五の軌跡   作:クモガミ

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第一章ー6 4月21日 実技テスト

《4月21日 午前9:00【トールズ士官学院】グラウンド》

 

「―――それじゃあ予告通り、《実技テスト》を始めましょう」

 

グラウンドに集められた私達《Ⅶ》組は先週の土曜日にサラ教官から伝えられた《実技テスト》をやることになった。

教官が言うにはこのテストは単純に戦闘力を測るものじゃなく、『状況に応じた適切な行動』を取れるかを見る為のものらしい。

つまり何らかの工夫をして戦いを有利に進め、そして相手を倒せれば、付けられる評価は高く。

逆に何の工夫もせず、短時間で相手を倒せても付けられる評価は低いとのこと。

 

「フン……面白い」

「単純な力押しじゃ評価に結びつかないわけね」

 

テストの概要を大まかに聞いてユーシスは闘争心が擽られ、アリサはこのテストの趣旨を正確に理解する。

二人とも緊張してないな……。

私なんて緊張で身体が少しカチコチだよ。

 

「ふふ、―――それではこれより、《実技テスト》を開始する! ヨハン教官、記録お願いね」

「はい、お任せください」

 

サラ教官の隣に居るヨハン教官がペンとノートを持って愛想良く答える。

彼女はこの《実技テスト》で副担任として私達の評価を記録する係らしい。

 

「では、リィン、エリオット、ガイウス、トモユキ。まずは前に出なさい」

 

トップバッターは今、挙げられた四名みたいだ。

呼ばれた四人には悪いけど、最初じゃなくて助かった……。

人前で初めてやるものを一番手やるのは本当に緊張するからなー。

 

「はい!」

「うぅ、いきなりか……」

「――承知」

「早速、出番到来だな」

 

一番手に選ばれた四人はそれぞれの反応を見せながら私達よりも前に出る。

私も一番手に選ばれたてたら多分、エリオットみたいに緊張でウジウジしていたかも。

だから彼には共感と同情を覚えた。

 

「じゃあ、とっとと呼ぶとしますか」

 

パチンとサラ教官が指で鳴らすと、何も無い所から赤と銀の浮遊物体が出現した。

な、何アレ!?

当然現れた浮遊物体に私を含めてクラスメイト全員が眼を見開く。

 

「これは……!?」

「ま、魔獣!?」

「いや、命の伊吹を感じない!」

「傀儡人形……じゃないな。自立行動しているみたいだし」

 

間近でその浮遊物体の出現を見た四人、リィンとエリオットは当惑し、ガイウスはそれが生き物では無いことを悟り、トモユキは冷静にそれの正体を見極めようとする。

 

「ええ、そいつは作り物の〝動くカカシ〟みたいなもんよ。ちょっと強めに設定してあるけど、決して倒せない相手ではないわ」

 

ほ、本当かな?

見るからに固そうだし、『特別オリエンテーリング』で戦ったガーゴイルよりは迫力無いけど、生き物にはない無機質な雰囲気が纏っているから、逆に不気味さを感じる。

さっきも言ったけど一番手じゃなくて本当に良かったと思う。

ああいう得体の知れない相手はどう戦って良いか、分からない。

だからリィン達の戦いを先に見て、戦い方を参考にしないと!

 

「―――例えば、ARUCS(アークス)の戦術リンクを活用すればね」

「あ……」

「それが狙いですか!」

「成る程、ならこのメンバー構成も納得だぜ!」

 

サラ教官の口から出た攻略のヒントに四人は攻略の仕方を悟ったみたいで、各々の得物を取り出して構え、リィンはガイウスと、トモユキはエリオットとリンクした。

四人の戦闘態勢が整うとサラ教官は戦闘中における課題目標も伝える。

 

・誰一人も戦闘不能にならない。

・相手のアーツの発動を阻止する。

 

以上の二つ。

この二つをクリアすれば、評価が上がるとのこと。

尚、あの傀儡人形とやらは一定以上のダメージを与え続ければ、自動で姿を消し、姿が消えたら勝ちだそうだ。

 

「―――それでは始め!」

 

教官が開始の合図を出すとリィン達は瞬時に行動に出る、まずはリィンが激励を掛け、次にエリオットがエコーズビートを発動し、全員が自動回復と防御強化の恩恵を得るとトモユキとガイウスが攻撃を仕掛ける。

大剣の斬撃と槍の突きが傀儡人形もとい戦術殻αにダメージを与えると共にその身体を押し退けたが。

当然相手も黙っておらず、お返しと言わんばかりにサマーソルトキックをガイウスに放つ。

しかし、攻撃が当たる寸前、即座にリィンが防御の姿勢でカバーに入り、攻撃を身代りする。

 

「くぅ!」

 

攻撃を喰らったリィンだが、予め防御の姿勢を取ったお陰で直撃は免れ、しかも防御強化の恩恵によってダメージは軽いものに済んだ。

そしてトモユキが戦術殻αの背後に回り、その背中に斬撃を放つ。

背後からの攻撃によろけを見せるとエリオットが魔導杖からアーツを帯びた球体を放ち、追撃を掛ける。

四人ともフォローや追撃のタイミングに非の打ち所がなく、相手の攻撃や行動に適切に対応していく。

 

戦術αがアーツの詠唱を始めるとリィンとガイウスが同時攻撃で詠唱を阻止し、次にレーザーが飛ぶとトモユキが光弾でそれを相殺すれば、エリオットが時のアーツ『クロノブレイク』を発動させ、相手の動きを鈍くする。

そうして四人は戦術リンクの力を生かし、上手い連携で戦いを有利に進め、やがて戦術殻αの攻撃する隙を次第に無くしてゆき。

 

「でえぇい!」

 

トモユキが大剣の一振りがヒットすると遂に一定のダメージを越えたみたいで、戦術殻αが姿を消す。

 

「ーーそこまで!」

 

サラ教官が終了の合図を出す。

戦闘が始まってから僅か3分足らずで、四人は戦術殻αを倒したのだ。

 

「なんとか勝てたぁ~……」

「ふふ、戦術リンク上手くいったな」

「当然だろう、この四人なら。なぁリィン?」

「あぁ、このメンバーじゃなかったらここまで上手く戦えなかっただろうな」

 

武器を閉まってそれぞれ戦った感想を述べる四人。

戦いが終わった後にああやって話し合い出来るのは余裕がある証拠なのだろう。

事実、苦戦しているようには見えなかった。

 

でもあの四人の連携は妙に息がピッタリしていた気がする。

大体は戦術リンクの力のお陰なんだろうけど、素人の私の目から見ても四人の連携の息が合い過ぎていると思う。

しかも、リンクの力も使い慣れているようなにも見えるし。

どうしてだろうと疑念を抱いた直後、次のサラ教官の言葉でその疑念が解かれる。

 

「うんうん、悪くないわね。戦術リンクも上手く使えていたようだし、連携もちゃんと形になってるわね。旧校舎での実戦の効果で連携もちゃんと形になってるじゃないの?」

 

旧校舎? 実戦?

えっ、もしかして四人はあの旧校舎で実戦経験を得る共に戦術リンクの力を試していたの?

そうか、だからあんな息が合った連携が出来たんだ。

 

「ほう……」

「むむ、いつの間にそんな対策を……」

 

四人の連携の良さの訳を知ったラウラは私と同じように納得がいったような顔を浮かべ、マキアスは意外そうに驚いていた。

そしてサラ教官はリィン達の評価をヨハン教官に耳打ちで伝えると、

 

「では次、エマ、ユーシス、ラウラ、ルーティー! 前に出なさい!」

 

き、来た! 私の番だ!

自分の出番が訪れた私は未だに緊張しながら他の三人と同様、皆よりも前に出る。

私達がリィン達と入れ替わって指定の場所に着くとサラ教官は先程と同じ方法で戦術殻αを呼び出す。

ターゲットが現れて私はホルスターからマグナムを取った時、隣に居るラウラが私に話し掛ける。

 

「ルーティー、私とリンクしないか?」

「え、良いの?」

「勿論だ、申し込んだのは私なのだからな」

 

ラウラの申し出に私は少し戸惑ってしまう。

嬉しいけど、どうして私なんだろう?

リンクするなら同じ剣を使う者同士ということでユーシスとは合いそうだし、アーツの扱いが上手い委員長とも合いそうだし、その二人に比べて私なんてラウラと合いそうなところ、全然無いと思うんだけど。

そんな私の疑問を綺麗に吹き飛ばすかのようにシンプルな答えが返ってくる。

 

「エマは先にユーシスとリンクしたから、リンクする相手はそなた以外居ないのでな」

「あっ………そういうこと」

 

チラッとユーシスとエマの方を見てみると、二人は既にリンクを結んだ状態だった。

つまりラウラはリンクする相手が他に居なかったから私にリンクするのを申し込んだという訳だ。

少しでも期待されているんじゃないかと、思った自分が恥ずかしい……。

 

まぁそんな訳でラウラとリンクする。

リンクした瞬間、『特別オリエンテーリング』の時に感じた程の一体感ではないが、ラウラがこれから何をしたいのか、それが何となく分かる気がした。

前衛を務めるラウラに上手く合わせられるか分からないけど、リィン達の戦いを見たお陰で戦術殻αとの戦い方も参考になったし、ラウラやユーシスは《Ⅶ》組の中でも指折りの実力者だって言われているみたいだし、なんとかなるでしょ。

 

「―――始め!」

 

開始の合図と共に戦いの火蓋を切って落とされた。

 

 

 

……なんとかなる、最初はそう思っていたが現在はそんなに甘くなかった。

旧校舎で戦術リンクの力の使い方を経験し、良い連携を取れるぐらいリンクの力を使い熟したリィン達に対し、私達四人は今日初めて一対一のリンクで繋がった相手と上手く連携が取れなかった。

お互い相手の動きを把握するのがやっとで、お互い相手の行動に気を遣って自分が思うような行動が取れず。

更にはリンクしていない相手が邪魔に成る時もあれば、誤って誤射しそうになる等、連携するどころの話ではなかった。

 

だがそんな調子でも私達はやっと思いで戦術殻αを倒すことが出来た。

倒すに掛かった時間は10分弱、僅か3分足らずで倒したリィン達とは3倍の時間が掛かってしまった。

 

「お、終わったぁ………」

 

息を切らした状態で溜め息混じりにそう呟く。

予想以上に戦闘が長引いたせいで私は体力を殆ど使ってしまい、肩を落として猫背の状態に成る。

委員長もユーシスも同じようにへばっており、唯一ラウラだけ軽く息が荒くなっている程度だった。

 

「まぁ初めはこんなもんかしらね」

 

グダグダな私達の戦いを見て、戦術リンクに慣れていないのなら仕方ないと言わんばかりにサラ教官は頷き、ヨハン教官に耳打ちで評価を伝える。

当然だろうが、今の様子からして私達への評価は決して高くないだろう。

 

「それじゃあ次に行くわよ。アリサ、マキアス、フィー、ゼオラ! 前へ―――」

 

続いて以上の四名が戦うことになるが、結果は私と同じ。

初めての一対一のリンクを上手く使いこなせず、グダグダな連携で戦闘は長引き、十分程の時間を掛けて戦術殻αを倒す。

勿論、その四人も(フィーは除いて)心身共に疲れ切った状態で戦闘を終えた。

 

「はあはあ……お、同じ四人掛かりでもこれか……」

「お、思った以上に苦戦させられたわね……」

「戦術リンク、やはりこれが鍵になるみたいですわね……」

「――ふぁ」

 

こちらに戻ってきた四人はマキアス、アリサ、ゼオラ、フィーの順で戦い終わった感想を語り合う(フィーはあくびだけど)。

一方で『やっぱり駄目か』とアリサ達の戦いを見て残念そうに呟くサラ教官。

あの様子だと私達と同じく、評価は低いだろうと察するのは容易だった。

不満な結果だったが、今の私達では他の誰か組んでも同じ結果しか生まないだろうし、テストにやり直しはない。

なので次は良い結果を出せるよう、努力するしかないと私はそう思った。

 

そして14人中、12人はテストが終わり、最後に残った二人の名が挙げられる。

 

「これで最後ね。―――イビト、エレカ! ラストパートよ!」

「…………」

 

名前を挙げられてイビトは無言で前に出る。

相変わらず、無口だな~と思いつつ、挙げられたもう一人のエレカに視線を移す。

……って、エレカは何処――――

 

「は、はい!」

 

すぐ傍から当人の声が発せられ、私は飛び上がりそうになるぐらい驚いた。

そ、そこに居たんだエレカ………。

アンタも相変わらず影が薄過ぎるよ、他の皆も驚いてるし。

ホント、少しでも意識しなくなると消えたみたいに見えなくなるんだから……。

 

まぁともあれ、エレカも前に出て、二人は揃う。

 

「サラ教官」

 

するとその時、リィンが教官に話し掛ける。

 

「まさか本当に二人だけで戦わせるつもりなんですか?」

「ええ、そうよ」

「い、いくらなんでも二人だけって言うのは厳し過ぎるんじゃ………」

 

リィンがそこを指摘してくれたお陰で教官の肯定に流石の私も無理があると思い、意見する。

相手の戦術殻αは連携出来ない四人組が四人掛かりでやっと倒せる相手なのに、それをたった二人だけで倒すのはさっきも言ったが厳し過ぎると私は思う。

例えイビトとエレカがリィン達のように戦術リンクを使いこなし、息の合った連携が出来たとしてもやはり二人だけでは苦戦する絵しか浮かばない。

 

「大丈夫大丈夫、本当なら一人でも十分(・・・・・・・・・・・・・・)なんだから。そうでしょイビト?」

「…………」

 

サラ教官に投げ掛けにイビトは肯定も否定もせず、何も答えなかった。

一人で十分?

まさか、あの戦術殻αを一人で倒しちゃうぐらい強いの、イビトは?

 

「さぁ時間も押しているし、さっさと始めるわよ。二人ともリンクはした?」

「今、繋ぎます。良いな?」

「あ……は、はいっ!」

 

リンクを求められたエレカは浮わついた声で了承する。

名前を挙げられた時から気付いていたけど、エレカ凄く緊張してる………。

誰の目から見てもその身体が硬直してるのが分かるくらいに。

顔の方も緊張してますって書かれているみたいに分かり易い表情してるし、二人しか居ないから不安は一杯有るだろうし、何だが見てられないな。

………よし。

 

「エレカ、リラックスリラックス~!」

「ッ、ルーティー……」

気休めかもしれないけど、少しでも肩の力が抜けるよう、私は応援する。

するとその言葉が効いたのか、エレカの緊張がほんのちょっとだけ緩んだように見えた。

けど直後に、

 

「あんま緊張してっと、また転けてパンツが見えるぞ~!」

「お、大きなお世話ですっ!!」

 

トモユキのバカが余計なことを言い、エレカは顔を真っ赤にして反論する。

ああもう、空気読みなさいよっ! !

人が緊張を少しでも解してやろうとしているのに!

確かにエレカは今日も何も所で盛大に転けて、スカートの中が丸見えになっちゃったけど。

 

しかし、トモユキが要らぬことを言ったお陰か。

怒りと羞恥心でエレカの緊張が大部解け、硬直していた身体が元の自然体に戻っていた。

もしかしてトモユキはこれを狙ってあんな事を言ったの?

 

……いや、考え過ぎかな。

あんな変態がそこまで読んで言ったとは思えないし。

と私がそう思っている内に二人はリンクし終えていた。

それを見計らってサラ教官は、

 

「あぁそれと、貴方達だけ課題目標を変えさせて貰うわ」

 

と、イビトとエレカの時だけ課題目標を急に変える。

 

・二人とも相手の攻撃を一度も受けない

・イビトは攻撃二回まで

 

以上の二つが二人の課題目標。

って、

 

「ええっ!?」

「さ、サラ教官! それはあまりにも厳し過ぎるのでは!?」

 

驚く私に続いて、マキアスが二人に出された課題の難易度が高過ぎると指摘する。

私もそれには全く以って同感!

ただでさえ二人も少ないのに、そこにイビトだけの攻撃回数制限とノーダメージが課題目標なんて、無茶振りにも程があるよ!

リィンやアリサもラウラも『その通りだ』って言ってるぐらいなんだし。

 

「まぁ言いたいことは分かるけど、これぐらいでも大丈夫な筈よ。 ―――出来るわよねイビト?」

 

皆の意見にサラ教官は少し困った表情を浮かべてイビトに確認を取る。

いくらなんでもそんな無茶振りは無理だって答える―――

 

「………了解しました」

 

りょ、了承しちゃったよ。 溜息交じりに!

攻撃が二回までの制限付きで相手の攻撃を一回も受けずに倒すなんて、本当に出来るの?

例えアンタが戦術殻αの攻撃を全て躱せる自信と技量が有っても、ドジなエレカにはそんな自信も技量も無い。

その証拠に見なさい、エレカのあの不安で表情が雲っている顔を!

今にも不安に押し潰されそうな感じで、もう何だが可哀想に見えて来たよ!

 

そんなエレカの様子などお構い無しに教官は無慈悲に戦術殻αを呼ぶ。

ターゲットが現れて二人は武器を取り出して構える。

 

「では、始め!」

 

開始の合図が出た瞬間、イビトは真っ先に戦術殻αの元へ駆け出した。

 

「俺が惹き付けて間に攻撃しろ!」

「わ、分かりました!」

 

戦術殻αの元へ辿り着く前にイビトがエレカにそう指示する。

成る程、イビトは相手の注意を自分に向けさせてエレカに攻撃させないようにする気なんだ。

エレカはその意図を読み取ったかは分からないけど、指示通りナイフを戦術殻αに向けて投げた。

 

が………。

 

ナイフは戦術殻αではなく、戦術殻αの元へ向かうイビトの所へ飛ぶ。

 

「!?」

 

戦術殻αの元へ辿り着いた瞬間、それに気付いたイビトは顔を後ろに下げたことで、ナイフは目の前を通り過ぎる。

顔を動かすのがあとほんのちょっと遅ければ、悲惨な光景が出来上がっていただろう。

間一髪で味方の誤射を避けたイビトはギロっと眼だけ向けて、投げた当人を睨む。

あと少しで味方を亡き者にしそうになったエレカは『ごめんなさい!! ごめんなさい!!!』と頭をブンブンと下げて全力で謝る。

 

「あ、あっぶないですわね………」

「し、心臓が止まるかと思いました………」

「そういえば、エレカって投擲下手だったわね………」

 

今の光景を見ていたゼオラ、エマ、私が肝を冷やして言う。

他の皆もヒヤッとした顔をしている。

 

すると戦術殻αがエレカを睨むイビトに向けてサマーソルトキックを放つ。

イビトは即座にそれに反応し、半歩後退することで敵の攻撃を紙一重で躱す。

敵の攻撃が終わり、動きが止まったのを狙って今度は当てようとエレカは再び戦術殻αに向けてナイフを投げる。

 

が………。

 

またしても敵に投げたナイフは味方であるイビトの所へ向かってしまう。

 

「!」

 

しかしそれにも気付いたイビトは咄嗟に右足を上げて、右足が踏んでいた地面にナイフが突き刺さる。

二度目の誤射にイビトは氷よりも冷たい眼差しをエレカに送る。

一度ならず二度までも味方を誤射しそうになり、眼に涙を浮かべて『ごめんなさい……』と風が吹けば掻き消されそうな声で謝るエレカ。

 

……一体なんだろう、この状況。

投擲が下手なことは知ってたけど、まさかあそこまでとは………。

エレカには悪いけど、今のイビトはまるで前にも後ろにも敵が居るみたいな状況なんですけど。

何だかこうなるとエレカよりもイビトに同情しちゃわね。

 

そんな私の心境と同調したかのように皆も哀れみの顔を浮かべた瞬間、戦術殻αは目の前居るイビトに向けて至近距離からレーザーを放とうとした。

対してイビトはレーザーが放たれる前に左足で相手の胴体部分に蹴りを飛ばす。

ドンッ!!と道力車と道力車が激突したような音が発したかと思うと、戦術殻αの身体が5アージュくらい後ろに吹き飛び。

飛ばされた拍子にレーザーは明後日の方向に迸った。

 

今の光景に私も含めて《Ⅶ》組の殆どが『えっ?』と驚く。

何せ蹴り一発であの全長3アージュ程の巨体を吹き飛ばしたのだから。

 

そしてそんな強烈な蹴りを喰らわされた戦術殻αは相当なダメージを負ったようで、ギギギと鈍い音を立て、予備動作が鈍くなっていた。

私達でもあれぐらいの状態にさせるまで5分程の時間を費やしたというのに、イビトはたった30秒程度でやったのだ。

 

あの蹴りがどれ程の威力かは分からないけど、生身の人間が喰らえばペシャンコになってしまうことは私でも分かった。

 

「はい、それで一回目。次が最後よ」

 

本人や見てる私達に伝わるようにカウントするサラ教官。

攻撃の回数制限を架せられているイビトはこれで攻撃回数があと一回だけになった。

敵の攻撃を一度も受けないというのもそうだが、この状況で攻撃の回数制限が架せられているのは非常に重いと思う。

 

エレカの攻撃が当たるようになれば、相当なダメージを負った戦術殻αを倒せるかもしれないが、当人のナイフの投擲は命中率が低いし、味方が敵の近くに居ると誤射してしまうからあまり期待出来ない。

イビトのあと一回の攻撃で倒せれば良いのだけれど、もしそれで倒せなかったらもう後が無いと言っても良いかもしれない……。

 

しかし、そんな状況の中でイビトは、

 

「おい、何をしている? さっさと攻撃を再開しろ」

「え? で、でもまた貴方に当たる―――」

「良いからやれ! 俺が何とかしてやる!」

 

とエレカに攻撃の再開を指示する。

 

ほ、本気なの?

下手すれば今度は本当に当たるかもしれないのに。

 

何か秘策が在るのか、エレカにそう指示したイビトは間合いを詰めようと再び戦術殻αのすぐ手前まで移動する。

一方、またイビトの方へ飛ぶかもしれないと一瞬躊躇したエレカだったが、指示通りナイフを投げた。

案の定、ナイフは敵では無く、またしても味方のイビトの方へ向かう。

 

「ふっ!」

 

自分の所に飛んで来たナイフをイビトは左手の『アームド・バンカー』で弾き、眼の前の戦術殻αに飛ばした。

ガンッ!と方向転換したナイフが顔の部分に直撃し、戦術殻αは僅かに怯む。

 

「なっ………!」

「ぱ、パスした!」

「見事だな、見向きもしないで視界の外から来たナイフを弾くとは」

「あぁ、恐らく戦術リンクでエレカがナイフを投げるタイミングを把握し、そしてナイフが飛んでいる時に発している空気の流れでナイフの位置を察知しているんだ」

「まさに神業だな」

 

イビトが見せた離れ業に驚くアリサとエリオットに対して、ラウラ、リィン、ガイウスは心底感心する。

私もイビトの技量に口を開けて驚く。

さっきの蹴りの威力もそうだけど、イビトには驚かされてばっかりだ。

 

「―――ふぅん、成る程ね。当たらないなら自分が中継点に成って攻撃を当てさせるか。中々面白いことを考えるじゃない」

 

命中率が低いエレカの投擲を中継点と成ってナイフを命中されるといったイビトの大胆な工夫にサラ教官は興味深そうに笑みを浮かべる。

 

「ほらっ! 遠慮せずにどんどん撃って来い!」

「は、はい!」

 

攻撃の手を緩めないようにイビトは更なる攻撃を指示し、それに従ってエレカはどんどんナイフを飛ばす。

投げられたそのナイフ達の中にはそのまま戦術殻αに当たる物があり、イビトはそれ以外のナイフを次々と敵にパスする。

弾かれたナイフや弾かれなかったナイフは相手の身体の至る所に当たり、確実にダメージを与えて行く。

 

だが、相手も黙って攻撃を受け続ける訳がなく、反撃としてレーザーやキックを放つ。

至近距離からの攻撃だが、イビトは身体をほんのちょっと動かすだけでそれ等を紙一重で躱し続けつつ、ナイフもパスし続ける。

 

その光景に私は凄みを感じずにはいられなかった。

『特別オリエンテーリング』で初めて戦いを知った私にとって、それはあまりにも次元が違うと思い知らされるには十分過ぎるから。

 

「ナイフに気を配りつつ、戦術殻αへの警戒も怠らず、最低限の動きで攻撃を回避してやがる………会った時から分かっていたが、やっぱ強ぇなイビトの奴」

「そうだな。最初はラウラが一年の中で最強だと思っていたけど、認識を改めるべきだな」

「―――まぁ、強いのは当然かな」

 

《Ⅶ》組メンバーの中で屈指の実力者達を驚かすイビトの実力について話し合うトモユキとリィンにフィーが割って入るようにボソリと呟く。

もしかしてフィーってイビトの事を知っているのかな?

ちょっと聞いてみよう。

 

「イビトの事を知ってるのフィー?」

「ううん、身内から少し話を聞いただけで、実力は詳しく知らない。……でもイビトは多分学年どころか、学生の中で一番強いんじゃないかな」

 

が、学生の中で一番? 二年の先輩達も置いといて?

それが本当なら凄いと言わざるおえない。

フィーの今の発言を聞いてまた驚く者も居れば、興味深そうに眼を輝かせる者も居た。

 

「これでぇ!!」

 

と私達が話している間にイビトは頃合いだと踏み込み、『アームド・バンカー』の先端を撃ち込んだ。

ゴンッ!!! 大砲の弾が壁を打ち壊したかのような音が発すると戦術殻αの身体はまた後方に吹き飛び、今度は最初の二倍、10アージュ以上も飛ばされる。

そして一定以上のダメージを蓄積した戦術殻αは撃ち込まれた所から火花を出しながら姿を消すのだった。

 

「やった!」

 

ターゲットが姿を消したことにより、自分達が勝ったと知ったエレカはパァと笑顔を浮かべた。

喜ぶのも無理はない、何せ人数が二人も少ない上にハードルの高い課題目標を二つもクリアしたのだから、例え全てイビトのお陰だとしても達成感はあるだろう。

そんな二人を祝福する様にサラ教官が二人に拍手を送る。

 

「やるじゃない、実力は噂通りみたいね♪」

 

とサラ教官は武器を仕舞うイビトを見て言った。

噂? 教官もイビトのことを知っているのかと思うと直後に教官は腕を組んで困った顔を浮かべる。

 

「でも派手やってくれたわね……、あれ借りものなのよ」

「あれ? 先程の傀儡めいたもののことかサラ教官?」

「そ、そう言えば! あれって一体何なんですか!?」

「機械……? 見たことないかも」

 

あの戦術殻αの正体が気になっているラウラ、アリサ、フィーに対して教官は下唇の下に右手を添えて、

 

「んー、とある筋から押し付けられた物でね。あんまり使いたくないんだけど、色々設定出来て便利なのよねー」

 

とある筋? 押し付けられた?

サラ教官、一体どういった人から一体どういった経緯であんな物を押し付けられたんですか?

 

「ま、ちゃんとテストの役に立ったし。結果オーライということで♡」

 

そ、それで良いの?

まだ他にも色々と聞きたい事があるんだけど、あの様子だと話すつもりはなさそうね……。

 

そしてその話は終了し、サラ教官はヨハン教官にイビトとエレカの評価を伝える。

二人だけで戦術殻αを倒し、あの課題もクリアし、リィン達と同じく三分足らずで終わられたのだから評価は高い筈だ。

すると次にサラ教官は先日話した通り、私達に重要事項を伝える。

 

私達《Ⅶ》組ならではの特別なカリキュラムに関する内容とのこと。

その名も《特別実習》。

概要を大まかに話すと私達《Ⅶ》組メンバーはA班・B班に分かれて、指定された場所へ赴き、そこで期間中、用意された課題をやってもらうというもの。

 

「さ、一部ずつ受け取りなさい」

 

そう言ってサラ教官はA班・B班のメンバーと実習先が記された書類を一部ずつ渡される。

パラッと書類に目を通すとメンバーの構成と実習先はこう書かれている。

 

A班:リィン、トモユキ、アリサ、ルーティー、ラウラ、ゼオラ、エリオット

(実習先:交易地【ケルディック】)

 

B班:イビト、ユーシス、ガイウス、マキアス、エマ、フィー、エレカ

(実習先:紡績町【パルム】)

 

私はA班か、そして実習先は東に在る交易で盛んな【ケルディック】ね。

帝国で生まれ育って16年経つけど、そこへ行くのは初めてだなー。

 

……それにしても、この班分けは少しばかり悪意を感じるわね。

特にリィンとアリサやユーシスとマキアスを一緒の班にするところとか。

当人達の顔を伺っている見るとリィンとアリサは眼を見開いて驚き、ユーシスとマキアスは露骨に嫌そうな顔を浮かべていた。

逆にそれ以外の者達は初めて赴く場所に興味津々だったり、あからさま面倒臭そうに眼を細めたり、私のようにこの班分けに不安を感じる者も居た。

 

そして私達が一通り書類に眼を通すとサラ教官は実習の日にちを伝える。

 

「――日時は今週末、実習期間は2日くらいになるわ。各自、それまで準備を整えて英気を養っておきなさい!」

 

こうして私達は様々な思いを抱きながら三日後の《特別実習》に備えるのであった。




次回はいよいよ待ちに待った特別実習編を載せたいと思います

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