けるような音が聞こえた。
そして次の瞬間、教官の背負い投げで俺は地下へと叩き落された。
《視点変更 視点者:紫色の髪の少女》
何が起こったんだろう?
急に床が傾いて、その所為で私また転んでそのまま頭から下へ落ちそうになった。
落ちる前に私は思わず眼を瞑った。
でも何でだろう、もう落ちた時の痛みが来ても良いのに、その痛みがやって来ない。
しかも何だが、背中と膝の裏辺りに人の温もりのような物を感じる。
これは一体………
「おい、何時まで目を瞑っているつもりだ?」
『えっ?』と私は声を上げた。
眼を瞑っている所為で良く分からないが、近くから男の人の声が聞こえた。
それも今朝にも聞いたことがあるような声が。
恐る恐る私は目蓋を開く。
すると眼の前にこちらの様子を伺う男の人の顔が在った。
私はビクっと驚いたけど、でもその人の顔を見てようやく気付いた。
「あ、あなたは……」
そうだ、この人は今朝駅前で私が転びそうになったのを助けてくれた人だ。
どうしてこの人がこんなに近くに?と思った私だったけど、その答えはすぐに分かった。
この人の手が私の背中と膝の裏を持ち上げて、私を抱えていた。
そう、今私の身体は所謂お姫様抱っこの状態になっていた。
「わ、わわわ、わわ!」
ようやくそれに気付いた私は火が出そうなくらい顔が赤くなり、アタフタと手足を動かす。
「お、下ろして! 下ろしてください!」
小さい頃から大きな声を出すのが苦手な私は小さな声ながらも必死にそう訴えた。
すると私のその必死さが伝わったのか、彼はゆっくりと私を床に下ろしてくれた。
急いで立ち上がって私は彼から距離を取る。
そして周りを見渡してみると此処はあの傾いた床の落下場所みたいで、薄暗いけど部屋のような空間が広がっていた。
次に私は気持ちを落ち着かせようと深呼吸を行う。
あんな状態に成っていたからか、胸に手を当てると心臓がバクバクと言っている。
もう……どうしてあんな状態になっていたんだろう。
そう思った私だったが良く状況を考えれば、すぐ分かることだった。
私はさっきまでこの地下に頭から落ちそうになっていた、だけど気付けば彼が私を抱き抱えていた。
これが何を意味するのか、答えは言うまでも無く。
「(……あっ、そうか。私またこの人に助けられたんだ)」
今になって自分が助けられたことに気付くなんて、私は自分の鈍感さに呆れた。
もうなにやってるんだろう、私……
とにかく、今からでも遅くない。彼にお礼を言わないと。
「――――――――わ~~~~~~!!!」
でも、私がそれを実行しようとしたその時。
傾いた床の方から誰かの叫び声が聞こえた。
この地下に居る皆もその声に反応して、声のする方向に顔を向ける。
すると床が傾いたことで旧校舎の一階が見える程の大きな隙間が出来上がっていて、その隙間からロケットのように頭から急降下するオレンジ色の髪の男子生徒が降ってきた。
あのままでは床に激突する!と誰もが思った。
……けど。
「忍法、風起こし!」
落下の最中、彼は両手で印のような物を結んだ。
その瞬間、彼を中心に風が吹き荒れ、同時に彼の落下速度が急激に縮まる。
速度が緩まると彼は宙返りを行い、風を纏ったまま床に着地する。
その瞬間、彼を中心に吹き荒れていた風がまるで潰れた襲撃で中身が飛び出したトマトのように解散し、地下内で突風を起こした。
「「「「「「「!!?」」」」」」」
凄まじい突風はこの狭い地下の中を吹き荒れ、私たちの視界を一時的に奪う。
しかも突風は私たちの女子の制服のスカートをめくり上げようとし、私たち女子は必死にスカートを抑えた。
やがて突風は収まり、地下内は元の静寂を取り戻した。
風が収まったことで私はゆっくりと目蓋を開く。
するとエメラルド色の髪の彼と眼が合い、そして彼はおもむろに視線を私から外し、下へと視線を向けた。
だけど、彼は何かまずい物でも見たのか、下に視線を向けた瞬間、咄嗟に今度は視線を明後日の方向へと向けた。
「?」
私は不審に思って視線を自分の下半身の方へ向けると。
突風が起こった時、スカートの抑え方が甘かったみたいで、スカートの後ろの部分が捲り上がっていた。
「!!!」
即座に私はその捲り上がっていた部分を元に戻し、顔を俯かせた。
……見られた! 彼のあの反応は完全に見た反応だ!
私は彼の反応を思い返して、恥ずかしさと怒りが混じった感情が私の中で渦巻き、プルプルと身体が震える。
「いやー危なかった! 皆も大丈夫だったかー?」
そんな私の複雑な心境を生み出した元凶であるオレンジ色の髪の彼が愉快そうに言って、アハハハと笑う。
彼のその言葉に私を含めた女性陣の殆どが彼を睨んだ。
でも彼は私達の殺気混じった視線に気付かぬまま、アハハハと笑い続けた。
はぁと私は溜め息を溢した。
結局、私は見られたことの感情が邪魔をして
そして少し離れたところから誰かが誰かの頬を叩いたような乾いた音が地下に響き渡った。
《視点変更 視点者:イビト》
暫くして俺達は傾いた床の傍で集まり、これからどうするか話し合おうとしていた。
「なぁアイツ、何で打たれたんだ?」
隣に居るトモユキが黒髪の男子生徒に眼を向けながら俺にそう訊ねた。
どうやらコイツはタイミング的に黒髪が打たれる経緯を見ていなかったようだ。
あの黒髪が何故金髪の女子生徒に打たれたのかは一から説明するのは面倒なので要約すると。
黒髪が金髪にパフパフしてしまった→金髪の中で怒りの炎が燃え上がる→直後にトモユキが突風をお越し、今度はパンツを見られる→金髪の怒りの炎が更に燃え上がる→結果はご覧の通り。
という訳だ。
だがその要約も伝えるのも面倒だったので俺はこう伝える。
「半分はお前の所為だ」
「マジで? やったね、俺の活躍によって痴漢に裁きが下ったんだな」
と誇らしげにトモユキは腕を組んだ。
……コイツ、本当は一部始終見てたんじゃないか?
などと疑っているとズボンのポケットから機械音が鳴り響いた。
俺はズボンからその機械音の発信源を取り出す。
取り出したのは案内書や制服と一緒に届けられた二つ折りの携帯用の道力器だった。
俺達全員がその道力器を開くと、
『――それは特注の戦術オーブメントよ』
道力器からあの女教官の声が聞こえ、この場に居る殆どが驚いた。
ちなみに俺、トモユキ、それと銀髪の少女は全く驚いていない。
そして女教官の話によるとどうやらこの道力器はエプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代の戦術オーブメントの一つ、第五世代戦術オーブメント【
結晶回路をセットすることで魔法が使える仕様になっているらしい。
……こんな高価な物を一学生に渡すとは随分太っ腹なことだな。
すると急に明かりが付き、地下が明るくなる。
明るくなったことで部屋の壁沿いに14の台座があり、その上にそれぞれ此処にいる面子の武具が入ってると思われる入れ物が置かれていた。
そしてその前に、指輪が入っていそうな小さな箱が置かれていた。
『――君たちから預かっていた武具と特別なクオーツを用意したわ。それぞれ確認した上でクオーツを【
と教官は遅れた俺達にそう促した。
適当に、と言われたので俺は適当に一番近い場所に在る左側の一番下の台座に向かう。
「(……しかし、この地下の部屋の作りは中世の建物を彷彿とさせるが、この旧校舎に入った時から薄々感じ取っていたが此処は〝暗黒時代〟の建物と似たような雰囲気があるな)」
そう思いながら俺は台座の前に辿り着き、上に置いて在る小さな箱から金色の模様が掘られた黒い結晶を取り出す。
「黒い結晶体、【時】のクオーツか」
黒い結晶が【時】のクオーツだと分かると小さな箱の中に文字が刻まれており、『カッツェ』と書かれていた。
このクオーツの名前のようだなと知った俺は【時】のクオーツ『カッツェ』を【
直後に小さな淡い光が俺と【
身体の内側から心地よい温かさが広がる様な、そんな気がした。
やがて光が収まると【
どうやら今の不思議な現象は俺達と【
更にこの【
すると奥の方で閉まっていた部屋の出入り口の扉が両開きに開く。
『――そこから先のエリアはダンジョン区画となっているわ。割と広めで、入り組んでるから少し迷うかもしれないけど、無事終点までたどり着ければ旧校舎1階に戻ることが出来るわ。ま、ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるんだけどね』
言うと思ったよ。
と言うか、武具と
『――それではこれより、士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自、ダンジョン区画を抜けて旧校舎1階まで戻ってくること。文句があったらその後に受け付けてあげるわ』
最後に女教官は『何だったらご褒美にホッペにチューしてあげるわよ♪』と付け加えて通信を切った。
……何故だろう? 最後の台詞、まるであと数年で賞味期限が切れそうで焦っている20代後半の女性の余裕ぶった虚勢にしか聞こえなかったのだが。
まぁご褒美はともかく、ひとまず俺達は一旦部屋の中央に集まり、輪を作って突然の『特別オリエンテーリング』について話し合う。
だが、一同があーでもない、こーでもないと話し合ってから1分程切った時、金髪の男子生徒が無言でダンジョンの方へ歩み始めた。
メガネを掛けた深緑色の髪の男子がその男子生徒を呼び止めるが、相手から安い挑発を受けて激怒し、『旧態依然とした貴族などより上であることを証明してやる!』と捨て台詞を吐いて一人ダンジョンの奥へと向かって行った。
その後ろ姿を見送って『フン』と鼻を鳴らすと金髪の男子生徒も後に続くようにダンジョンの奥へと進む。
二人のやり取りを見て、遅刻した俺達三人組を除き、全員が『まぁこうなるんじゃないかと薄々予感はしていました』と言わんばかりの呆れ顔を浮かべた。
成る程……あの如何にも貴族然とした金髪の男子生徒は大貴族のご子息で、そしてあのメガネが貴族を眼の仇にしている平民で、二人はそれぞれお互いの価値観や性格がそり合わず反発し、会って間も無いのに猿犬の仲に成ったって訳か。
なんとまぁ分かり易い奴等だと俺は溜息を零す。
とその時、二人の後を追い掛けるようにオレンジ頭の男子生徒トモユキまでもがダンジョンの方へ歩みを始めた。
「ちょっと待ちなさい! 貴方も一人で行ってしまうつもり!?」
さっきのメガネの役を買って出るようにフォーサイドアップを施した砂色の髪の女子生徒がトモユキを呼び止める。
呼ばれてピタリと足を止めたトモユキだったが、背を向けたまま腰に手を当て、
「馴れ合うつもりはない」
「なっ」
トモユキのその返答に砂色の髪の女子生徒は絶句する。
それは彼女だけでは俺達全員も驚いた。
如何にもチャそうなトモユキがあの金髪の男子貴族と同じ台詞を吐いたこともそうだが、何よりも声が金髪の男子貴族と何処となくソックリなのだ。
だがすぐにトモユキはアハハハと愉快そうに笑ってこちらに振り向く。
「冗談だよ冗談、どうだった? ソックリだったろう?」
「あ、貴方ね……」
どうやらちょっとした御ふざけだったようで砂色の髪の女子生徒はジト眼でトモユキを睨む。
俺達もトモユキの紛らわしいマネに溜息を零して呆れる。
皆の反応を見てトモユキは『まぁまぁ』と付け加えて、
「俺は仕方なかったとはいえ遅刻した身なんでな、だからこのダンジョンをサクッとクリアしてあの教官殿の評価を少しでも上げたいんだよ」
「なら確実性を考えてここは団体行動で―――」
「悪いが今の俺は早く探検したくてワクワクしてるんだよ。だから俺一人で行かせてくれよ〝ブルー〟ちゃん♪」
「……ブルー?」
はて?自分にそんな色が当て嵌まる物など有ったかと考え始める砂色の髪の女子生徒。
「!!?」
そして程なくしてそれが分かった瞬間、ボッ!と砂色の髪の女子生徒の顔が火のように耳まで赤くなった。
男子陣の殆どは頭に?を浮かべて分からない様子だったが、俺には分かった。
トモユキが言った〝ブルー〟とは恐らくスカートの奥に隠された色の事なのだろう。
「そんじゃそういうことでお先に~~♪」
と見計らったようにトモユキはダンジョンの奥へと駆け出す。
まるで疾風の如き速さで奥へと消え去り、その逃げ足に俺達は『早ッ!』と思うのだった。
「ま、待ちなさいっ!!!」
怒りで我を忘れたのか、砂色の髪の女子生徒はキッ!と眼を鋭くし、顔を真っ赤にしたまま、怒号と共にトモユキの後を追って行った。
そんな二人を呆然と見送った後、金髪の女子生徒が『最低ね』と呟くと女子全員が同意して頷く。
言うまでも無いと思うが今のはトモユキに向けて放った言葉だ。
さて、これで10人になってしまったが先の四人みたいに単独行動は危険と判断したのか、青髪の女子生徒が皆に言い聞かすように、話し始めた。
「とにかく我々も動くしかあるまい。念のため数名で行動することにしよう。そなた達、私と共に来る気はないか?」
「え、ええ。別に構わないけれど」
「私も…正直助かります」
青髪の女子生徒の誘いに金髪と三つ編みの女子生徒が乗る。
『それにそなたも―――』と今度は銀髪の女子生徒にも声を掛けようとしたが、当の本人は先の四人と同様、一人でダンジョンの奥へと行ってしまったようでもう居なくなっていた。
だが気にせず、『後で声を掛けよう』と片づけた青髪の女子生徒は次に紅い髪の少女、ルーティーに視線を向ける。
「そなたも私達とどうだ?」
「えぇ……と、その……」
誘いに対し、ルーティーは何故か歯切れが悪かった。
まるで『その誘いには乗りたいが、今はちょっと……』みたいな感じの反応だった。
と俺はここであることに気付いた。
ルーティーの上半身が何故か少しだけ前屈みになっており、しかも息遣いがかなり大きかった。
この二つの状態から導き出される答えは一つ。
ルーティーの歯切れの悪さが分かった俺は踵を返し、自分のクオーツを手に入れた台座の所に歩み寄った。
「ちょ、ちょっと君、どうして戻るの?」
中性的な顔立ちをした栗色の髪の男子生徒が俺を呼び止めた。
だが俺は歩みを止めず、台座の前に辿り着き、台座を背にして座り込む。
「まだ少し眠いんでな。お前たちは勝手に先へ行け、俺は十分間ぐらい寝てから後を追い掛ける」
と我ながら協調性の欠片も無い台詞を吐いた。
栗色の男子生徒は『そんな勝手な』と言いたげそうな呆れ顔を浮かべ、他の面々もそれに近い呆れ顔を浮かべる。
すると歯切れの悪かったルーティーが誘いの返事を出す。
「ご、ごめん。折角の誘いだけど私、彼と一緒に後から追い掛けることにしても良いかな? 実は私、駅から
「む、そうなのか。それなら仕方ない、そなたは此処で十分休んでからあそこの者と一緒に後から我々と合流すると良い」
「了解」
「うむ……では、我らは先に行く。男子ゆえ心配無用だろうがそなたらも気をつけるがよい」
青髪の女子生徒が黒髪と栗色と日焼けのような肌を持った長身の男子生徒に我々は先へ行くと伝えて、女子チームは部屋から出てダンジョンへ向かった。
そしてそう経たない内に三人組の男子チームも部屋を後にした。
14人の大半が居なくなったことで部屋の中はシーンと静まるとルーティーは俺の所までやって来て、すぐ隣に座り込む。
やがて少しの間の後、ルーティーは前を向きながら独り言のように話し掛ける。
「ごめんね」
「……何がだ?」
「私が此処で休めるよう、あんな身勝手な振る舞いを装ってくれたんだよね?」
「……さっき言ったろう。俺は眠いんだ」
「アハハ、はいはい」
おい、信じてないだろうと俺はツッコミそうになったが反論しても信じて貰えないと瞬時に察し、渋々と諦めた。
「……あの」
「ん?」
「えっ? うわっ!?」
反対側の隣から声が聞こえ、俺とルーティーはそこに顔を向けるとそこには紫色の髪の少女が立っていた。
というかルーティー、まるで幽霊でも見たかのような驚き方だぞ。
まぁ〝コイツ〟もこの紫色の髪の少女の存在に気付いていなかったから仕方ないか。
「あああ貴方、いつの間にそこに!? というか一体何時から此処に居たの!?」
「いや……えっと、私………皆さんが此処に落ちた時から一緒に居ましたよ」
その返答にルーティーは信じられないと言った感じに更に驚く。
はぁ、この様子だとルーティーの他にもコイツの存在に気付いていない奴が多そうだ。
「何と言うか、その、影が薄いね。貴方」
「うぅ……」
影が薄いと言われ、顔を俯かせて露骨に凹む紫色の髪の少女。
慌ててルーティーは『ごめんごめん!』と謝る。
とそこで俺も一言少女の特徴を指摘する。
「しかもお前、気配を隠すのが上手いな」
「ご、ゴメンナサイ、小さい頃からの癖で」
「癖って……」
気配を隠すのが癖と聞いてルーティーはなんだそりゃと顔を引き攣らせた。
実際、コイツの影の薄さと気配を隠すのが上手いのが合わさって、存在感の無さのレベルが高い。
今こうやって顔を合わせているが、コイツの顔をちゃんと見ていても徐々に身体が透けて向こう側の景色が見えるような、そんな錯覚を覚える。
まぁ影の薄さはともかく、気配の隠すのが癖というのはどういうことか?その答えは俺も少し気になるが、今はそれを後回しにして俺はもっともな疑問を投げ掛ける。
「で、何でお前、アイツ等と一緒に行かなかったんだ?」
アイツ等とは先にダンジョンへ進んだ女子チームと男子チームのことだ。
見た感じコイツはルーティーように疲れているようには見えない、なのに何故此処に残っているのか、それが俺の抱いた疑問だ。
紫色の髪の少女は重たい口を開いて説明する。
「それが………女子の皆には私の事が気付かなかったみたいで、そのまま気付かないままダンジョンへ行っちゃって。仕方ないから男子の皆に同行しようとしたんですけど、声を掛ける前に行ってしまって………」
ガクッと俺とルーティーの肩が落ちた。
『ど、どんクサイ奴だな』と言って俺は心底呆れた。
というかそういうのは声を出して自分の存在をアピールすれば、済む話だろ!とツッコミそうになったが、見た感じ人見知りが強そうなコイツには見知らぬ人に声を掛けることに対して、強い抵抗が有るではないのかと察した俺はこれについてもツッコミを入れるのを諦めた。
「じゃ、じゃあ私達と一緒に行こうよ。一人で行くのは危険そうだし」
「い、良いですか?」
「勿論だよ、ね?」
とルーティーが同意を求めて来たので俺は『好きにしろ』とぶっきらぼうに返す。
『もう』と言いたげにルーティーは眉を吊り上げるが、そんな返事でも紫色の髪の少女は安堵した表情を浮かべた。
「ありがとう………ございます。お二人とも」
「そんな他人行儀みたいな敬語は止めようよ、私達は同年代なんだからもっと砕いて口調でいこう」
「う、うん。じゃあ……そうする」
ルーティーが促すと紫色の髪の少女の口調が若干砕けた。
やっぱ女同士、仲良くなるのが早いな。
と思った直後、ルーティーはあることに気付く。
「あっそうだ、自己紹介がまだだったわね」
そういう訳でお互いのことを知ろうと俺達は自己紹介を始める。
「私はルーティー・オルランド。出身は【帝都ヘイダル】だよ」
「イビト・バームスト。出身は【川街ダイアット】だ」
「私はエレカ、エレカ・アルディオーネ。出身は【森林町シンギョウ】」
「【シンギョウ】? それって何処等辺に在るの?」
「……やっぱり、知っている人は余り居ないかな?」
自身の故郷の知名度が低いことにエレカは頭を掻いて苦笑を浮かべる。
「南の【サザーランド】州に在る【リベール王国】の国境沿いに位置する辺境の街、だったな」
俺が代わりにエレカの故郷の事を話すとエレカは眼を見開いて驚いた表情を浮かべた。
「もしかして、行ったことがですか?」
「まぁな、昔一度だけ訪れたことがあるんだ」
「ふぅん、何の為に?」
「それは色々だ」
訪れた用件の詳細を答えない俺にルーティーは何やら変な方向に勘繰ったのか、『怪しい』と疑うのような眼差しを向ける。
すると今度はエレカがイビトの出身地の場所を答える。
「えっと、イビトさんの【川街ダイアット】って確か西の【ラマール】州に在る街でしたっけ?」
「あぁ、街の中央に在る大きな運河と【ラインフォルト社】の支社や工場以外目立った物がない。平凡な街だ」
「へぇ~あの【ラインフォルト】の……あれ?」
俺の故郷に【ラインフォルト社】の支社や工場が在ると聞いて何かが頭の中で引っ掛かったのか、ルーティーはおもむろに俺の顔を見詰め、
「そういえばイビトの姓のバームストって何処かで聞いたことあるかも。え~と……何だっけ?」
何かと思えば、俺の姓に聞き覚えが有ると言い、思い出そうと頭を捻る。
………別に思い出さなくて良いんだが。
やがて五分後。
俺の願いが通じたのか、ルーティーは結局思い出せず、『駄目、思い出せない!』と嘆いて諦める。
いや、長ぇよ! そこまで時間が経つぐらいなら潔く諦めろよ!
これならいっそ思い出してくれた方が楽だったぞ。
やれやれと俺は溜め息を吐いて腕時計を見る。
他の奴等がダンジョンに向かってから丁度10分経ち、俺が宣告した休憩時間も予定時間を切った。
俺は腰を上げて左脇に居るルーティーに時間だと伝える。
「十分経った、もう大丈夫か?」
「うん、十分」
十分も休んで万全の状態に戻ったルーティー元気良く立ち上がる。
その様子を見て心配ないなと判断した俺は次に右脇に居るエレカに顔を向ける。
「お前も大丈夫だな?」
「あっ…はい! 大丈夫です」
自分の方も問題ないとエレカは返した。
まぁコイツは疲れている訳じゃないが、一応確認を取った次第だ。
二人とも準備は万全だと分かると俺はダンジョンの方へ向き直り、
「よし、じゃあ行くぞ」
その言葉と共にようやく俺達もダンジョンへと足を踏み入れた。
結局今回も砂色の髪の少女の名前が書けなかった……
おのれ! ディケ(ry
という訳で戦闘部分は後半からになります。
後半が出来るまで気を長くしてお持ち頂けると助かります