(Z–>)90º – (E–N²W)90ºt = 1 作:ASHIMU
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「うっ!!」
自分の叫びと共に視界が赤く染まり、反射で眼を閉じてしまう。
光と同時に紙を無理やり裂いたような音が聞こえ、自分の顔に暖かいものが飛んできた。
…血だ。
鉄のような臭い、手で触れてみると分かる滑り。
あの熊の動いている音は聞こえない、数秒の時間がたち正常になった両目を開く。
眼に映ったのは熊の死体…いや、正確には『残骸』だった。
熊は胸から上と下に分かれており、その断裂面は爆弾が爆発したかのようで、肉はどれ程の高温だったのか炭化しているのが近づかなくても分かる。
残骸の下の草も黒く変色しているが、炎などは一切上がっていない、炎上などする暇も無く一瞬で炭化したのだろう。
「…ハハ」
口から力なく、笑いが漏れる。
命の危険に晒されたという緊張が一気に弛緩し、その場にへたり込んでしまう。
(た、助かった…!)
【ショック】の呪文は間違いなく、あの熊を倒してくれるのに十分すぎる威力を発揮してくれていた。
…というより、目の前のショッキングな光景を見る限り、些か箇条だったような気がしなくも無い。
「…これは、ちゃんと調べないとな。」
自分がPWとなり、呪文を使えることは紛れもない事実だ、だがこの力は余りにも大きすぎる。
先ほど唱えた【ショック】はMTGプレイヤーなら誰でも知っている、MTGにおける最下級呪文だ。
効果は単純に『対象に、2点のダメージを与える』のみである。
では、この『ダメージ』というのはいったいどれ程の威力なのだろうか?
2点のダメージを与える、その効果だけで3メートル級の熊を即死させる事が出来たのである、こんな威力の呪文を気軽に使うわけには行かない。
(…とにかく、ここから離れよう。)
調べることも必要だが、いつまでもこうしている訳には行かない、こんな大きな獣が闊歩している森なのだ、血の臭いに惹かれてなにか違うナニカが来るかもしれない。
呪文について調べるのは安全圏を確保してからだ。
少しふらつきながら立ち上がり、とにかくここから離れようと歩き始める。
「人がいればいいんだけどな…」
思わず呟いた言葉は暗い森の中に消えていった。
「しっかし、何だってこんな目に。」
草を退かしながら、愚痴をこぼす。
あそこから離れて30分程だが、ようやく冷静になってきた。
「なんだよ、異世界トリップって…こういうのって普通神様とかが出てきてチートくれるんじゃないのかよ…。」
元の次元ではよくそういうネット小説を読んでいたものだ、下手な商業作品より面白い物もあったし、カードで金欠な自分には最高の娯楽だった。
自分にもシステムである程度説明があったが、人に説明してもらえればあんなにあわてることもなかっただろう。
「…それに、この格好。」
冷静になりようやくツッコム気が湧いてきたのだが、今の自分の格好は元々自分が着ていた服ではなかった。
右手には金属の腕輪、青と赤で彩られた派手なローブ、そのローブの上に重ねて肩や胸の部分にある謎金属製のパーツそしてそこから延びるコード。
(たまにこのコードが枝に引っかかって鬱陶しい。)
そう、いわゆる【イゼット】の格好なのである。
MTGには5色の呪文が存在し、色によってそれぞれ特色がある。
白は秩序、正義の色
防御、回復が得意な色であり、人間や天使が多い。
といっても正義の味方という訳ではなく、カードにもよるが秩序を押し付けて、無理やり守らせたりするのが得意な色である。
緑は自然、生命の色
マナを生み出すことが得意な色であり、大型は獣やワーム、小さいのでエルフなどが多い。
とにかく多くのマナを生み出し、巨大なクリーチャーで殴りきる色である、クリーチャーの質ではナンバー1
赤は衝動、憤怒の色
直接ダメージ、速攻が得意な色で大型はドラゴン、小型はゴブリンが多い。
相手を焼き、殴って殴って殴りつける、防御に回った時点で負けな攻めの色だ。
黒は死、絶望の色
クリーチャーの破壊、手札の破壊が得意な色で吸血鬼やゾンビ等の化け物が多い。
相手を傷つけるために自分を傷つける、それにより他の色よりリスクが高く、効果が強い色だ。
青は思考、策略の色
ドローや呪文の無効化、バウンスが得意で、海や空の生物が多い。
相手の動きを妨害し、自分の動きは円滑に、稼いだアドバンテージで勝つ色だ。
…予断だが、日本人の青色好きは世界的にも有名である。
そして【イゼット】というのはMTGの舞台の一つ『ラヴニカ』という世界に存在する10のギルドの1つだ。
このギルドは先ほどの5つの色のうち2つを組み合わせたものとなり。
白と青は傲慢な法の執行者にて法の製作者【アゾリウス評議会】
白と緑は自然との調和を謳い、平等を掲げる集団【セレズニア議事会】
緑と赤は文明破壊を求める文明の落伍者【グルール一族】
緑と青は命を研究し改良する冒涜者【シミック連合】
赤と黒は血と堕落を至高とする【ラクドス教団】
赤と白は正義と道徳の妄信者【ボロス軍】
黒と白は拝金主義の宗教団体【オルゾフ組】
黒と緑は生は死と同一とする不潔な集団【ゴルガリ団】
青と黒はラヴニカの支配をもくろむ暗躍者【ディミーア家】
そして青と赤が知識を追い求める実験者の集団【イゼット団】である。
この10個のギルドの争いが描かれるこの次元は、MTGプレイヤーの中でも人気が高い次元である。
元々自分が好んで使っていた色であり、非常に独創的なカードの多いギルドである…が。
(癖が強すぎて人気は高いけど大会での勝率は高くは無い色なんだよなぁ…)
このギルドの設定も独創的で、昼夜問わず怪しげな音が鳴り響き、このギルドの近くでは『不自然な災害』が起きているという…平たく言えばマッドサイエンティストの集団だ。
そして自分は今、そのギルドの格好をしているわけで…
(…この服大丈夫だろうな?…【イゼット】製なら何時爆発してもおかしくないぞ…?)
一応、歩いている最中にメニューの装備を見たときには
装備
イゼットの魔導師用ローブ
青と赤のマナの扱いに特化しており、ミジウムで出来た装置の耐久性は抜群である。
青か赤のマナさえあればたとえ消滅しようとも自動的に修復される。
イゼット団による製作物であり、安定しているため、爆発などの危険性は無い。
と、書いてあったので大丈夫だとは思うが、元ネタを知っている身としては不安にもなるという物だ。
「……お?」
そんな事を言っていると、緑以外の色が見えた。
そして耳を澄ますと聞こえる、清涼な音。
「川だ!!」
音の方へと走りだす、足場が悪く、足を盗られそうになるが転ぶことなく森が途切れ川辺にたどり着くことが出来た。
川に手を突っ込むと、水はとても冷たく、底が見えるほど透明だった…もちろん我慢できるわけも無く。
「~~~~~~~~ッぷは!」
顔を川に突っ込み水を飲む、乾いた体に冷たさが心地よく、水をこんなにうまいと感じたのは初めてかもしれない。
周りを見回すと、幸いなことに自分以外の生き物の姿は無く、すぐそこに森もあるため隠れることが出来る、休憩するにはぴったりだろう。
「……とりあえずどうするかな。」
腰を下ろし、これからのことを考える。
まず、何はともあれ拠点を得ることだ、人里を見つけるなり、自分で作るなり、まだ日は高いが日が落ちてしまえばいかにPWの能力が使えるとはいえ無事でいられるとは思えない。
同時に自分の能力の確認もしなければならない、自分があの熊に襲われても無事だったのはこの能力のおかげだが、このまま能力を知らないままではきっと痛い目にあうはずだ。
まぁ、色々とやることは多いが…
「【Untap】」
30分ごとにこの呪文を唱えることを癖にしよう、そう思いながらしばらく頭を悩ませるのだった。
皆さんはどのギルドが好きですかね?
まぁ、私は当然【イゼット団】ですが!
ラヴニカのギルドは本当に面白くて飽きません。
…そろそろスタン落ちするけど、いつか戻ってくるって信じてる!