五の軌跡   作:クモガミ

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最近ドタバタして更新スピードが遅れている・・・(いつものことだけど
やっぱ一月になると皆さんも忙しいですか?


第二章ー2 5月23日 自由行動日 朝・昼編

《午前10:00 【トリスタ】トールズ士官学院 射的場》

 

太陽の光が容赦なく照らす晴天の空の下でパァン!と銃声が鳴り響く。

発砲音の出所は射撃位置に立つルーティーの拳銃『マグナム6』。

彼女は銃声から漂う一筋の煙を吐息で吹き消すと目の前に広がる標的領域を見渡す。

標的領域の地面には三色のクレーンがいくつも落ちており、そのクレーン達は壊れている物と壊れていない物で別れていた。

彼女が行っていたのはクレーン撃ち、色が異なるクレーンを撃ち砕いてスコアを競うゲームである。

 

「……154点、記録更新ですね。ルーティー君」

 

するとルーティーの後ろから穏やかな声が囁かれる。

彼女が振り向くと緑の制服を纏い、穏やかな声が良く似合う穏やかな笑みを浮かべたタレ目の男子生徒が立っていた。

制服のリボンから見て2年の先輩だということが分かる。

 

「まぁたったの4点だけですけどね。それよりも得点の測定、ありがとうございますマーク部長」

「いえいえ、お安い御用ですよ。ですがたった1点でも4点でも更新すれば、それは成長の証なんですよルーティーさん」

 

部長と呼ばれたマークと言うの名の男子生徒は穏やか且つ丁寧な口調で語る。

そう、彼はルーティーが所属しているクラブ、射的部の部長『マーク・ニーズーン』である。

 

「初めて入った時に比べて大分腕前が上がったじゃないですか。貴方のような優秀な人は中々居ませんよ」

「えへへ……それほどでも」

 

優秀と誉められ、頬の力を緩めるルーティー。

直後にマークの手に持った得点の測定器に視線を落とし、

 

「じゃあお礼に部長、測定器貸してください。次は私が測定しますよ」

「おやっ、良いのですか? では、御言葉に甘えて……」

 

マークはその提案を乗って測定器を渡し、傍に置いていたケースを開ける。

ケースの中に入っていたライフル型の銃で、それを取り出した瞬間。

 

彼の眼がクワッ!と大きく開き、タレ目がツリ目に変わって、

 

「ヒャッハァー!! やっと出番だぜぇえええええ!! アイルゥ・ビィー・バァァァック!!!」

 

穏やかだった性格が突然と凶暴そうな性格に豹変する。

部長のその変化にルーティーは特に驚くことはなく、部長が射撃位置に着く間に自分は測定し易い位置に付く。

間もなくして、標的領域に三色のクレーンが一斉に6個も打ち出され、部長のマークは即座に銃を構える。

そしてライフル型の銃口から四発の弾丸が発射。

4つの弾丸の内、2発は4枚を砕き、残り2発は残りの2枚を砕いた。

測定役のルーティーは一つの弾丸で2枚抜きをやってのけた部長の技量に敬意を抱くと共に驚く。

 

「オラオラ! どんどん飛んでこいやぁ!!」

 

部長の催促に応えるように次々とクレーンが飛び、部長は正確且つ素早くそのクレーン達を次々と撃ち砕いていく。

やがてクレーンが飛び始めてから1分を切り、全てのクレーンが打ち出され、クレーン撃ちが終了する。

ルーティーは標的領域に落ち砕けたクレーンの数を測定器に記入し、得点を算出すると………

 

「―――192点! ベスト記録更新ですね部長!」

「ヒャッハー!! 当然だぜバカヤロォーコノヤロォー!!」

 

と言いながらも記録を更新出来たのが嬉しいのか、天に向けて銃を乱射する部長。

2,3秒で全ての弾を撃ち尽くすと満足気味に溜め息を溢し、ケースの中に銃を仕舞う。

 

「いやぁ~記録を更新した時の達成感はやっぱり良いものですね~」

「部長、ハイ。タオル」

「ありがとうございます~」

 

銃から手を離した途端、穏やかな性格に戻り、ツリ目も元のタレ目に戻ってタオルを受け取る部長。

その変化にもルーティーは特に驚く様子はなく、極普通に接する辺り、どうやら部長の豹変っぷりを見慣れているのだろう。

 

と、そこでピピピピと機械音が鳴り響く。

発生元はルーティーが持っている【ARCUS(アークス)】からだった。

彼女はスカートのポケットから【ARCUS(アークス)】を取り出し、通信に出る。

 

 

 

《午後14:10 トールズ士官学院・旧校舎 地下二階 最深部 / 視点変更=視点者・ルーティー》

 

 

 

入学日の『特別オリエンテーリング』以来の【ARCUS(アークス)】の道力通信。

『誰からだろう?』と疑問を抱きつつ、通信に出てみると送信者はトモユキだった。

こうやって離れた相手と話すことが出来る携行可能な道力器は本当に便利だなと思うと共に用件を訊ねる。

 

返答はこうだ。

『昼から旧校舎の地下ダンジョンを調べないか?』と。

どうやらリィンが先月、生徒会に押し付けられた『旧校舎の調査』をまた引き受けることになったようで、その手伝いとしてトモユキがリィンの代わりに誘ってきたのだ。

今回もまた都合よくコキ使われているリィンに同情を覚えつつ、私はその誘いに乗るかどうか迷う。

正直面倒臭そうだったから断ろうと思ったけど、直前で先月の『特別実習』のことが頭を過る。

 

自然公園【ルナリア】、あそこでの戦いで私は敵に怯えて逃げてしまい、その所為でトモユキとリィンに怪我を負わせ、他の皆にも迷惑を掛けてしまった。

あの時のことを思い出すと今でも罪悪感と後悔が胸の奥から込み上げて来る。

『もうあんな思いはしたくない!』と私は心の中で強く思った。

聞けば旧校舎の地下ダンジョンの各階層の最深部にはあの『石の守護者(ガーゴイル)』以上の魔獣が現れるらしい。

 

私は意を決してトモユキに一緒に行くと答える。

次の実習であのヒヒのような魔獣が現れても、立ち向かう勇気がある事を証明する為に。

もう二度と一人だけ逃げ出すような過ちを繰り返したくないから。

 

そうしてリィンとトモユキが手伝いとして誘った私を含めて、アリサ、ラウラ、エリオット、ガイウスと一緒に旧校舎の地下ダンジョン、第二層へ降りる。

やがて降りてから1時間を掛けて私達は最深部に到着し、聞いた通りそこに強力な魔獣が三体も現れた。

あのヒヒ達にも負けず劣らずの力を持っていると強敵に私は息を飲む。

でも、今度は逃げないで最後まで戦うと気合を引き締めて、私は皆と共に戦いに挑んだ。

 

――――しかし、事態は厄介な展開へと発展する。

 

「そこぉ!」

 

アリサが矢を放つ。

標的は―――リィンだった。

 

「うわぁ!? あ、アリサ! 俺だ、リィンだ!」

「えっ!? ご、ごめんなさい!」

 

敵と思っていた者は敵ではなく、仲間のリィンと気付いたアリサは慌てて謝る。

もしリィンが咄嗟に避けなければ、味方の誤射に射抜かれていただろう。

 

何故、アリサがリィンを敵と誤認して矢を放ったのか?

原因は今戦っている敵に有った。

 

『ケルビムゲイト』

扉と一体化した魔獣で、背中に扉の翼を生やし、額の中心に宝玉が埋め込まれているのが特徴。

石の守護者(ガーゴイル)』と同じ、生物でありながら無機質な雰囲気を漂わせている。

 

そしてこの魔獣には厄介な力を持っている、その力と言うのは―――

 

「うううわぁああああ!??」

「エリオット!!」

 

ケルビムゲイトの一体の宝玉から怪光線が放たれ、その光線がエリオットに直撃する。

彼は光線を喰らって尻もちを着いたが、ダメージは小さいようで身体に当たっても血等は出てない。

一番近くに居たガイウスが彼の名を呼んで駆け寄る。

 

「いたたたた………」

「大丈夫か?」

「う、うん…………あ、―――あれ?」

 

ガイウスの手を借りて起き上がったエリオットが前を見た途端、眼を丸くする。

直後に彼の顔が青ざめた。

 

「てててて敵が増えてるぅ!? どうなってるのこれ?! そ、それに皆も何処に行っちゃったの!?」

「落ち着けエリオット! 俺達はすぐ傍に居る!」

「くそっ! エリオットもやられた!」

 

混乱するエリオットにガイウスが落ち着かせようとし、トモユキが毒づく。

 

そう、ケルビムゲイトの厄介な力というのが今の怪光線。

どうやら相手の視界を狂わせる効果があるようで、現にその光線を喰らったエリオットが敵が増えているという幻覚染みた光景が視界に表れている。

 

言うまでもないが、アリサも怪光線を喰らってしまい、視界が狂っている。

だからさっきリィンを敵と誤認し、誤射したのだ。

 

現時点で無事なのはトモユキ、リィン、ラウラ、ガイウス、そして私。

この5人が今正常に戦える状態を保っている。

アリサとエリオットの二人はまともに戦える状態じゃない。

さて、どうしたのものか………。

 

「(ボォオオオオオオオオオオン!!!)」

「ッ!!?」

 

するとケルビムゲイトのもう一体の宝玉から咆哮のような奇妙な音が鳴る。

それとほぼ同時に私達は全身の力が抜けるのを感じた。

 

「ぐっ! またこれか、力が抜ける………」

 

ラウラが苦悶の表情を浮かべる。

実は今の音もケルビムゲイトの厄介な力の一つで、宝玉から発せられた奇妙な音を聞くと全身の力が抜け取られるのだ。

しかも音が発する場所から近ければ近い程、抜け取られる分も多いようで、迂闊に近付いてあの音を聞いたりしたら力の大半が抜き落ちてしまうだろう。

 

「………あの頭の宝玉を何とかしねぇといけねぇな!」

 

宝玉を睨んでトモユキはそう言う。

 

「でも、どうやって? 迂闊に近付いてあの音を聞いたらタダじゃ済まないよ」

「分かってる、だから今回はお前が戦闘の要だ。ルーティー」

「へっ?」

 

聞き間違いだろうか?

今、私が〝要〟って聞こえたような……。

私も知らぬ間に怪光線でも喰らっていたとか?

 

「お前のライフルの狙撃であの宝玉を壊す、出来るよな?」

「た、多分出来ると思う………」

「よし、それでこそ〝要〟だ」

 

やっぱり聞き間違いじゃなかったみたい。

でも、トモユキが私を要だと言った理由は分かる。

あの宝玉を壊す為に近付くのが危険なら、遠く離れた場所から壊せば良いだけの話。

そこで私の改造ライフル『カラミティ』の出番という訳だ。

『カラミティ』のスナイパーライフルの弾ならあの宝玉を破壊出来る(筈)。

 

遠距離武器を持っているのは私の他にトモユキとアリサが居るけど、アリサは今視界が狂って正常の射撃が出来ないし。

トモユキは真っ当な状態だけど、本人曰く、宝銃『トライデント』は狙撃に向いていないから駄目らしい。

詰まる所、現状で遠距離から宝玉を壊せるのは私だけだった。

 

「しかしトモユキ、敵も動いて戦っているのだ。移動する標的の一部分をピンポイントで狙撃するのはいくらルーティーでも難しいのではないか?」

 

けど、そこでラウラが一つの問題点を指摘する。

確かに移動する物体の一部分をピンポイントで撃ち抜くのは私でも難しい。

おまけに相手は魔獣、クレーンと違って不規則な動きをするから予測射撃が成功する可能性は低いと見て良いだろう。

でもトモユキは次の言葉でその問題を解消する。

 

「そこは問題ない。アイツ等は光線や音を出す時、一瞬だが必ず動きを止めるんだ」

「マジ?」

「良く見ているな……」

 

戦いが始まってからまだ3分も切っていないというに、この短い間で敵の動きの癖を把握しているトモユキの観察力に私とラウラは驚嘆する。

 

「なら後は陽動が必要だな」

「あぁ、敵の意識がルーティーに向かないように誰かが陽動を仕掛けないと」

 

問題が解消したところでガイウスとリィンが話に入り、陽動を提案してきた。

その陽動はこの戦いの〝要〟である私に対する危険を少なくすること。

畏れ多いことだが、私はそれだけ重要なポストだということを自覚させられた。

 

「じゃあ俺とリィン、ガイウスであの三体の注意を引くぞ。良いな二人とも?」

「あぁ、元々そのつもりだ」

「承知した」

 

陽動役はトモユキ、リィン、ガイウスの三人で決まる。

この三人はメンバーの中でもHPが高く、DEXもトモユキとリィンがそれなりに高いから陽動役としてはうってつけだと思う。

 

「リィン、トモユキ、私は何をすればいい?」

「ラウラはーーー」

「アリサとエリオットと一緒に下がって、状態異常が治るまで二人を守ってくれ」

「ーー承った」

 

リィンが指示を捻り出すよりも早くトモユキがラウラに指示を出す。

これも言うまでもないが、ラウラの役目は状態異常に陥ったアリサとエリオットと共に前線から下がり、二人が正常に戻るまで二人の護衛することになった。

メンバーの中でも唯一の回復兼攻撃&補助アーツの使い手である二人にもしものことがあったら私達は壊滅状態に陥ると言っても過言じゃない。

その二人を守る為に腕っぷしの強いラウラを護衛役として任命したのは私も正しいと思う。

 

それに前線から下がれば、ケルビムゲイトから更に離れることになり、それによって音の影響も敵から狙われる心配も少なくなるから二人だけではなく、ラウラの安全を確保する意味でも最善な筈。

 

「よし、じゃあルーティーは両方をカバー出来るように俺達とラウラ達の間に居てくれ」

「了解!」

 

配置の指示が出され、私は狙撃を行うと共に陽動役と護衛役の両方を援護が出来る配置に着く。

 

「後ろは頼むルーティー!」

「狙撃、頑張ってくれ!」

「や、やってみるよ!」

 

ガイウスとリィンの期待に応えるようにそんな返事を出す私。

だけど、二人の言葉で私は本当に重要なポジションに居るのだと改めて自覚し、その自覚が私に掛かるプレッシャーを強くし、体内で渦巻いている緊張も大きくなる。

そして気付けば、銃を握っている手に汗が沢山出ていた。

私は煩悩を少しでも取り払おうと頭を左右に振る。

 

「(し、しっかりしろ私! 私の働き次第で勝敗が決まるみたいなものだから、しっかりしないと! 皆私に期待してるんだから尚更………)」

 

重要なポジションに居る者としてプレッシャーや緊張に負けては駄目だと私は自分自身に言い聞かせようとする。

しかし、そう思えば思う程、拍車を掛けるように私の中のプレッシャーと緊張が膨れ上がっていく。

気付けば、心臓が高鳴りが激しくなり、頭から冷や汗が出ている。

 

この状態で正確な狙撃など出来るのだろうか?

そんな新たな不安が心の底から浮かび上がってきた。

気のせいか、手が震えてきたような気もする。

 

やばい………このままだと私またーーー

 

「ルーティー」

 

不意に真横から名前を呼ばれる。

そこに顔を向けるとリィンとガイウスと共に前に居たトモユキがいつの間にか立っていた。

私が彼の存在を視認した瞬間、彼は私の肩に手を置く。

 

「別に失敗しても良いんだぞ」

「………えっ?」

 

意外な言葉に私は抜けた声が出る。

今〝失敗しても良い〟って言った?

 

そ、そういう訳にはいかないでしょ! 私はこの戦いの〝要〟なんでしょう?

等と反論しようとしたが、トモユキが一歩早くこう述べる。

 

「お前、勘違いしてるようだから言っておくが誰もお前に〝完璧〟なんて求めていない」

「!」

 

トモユキの言葉に私は思わず眼を見開く。

まるで見透かされているような感じだった。

 

「確かに俺も他の皆もお前の狙撃に頼りにしているし、期待だってしてる。だがお前が〝決して失敗しない〟なんて誰も思っちゃいなんだ。どんな上手い奴でも失敗する時は有るんだ、何もおかしいことじゃない。名人だろうがチャンプだろうが誰だって失敗はするし、何より一回や二回の失敗ぐらいで失望したり、人を責めたりするような短絡的な奴等じゃないだろう、俺達のクラスメイトは」

 

同意を求めるようにリィン達を見るトモユキ。

……彼の言う通りだ。

私は皆の期待に対し、自惚れに近い、過剰意識をしていた。

誰も私に〝失敗するな〟とは言っていないのに、私は無意識に〝完璧〟を意識していた。

もしかしたら【ルナリア公園】での過ちを繰り返したくないという気持ちが私を煽らせたのかもしれない。

 

………私は馬鹿だ。

また失敗して皆に迷惑を掛けるのが怖くて、自分に許容範囲以上の働くを求めるなんて、自分自身に呆れてしまう。

自分が〝完璧〟じゃないなんて分かり切っているのに。

 

それと、トモユキの言う通り、私の仲間は人の失態や過ちを責め立てるような人達じゃないのはとっくに分かっていることだ。

例え狙撃が何度か失敗しても咎める気など微塵もないと思うから、そこのところは心配するだけ無駄だろう。

 

「とにかく変な気を張らないで、深呼吸して落ち着け。そんでもって狙撃するチャンスをじっくりと見極めつつ、自分のペース保って狙撃するんだ。アンダースタン?」

「………OK!」

 

今時古い確認用語を使ってきたことに対し、私は苦笑しつつも返事を出す。

相変わらず考えが読めない男だが、今の話を聞いてさっきまでの緊張と焦りが嘘のように小さくなり、随分気が楽になっていた。

だから私はこう言いたかった。

 

「ーーートモユキ」

「ん?」

「ありがとね」

 

少し気恥ずかしいけど、私は素直にそう述べる。

緊張を解してくれたお礼として、気遣ってくれたお礼として。

するとトモユキはフッと微笑みと共に前へ出て、リィンとガイウスの所へ戻った。

その戻る際に、背中越しでこう言った。

 

「礼ならその胸を10cmくらい大きくしてくれ♪」

 

………どうしよう。

今無性にあの背中を撃ち抜きたい。百発くらい撃ってやりたい。蜂の巣にしてやりたい。

そんな気持ちが胸の内側から溢れ出てくる。

さっきまで有った感謝の気持ちが一瞬で殺意に変わっちゃったよぉ。

この気持ち、炸裂しても良いよねぇトモユキ?

 

「(……トモユキ、お前ルーティーに何言ったんだ?)」

「(物凄い剣幕でこっちを睨んでいるぞ)」

「(別の大したことじゃない。今日女の子の日なんだ、アイツ)」

「「(あっ……………そうなのか)」」

 

二人揃って眼を逸らすリィンとガイウス。

 

ヒソヒソと話しているけど、聞 こ え て い る わ よ 三 人 と も。

自分の地獄耳に怖くなるぐらいにね!

あぁもう本当に撃っちゃおうかな!? 怒りが二乗して覚醒しそうな気分だよ!

怒りの度合いを言うと、げきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだよ!

 

………いや、落ち着け私。

今は戦闘中、私怨でチームワークを乱したら全滅しかねない。

余計なことは考えないで今は奥でどっしりと待ち構え、こちらの様子を窺っているケルビムゲイトに集中しないと。

陽動役ももうすぐ動くだろうし。

 

それに報復ならこの戦いが終わった後でやればいい………。

覚悟してろよ男子ども………全員まとめて粛清してやる!

 

「行くぞ、散ッ!!」

 

私が意気込んだ直後、陽動役のトモユキ達が三体のケルビムゲイトに陽動を仕掛けた。

リィンは右側のBを、ガイウスは左側のCを、そしてトモユキは中央のAにそれぞれ相手の正面に立つ。

次に三人は己が担当するケルビムゲイトに向けてその辺で拾った石ころを投げ付け、相手の顔に当たる。

石ころを当てられたぐらいでは何のダメージも与えられなかったが、その行為はケルビムゲイト達の怒りを買ったようで、殺気がこもった眼で三人を睨む。

 

目論見が上手く行ったのか、魔獣達の反応を見てリィンとガイウスがお互いを見合う。

予めリンクで繋がっている二人は言葉を交わすことも無く、同じタイミングで横へ移動する。

二人が移動するとケルビムゲイトBとCはリィンとガイウスの後に追う。

それによってケルビムゲイト三体のお互いの距離が大きく開く。

これで相手のフォーメーションを崩すと共に音の影響も大分低下した。

 

そんなことも気付かず、痺れを切らしたケルビムゲイトAはトモユキに攻撃を仕掛ける。

プカプカと水の上に浮かぶ船のように宙に浮かんでいるケルビムゲイトがピタリと身体を固定し、宝玉から怪光線を放つ。

あのセクハラ野郎(トモユキ)が言った通り、あの魔獣達は攻撃する際、一瞬硬直するようだ。

一方で放たれた怪光線は回避に専念しているトモユキに難なく避けられる。

 

「(ボォオオオオオオオオオオオオオオン!!!)」

「ッ、来た!」

 

続いてリィンの方に居るケルビムゲイトBが宝玉から力が抜き取られる効果を持つ奇妙な音が鳴る。

一番近くに居るリィンは抜き取られる力が多かったが、離れた場所に居る私達は抜き取られる力は少なかった。

なので精密射撃が問題なく行えたので、私は『カラミティ』の銃口をケルビムゲイトBに向ける。

そして硬直状態が終わる前にスコープの照準に宝玉を捉え、引き金を引いた。

 

ズドン!!と発射された弾丸は標的にズレることなく、宝玉のど真ん中に命中し、粉々に砕く。

攻撃の要であった宝玉を砕かれたケルビムゲイトBは眼の光を失い、その場で崩れ落ちた。

どうやらあの宝玉は彼等の力の源らしく、それを失えば力尽きてしまうようだ。

 

「ナイス、ルーティー!」

「その調子だ!」

 

敵の一体を行動不能したことでリィンとトモユキが歓声の声を投げる。

私も狙撃が上手くいき、それと二人の歓声が相まって喜びと達成感がより強く感じた。

 

すると再びケルビムゲイトAが攻撃に出る。

攻撃手段はBと同じ宝玉から怪音。

これは光線とは違い、性質的に避けるのは不可能に近いのでトモユキは勿論、私達全員が力を抜き取られる。

だけど、Bの時と同じようにAとも距離が離れている為、音の影響が少なかったから私は即座に銃の照準をAに向け、引き金を引く。

 

二度目の狙撃もAの硬直状態が解ける前に撃ったので2発目の弾丸も宝玉に直撃し、バラバラに打ち砕いた。

よってAの眼も光を失い、糸が切れたかのように崩れ落ちる。

 

やった! これで残りは一体!

最後のアイツさえ倒れせば、私達の勝ちだ!

 

と思った瞬間、残りの一体ケルビムゲイトCがグルり!と身体の向きをガイウスから私に変える。

 

「うっ!」

 

目と目が合い、私は思わずたじろいでしまう。

そして私はこの時、察してしまった。

あの魔獣に眼を付けられたと。

 

「む、待てっ!!」

 

察した通り、ケルビムゲイトCは私目掛けて突撃してきた。

Cの方を任されていたガイウスはそいつを何とか止めようとしたが、Cは彼の制止を掻い潜り、そのまま私の所へ不規則なジグザク移動で接近する。

あのような動きで接近するのはまず間違いなく私の狙撃への対処なのだろう。

実際宝玉を狙い難い。

 

「行かせるかよっ!」

 

私に近付けさせない為にトモユキがケルビムゲイトAの進路上に回り込む。

通せんぼさせたことでCは止まり、そして行く手を阻むトモユキを排除しようと攻撃を仕掛ける筈。

その時を狙って私は何時でも撃てるように構える。

 

しかし、次の瞬間。

 

攻撃する為に一旦止まるかと思いきや、ケルビムゲイトCはグルりと右から回り、身体の向きを180度曲げた。

行動の意味が読めず、トモユキも私も眼を見開いて戸惑う。

そしてこちらが戸惑っているのを良いことにCは敵に背を向けた状態のまま、1アージュくらいまでトモユキに近付き、

 

「(ボォオオオオオオオオオオオオオオン!!!)」

 

ピタリと止まり、怪音を放つ。

至近距離から怪音を喰らったトモユキは大剣と宝銃『トライデント』を地面に落とす。

 

「がっ………しまった!」

 

音の効果をもっとも強く受けやすい距離から聞いてしまった彼は力を大分抜き取られたようで、武器に続いて両膝も地面に着く。

背を向けた状態でも進路上に立っていた邪魔者がへばったのが分かるのか、ケルビムゲイトCは容易にトモユキの横を通り抜ける。

 

「不味い、逃げろルーティー!」

 

急いで私の所へ向かっているリィンがそう叫ぶ。

私の助けるつもりなんだろうけど、彼と私との距離を考えるとハッキリと言って間に合わないだろう。

おまけにトモユキを通り抜かれたことで私とケルビムゲイトCの距離は30アージュ前後。

この程度の距離ならあと7,8秒で、Cは私のすぐ目の前まで辿り着くだろう。

 

………正直言って、リィンが促しに従ってこの場から逃げ出したい。

【ルナリア公園】の時と同じように敵が迫ってきて、恐怖が溢れ始めた。

心なしか、手足が震えて来た気がする。

 

でも、逃げるわけにはいかない。

何故なら私が逃げたら後方に居るラウラ達が襲われるかもしれないから。

 

―――それに、ここで逃げだしたら私は何の為に此処まで来たの?

旧校舎に来る前に決めた筈だ。

もう過ちを起こさないよう、大型魔獣を恐れず、立ち向かう勇気を手にいれると!

だから私は逃げない! 逃げたくない!

私は二度と逃げだしたくない、もう後悔したくない、もう惨めな思いも仲間を危険な目に合わせたくない!

出来る筈だ、私だって! 軍人だった(・・・・・・・)パパとママの子供の私なら!

 

自分に渇を入れて手足の震えを抑え、私はライフルのスコープを覗き込む。

照準に映るケルビムゲイトCは後ろ向きの状態で接近しているので、宝玉が見えない。

しかも不規則なジグザク移動で走っているから余計に狙い難い。

でも絶対に狙えないわけじゃない、例え宝玉が見えなくても位置は大体分かる。

あとはジグザク移動を見切って、後頭部から宝玉を撃ち抜くだけ。

 

当てられる自信はあんま無いけど、やってみせなきゃ!

私は照準の高さを調整し、後頭部の中心に狙いを定める。

だが、対象は動いているので狙いを定めて撃つには対象が来るであろうと予測した場所に撃ち込む、予測撃ちしかない。

だから私はCの後頭部の中心が通ると思う場所を幾つか予測し、そこを順に狙いを付ける。

 

 

 

 

まずは約20アージュ先の予測地点――――――失敗。

 

 

 

 

次は約15アージュ先の予測地点――――――失敗。

二つ目も予測が失敗して焦りが最大級に脹れ上がり、身体全体に冷や汗が出ているのが分かる。

次の三つ目が成功しなきゃ終わりだ。

 

 

 

 

 

最後の予測地点、約10アージュ先……………これに全てが掛かっている――――――捉えた!

 

「(そこだぁ!!)」

 

引き金を引き、銃口から弾丸を発射する。

10アージュという狙撃にしては近過ぎる距離から発射した弾丸は予測した通り後頭部に命中し貫通、そして裏側から宝玉を撃ち砕く。

よってケルビムゲイトCは力尽き、地面に墜落する。

 

狙撃が成功して『やったぁ!!』と声を上げそうになったが………。

 

「え?」

 

地面に落ちた筈のケルビムゲイトCがまだ突進を続ける。

どうして?と思ったが、理由はすぐに分かった。

宝玉を壊して相手の活動力を止めても、運動エネルギーは止め切れていないのだ。

つまり慣性の法則に従ってCの身体は地面を削りながら前進し続け、私との所へ来る。

勿論、私は避けようと思ったが予想外の出来事に身体が反応してくれなかった。

 

「(駄目、避けきれなーーーー)」

「『クロノブレイク』!」

 

ケルビムゲイトCが3アージュ手前まで来た瞬間、後ろの方からエリオットの声が聞こえたと共にCの足元に黒い魔法陣が浮かぶ。

するとCの移動速度が急激に減速し始め、極めて緩やか速度に変わる。

 

「アリサ、今だよ!」

「ええ、喰らいなさい!『アースランス』!!」

 

次はアリサの声が聞こえたと思うとCの足元に今度は山吹色の魔法陣が浮かび、その魔法陣から岩の針が飛び出し、陣の上に居たCを突き上げた。

 

「ルーティー! 後ろに飛べ!」

「ッ!」

 

アリサの次はラウラが聞こえ、私は指示通り、咄嗟にバックステップで後ろに下がった。

直後にラウラが私の横を通り過ぎ、

 

「『光刃乱舞』ッ!!」

 

身の丈の長さを誇る剣に光を纏わせ、宙に舞い戻ったケルビムゲイトCに光の斬撃をお見舞いする。

奥義によるラウラの怒涛の斬撃にCの身体は五つに分断され、すぐにセピスへと変わった。

 

これで最後のケルビムゲイトを倒し、室内は静寂に包まれる。

敵を全滅させたことを確認するとラウラは剣を閉まってクルりと振り返って、

 

「怪我はないか、ルーティー?」

「あははっ、大丈夫大丈夫。危ない所助けてありがとうね、ラウラ」

「礼なら及ばない。仲間なのだから当然だ」

 

気取った感じなど微塵もなく、極自然にサラリと口にするラウラ。

う~ん、カッコいいなぁ。女なのが勿体ないくらい凛々しいわ、ラウラは。

一部の女子に人気が在るのも納得かも。

あっそうだ、二人にもお礼しなやきゃ。

 

と思って私もクルりと振り返る。

 

「アリサもエリオットもありがとうね。もう眼は大丈夫なの?」

「うん、皆が守ってくれたお陰で大分治ったよ」

「こっちも皆に世話を掛けちゃったみたいだし、お合い子ね」

 

視界の異常状態が治ったアリサとエリオットが元気そうな姿で歩み寄って来る。

一時はどうるなるかと思ったけど、無事に元通りになって何よりだ。

 

アリサ達が私の所へ着くと続いて陽動役のトモユキ達がやって来る。

 

「最後の狙撃、凄かったよルーティー。不規則な動きをしていたのにアイツの宝玉を撃ち抜くなんて、しかも後ろから!」

「まさに神業だったな」

「そ、そんなことないよ。運が良かっただけだって」

 

リィン、ガイウスから称賛され、つい照れて謙虚になってしまう。

しかし、一人だけ真面目な顔をしているトモユキが『だが……』と呟く。

 

「あんな無茶、もうすんなよ。見てたこっちがヒヤヒヤもんだったんぞ」

「え? あ………うん、ごめん」

 

声も真剣なもので注意してきたことに私は戸惑いつつも謝る。

時々、何時もの飄々とした性格とは結び付かない、真剣なモードに変わるから調子が狂ってしまう。

普段からこんな風に真面目で優しかったら格好良いのに………。

 

「む………」

「どうかしたのガイウス?」

 

何か気になることが有るのか、ガイウスが地面に伏せてピクリとも動かないケルビムゲイトA・Bに視線を傾ける。

エリオットがそれについて訊ねると彼はA・Bをジッと見詰めながら、

 

「……妙だ」

「何が?」

「あの二体はもう動く気配はないが、まだ命の息吹を感じる」

 

今の言葉を聞いて私達は一斉に視線をケルビムゲイト達に向ける。

 

「そ、それってまだ生きていることだよね?」

「間違いない。奴等は生きている」

「……確かに最後に倒した奴とは違って、セピスに変わっていないな」

「でも、生きているとしても別に害は無いのだから放っておいてもーーー」

 

とアリサが話している途中、タイミングを見計らったかのように突然ケルビムゲイトA・Bに異変が生じた。

身体から膨大なエネルギーのようなものが溢れ始めたと同時にガタガタと痙攣のように震え出す。

 

「なななな何が起こっているの!?」

「わわわわ分からないけど、やばそうだよ!!」

 

前兆も無く、突然起こった現象に取り乱すアリサとエリオット。

そういう私もメッチャ焦ってる。

何が起こるかは分からないけど、あれはヤバいと本能が訴え掛けて来る。

 

「これは………自爆する気だ!」

「何!?」

「本当かトモユキ!?」

「それしか考えられない。あの宝玉が壊れたら自動的に自爆するよう仕掛けられてたんだ!」

 

じ、自爆ぅ?

本当にそうなら早く逃げないと!

でも、出入口はケルビムゲイト達の奥に在る………。

今から走って間に合うか!?

 

「皆! 俺の後ろに付け!」

「えぇ? 逃げないの!?」

「間に合うとは思えん! 早く!」

 

走って逃げることよりも良い策が有るのか、トモユキは私達に自分の後ろへ付くように促す。

何をするかは予想出来ないけど、ここは彼を信じて後ろに付く。

 

私達が指示通りにすると彼は懐からベースボールくらいの大きさの大地のセピスの塊を三つも取り出し、それ等を右手の大剣の刀身に当てる。

当てた瞬間、刀身は大地のセピスを飲み込みーーーいや、吸収した!

光を発する共に三つのセピスを吸収した刀身は透明から山吹色に変化する。

その色は今吸収した大地のセピスと同じ色だった。

 

「耐えてくれよ、『ガイアクラッシャー』ァ!!!」

 

そう叫ぶと彼は色が変化した大剣を地面に突き刺す。

直後にトモユキのすぐ手前の地面から巨大な紫色のクリスタルの柱が出現する。

更に続々とそのクリスタルの柱がまるで私達を通せんぼするように生えていく。

 

そして次の瞬間、閃光と爆音が私の意識を掻き消した…………。


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