五の軌跡   作:クモガミ

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第二章
第二章ー1 5月1日 新たな亀裂と少女の叫び


《5月1日 午後15:30 【トリスタ】トールズ士官学院 《Ⅶ》組教室前》

 

――5月初旬。

ライノの花が徐々に散り始め、微かに温かくなった風が【トリスタ】の街を吹き抜ける季節。

先月の『特別実習』を終えた私達は再び、忙しい学院生活に追われていた。

その最中で私は午後のHRが終わって学生寮へ帰ろうとしたところ、教室に忘れ物をしたと気付き、踵を返して教室へ戻っています。

 

はぁ、私としてことが教室に忘れ物をするとは………。

毎日が忙しいと何かを置き忘れてしまうのはよくあることなのですね。

 

などと染々に耽って、扉の前に着くと教室の中から。

 

『だが、嘘をつく人間を信用する事は出来ない―――ただ、それだけのことだ』

『マキアス……』

 

あら? まだ教室に誰か居るようですわね。

この声はリィンとーーーマキアス?

 

声の主が分かると教室からマキアスが出てくる。

教室の前に居た私は彼と鉢合わせするような形で眼と眼が合う。

そこに私が居るとは思わなかった彼は当然驚いたのですが、すぐに顔を険しくし、嫌な物から視線を外すように急いで身体の向きを変え、付近の階段へ向かった。

 

「あっ………」

 

去って行った彼に私は掛ける言葉が見付からず、その背中を見送るだけしか出来なかった。

………一体何なんでしょう、あの男は?

私と眼が合うと今のように顔を険しくしたり、用事があって声を掛ければ拒絶的な態度であしらう。

貴族嫌いなのは入学式の日から知っていますが、私はユーシスのように言い争うようなことはしていないのに、どうして私にもあんな態度を取るのでしょうか?

全く見当も尽きません。

分かっているのはあの男が失礼な男だということ。

 

……これ以上考えても時間無駄ですわね。

釈然としませんが、本人の口から直接理由を聞かなければいくら考えて仕方ありませんわ。

 

そう割り切って私は早急に忘れ物を取ろうと教室に入りました。

 

「あっ……ゼオラ」

「リィン……」

 

今度は中に居るリィンと眼が合う。

そういえばマキアスと何か話し合っていましたわね。

ところで浮かない顔を浮かべていますが、何か有ったのかしら?

 

「どうしましたの? 浮かない顔をしてますが………」

「ははっ………顔に出てたか」

 

私に指摘されたリィンは自虐的とも言える苦笑を浮かべる。

………もしかして。

 

「マキアスと何か有ったのですか?」

「いや、別にそういう訳じゃないさ。ただ……上手く仲直り出来なかったって言うか……」

 

あぁ、成る程。

つまりまた邪険にあしらわれたようですわね。

 

前の『特別実習』の最終日にリィンは私達A班とB班に自分の身分が貴族であると打ち明かしました。

私を含めてクラスメイトの殆どがその事実に驚きましたが、誰もがその事実を受け入れ、以前と何の変わらず接しています。

でも一人だけ、快く思わない者が居ました。

言うまでもなく、それがマキアス・レーグニッツ。

彼はその日以来、リィンを露骨に避けるようになったのです。

身分を明かす前は親身に接していたようですが、やはりリィンが貴族だったのが相当ショックだったみたいですわね。

あの態度から察するに裏切られたと騙されたと思っているでしょう。

 

まぁどちらにせよ、あの男に頭を悩ますリィンの苦労に共感を覚えた私は溜め息を溢す。

 

「ふぅ、お互い苦労しますわね」

「俺の場合は自業自得さ。ゼオラの方は身に覚えは無いんだろう?」

「ええ、これっぽっちもです。一体私の何が気にいられないんでしょうか、あの男は」

「う~ん………そうだな」

 

私が愚痴を垂れたの機に同じ悩むを持つ者同士、会話が弾み始め、少しの間だけ私達は教室の中で愚痴を零し合い続けた。

 

 

 

《同時刻 トールズ士官学院・河川敷 / 視点変更・視点者=イビト》

 

 

 

此処はトールズ士官学院の奥に在る旧校舎の更に奥に在る河川敷。

話によると此処は昔から学生達が特訓場として使っていた場所らしいが、現在では使っている学生は居ないとの事。

何故、そんな場所に俺が居るのかと言うと、ある人物を鍛える為である。

 

そのある人物とは――――

 

「お、お待たせしました………」

「――来たか」

 

振り向くとそこには俺のクラスメイト、エレカ・アルディオーネが居た。

相変わらず、影も気配も薄い奴。

そう、俺が鍛えるという人物がコイツだ。

 

どうして俺がエレカ(コイツ)を鍛えることになったのかと言うと、それは数日前を遡る…………。

 

 

 

 

「何で私がアンタを呼ばれたか、分かる?」

 

俺は午後のHR(ホームルーム)が終わった際、話があるとサラ教官に呼び出しを喰らい、動力端末室に連れ込まれる。

そして窓を背にして腕を組んだ教官が俺を此処へ呼び出した訳が分かるか?と問い質してきた。 

とりあえず、一番思い当たることは口にする。

 

「この前の『特別実習』で単独行動の件についてですか?」

「〝それも〟あるわ。でもそれは二の次よ」

「……じゃあ本命は?」

「―――単刀直入で言うと、アンタにエレカを鍛えて欲しいのよ」

 

は?

何を言い出すのかと思えば、俺がアイツを鍛えるぅ?

寝惚けてるのか、この酔っ払い教官は?

 

「何でそんなことを? そもそも何故か俺が?」

「一つ目は今のままじゃ、使い物に成らないのよあの子。アンタもそこのところは聞いてるんでしょ?」

 

確かにそう言った話はフィー辺りから聞いている。

俺が居ない間、アイツは他の皆の足を引っ張ったとかなんとか。

『正直、居ない方がマシ』という辛辣な意見も有ったみたいだが、まさか教官からも問題視されるレベルとはな。

 

「前の実習のアンタ達B班の評価は〝E〟。この評価の原因はあの子の実力も要因しているけど、アンタの単独行動もその一つなのよ」

「…………」

 

返す言葉が見付からないので、俺はただ黙るしかなかった。

あの時、ユーシスやマキアスのいがみ合いでチームに纏まりが無いという状況にも関わらず、それに拍車を掛けるように俺の単独行動でチームの和が更に乱れ、実習成果は散々な結果で終わり、落第されてもおかしくない最低ランク〝E〟の評価を付けられたのだから。

 

するとサラ教官はジロリと俺を見据える。

 

「……何でアンタが単独行動を取ったかは知ってるわ。そうせざる負えない状況だったのも知ってる。でもね、だからってアンタの単独行動を許す理由にはならないわ」

「その罰としてエレカを鍛えろ、と」

 

先読みしてそこから言うであろう言葉を言い当てると教官は『そういうこと』と頷く。

 

「あの子を使い物になるぐらい強くさせたら、単独行動の件についてはチャラにしてあげるわ」

「……もし断ったら?」

「単位が全部無くなるんじゃないかしら♡」

 

ほぼ脅しじゃねぇか!

しかもカワイコ振って言うんじゃねぇ!

このぐうたら未婚教官ッ!!

 

――等と突っ込みたかったが、全力で堪える。

もしそれを本当に言ったら、本当に単位を全部消されかねない。

 

「生徒を鍛えるのは教官の仕事でしょう。何故貴方がしないんですか?」

「私は忙しいのよ。テストの作成や次の実習先の模索とか、色々在るのよ。何より特定の人物だけを付きっ切りで鍛えるのは依怙贔屓っぽいし、面倒臭いし………」

 

おい。

最後のが一番の本音だろう。

 

ったく、こっちがルール違反をしたのを良いことに面倒なことを押し付けやがって………。

あの生真面目なナインハルト教官を見習って欲しいもんだ。

 

「……鍛えるにしても、アイツの許可は取ってるんですか?」

「それについては大丈夫よ。鍛えて欲しいって頼んで来たの、あの子自身だもの」

「アイツが?」

「ええ、前の実習で自分の無力さに思い知ったみたいね。――二つ目の問いの答えだけど、アンタ以外に頼める人が居ないのよ」

 

俺以外は居ないって、それならナインハルト教官は…………あの人はもっと忙しい身だったな。

学院の仕事と正規軍の仕事、この両方をこなしているのだからサラ教官よりもずっと忙しい立場だろう。

ナインハルト教官が駄目となると、もう他に頼めそうな教官が見当たらない。

学院で武術の指導者はサラ教官とナインハルト教官だけだ。

 

でも何故そこで俺が選ばれるのかが分からない、俺は他人を鍛えた経験なんて一度も無いと言うのに。

だが、今の俺の考えを見透かしたかのように教官はこう述べる。

 

「その歳で他人を鍛えたことがあるとは流石の私も思っていないわ。でもアンタの実力は既に学生レベルじゃない、もう人に教えを説いて良いぐらいのレベルね」

「自分はそう思えませんが」

「私だって少し前までは自分にはまだそんな力は無いと思っていたわ。今だって至らないところが沢山在る」

 

そこで教官は『けど』と付け加え、

 

「最初から完璧な人間なんて居ないわ。アンタの扱きが例え上手くいかなくてもそれは仕方ないし、悪くもない」

「でもエレカを使い物にしなきゃ、単独行動の件はチャラに出来ないので違うペナルティを背負ってもらう………とか?」

「あら、分かってるじゃない」

 

当たって欲しくないことが当たって俺は溜め息を溢すと共に肩を落とす。

それとは対照的にサラ教官は陽気な笑みを浮かべる。

 

「まぁ良い経験になると思ってやってみれば? こんな機会滅多に無いわよ」

「他人事だと思って気楽に言わないでください」

「だって他人事だもん~」

 

開き直りやがったぞ、この駄肉教官。

畜生………女で教官じゃなかったら、あの口をチャックのように縫ってやるのにぃ!

 

心の中でそう憤慨していると、サラ教官は真面目な顔に戻してこちらを見詰め直し、

 

「で、どう? 引き受けてくれる?」

 

改めてエレカを鍛えてくれるかどうか、訊ねる。

 

正直断りところだが、今の俺に他の選択肢は無い。

なので俺は諦めるように渋々と口を開く。

 

「――分かりました、引き受けます」

「そうこなくっちゃ♪」

 

俺の返事に教官は嬉しそうに言う。

『エレカには私が話を通しておくから、後は頑張りなさい!』という言葉を機に俺達の会話は幕を閉じる。

 

 

 

―――というわけで、俺はコイツ……エレカ・アルディオーネを使い物になれるぐらいまで鍛え上げることとなったのだ。

非常に面倒臭いが引き受けた以上、出来る限りのことをするしかない。

すると此処に来て早々、エレカが急に頭を下げる。

 

「あ、あの……今日はよろしくお願いしましゅ!」

 

自分を鍛えてくれる俺に挨拶をしようとしたが、かなり緊張しているようで、声が裏返っていれば、最後のところで噛む始末。

そのことに本人はカァと耳まで顔が真っ赤になる。

 

『締まらない奴……』と心の中で呆れつつ、俺は相槌を打つ。

 

「こちらこそな。――お前が強くなりたいのはサラ教官から聞いている、俺にどこまで出来るかは分からんが、肝心なのはお前の努力次第だ。ちゃんと付いて来いよ」

「は、はい! 頑張りましっ!」

 

返事も締まらないが、気にせず鍛練を始めるとしよう。

まずは前準備からだ。

 

「よし、まずはこの河川敷の周りを200周! それが終わったら次は腹筋・腕立て伏せ300回! それも終わったら最後は縄跳び400回だ!!」

「え……えぇ!?」

「どうした、さっさと取り掛かれ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいイビトさん! それは流石に―――」

「良いからやれぇ!!」

 

ドンガラガッシャァァァァン!!!とエレカの鍛練が始まった。

 

 

 

………それから30分後。

 

「立て、エレカ・アルディオーネ。まだ56周目だぞ」

「………無理です。もう動けません………」

 

地面に両膝を着いてゼェゼェと息を荒くしたエレカが答える。

 

言うまでもないと思うが、一応説明しておくと。

前準備の河川敷を200周する運動で、コイツはたった50周ちょっとギブアップしてしまったのだ。

 

これでは鍛練にならないと俺は溜め息を吐く。

 

「喋る元気が有るならまだ動ける筈だ。さぁ立て」

「だから無理ですよ………足がパンパンで立つことすら―――」

「さっきも言ったがやる前から諦めてどうする? お前、本当に強くなりたいのか?」

「も、勿論強くなりたいですよ。でもいきなりこんなハードな前準備なんて無理です……」

 

さっきから無理、無理と………。

イライラさせるなぁ。

まるで〝昔の自分〟を見ているような気分だ。

 

限界への挑戦もしていないのに根を上げるエレカに俺は苛立ちを覚える。

しかし、これ以上催促しても事態は進展しないと判断した俺は河川敷のランニングを切り上げ、腹筋・腕立て伏せに移行させた。

だがこれも目標数に達成することもなく、ランニングと同様切り上げ。

最後の縄跳びも案の定、途中で切り上げることになり、俺のイライラは次第に募っていく。

 

 

そして本命である戦い方と投擲を指導することになったが………。

 

 

―――予想通りと言うべきなのか、エレカは持ち前のドジ力を発揮してどの訓練も上手くいかず、上達や成長の見込みも無く、ただ時間だけが過ぎて行ったのだ。

前準備といい、本命といい、何も達成出来ない上達しないエレカのポンコツっぷりに俺は呆れを通り越して、怒りが込み上げる。

『コイツはどんなに頑張っても強くならないんじゃないか?』と思ったが、まだ1日目なので見定めるのは早いと自身の納得させようとした。

その時、

 

「……何で上手くいかないの? やっぱり私は何をやっても駄目なの………?」

 

地面に両手と両膝を着いた状態のエレカが呟いたその一言で、俺の苛つきは頂点に達する。

 

「―――じゃあもう辞めるか」

「えっ?」

「お前に上達も成長の兆しも無い。これ以上何をやっても時間の無駄だ。学院に戻ってお前の鍛練の指導者の任を解いてもらうよう、教官に話してくる」

 

溢れ出す感情を表には出さず、代わりに声に乗せてそう言い残して俺は踵を返して学院へ赴こうとした。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

阻むようにエレカが呼び止める。

無視してそのまま学院へ戻りたかったが、一応聞いてやろうと足を止めた。

 

「上達も成長もしないなんて勝手に決め付けないでください! それに私を強くするのが貴方の役目なんでしょう!?」

「あぁ、確かにそうだな。だがな……俺は他人を鍛え上げることなんて初めてなんだよ。おまけに見込みの無いお前を強くさせるなんて俺には荷が重過ぎる」

「そんな………サラ教官は『貴方なら大丈夫』だって言ってたのに……」

「買いかぶり過ぎだな。俺はそこまで万能じゃない」

 

『それにな』と言葉を紡ぎ、

 

「自分を信じない奴なんかに努力する意味も価値もない!」

「!」

 

背中越しだから自信は無いが、今の俺の言葉でエレカが顔が強張った気がした。

更に俺は言葉を重ねる。

 

「ちょっとでも無理して運動すれば強くなれるとでも思ったか? 甘いんだよ、限界に挑戦しなきゃ人は本当の意味で強くなれない! リィンやラウラ、トモユキを見てないのか? アイツ等はいつも限界に挑戦しようと日々鍛練を行っている、人一倍以上にな!」

「…………」

「自分を信じているからこそ、自分に厳しく徹することが出来るんだ。お前は自分自身を信じていないから簡単に諦めたり、自分に厳しく出来ない。だから強くなれない!」

 

頭に血が昇って自分が言い過ぎていることに気付かない俺は最後にこう言い放つ。

 

「そんな奴がいくら強くなろうとしても何もかも無駄だ。諦めろ、お前には無理だった、それだけの話だ」

 

吐き捨てるように言い放った俺は止めていた足を動かし、学院へ赴く。

同時に後ろの方からジャリィ!と地面を掻きむしったような音が聞こえた。

 

「―――分かってますよぉ! 自分がどうしようもない甘ったれだってこと!」

 

掠れながらも大きな声が河川敷に響き渡る。

再び足を止めて振り向くと眼に涙を溜めたエレカがこちらを見ていた。

 

「私だって自分を信じたいんです! でも、どんなに頑張って私は強くなれなかった………。だから私はいつの間にか、自分に自信が持てなくなって、信じられなくなって、諦め癖が付いて、自分に厳しく出来なくなって………」

顔を俯かせてポロポロと涙を落としながら己について語り始めるエレカ。

その中で地面に着いている両手が地面をジャリっと抉るように掻く。

情けない自分に対する悔しさなのか、それは彼女自身しか分からない。

 

「けど………諦めたくない! 私は……強くなりたい! これだけは、これだけは諦めたくないんですっ!!」

 

あの『特別オリエンテーリング』の時よりも強い感情を声に乗せて、胸の内側に秘めた想いを吐き出すように強くなることを断固として諦めたくないと彼女はそう述べる。

一体何が彼女をそこまで強くなることを固執させているのか。

聞かずにいられなかった俺は一旦間を置いて、その訳を聞く。

 

「……どうしてそこまで強くなりたいんだ?」

「――――認めさせたいんです」

「何?」

「認めさせたいんです! 見返したいんです! 私は何も出来ない子じゃないってことを………やれば出来る子なんだって証明したいんです!!」

 

そう叫ぶエレカ。

まるでこの場には居ない誰かに訴えるように。

 

―――ああ、そうか。

フィーよりも齢が一つ低いコイツが何でこの学院へ入学したのか、少し見当が付いたぞ。

まさか、〝コイツもそうだったとはな〟………。

 

「……ぐす……ひっぐ………うぅ……」

 

言いたいこと全て吐き出してもう叫ぶ気力が無いのか、エレカは普通に泣き始める。

その様子を見た途端、俺の中で罪悪感が芽生え出す。

 

………はぁ、まるでこれじゃ俺が泣かしたみたいだな。

いや、みたいじゃなく、どう見ても考えても泣かしたのは俺だ。

3つ年下の子を泣かすのは流石の俺も自分自身がみっともないと思う。

そして気付けばさっきまでの苛つきが何処かへ消え去り、今では何とも言えないモヤモヤとしたものに変わっており、無性に歯痒さを感じ始める。

 

「あーもう、分かった分かった!」

 

それに堪えかねた俺はバツ悪そうに後頭部を掻いて、泣きじゃくるエレカに近付く。

彼女のすぐ手前に着くと姿勢を低くし、視線を彼女と同じ高さにする。

 

「お前は俺が責任持って強くする!」

 

ハッキリと言った俺の言葉に零れ出ていた涙が止まり、俯かせていた顔を上げるエレカ。

 

「お前をクラスの奴等から認めさせるぐらい強くしてやる! 必ずだ、必ずお前を使い物になるぐらい役に立つ奴にしてやる! お前が諦めない限り、俺は決してお前を見捨てない!」

 

自然とそんな言葉が口から出ていた。

保証も確信も無いというのに、俺は必ず強くしてやると誓う。

 

「イビトさん………」

 

震えた声でエレカは俺の名前を呼ぶ。

すると彼女の眼から再び涙が零れるが、それはさっきまでの悔しさから出たものではなかった。

俺は彼女の顔に手を伸ばし、その涙を指で掬い取る。

 

「だからもう泣くなエレカ。強くなりたいんだろう?」

「―――はい!」

 

涙目ながらも力強い声で返事を出した。

心なしか、口元が嬉しそうに緩んでいるように見える。

おまけに頬が若干赤くなっているような………気のせいか?

 

まぁそれはともかく、こうして俺はエレカ(コイツ)が強くなるまで面倒を見ることになった。

正直言ってとてつもなく面倒臭くて、どうしようもなく不安だが。

一度やると言った以上、男に二言は無い。

その覚悟と力を示してやらなければ、指導者としての面目が立たないというものだ。

 

 

 

 

《午後18:00 【トリスタ】第三学生寮  / 視点変更・視点者=トモユキ》

 

 

 

 

「ぷっは~~~、運動した後の風呂はやっぱ最高だな~~~♪」

 

自主練を終えて締めの風呂を上がった俺は片手に持った牛乳を飲みながら、風呂上がりの爽快感を満喫していた。

 

このまま素っ裸になって外へ駆け出しても良いぐらいだが。

本当にそんなことをしたら憲兵さん達にお世話になってしまうな。

 

等と馬鹿なことを考えていると。

 

「おっ」

 

ガチャンと一階の玄関の扉が開いた音が聞こえた、誰か帰ってきたようだな。

この匂い………。

 

「マキアスか」

「む、トモユキ」

 

匂いの通り、帰ってきたのはマキアスで彼は階段からが上がってきた。

何処かで夕食を喰ったみたいで、口元から微かにスパゲティの匂いがする。

俺もこの牛乳飲み終わったら、早く夕食を喰いたいぜ。

するとマキアスはこちらを見掛けた途端、眼鏡をクイっと上げてジト目で俺を見る。

 

「君……また上半身だけを露出した恰好をして。はしたないぞ、この前もその格好で女子達を騒がしたじゃないか」

「騒いだって……、騒いだのは主にアリサとエレカだろう。他の女子達は平気そうだったぞ、特にラウラやフィーは」

「だ、だが、アリサ君やエレカ君がその姿に耐えられないのは事実だろう!」

「大丈夫大丈夫! その内慣れるって」

 

全く、副委員長様は細かいなー。

そんなんじゃオデコが更に――――ん?

 

マキアスの奴、なんか苛立っているみたいだな。

………ははぁん、読めたぞ! つまりまたか(・・・・・・・)

 

「どうしたマキアス? ちょっと不機嫌みたいだな」

「な、何を言って―――」

「―――当ててやろうか? 学院の帰りにリィンかゼオラに絡まれたってところか?」

 

そう指摘すると眼を丸くするマキアス。

やっぱ図星だったようで、その時のことを思い出したのか。

顔が一瞬険しくなった。

 

「分かり易い奴だな……リィンの方はいい加減許してやったらどうだ? アイツも悪かったと思ってるんだ」

「―――君には関係ない、口出ししないでもらおうか」

 

プイッとマキアスはそっぽ向く。

どうやら自分の身分を隠したリィンが余程許せないらしい。

重ねて間が悪いことに前の『特別実習』でユーシスとの仲が更に悪くなった直後だったから、余計に許せなくなったんだろう。

ホント、人生って退屈しないわ。

とりあえず、ちょっと探りを入れてみますか。

 

「なぁマキアス、いくらリィンが自分の身分を隠していたからってそこまでムキになることはないだろう。それとも、お前のその貴族に対する反抗心が許さないのか?」

「関係ないと言ってるだろう! これは僕の問題だ!」

「関係ないね………本気で言ってるのか? お前のその無節操な嫌悪意識で次の『特別実習』に全く影響が無いと言えるのか?」

 

痛い所を突かれたマキアスは曇った表情を浮かべるが、直後に顔の曇りは険しいものに変わる。

そしてワナワナと身体を震わせ、ギリッ!と歯軋った。

 

「――君に、君に僕の何が分かる!?」

「あぁ、分からないさ。だがその嫌悪意識が〝憎しみ〟から来てるのは分かる」

「!!」

 

これも図星らしく、またもや眼を丸くするマキアス。

ついでに口もパクパクさせる。

何時見ても面白いなぁ、コイツのこの芸当は。

まぁそれは置いといて……。

 

「お前にも色々有るんだろうが、少しは自分を見詰め直したらどうだ? 自分に全く非が無いと本気で思っている訳じゃないんだろう?」

「……………」

 

俺の諭しが効いたのか、マキアスは顔を逸らしつつも考え込み始める。

 

よしよし、あの様子だと効果的中ってとこだろう。

これで少しはリィンやユーシス、そしてゼオラとの関係が上手く良いんだが………。

あっ、そうだ!

丁度良い機会だから、〝あれ〟を渡しておこうか。

 

そう思った俺はズボンのポケットからリボンが付いた小さな袋を取り出す。

 

「なんだ、その袋は?」

「クッキーさ、良かったらお前も食ってみろよ」

 

鼻栓をしてから俺は袋の口を閉じているリボンを解く。

口が開くと袋の中から不気味且つ禍々しい色のクッキーが顔を出す。

次の瞬間、マキアスの顔が『う゛っ!』と歪む。

 

「ちょ、一体何なんだそのクッキーは!?」

「差出人は不明だが、今日の帰りに俺の郵便入れの中に入ってんだ」

「ハエが集っているぞ……」

「気にするな、それよりもせっかく貰ったんだから捨てる訳にはいかないだろう? だから良かったら食べないか?」

「いやいや! 僕は遠り―――」

「遠慮してくていい、ホラッ」

「ぬわっ! やめっ………!?」

 

欲しい癖に素直になれないマキアスに俺はその口にクッキーの半分を優しく強引に突っ込む。

するとマキアスの鼻や耳といった穴と言う穴から黒い煙が出始め、やがて彼の眼は白目に変わり、床に倒れ込んだ。

 

「マキアスゥーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

俺の叫びが【トリスタ】に響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

あっ! 残りのクッキーどうしよう?

ふむ………仕方ない、後でリィンにこっそり食わせてやるか。





~おまけ~

倒れたマキアスをヘアドリクス教官の元へ運び終わったトモユキは学生寮に戻り、自分の部屋へ戻る際、階段から降りて来たリィンを見掛ける。

「リィィィィィィィィィィィィン!!!」
「ん? トモユキどう―――」
「召し上がれッ!!!」
「―――もごっ!!?」


怒涛の勢いで口の中に差出人不明のクッキーを押し込まれたリィンは鼻や耳といった穴から、要するにマキアスと同じ状態となって床に倒れ込む。


「ただいま――――って、あれ!? リィン!!」


直後に、クラブ活動を終えて帰ってきたエリオットが口に大量のクッキーを詰め込んで倒れている無惨なリィンの姿を目撃する。

―――その日、今日二人目となる患者がベアトリクス教官の元へ運ばれるのであった。





×こっそり

○無理矢理

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