私の使い魔は最後の人類   作:[ysk]a

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今回は早めの投稿。
展開的にも字数的にも程よい感じだったので。
コレ以上になると、ちょっと長く掛かりそうだったのと、たぶん一万五千文字くらいまで行きそうかも、とかなり上方事故評価にどんぶり勘定で希望的観測故の戦略的投稿。
嘘です。
フーケをどう出すかで悩んでいます(白目


四節

 

 

 

 

「で、なにがどーなって私はこんなところにいるワケ?」

 

 

 

 不機嫌さを微塵も隠さないしかめっ面で、腕を組んだルイズ・フランソワーズは淑女にあるまじき低音でそう呟いた。

 大抵はそれだけで見るものに不快な印象を与えるものだが、彼女の場合、どちらかというと背伸びをする子供のような可愛らしさが勝る。ソレは多分、まだ本気で怒っていないからなのだが。

 とはいえ、それでもルイズはその表情が表すように不機嫌なのだ。

 心地よく虚無の曜日の惰眠を貪っていたところを、例の如く死者でも目覚める騒音で己の使い魔に叩き起こされたかと思えば、わけもわからないまま服を着せられ、まるで荷物でも運ぶかのように肩に担がれながらここまで運ばれてきたのである。

 これで不機嫌にならないほうがどうかしているだろう。

 そして、その下手人たる彼女の使い魔―――ステラは、ルイズの文句など聞いてすらいないのか、ルイズを放っておいたまま、倉庫のような建物の中でごそごそと何かの準備を始めていた。

 先の呟きは使い魔へと向けたものだったのだが、当然のごとく聞こえていないのだろう。

 おかげでしばらく所在なさげに立ち尽くすルイズだったが、いつまでもそうしていてもバカバカしいので、仕方なく周囲を見渡してみる。

 そうしてようやく、ここがコルベールが使っている掘っ立て小屋の、傍にある倉庫であることに気付いた。

 学院内では悪い意味で有名な場所だ。所要もあって幾度か訪れたこともある。ただ、その時はこんな倉庫はなかったように思うのだが……。

 思い悩んでいたところへ、ようやく倉庫の中から聞こえてきた騒音が止まった。

 作業でも終わったのかと振り返ったルイズは、

 

 

 

「ルイズ、おまたせ」

「おまたせじゃないわよ。一体なにし……て……」

 

 

 

 脳天気極まりない己の使い魔の態度に怒りを爆発させかけて、しかしその不発弾を飲み込むように声をしぼませる。

 なぜなら、倉庫の中から現れた己の使い魔が"引いている"ソレに、目を奪われたからだ。

 

 高さこそ馬には及ばないが、総合的に見れば馬よりも大きい黒鋼に橙色のラインが走る躯体。

 前輪二つに後輪一つという奇妙な造りは、馬車のそれとは比べ物にならず、特にその後輪は異様なほどに太く、逞しい。

 また、前輪の両脇から突き出るようにして存在するその二つの幅広の突起は、あるいはそのまま大剣にでもなりそうで、さながら竜の牙のごとき存在感を示していた。

 

 獰猛さを象徴するかのような、猛々しいフォルムを以って圧倒的な威圧感を放つそれは、まるで――――小型の竜だ。

 

 ルイズはそれが、召喚当日にステラがまたがっていた鋼の馬であることに気付くまで、それなりの時間を要した。

 ステラはルイズの傍までその鋼の小竜を引き連れてくると、またしても何かの作業を始めてしまった。質問をする機会を逸して、ルイズは歯噛みする。

 何をどうしているのかルイズにはさっぱりわからなかったが、ステラは徐ろに鞍のような部分を持ち上げると――それが蓋の役割を兼ねていることにルイズは気付く――兜のようなものを取り出す。

 そして、ステラはそれをルイズへと投げてよこした。

 

 

 

「きゃっ―――ちょっ、アンタね、いきなり投げるなんてどういうつもりよ!」

「かぶってね、それ」

「は?」

「万が一もあるから。安全第一」

「かぶれって言われても、なによこ……れ……兜?」

 

 

 

 わけも分からず、ルイズは混乱する思考のまま受け取ったソレを見た。

 丸い兜である。

 表面は宝石のように艷やかな黒で、目元は透明なガラスのようなモノで覆われている。

 軽く叩いてみると小気味良い音がして、同時にそれが思っていた以上に軽い事に気付いた。

 この大きさ、この厚み。少なくとも、普通の兜であれば、ルイズが持つには重すぎる代物だろう。それが、普通の兜に比べてまるで羽のように軽い。

 内側を覗けば、見たこともないような柔らかな材質の緩衝材が敷き詰められていて、見ただけで頭を保護するためのモノであることが理解できた。おそらく、頭部をどこかにぶつけた際、その衝撃から守る役割を持っているのだろう。

 恐る恐るその兜を被ってみる。

 圧迫感はあるが、苦しいほどではない。頭全体を柔らかく包み、軽く外側から叩いてみても全くその衝撃は伝わってこない。

 ルイズはその事実に言葉にならない衝撃と感動を覚える。 

 そこへ、突如腹の底を震わせる咆哮が轟いた。

 慌ててその方へと向けば、それまで沈黙を保っていた鋼の小竜が、低く断続的に唸り声を上げている。

 ステラが手元で手綱のような何かを引き絞ると、再び轟く咆哮に、ルイズは知らずと後退る。

 もはや馬などとは思えなかった。ましてやグリフォンでもマンティコアでもない。これは、竜だ。竜に匹敵する何かだ。

 本能的にそんな恐怖を覚え、混乱をさらに加速させるルイズ。

 彼女の脳裏に嫌な予感が駆け巡る。

 召喚した時、ステラはソレに乗っていた。そして今もまた、ステラは唸りを上げる鋼の竜にまたがろうとしている。

 手綱のようなものに手を添えて、こちらに振り向く使い魔に、ルイズは肩を震わせて、体面を繕うことすら忘れかけるほどに慄いた。

 

 

 

「王都までの道、わかる?」

「え、は? なに、王都?」

「うん。買い物にいく。武器がほしいから」

「ちょっ、まって。まてまて待ちなさいコラ。話が見えないわ。ていうかすっかり聞くの忘れてたけど"ソレ"はなに!? なんでそんなの引っ張り出してきてんのよアンタ! 襲ってきたらどうするつもり!?」

「何言ってるのルイズ?」

 

 

 

 混乱が極まってしまったためか、思うままを口にするルイズを見て、ステラは小首を傾げた。

 アレは純粋に意味がわからない、という仕草だ。これまでの短い間に理解したステラの行動パターンから、ルイズはそう把握する。

 

 

 

「何って、ソレ、そんな雑に扱ってッ! 怒ったらどうするのよ!? ていうか怒ってるんじゃないの!? さっきからすごい唸ってるわよ!」

「……あぁ、うん。大丈夫だよ。ルイズがおとなしくしてくれれば」

 

 

 

 脅しかコイツッ!?

 茫洋とした表情で告げるステラ。しかしルイズは見逃さなかった。その口角がわずかに釣り上がったのを。

 

 

 

「嘘よ! アンタなんか隠してるでしょ!」

「隠してないヨ。ほら、こっちこっち」

 

 

 

 ひらりと鋼の竜の背にまたがり、その後ろをぽんぽんと叩くステラ。

 今、どことなく発音に違和感があったのだが、気のせいだろうか。ルイズはじとーっと猜疑心に満ちた目で己の使い魔を睨め据えた。

 だが、ステラは意に介さずじっと見つめ返してくる。言葉もなく、しかし発する雰囲気で"はよ乗れ"と語りながら。

 結局、ルイズは折れた。

 しぶしぶ、おそるおそる、そろりそろり。

 そんなおっかなびっくり、ステラに導かれるままに、その鋼の小竜の背中へとまたがる。

 心臓を震わせるような拍動が、不思議な手触りの鞍を通り越して伝わってくる。その力強さに、ルイズはわけもわからず興奮が胸を渦巻かせるのを感じた。

 ステラに目元のガラスのようなものを降ろされ、腰に手を回させられる。

 

 

 

『しっかり掴んでて』

「ほぇっ!?」

 

 

 

 突然、耳元で鮮明に聞こえたステラの声に、思わず素っ頓狂な声を上げる。

 ルイズが知る由もないことだが、ステラが手渡したのは、彼女の故郷である地球において、戦争末期に開発された多目的ヘルメットだ。

 頭部の保護からデータリンクを用いた各種情報をバイザーのHUDに表示したり、ヘルメット内部には友軍からの通信が聞き取りやすいように骨伝導式の音声再生システムが内蔵されている。

 今ルイズが聞いたのも、ステラが普段から首元につけているチョーカー―――咽喉マイクによる無線通信を拾ったものだ。

 とはいえ、そんな事をルイズが知る由もない。

 ただただ、密閉された状態にもかかわらず、はっきり明瞭にステラの声が聴こえることに驚愕するだけである。

 そして、その驚愕が収まるのを待つこと無く、二人が跨る鋼の小竜は高らかに轟いた。

 車輪が激しく回転し、土煙を巻き上げ加速する。

 そして、ルイズの常識を遥かに外れた、経験したことのない重圧がその意識を引き伸ばす。

 

 

 

『落ちないでね?』

「―――――~~~~~ッ?!!!」

 

 

 

 呑気な、そしてどことなく楽しそうな声音で告げるステラ。

 だが、ルイズは声にならない悲鳴を上げることでしか、それに答えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズ・フランソワーズの生涯の中で、此度程命の危険を覚えたのは、母からの折檻を受けて以来であった。

 まるで滝のように流れる脇の景色。

 肺腑が後ろへと引っ張られる恐怖。

 そして、吹き付ける壁のような風。

 どれもが初めてで、どれもが想像の埒外。

 馬の早駆けなぞ比べ物にならない。そんな先進文明の洗礼を受けたルイズは、王都【トリスタニア】の門前で危うく淑女として大切な何かを失いかけるという恐怖を経験するハメになった。

 色々と、ルイズはあの鋼の小竜について、己の使い魔に問いただしたいことがたんまりとあったのだが、現状それは許されない。

 

 

 

「ねぇルイズ。アレはなにしてるの?」

「屋台よ。あ、こらっ! あんな貧乏臭いものやめときなさい!」

「なんで? 美味しそうだよ」

「アンタは食えるものはなんでも美味しいって言うでしょっ」

「そんなことないよ。ちゃんと食べられるものだけ」

「結局食べられるならなんでも食べるんじゃない!」

「うん」

「この……ッ! とにかくっ! お財布スられないように気をつけなさいよね!」

「それは大丈夫。もう二人、指を折って撃退してる」

「…………なんでそんなところで無駄に優秀なのよアンタ」

 

 

 

 ルイズは今、ステラと連れ立ってトリスタニアの目抜き通りであるブルドンネ街を歩いていた。

 "トライク"の凄まじい速さにへろへろになっていたルイズに、ステラが「武器がほしい」と非常に熱心に強請ってきたためである。

 どうやら、この王都にいきなり拉致同然に連れて来られたのは、そのせいだったらしい。

 せっかくの貴重な虚無の曜日だというのに、と最初は不機嫌であったルイズだったが、よくよく思い返せば、色々と文房具に足りないものが出始めていた。

 羊皮紙の予備も少なくなっていたし、羽ペンも消耗が増えて残りが心許ない。加えて、ちょっとばかしお気に入りの店のクックベリーパイも食べたいな、と欲求がムラムラと溢れだす。

 その結果が現状なのだが、すこし早まったかもしれないと後悔する気持ちが鎌首をもたげていた。

 というのも、ステラが目につく端からあっちへふらふらこっちふらふらするのだ。

 屋台が珍しいのか一々寄っては買い食いしようとするし、露天商の口車に乗って危うくゴミを掴まされかけたり。まぁスリに関しては、本人曰く撃退しているようなので問題はない。

 とにかく五歳児でももう少し分別があるだろうに、と思わせるほど、ステラは落ち着かないのである。

 見れば、普段は半分眠たそうにしている目が、今この時に限っては可愛らしいアーモンド形に見開いている。キラキラと擬音をつければ完璧だろう。

 早い話が、やんちゃな小娘をお守りするかのような徒労感に襲われているのである。

 改めて思う。何故こんなことになったのか。

 改めて言うが、この隣のバカ猫が突然「剣がほしい」などと言い出したからだ。

 

 

 

「だいたい、なんでいきなり剣なんて欲しがるのよ」

「ギーシュが言ってた。万が一に備えて、武器を持っておいた方がいいって」

「……牽制ってことね。確かに、アンタとギーシュの決闘を見た連中はともかく、そうでないアホ共には効果的かもしれないわ」

 

 

 

 およそ、どういった意図でギーシュがそんなお節介を焼いたのかに思い至り、ルイズは溜め息を吐く。

 確かに、遅かれ早かれ対処せねばならなかった事だ。むしろ、早めに解決策を提示してくれた分感謝しなければならないのだが、釈然としない。

 ステラの強さは今更疑うまでもない。

 普段からして、部屋の入口からではなく窓から出入りするようなデタラメさだ。もはやステラにとって、出入口=窓であるのは疑いようもない。

 魔法が使えるのならば、百歩譲ってソレが有りだとしても、ステラは平民だ。魔法なんて使えるわけがないのに、あんな高所から飛び降りて一切無傷なんて、どうあってもただの平民ではない。

 そんなステラに、ましてや主であるルイズに喧嘩を売るのは、頭に栄養が足りていないバカ共だろう。

 もちろん、そんなバカどもに無駄に絡まれるより、回避できるなら回避するに越したことはない。

 そのための帯剣というのなら、それはかなりの効果を期待できるだろう。なにせ、学院の連中は基本的に態度がでかいだけのお坊ちゃんしかいないのだから。

 ただ、それとは別の観点で、ステラの強さには、少しばかり疑問が残る。

  

―――もしかして、あの強さは使い魔のルーンの効果なのでは?

 

 そう考えたのは、一度や二度ではない。

 無論、ステラに刻まれた左手のルーンがどんなものか調べては見たものの、過去に効果がはっきりと知られている記録の中にはなかった。

 そうなると、自分達でその効果が如何なるものかを調べなければならないのだが、いかんせんステラがでたらめすぎる。

 素手で岩を砕くし、メイド四人がかりで終わらせるような仕事を平気な顔をして一人でこなしてのける。

 これが一時的なものであるならば、ルーンの効果という可能性が一番高いのだが、恐ろしいことに常時そんな感じである。

 少なくとも、常識外れの力を常時発動し続けるようなルーンなど存在しない。

 仮にあれがルーンの効果なのだとしたら、その代価にはそれ相応のものが必要であるはずだ。

 ……もしかしたら、その代価こそが、放っておけば食堂の食料をすべて平らげかねない大食漢なのではないか、という荒唐無稽な考えが過ったが、それにしても釣り合いが取れていないので、この推論はかなり前に却下している。

 そんな常識外れの存在だというのに、文字通りに常識知らずかと思えば、ルイズの聞いたことのないようないろんな知識を持ち合わせ、そしてやたらとルイズに過剰なスキンシップを求めてくる甘えん坊の気分屋。

 ちぐはぐ極まりない。未だにルイズは、このステラという少女がどんな人間なのか、把握しきれていなかった。

 つまり。

 

 

 

「……考えるだけ無駄ね」

「何が?」

「アンタの馬鹿さ加減よ」

「……むぅ」

 

 

 

 不満そうにむくれるステラ。

 だが、ルイズはそれには取り合わない。するだけ時間の無駄だとわかっているからだ。

 

 

 

「ほら、寄り道しないでちゃっちゃと買い物済ませるわよ」

「えー」

「うっさい! 私だって買い物あるんだから、こんなにあっちこっち道草食ってたら日が暮れても終わらないわ!」

「ねぇルイズ」

「あによ」

「胸が小さいと、ケチなの?」

「しばくわよこの馬鹿猫ッ!?」

 

 

 

 ルイズが激昂し、軽く舌を出してからかうステラ。弾ける爆発。響き渡る悲鳴。

 結果、とばっちりで露天商数名が軽い怪我を負うことになり、周辺にいた王室衛士隊に厳重注意され罰金まで払うことになったのは、完全に余談である。

 

 

 

 

 

 

 とんでもない予想外のトラブルを乗り越え、若干軽くなった財布に物悲しくなりつつも、ルイズは頼りない記憶を駆使して、相変わらずふらふらするステラの首根っこを捕まえながら、ようやく一つの武具屋へと辿り着いた。

 名も無き看板には、わかりやすく剣の意匠が描かれており、ひと目で武具を取り扱っている店であることがわかる。

 ほえー、とマヌケな声を漏らしながら見上げるステラを一瞥し、躊躇なく羽扉を開けるルイズ。

 扉据え付けのベルが鳴り、店内に来客を告げると、どこからともなく店主と思しき男が現れた。

 場末の武具屋の店主らしく、それほど身だしなみは整っていない。

 だが、最低限の品位を保つのは忘れていないらしい。

 貴族であるルイズが見て、軽く顔を顰める程度であれば、下町の武器や野主にしては上々の出で立ちであろう。

 ただし、その身なりが表すように、店内は粗野の一言に尽きた。

 剣や槍、弓に盾とそれなりの種類の武器防具が乱雑かつ所狭しと広がっている。

 店内は薄暗く、昼間だというのにランプで灯りがついていた。恐らくは魔道具だろう。蝋でこんな真似をしていては、赤字ばかりに成るに違いないからだ。

 仮にも上級貴族であるルイズは、無論の事このような粗野な店に訪れたことなど無い。この店だって、授業で使う秘薬の材料を探していた時に偶然見つけただけなのだ。

 言い換えると、ここ以外に武具屋をルイズは知らない。

 もしかしたらここよりいいところがあるのかもしれないが、無いかもしれない。知らないのだから、ここに来るほかなかったのだった。

 ともあれ、突然現れた二人の主従に酷く驚いたらしい店主は、口に加えていたパイプを離し、額に冷や汗を流しながら分かりやすいくらいの猫撫で声で二人を出迎えた。

 

 

 

「こりゃぁ驚いた。若奥さまはお貴族様とお見受けしますが」

「そうよ。剣を買いに来たわ」

 

 

 

 居丈高に言ってのけるルイズ。なお、ステラは既に、好き勝手に店内を歩き回って見物している。

 店主は、大仰すぎる態度で驚きを示すと、その顎を撫で擦りながら言った。 

 

 

 

「おったまげた。そりゃまた、流行に乗るためですかい?」

「流行?」

「ええ。最近は、宮廷貴族でも下僕どもに武器をもたせるのが流行りなんでさぁ。先日も、どこぞの貴族の旦那がそれなりに買って行ってくださってね」

「ふーん。変な事が流行ってるのね」

「おや、若奥さまはご存じない。最近、とある子爵の家に盗みが在ったんでさぁ」

「そんなの何処にでもある話じゃない」

「いえいえ、その盗人っつーのがまたアレでしてね。なんと、あの"土塊のフーケ"っていうんですから、貴族の旦那様方は眼の色を変えてまして」

「"土塊のフーケ"ですって? ガリアからこっちにきたの?」

「そりゃぁ半年も前のことですぜ。その間被害がどこにもなかったのなら、ここトリステインに来ていてもおかしかありやせん。ましてや、襲われたのは結構な規模の警備隊を雇ってた貴族様ってんですから、貴族の方々は戦々恐々としてまさぁ」

「ふーん……ようは、盗賊騒ぎで繁盛してるってことね」

「へぇ、そりゃもうお陰様で」

 

 

 

 店主の物言いに、ステラがちらりと視線を送る。

 だが、すぐに興味を無くしたかのように、また武器の観察に戻った。

 

 

 

「とにかく、あの子が持つような剣を頂戴」

「予算はおいくらで?」

「えっと、新金貨で「五十」――――ちょっと、ステラ?」

 

 

 

 突然会話に割り込んできたステラを睨みつけるルイズ。

 だが、ステラはこちらには視線を向けること無く、相変わらず店内の武器をアレコレ見て回っている。

 無論、眉を潜めたのはルイズだけではない。

 内心、鴨がネギと鍋に薪まで抱えてやってきたと思っていた店主もだった。

 店主の見立て通り、ルイズはこういった店での買い物が上手ではない。

 今もあっさりと自分の手札/予算をバラしそうになっているし、ましてやどんな剣を買うかも店主にまるなげしようとしていたくらいである。

 そんなルイズから巻き上げられるだけ巻き上げてやろうと画策していただけに、ステラの横槍は当初の予定を邪魔されたようなものだった。

 しかも、口にした金額は、一般的な大剣の相場の四分の一。バカにしているのか、と内心店主は憤る。

 

 

 

「アンタね、勝手に割り込んできた上にそんな「――――買い物あるんでしょ?」……」

 

 

 

 ルイズの反論は、ステラの一言で一方的に封殺された。

 ステラの言うとおりである。此処で全財産を使ってしまえば、予定していたルイズの買い物ができなくなるのだ。

 そこまで頭が回らなかったのは、こんな場末の武具屋の店主ごときに舐められまいと考えた虚勢のためである。

 同時に、そのことに気付かされた羞恥でルイズの顔が真っ赤に染まった。

 

 

 

「自分で選ぶから大丈夫だよ。ただ、この店にはそんなにいいのがないね」

「なっ」

 

 

 

 絶句したのは、店主だ。

 仮にも王都に武具屋を構える者として、明らかに馬鹿にされて怒りが湧いたのである。

 かと言って貴族の使用人(?)に対して怒鳴ることもできず、彼もまた、ルイズと同じように憤怒で顔を赤く染め始めた。

 その時である。

 

 

 

「はっはっは! ざまぁねぇな親父! ボろうとしてあっさりポシャってやがる! 挙句、そんな小娘に馬鹿にされるたーイイザマだ!」

「え、なに、誰?」

「……」

「うるっせぇぞデル公! てめぇはだぁってろ!」

 

 

 

 突如響き渡る四人目の声に、その場が色めきだつ。

 ルイズが幽霊の類を警戒するのに対し、店主は店の一角に向かって泡を飛ばす勢いで怒鳴り散らした。

 それを、冷静に眺めるステラ――――いや、その視線は正確に一点、ちょうど店主が怒鳴り散らした一角に向いていた。

 

 

 

「つーかよ、小娘。てめぇが剣を選ぶ? 冗談じゃねぇ! 生意気言ってねぇで庭の掃き掃除でもしてな!」

 

 

 

 罵倒されながらも、ステラは静かにその声のする方へと歩み出す。

 そして、乱雑に置かれた武器の山から一振りの剣を抜き出した。

 

 

 

「おうおうおう、気安くこのデルフリンガー様に触んじゃ―――」

 

 

 

 ステラが抜いたのは、刀身に全体と言っていい範囲に錆が浮き、もはやまともに切れるのだろうかというレベルの粗悪な剣だった。

 ただ、それ以上の特徴として、誰かの声が聴こえるたびに、その鍔にある金具がカチャカチャと動くのである。

 ソレを見て、ルイズが目を丸くしながら驚いた。

 

 

 

「け、剣が喋ってる……まさか、インテリジェンスソード?」

「へぇ……その通りでさぁ若奥様。最初は物珍しさに仕入れたんですがね、見たとおりのゴミな上、事あるごとに今みたいにお客さまに罵声を投げるもんで閉口してやして」

 

 

 

 外野のそんな会話がある中で、ステラはただ静かに、手に持った錆ついた剣を眺め回していた。

 その間、騒がしくわめいていた剣は、終始押し黙ったまま。ステラは構わず、刀身から柄に至るまで細緻に観察する。

 そして、最後に右手にその剣を握ると、周囲に配慮しながら軽く振り回してみせた。

 すさまじい風切り音と共に、周囲を切り裂く風が鋭い衝撃を伴って店内を駆け巡る。

 目に捉えられない速度で振るわれる剣筋は、しかし錆色の軌跡を伴って美しい演舞を魅せた。

 時間にしてたったの数秒。

 だが、それを見ていたルイズと店主にとっては、その数千倍の長さにも感じられた一瞬。ルイズはもちろん、店主も、ステラのその演舞に心を奪われていた。

 店内に染みるようにして広がる静寂を破ったのは、それまで沈黙を保っていた錆剣だった。

 

 

 

「おっでれーた……小娘、てめ、ナニモンだ」

「私? ステラ。君は?」

「デルフリンガー様だ、ばぁろい」

「デルフリンガー……かっこいい名前だね」

「気に入ったぜ小娘。てめ、俺買え」

「うん、私も君が気に入った」

「いいねぇ、その即決即断。ますます気に入ったぜ」

「ルイズ。私、この子にする」

「へ? ちょ、ちょっとステラ?!」

 

 

 

 戸惑うルイズに、ステラはにっこりと、実に晴れやかな笑みを浮かべる。

 そして、それだけでルイズはソレ以上なにか言葉を重ねるのを諦めた。

 たった二週間しか経っていないが、それでも、ステラについて理解できたことはそれなりにある。

 その数少ない理解の中に、今現在ステラの浮かべている顔があった。

 いつも眠そうに半分目を閉じているのを更に細め、意見は聞くけど従う気はない、と言いたげな挑戦的な笑み。

 この顔は滅多にしないが、その分、一度してしまえば梃子でもその意志は変わらないことを、大変遺憾ながらもルイズはよく知っている。

 無論のこと、その数分後に、ルイズの財布から新金貨五〇枚が消えることとなったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 


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