五の軌跡   作:クモガミ

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第一章ー9 4月25日 大市騒動編 

《4月25日 午前7:00 【ケルディック】 大市》

 

それは私達A班が朝食を食べ終えて、2日目の《特別実習》を開始しようと宿から出た時のことでした。

昨日、二人の商人が喧騒していた大市で事件が起こったみたいなのです。

何でも大市の屋台が昨晩、何者かに壊され、商品も盗まれたと。

誰が聞いてもそれは盗難事件に他ならなかった。

流石に気になってしまった私達は依頼主に会う前に大市を見ようと足を運ぶ。

宿と大市はすぐ近いので、ほんの数秒でその手前まで来ると聞き覚えのある声が二つ、大市の方から揉めていているのだが聞こえました。

 

案の定、二つの声の主は昨日、大市で喧騒していた地元の青年商人と身なりが良い帝都の商人。

どうやら被害が遭ったのはこの二人で、しかも二人はお互いに自分の屋台を壊し、商品を盗んだのは昨日口論した相手だと思い込んだようで、昨日と同じように言い争っていたのです。

元締めのオットー氏が仲裁役として二人を宥めようとするが、被害者達の怒りは相当大きく、オットー氏の声など耳に届いていませんでした。

 

このままだとヒートアップして今度こそ殴り合いになってしまうと危惧した私達はオットー氏に加勢する様に二人の間に入って、喧嘩を止めさせようとしたのですが。

予想以上にも二人の怒りは頂点に達しているようで、完全に聞き耳持たずな状態に陥っていました。

そして二人の手が握り拳に成り、本当に殴り合いなろうとした、その時。

 

この町の治安を維持する青い軍服を纏った領邦軍が参上し、先頭に立つ隊長らしき人物がオットー氏から事の詳細を聞くと信じられないことに。

 

今回の事件はいがみ合う二人が同じ事件を同時に起こしたと決め付けたのです。

ロクに調査もせずにそういう結論に至るのはあまりにも強引過ぎると私達A班全員がそう思いました。

しかもあろうことか、この件に対して手を退かなければ、二人とも盗難事件の犯人として逮捕すると脅す領邦軍隊長。

つまり領邦軍は〝この事に関しては無かったことにしろ〟と、そう言いたいでしょう。

 

当然そのようなこと、納得出来ないが背に腹は代えられない二人の商人は顔を俯かせ、渋々とそれを了承する。

領邦軍の隊長はしたり顔を浮かべ、他の民にも釘を刺すとその場を去っていきました。

彼等のお陰で騒ぎが収まりましたが、どうにも納得し難い。

それは此処に居る誰もが同じ気持ちのようでした。

 

「こ、こんなの無茶苦茶だよ!?」

 

エリオットの言う通り、これは理不尽にも程がある。

自分達の領地で起こった事件を真面目に取り掛からず、適当な推察で事件を解決しようとするなど、治安を管理する者の行う行為ではありません。

領邦軍は一体何を考えているのか。

 

「あれが此処の領邦軍のやり方というわけか………」

 

去って行った領邦軍の背中を非難するような眼で見詰めながらラウラは言う。

少なくとも全ての領邦軍はああではないということを理解してもらっているのは幸いかもしれない。

 

「怪しさ満点だな」

「うん、まるでこの盗難事件の犯人を捕まえる気がない振る舞いだよね……」

「同感ですわ」

 

あまりにも度が過ぎるやり方に私は領邦軍を怪しむトモユキとルーティーについ共感してしまう。

彼等の態度は真面目に仕事を全うする兵士の〝それ〟とはかけ離れている。

生まれた時から兵士を見てきた私には分かりました。

更に昨日、オットー氏の話では領邦軍から陳情を取り下げない限り、大市の如何なる不祥事にも不干渉を貫くと仄めかした言ってましたのに。

 

何故、不干渉を貫くと宣ったのにも関わらず、今回の事件に干渉してきたのか。

何故、今日の騒ぎには駆け付けたのに、昨日の騒ぎには駆け付けなかったのか。

 

とにかく彼等の行動には矛盾点や不自然さ部分が多い。

もしかして商品を盗んだのは彼等?

……いえ、そう決め付けるには情報が少な過ぎる。

確証を得る為にはもっと情報を集めなければ………。

 

「なぁ皆―――」&「ねぇ皆さん―――」

 

皆さんにあることを提案しようとしたところ、私とリィンの声が重なる。

私達二人は言葉を途切って、お互いの顔を見合う。

 

「ゼオラの方から良いぞ。レディファーストだ」

「いいえ、ここは男性の方から言う物ですわリィン」

「そうか? なら皆―――」

「―――俺達でこの事件を調べないか?」

「って、お前が言うのかよ!?」

 

自分が言いたかった台詞を横取りされるリィン。

どうやら二人とも私と同じことを考えていたようですわね。

なら話が早いと私が思うとトモユキが出した提案に他の皆さんは眼を見開いて驚く。

 

「ええっ!?」

「……屋台を壊した犯人を私達で見付けると言うのか?」

「本気? 実習とかどうしちゃうの?」

 

ラウラの後にルーティーが実習について指摘してくる。

確かに私達には《特別実習》があり、それを疎かにすることは出来ません。

なので、

 

「勿論、実習の方もしっかり果たしますわ。ただし〝実習をしながら事件の調査をする〟のです」

「二つを同時にやるの?」

「それしかないだろうな。幸いにも今日の実習の依頼は昨日より少ない、午前中に依頼を全て達成すれば午後の5時まで事件の調査が出来る筈だ」

 

流石同じ提案を出そうとしただけあってリィンが良いフォローを入れてくれる。

私はそのフォローを活かそうと皆さんの自発を促そうと話を続行します。

 

「眼の前で理不尽なことが起きて、頼るべき領邦軍が当てにならない。士官学院の生徒である私達が見過ごすわけにはいかないのではなくて?」

「た、確かにそうだけど……事件の調査なんて僕たちに出来るのかな?」

「う~ん、そうよね……私達だって素人には違いないし。せめて、サラ教官の指示を待った方が良いんじゃまいかしら」

 

な、何を暢気な……。

素人とというのは否定できませんが、いつ現れるか分からない人を待つ余裕はありませんというのに!

『でもあと一押し、あと一押し出来れば』とそう思ったところでトモユキが唐突に点を指差し、

 

「爺ちゃんは言っていた『戸惑いこそが人生だ。自分に何が出来るか、何をすべきか、自分自身で考えろ』と! 俺の爺ちゃんやサラ教官が言っていたように……今が〝その時〟じゃないか?」

「あっ……」

「ふむ……」

 

昨日の夕方頃、B班の様子を伺いに行ったサラ教官が私達に告げた台詞を思い出したエリオット、ラウラ、アリサ、ルーティーは眼を丸くする。

説得する側の私もその台詞を聞いて、つい眼を丸くしてしまう。

まさか、この破廉恥で不埒な男がここでそのような台詞を使うとは。

いつもチャラチャラとした感じとは違って、別人に見えてしまいます……。

皆さんも私と同じ気持ちのようで、凄く意外そうな顔を浮かべる。

 

しかし、私達の中で今のトモユキの台詞を耳にして、頭の上に?マークを浮かべるリィン。

口に出してはいないが、『何の話だ?』と言わんばかりの表情だった。

それもその筈。

何故なら彼は昨日私達女子の攻撃を喰らい、しばらくの間気を失っていたので、サラ教官の話は聞いていないのです……。

 

ま、まぁその時の話は置いといて、トモユキに自発心を燻られたアリサ達は少しの沈黙の後、決心した表情を見せる。

 

「成る程ね……確かにこれも《特別実習》の内なのかもしれない」

「う、うん。ちょっと不安だけど僕達だけでやるしかない、よね?」

「義を見てせざるは勇無きなり……か。ふふ、良いだろう。私もその話に乗らせて貰おう」

「アハハ、探偵漫画みたいな展開でなんかワクワクしてきたかも!」

 

四人とも事件の調査に同意し、こうして私達A班の行動方針が定まった。

 

 

 

《午後12:30 【ケルディック】 大市入り口前 》

 

 

 

時刻はお昼を過ぎ、《特別実習》の依頼を全て終わらせた私達は一旦宿に戻って昼食を取ってから大市の入り口前で調査の結果を整理していました。

調査の結果、被害者の二人の商人や他の屋台の商人達、住民達の皆様方にも聞き込みをしたところ、残念ながら有力な情報は得られませんでした。

――ですが、有力の情報を持っていそうな者達が残っています。

 

その者達とは領邦軍。

彼等の行動や振る舞いは怪しいの一点張りで、何かを隠している可能性が高い。

もし彼等から何か有力な情報を引き出せれば事件解決とまではいきませんが、犯人探しの大きな前進になる筈。

簡単にはいかないと思いますが、それでも私達は藁にすがるような気持ちで領邦軍の詰め所を訪ねる。

詰め所前の見張りの兵がこちらに気付く。

 

「ん……お前達は確か、士官学院の生徒達だったな。一体何の用だ?」

「お忙しいところ申し訳ないのですが、お願いがあって来ました。今朝の大市での事件について俺達にお話を聞かせて頂けないでしょうか?」

「何だと?」

 

兵士の顔が怪訝そうな表情に変わる。

まぁ当然と言えば、当然の反応でしょうけど。

 

「部外者のお前達の何の関係が有ると言うんだ?」

「ええっと……」

「単刀直入に言おう、アンタ達が犯人か?」

「な、何っ!?」

「ちょちょ、トモユキっ!!」

 

ストレートな問い掛けにエリオットが慌てて抑える。

疑いを掛けられた兵士はトモユキを問い詰めようとしましたが、即座にラウラが士官学院という身分を利用し、鮮やかに相手を言いくるめ、兵士は不服そうな表情を浮かべながらも隊長を呼ぼうと詰所の中に入った行った。

それを確認するとリィン達はトモユキを糾弾する。

 

「トモユキ! お前、いくらなんでもストレート過ぎるぞ!」

「そそ、そうだよ! 僕心臓が止まるかと思ったよ!」

「う~ん。ド直球で問い詰めれば口を滑られると思ったんだが、上手くいかなかったか……」

「当たり前でしょう……」

 

全く………、ラウラが居なかったらどうなっていたことやら。

ともかく余計な揉め事が起こらずに済み、私も含めて皆さんも肝を冷やした顔でホッと溜息を零す。

 

そして数秒後、詰め所から大市に現れた領邦軍の隊長が出てくる。

露骨に迷惑そうな態度を見せる隊長は私達にこの度の事件の対処について話す。

彼等は自分達の行動の全ては自分達の主であるアルバレア公爵の意向にあると言う。

 

要するに主の命令は絶対で、主の言うことを従いのが我々の仕事だと隊長は語る。

言い方は少し気に入れませんが、彼が言っていることは何一つ間違っていません。

正規軍も同じように上からの命令は絶対に等しいのですから。

 

その後も何とか情報を引き出そうとしましたが、相手の面の皮が厚く、やはりそう上手く情報を引き出せず、悪戦苦闘する私達。

くぅ、なんともどかしい………。

もしこの町が我が家の領地ならば、遠慮なく問い質してやったでしょうに。

ですがそれは叶わぬ願い、此処はアルバレア家が治める【クロイツェン州】の町。

例え私がカイエン家の娘だとしても素直に言うことを聞いてくれないでしょう。

 

しかし、隊長が話を切り上げようと瞬間。

エリオットの機転により、ついに隊長はボロを出した。

見張りの兵士の呼び掛けで己の失言に気付いた隊長は『急用が出来た!』とありきたりな言い訳を述べ、詰め所の中へ帰ろうと身体を180°回れ右をする。

するとその瞬間。

何処からか、チャリーン!と小さな円筒形の物が隊長の背後の地面に落ちる。

 

「おいおい、慌て過ぎじゃないか隊長さん? 小銭落としたぜ」

「むっ……」

 

地面に落ちた円筒形の物の正体は500ミラコイン。

小銭のことを教えたトモユキは次にそれを拾い上げ、親切にもその小銭を落としたと思われる隊長に差し出そうとするが……。

 

「おっとと!」

 

何かに躓き、身体が前によろけて隊長にぶつかる。

 

「――申し訳ない」

「気を付けろ……!」

 

ぶつかったことで少し不機嫌になったのか、隊長は奪い取るように小銭を乱暴に取って、詰め所の中へ戻って行った。

もっと他にも聞き出したいことがあったのですが、隊長が居なくなった以上、此処に留まる理由が無くなったので私達は駅前に移動し、引き出した情報について論議を交わす。

 

「皆、どう思う?」

「完全に真っ黒だぜ。予想通りに」

「いきなり断言しましたわね……ん?」

 

自信有り気にそう断言したトモユキの手には紙切れのような握られていた。

私達の中でルーティーが先にそれを指摘する。

 

「トモユキ、ナニそれ?」

「ああ、あの二人の商人の商品を盗んだ犯人の名前と居場所と書かれたメモさ」

「「「「「「!」」」」」」

 

トモユキが紙切れの正体の明かしたことで私達は眼を見開いて驚愕する。

 

「な、何でそんな物持ってるの!?」

「あの隊長の財布の中に入っていたんだよ」

「財布? 何時何処でその財布を―――」

「――あの時だな? お前が隊長とぶつかった時に……」

 

隊長の財布を何時何処で手に入れたのか、その見当が付いたリィンがアリサの言葉を遮る。

あの時、領邦軍の隊長は財布のような物を落さなかった。

でもトモユキはぶつかったあの時に隊長の財布を手に入れた。

ま・さ・か………。

 

「まさか、スッたのですか!?」

「人聞きが悪いな。スッたんじゃなくて奪い取ったんだ」

「どっちも似たようなものでしょう!」

 

屁理屈を抜かす盗人に思わず突っ込みを入れてしまう。

全く、毎度毎度どんでもないことをしますわねこの男は。

 

「き、気付かなかったわ………」

「うむ、我らにも悟られぬように取ったのは見事だと言いたいところだが……盗みは良くないぞトモユキ」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと後で返すから!」

「いや、そういう問題じゃないでしょ………」

 

ルーティーの仰る通り、盗むという行為自体が駄目なのですから。

―――ですが、確定情報を手に入れた功績に免じて、今回ばかりは眼を瞑るとしましょうか。

 

「それでそのメモには犯人のことが書かれているんだよな?」

「無論だ。商品を盗んだのは『マカオ盗賊団』。名前から察するに盗みを生業にしている集団みだいだな。潜伏先は【ルナリア公園】みたいだぜ」

「昨日、僕達が立ち寄った公園のことだね」

「あそこか、確かにあそこなら姿や商品を隠す場所にうってつけだな」

 

成る程、これでやっと確信しましたわ。

今回の事件は計画的な犯行。

恐らく昨日の許可証の手違いも今回の事件の複線。

あの二人の商人をいがみ合わせた上で、ほとぼりが冷めない内に領邦軍は盗賊団を雇い、あの二人の商人の屋台を襲わせ、同時に商品も盗み取らせることで大市にパニックを起こさせる。

そして領邦軍無しではどうにもならない状況まで事態を悪化させ、〝増税取り消しへの陳情〟を取り下げさせざるを得ない状況まで追い込む。

そういう段取りなのでしょう。

 

はぁ………思っていたよりも真っ黒ですわね。

アルバレア公爵、良くない噂が絶えない方だと存じていましたが、よもやこんな卑劣な手段を取る方とは。

いくら革新派との対立が深まっているとはいえ、このような理不尽な行い………見過ごす訳にはいきませんわ!

 

「よし、そうと分かれば早速【ルナリア公園】に行ってみよう!」

 

リィンの言葉に各々の個性溢れる応答で返すと、私達は犯人が潜伏していると言う【ルナリア】公園へと向かった。

 

 

 

≪午後13:30 【ルナリア公園】≫

 

 

 

徒歩で約一時間、太陽の位置がやや西に傾いた時に私達は【ルナリア公園】に辿り着く。

昨日、《特別実習》の途中で少し寄りましたが、改めて見るとこの公園。

草木が延々と広がっており、公園と言うより森と言った方が正しいと思うのですが………。

 

「あら、これって……」

 

とそんなことを考えていると、アリサが閉じた公園の門の前で何かを見付ける。

それはブレスレット。

窃盗被害に遭った帝都の商人の売り物でした。

聞き込みの時、帝都の商人が見せてくれた、運良く盗まれなかったブレスレットの一つと同じなので間違いありません。

これがこんな所に落ちているということは、トモユキが盗み取ったメモに書いてあった通り、【ルナリア公園(ここ)】に犯人が居るのはほぼ確定ですわね。

 

しかし、公園の中に入ろうと思いましたが、門には南京錠が掛かれており、中に入ることが出来ませんでした。

ラウラはその南京錠を破壊しようと前に出ましたが、リィンがそれを制止し、自分がやろうと名乗り出る。

 

「待てよリィン。此処は俺に任せておけ」

「え?」

 

ですが今度はトモユキがリィンを制止し、彼が門の前に出る。

するとポケットから2本の棒のような物を取り出す。

 

「それって……」

「針金?」

「まさか……」

 

何をするのか察したリィンを余所に、トモユキはおもむろにその針金を施錠の鍵穴に差し込む。

その針金をカチャカチャと動かしたと思うと、ガチャリという音が施錠から響く。

 

「おっし、入られるぞー」

 

トモユキはそう告げると施錠を外し、門の扉を開いた。

今のってまさか……

 

「……今のピッキングよね?」

「ああ、そうみたいだ」

「トモユキ、もしかしてアンタ……泥棒?」

「泥棒じゃない、怪盗だ」

 

だからどっちも似たようなものでしょう………。

今の開錠技術といい、スリの技術といい、トモユキは一体何者?

リィンとエリオットは『〝ニンジャー〟じゃないのか?』と言っていますが、〝ニンジャー〟とは一体何のことでしょう?

 

「そんなことよりも、さっさと中へ入ろうぜ。犯人に逃げられちまうかもしれないからな」

「あ、あぁ………皆、行こう」

「え、えぇ……」

 

トモユキの催促により私達A班は【ルナリア公園】の中へ入る。

まぁ彼が何者かは今は些細なこと、気にしないでおきましょう。

 

そう割り切って足を踏み入れると公園内には街道と同様、魔獣が徘徊していた。

恐らく長い間、ロクに管理しなかった所為で自然と住み付いてしまったのでしょう。

最早、此処は公園ではなく、魔獣の住処ですわね。

 

などと内心突っ込みを入れて私達は遮る魔獣を排除しながら園の奥へと進む。

その途中で………。

 

「う………」

「どうしたゼオラ?」

 

先頭を歩くトモユキ達が最後尾を歩く私が止まったことに気付いて振り返る。

皆さん、何故私が足を止めたのか、不思議そうに見詰めるのでその原因を口にします。

 

「此処に泥がありますわ……」

「それがどうした?」

「通れませんわ……」

「は? 何で?」

 

何で? そんなの決まっています!

 

「く、靴が汚れるからですっ!」

「はいぃ?」

「こ、この靴はお気に入りなんです! こんな泥だらけの場所を歩けば酷く汚れてしまいます……」

 

そう、私の一歩先には広範囲の泥の道が広がっており、一歩足を踏み込めば足の上まで泥が覆い被さる程深い、泥の池のような道が。

私が進めない原因がこの泥の道なのです!

このような道を歩けば、お気に入れの靴が泥だらけになってしまうのは眼に見えています!

ですが、私が前へ進みない事情を打ち明けると男子とラウラは理解不能と言わんばかりの顔を浮かべ、アリサとルーティーは眼を閉じながら呆れた表情を浮かべていました。

 

「……ゼオラ、此処まで来たのだから我慢して頂戴」

「で、ですが! わざわざこのような道を通らなくても……」

「この道を通らなきゃ先へ進めないんだから、仕方ないでしょ」

「そもそも何でよりによって≪特別実習≫の日にそんな靴を履いてきたのよ?」

「どの靴の中よりもこれが一番馴染むからです。くぅ………このようなイレギュラーな道を歩くと分かっていたら、それ相応の物を履いてきましたと言うのに……」

 

と顔を伏せて泣き言を垂れる私。

後悔先に立たずとはまさにこのことを言うのですわね。

しかし、ここで駄々をこねている訳にはいきませんので、私は何とかしてこの泥の道を歩かずに前へ進む方法は無いかと辺りを見渡す。

すると、ふと頭上を見上げると6アージュ斜め上辺りに大きな木の枝が伸びていた。

丁度、人間一人は余裕で乗っけられる程の大きな枝が。

 

「!」

 

そうだ、これですわ!

良い方法が思い付いた私は早速実行に移す。

まずは魔導籠手から帯を出し、それを斜め上空の大きな枝に巻き付かせ、折れないかどうか引っ張って確かめる。

 

「えっと……ゼオラ、何しているの?」

「これからそっちへ行く為の準備です」

「準備?」

 

私がどうやってそちらへ向かうのか、見当が付かず首を傾けるエリオット。

では、今からその方法を見せてあげるとしましょうと私は少し後ろに下がり、助走を付けて前へジャンプした。

普通ならそのまま泥の道に踏み込んでしまうが、私は事前に上空の木の枝に巻き付かせた帯を利用し、ロープアクションのように木の枝を軸にして泥の道を飛び越える。

それを確認して私は帯を消し、リィン達の手前で着地した。

 

「うわっ、なんかカッコいい!」

「その魔導籠手ってそんな使い方も出来るだ~、結構便利だね」

「こういう風に使うのは初めてなのですけどね」

 

でもこの使い方、意外と何処かでも役に立つかもしれませんわね。

 

「だが、今度の実習では違う靴で来た方が良いぞゼオラ」

「ラウラの言う通りだ。次の実習でもこれと同じような道を歩かないとは限らないんだし」

「わ、分かっておりますわ」

 

予想外の場面に出くわしたとはいえ、こればっかりは私の不手際としか言いようがありません。

この教訓を活かして次の実習では実習に相応しい靴を用意しませんと。

すると再び歩き始めて、そう経たない内にトモユキの鼻がクンクンと鳴る。

 

「――近いな」

「分かるのか?」

「あぁ、人間の匂いがする……数は四人か」

「に、匂いって………犬じゃないんだから」

 

いいえ、獣という意味では合っていますわよエリオット。

とにかく、犯人らしい人物達が近くに居るようですし、私達は周囲への警戒を強めて奥へと進んでいくと。

リィンとラウラとトモユキが人の気配を感じ取り、足を止める。

 

「へへ……何気に良い稼ぎになったな」

 

直後に曲がり角から品の無い男の声が聞こえ、私達はこっそり角から顔を出して覗くと開けた場所に怪しげな四人組の男達が居座っており、その者達の傍には大市から盗まれた商品が置かれていた。

どうやらあの者達が大市から商品を盗んだ犯人、盗賊団ですわね。

しかも盗賊団の話に更に耳を傾けると、『アイツ等』『領邦軍に顔が利く』『何を考えているのか分からない男』という気になる言葉が出て来る。

領邦軍や盗賊団以外にもあの窃盗事件に関与している者達が居るということでしょうか?

捕まえてそこ等辺の事を洗いざらい、聞き出す必要がありそうですわ。

 

「まぁいい、何時でも此処を離れられるように準備を―――」

「――甘いな」

 

静寂を斬り裂くようなリィンの声を機に私達は盗賊団の前に姿を現す。

 

「な、なんだテメェ等は!?」

「ちゃ、ちゃんと門に鍵を掛けた筈なのに……」

「まさか、突破しやがったのか!?」

 

予期せぬ来訪者に慌てふためく盗賊達。

見るからに小者ですわね。

 

「うむ、その通りだ」

「それも、大市から盗んだ物みたいだし……」

「この場合、現行犯逮捕が認められる状況なのかしら?」

「認められるさぁ。なぁゼオラ?」

「無論ですわ。貴方達の身柄を確保し、盗んだ商品を全て返却させて貰いますわ!」

 

善良なる市民の商売を邪魔した挙句、商売の命とも言える商品を盗んで持ち主に多大な被害を与えた罪、此処の領主が許してもこの私が許しはしません!

 

「さっ、大人しく盗んだ物を返して捕まるんだったら、痛い目見るだけで済むわよ」

「そうそう痛い目に遭いたくなかったら―――って、痛い目見るの!?」

「当然だな、俺でもそうする」

「当然なのか!?」

 

バイオレンス的過ぎるルーティーとトモユキに仲良く突っ込みを入れるアリサとリィン。

やる気があるのは良いですが、殺したら駄目ですよ二人とも。

 

「ちっ! ガキ共が調子に乗りやがって!!」

 

盗賊の一人がそう吐き捨てると一斉に小銃を取り出す。

 

「所詮はガキの集まりだ! 一気にブチのめしてやれ!」

「くく……幸い目撃者も居ないことだしな」

「覚悟して―――ぶへぇ!!?」

 

言い終える前に盗賊の一人が道力車に轢かれたかのように吹き飛ぶ。

 

「なーーぶごぉ?!!」

「ばふぅ!!!」

「おぎゃあぁ!!!」

 

突然仲間が吹き飛んだことに驚く暇も無く、次々と残りの盗賊達も吹き飛んで行く。

後方へ5アージュ程、吹き飛ばされた盗賊達は相当なダメージを負ったようで意識は有るが、動く力を大分失い、中々起き上がれずにいた。

 

「口ほどにもないな」

 

宝銃『トライデント』を構えた状態で他愛も無さそうに言うトモユキ。

盗賊達を吹き飛ばしたのは他でもない彼でした。

しかもいつもの光弾ではなく、〝何か〟を飛ばして盗賊達を倒したのです。

 

「トモユキ、今のは一体……」

「説明は後だ。相手が動けない内に拘束するぞ!」

「うむ!」

 

事象の説明よりも犯人の確保を優先すべきだと促されたリィン、ラウラはトモユキと共に盗賊達の所へ駆け走った。

遅れて私とアリサは三人の後に続く。

そして更に遅れてエリオットとルーティーも後に続いた瞬間。

頭上からガサッ……と言う音が響きました。

 

「うわっ!」

「きゃあ!」

 

直後にエリオットとルーティーの悲鳴が聞こえ、私達が振り向くとそこには二人の後頭部に拳銃を突き立てる男が立っていた。

格好から見て、その男も盗賊団の一味というのが分かる。

 

「そこまでよ、坊や達!」

「なっ!」

「くぅ、一体何処に隠れて!?」

「木の上からだよ! コイツ、木の上から降って来た!」

 

木の上? また何でそんな所から?

馬鹿は高い所が好きという奴でしょうか?

どちらにせよ、まずい状況ですわ。

二人が人質にされてしまい、これでは手出しが出来ません。

 

「あ、(あね)さん!」

「姉貴!」

 

地面に平伏せている盗賊達が二人を人質にしている男を頼もしそうにそう呼ぶ。

察するにあの変な口調の男が盗賊団のリーダーに違いないですわね。

それにしても男性なのに女性の喋り方、あれがオカマという者なのかしら?

 

「何やら騒がしいと思って戻ってくれば、好き勝手やってくれたじゃない? でもおいたはここまでよ! 全員武器を捨てなさい! さもなくばこの私好みの可愛い坊やと赤毛の尼の頭がポップコーンみたいに弾けるわよ」

 

ありきたりな脅しですが、そうせざる負えませんわね……。

二人の命には代えられません。

 

「……悪い奴の悪足掻きだぁ」

「ルーティー! 本当のこと言ったら……」

「お黙り!!」

「―――隙アリっ!」

 

オカマ口調のリーダー格が二人に視線を傾いた瞬間を狙って、トモユキが一瞬で三人のすぐ手前まで間合いを詰めた。

 

「なぬっ!?」

「トモパンチ!!」

「ぶげらっ!!!」

 

引き金を引かれる前にトモユキの左ストレートがリーダー格の眉間に突き刺さる。

 

「トモキック!!」

「ひぶぅ!!!」

 

そこからすかさず右足の蹴りを溝に放ち、リーダー格の身体は後退し、よってルーティーとエリオットの頭に突き立てられていた拳銃が離れる。

だが、トモユキの攻撃はまだ続く。

 

「トモチョップ!」

「げんぐっす!!!」

 

脳天に手刀。

 

「チョップ!!」

「ただんぐ!!」

 

脳天に手刀。

 

「チョップ!!!」

「っほんむるん!!!」

 

最後に大剣の側面で脳天を殴打。

計五回の打撃を喰らって意識が朦朧となると共に足元もフラフラになるリーダー格。

 

「ひ、ひどいわよ……まだ登場して間もないのに」

「目に目を、外道には外道さ。出番がただでさえ少なくない奴の出番を更に減らすのが俺のポリシーだ」

「ふっ………その外道さ、嫌いじゃないわ―――」

 

気に入ったと言わんばかりの顔を浮かべて、リーダー格はガクッと仰向けに倒れた。

 

「「「「あ、姉(貴)さーーーーーーーーん!!!」」」」

「トモユキ!」

「ありが――」

「礼なら少し待て、止めを刺す!」

「「え?」」

 

二人を制止し、トモユキは倒れたリーダーに寄り添うように近付き、

 

「でぇおりやぁああああああああああああああああああああ!!!」

「ぅばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?」

 

無防備なその身体に渾身の正拳突きを放ち、リーダー格の断末魔が公園に響き渡った。

 

「と、トモユキ………」

「やり過ぎだよ………」

 

必要以上の追い討ちにその場に居る誰もが唖然とする。

悪党とはいえ、リーダー格に同情したくなりますわね………。

ですが、無事二人を助け出すことが出来て何よりですわ。

さて、後は盗賊達を全員拘束し、盗まれた商品を元の持ち主達に届けなくては。

 

と私達が行動を起こそうとしたその時。

何処からか聞いたことがない奇妙な音色が鼓膜をかすった。




次回で第一章終了です。
お楽しみに。

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