――――――――ゴスッ‼
祐一「痛っ!?」
何か硬いモノで思いっきり頭を殴られ、拍子に椅子から転がり落ちてしまう。
あ、床が冷たい・・・じゃねぇよ。
何が起こった?
「ようやく起きたか、掃除の邪魔だからさっさと退いてくんない?」
床に仰向けに転がる俺は、俺の頭に一撃くれやがった奴に目を向ける。
ショートの黒髪に、切れ長の強気そうな目が特徴な、学校の制服であるブレザーを腰に巻いたこの女。
祐一「なんだ、美穂か」
美穂「何だじゃないっての、さっさと起きろ。掃除が終わんないでしょ」
藤原美穂。
どうにも活発で行動的なこの女は、相手が男でも攻撃する事に容赦がない。
そんな男前な性格ゆえか、同性に非常にモテる。
ま、それを本人に言ったら殴られるから言わないが・・・・。
祐一「あー・・・メンドクセェなぁ、動くの超メンドクセェなぁ、何でメンドクセェってお前・・・・・あー、もうメンドクセェな説明すんのもメンドクセェなぁ・・・・」
美穂「どんだけメンドクサイのよ・・・・」
呆れた風に溜息を吐く美穂。
そんなコイツの顔をジッと見つめた後、俺は視線を少し上に(下に?)向けた。
祐一「・・・・・・・・」
美穂「・・・何ボーっとしてんのよ?」
祐一「いや、お前・・・・・」
美穂「・・・・・・?」
気づいていないようだな、今のこの状況に。
俺は今床に寝転がっている。
そして美穂は俺の直ぐ頭上に立っている。
そして俺達の姿は制服姿だ。
ここ学校だし、当然と言えば当然である。
つまり、美穂も当然制服だ。
腰に上着のブレザー巻いているとはいえ、それ以外は他の女生徒と変わらない。
まぁ、何が言いたいのかというと。
つまりこの位置だと、美穂の制服のスカートの中が丸見えという訳で・・・・
祐一「かなりエロいパンツ穿いてんな。何それ、勝負パンツ?」
美穂「ッ!? 死ね‼」
ローアングルから見上げる俺の視線の意味にやっと気づいたが、遅すぎる。
ガン視した後だもの。
スカートを両手で押さえながら、俺の顔面を踏みつけようと足を振り下ろす美穂だったが、その踏みつけは空ぶる事になる。
俺が身を捻って避けたからだ。
身体をバネにして勢いよく起き上がり、俺はさっさとこの場から立ち去る事にした。
◆◆◆
祐一「おー、危ねぇ危ねぇ・・・危うく殺されるところだぜ」
アイツが勝手に俺の頭上に立ったんだから、俺は悪くない。
そのスカートの中のアダルティックな感じの黒パンツが見えたとしてもだ。
つか、アイツあのパンツいったい誰に見せる気なんだ?
まぁ、どうでもいいんだが。
祐一「お、光二じゃん」
廊下を早足で歩く俺の目の前に、見知った男の後ろ姿が見えた。
光二「ん?・・・・なんだ、祐一か」
振り返って俺の姿を捉えた瞬間、この男、山本光二はとても疲れた顔をした。
特に特徴のない日本人然とした黒髪黒目。
そしてキッチリと制服を着て、生徒会役員の腕章を付けた、如何にも真面目そうな風貌だ。
祐一「んだよ、随分疲れてんな。生徒会も今学期までなんだから頑張れよ」
光二「君が言うな、ていうか、君の顔を見たから疲れてるんだ」
エライ言われようだぜ・・・。
そんな疲れた顔をしている光二だったが、ふと何かを思い出したかのような顔をした。
光二「ああ、そうだ。祐一に会ったら言おうと思ったんだが」
祐一「あん?」
光二「君のクラスの担任が、進路希望調査はまだ出せんのかって僕に言ってくるんだが?」
あー、そういやまだ出してなかったな。
・・・・・いや、つーか、まだ書いてすらなかったような。
・・・・・・・・・・いや、そもそも、そのプリント何処やったっけ?
光二「まったく、何で先生も僕に言うんだ。僕は君の保護者になった覚えは無いんだけどな」
祐一「俺もお前を保護者にした覚えはないけどな」
光二「当然だ、君の保護者なんて死んでも御免だね」
祐一「そうかい」
光二「それで?」
祐一「ん?」
光二「進路希望調査のプリントは?」
祐一「・・・・・・・・・」
光二「・・・・・・・・・」
祐一「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
光二「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
祐一「サラバッ!」
バッと、俺はこの場から去る為に全力で駆けだす。
光二「っておい、祐一‼」
後ろから怒声が聴こえてくるが、悪いな、そんなプリント失くしちまったぜ‼
◆◆◆
祐一「やれやれ、落ち着ける場所がねぇな」
校舎を飛び出して、中庭にまで来てしまった。
さて、どうすっかなぁ・・・・もう放課後でする事ねぇし、部室にでも行くかな。
祐一「お」
部室へと足を向けようとしたが、中庭のベンチにまたしても見知った奴がいた。
祐一「おーい、大輔。お前、んなとこで寝てたら風邪ひくぞ?」
ベンチで横に寝転がって寝ているこの男。
安井大輔。
この若さで白髪が特徴なコイツは、随分間抜けな顔で鼻提灯を作りながら、鼾を掻いて寝ていた。
今は4月。
春とは言え、今日は少し肌寒い。
昼寝をするには少し気候的には向かない。
天気も若干曇ってるしな。
大輔を揺すってみる。
・・・・・全く反応が無い。
コイツ、ホントに良く寝るなぁ・・・授業中も殆ど寝てるし。
大輔「・・・・・・・ふがぁ・・・・・・」
お、起きたか?
大輔「・・・俺は・・・・ここで・・・・・・幕府を・・開く・・・・・・・」
いや、寝言だった。
つか、どんな寝言だ。
はぁ・・・・まあいいや、部室に行こう。
俺は大輔を放って、部室のある校舎へ足を運んだ。
◆◆◆
「あ、祐一先輩!」
祐一「あん?」
誰かに呼ばれ、後ろを振り向く。
そこにいたのは、背中まで伸びた黒髪に、幼さが残る童顔と、制服の上からでもわりと自己主張している大き目な胸が特徴的な少女。
楠理恵。
俺を先輩と呼ぶ通り、この子は一つ下の学年だ。
利恵はトテトテと歩いて俺の横に並ぶ。
利恵「今から部室ですか?」
祐一「ああ」
因みに、同じ部に所属している。
一体何が楽しいのか良く分からんが、この子が一年の時にちょっとしたことがあって知り合い、そのまま交流を持ち同じ部活に通うに至ったのだが、そんなにあの部が楽しいのかねぇ?
主人に懐く子犬の様な顔をして、ちょっと後ろに位置する横から付いてくるその様は、なんか尻尾を振りながら歩いているようだ。
いや、実際に子犬が尻尾を振っているように見える。
気のせいなんだけどな、そんな幻覚が見える。
◆◆◆
祐一「うぃーっす」
ガラガラと、部室の扉を開けて入る。
俺の後ろを付いてくる利恵も一緒に入る。
誰もいないと思っていたが、どうやら先客がいたようだ。
「・・・・・ん? ああ、お前らか」
肩まで伸びた黒髪黒目が特徴のこの男。
古澤健一郎。
彼はエラそうに両足を机の上に乗っけて椅子に座り、マンガを読んでいた。
俺がこの部室に置いている漫画だ。
別段コイツは漫画好きという訳ではないんだが、暇つぶしに俺の漫画を読んだりしている。
俺が色々漫画とかラノベとかゲームとか勧めているのだが、あまり靡く様子は無い。
ちくせう・・・・。
健一郎「お前らだけか?」
祐一「ああ、あいつ等は多分後で来るだろ」
利恵「あ、私お茶淹れますね!」
其々いつものように、いつものポジションに座ったり、行動したりした。
俺はいつもの席でダラーっとし、利恵が入れてくれた緑茶を啜って、マッタリする。
ここは俺が作った部活の部室。
その部活の名は『現代科学視覚文化研究会』。
略して『げんしけん』だ。
無論、パクリだ。
何かしら活動するにあたり、それっぽい名前が必要だからな。
なんかそれっぽい名前を、俺が読んでる漫画から拝借した。
そしてこの部活動がなんの活動をしているのかと言えば・・・実は何もしていなかったりする。
いや、体裁を保つために漫画・ラノベ・アニメ・ゲームの研究をしていたりはするが、殆ど何もしていない。
ただ適当に駄弁ったりしているだけだ。
自由に出来る部屋が欲しかったから部室を作った。
ただそれだけである。
実際、顧問も名前を借りているだけで此処に来たことも無いし。
学校でダラーっとしたいが為に、この部活を作り、そして俺は現在進行形でダラーっとしていた。
そしてダラーっとしていると、
大輔「オハヨー・・・・」
寝坊助の大輔が、眠そうな目で部室にやって来た。
そして定位置である窓際のソファーに横たわり、昼寝を始めた。
祐一「まだ寝んのか・・・」
健一郎「いつも良く寝るな、コイツは・・・・」
呆れる俺等だが、今更何言った所で如何にかなるもんでもないと、俺達は知っている。
健一郎は中学の頃からの付き合いで、俺に至っては大輔とは小学生の頃からの付き合いだ。
コイツの性格は嫌って程知ってる。
コイツに睡眠の事をとやかく言っても無駄だという事を・・・・。
基本的に、この4人がげんしけんのメンバーだ。
まぁ、何で基本的になんて言い方をしたのかと言えば、
美穂「おい祐一!」
ガラァッと五月蠅いのが入って来た。
祐一「んだよ、まだ怒ってんのか?」
美穂「当たり前だろ!」
利恵「先輩何やったんですか?」
祐一「何もしてねぇよ、コイツが勝手に自爆っただけだ。まったくエロ黒パンツ穿いてるとこ見ただけでギャーギャーと・・・」
美穂「って、何暴露してんだ‼」
利恵「え、エロ黒ですかっ?」
祐一「ああ、エロ黒だ。エロエロでアダルティックな黒パンだ」
利恵「え、エロエロですかっ!?」
美穂「黙れお前は‼ 利恵も人をエロいみたいに言うんじゃない‼」
利恵「だ、大丈夫ですよ美穂先輩! 私も今日、ちょっとエッチな感じの赤いパンツ穿いてますから!」
美穂「なにが大丈夫なんだ!?」
祐一「そうか、利恵は今日は赤か・・・・」
美穂「お前はそろそろ殺すべきか‼」
祐一「何でだよ、お前らが勝手に喋ったり魅せびらかしてんだろーが」
美穂「誰が見せびらかしてるんだ‼」
健一郎「相変わらず賑やかだな、お前ら・・・・」
ギャーギャー騒ぐ俺達に、健一郎は呆れ顔で漫画を流し読みしてる。
こっちには視線をやるほどの興味も無しか。
光二「五月蠅いぞ! また騒いでるのか!?」
今度は光二が部室に上がり込む。
光二「校舎の外まで丸聴こえだったぞ‼」
祐一「おー、校舎の外まで美穂と利恵の下着の趣味が丸聴こえだったのか、相変わらずムッツリだな光二は」
光二「何でそうなるんだ!?」
祐一「え、だって密かに聴いてたんだろ?」
光二「聴いてたんじゃない! 聴こえて来たんだ‼」
祐一「んなムキになって否定すんなよ、男だったら女に興味持って然るべきなんだからよ」
光二「君と一緒にしないでくれ!」
大輔「・・・・・・・・うるさい・・・・・」
ギャーギャー騒いでいたら、大輔が眠そうに眼を擦りながらムクりと上体を起こした。
光二と美穂も、一応げんしけんの一員だ。
正確には光二は生徒会と、美穂は剣道部との掛け持ちだ。
いや、更に正確に言うなら、この二人はげんしけんに入ったつもりはない。
中学の頃からの付き合いであるこの二人とは何かと接する機会が多く、よくこの6人でつるんでいるせいか、周りには同じメンバーだと思われているらしい。
まぁ、この二人の入部届を勝手に書いてメンバーに加えたから、間違いではないのだが。
いつもこんな感じに、俺達はギャーギャー騒いでいた。
高校生活も後一年。
もうすぐこの関係も終わる。
流石にここまで腐れ縁でつるんで来たこいつ等も、高校卒業後はバラバラになるだろう。
大学に進学するのか、就職するのかはまだわからないが。
それでも、この高校生活最後の一年間は、いつも通りに賑やかな日常を送ると、俺は信じて疑わなかった。
・・・・・それがまさかあんなことになるとは、この時の俺は露程にも思わなかったのだ。
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