EBA 一番と四番の子供達   作:アルポリス

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 始まります。


第三話

 

 地球の軌道上に独特な形、見ようによってはハンマーの形状を思わせる宇宙基地――オービットベースのドックにLilinが誘導される。

 

 無事ドックに固定されたLilinから代表のあたしや副代表のカヲル、艦長としてリツコとその護衛にラスティーという面々が降り立つとスタッフによって指令室に通された。そこで前大戦でカヲルとリツコのみ面識のあるサイボーグ戦士―――獅子王凱の姿や小学生ぐらいの少年―――推測だが、天海護君だろう―――の二人だけに出迎えられる。

 

 依頼した肝心の長官がいなということで露骨にリツコが不審がれば慌てて獅子王凱が口を開いた。

 

「遠路遥々お越しくださり、ありがとうございます…今この基地の代表を務める大河長官はブライト艦長との打ち合わせで遅れております。も、もう少しお待ちください」

 

 明らかに馴れていなさそうな丁寧口調で語る、彼の姿にあたしは思わず微笑ましい気持ちを込めて笑った。

 映像で知る彼はもっと、真面目で熱血漢のような、ぶっちゃけて言えばあたしと似たような猪突猛進のタイプだったように記憶している。そんな彼のたどたどしい丁寧語はオーブの姫として過ごしていたあたしにそっくりだ。きっとあの時周りの人物には酷く滑稽に思われ、内心で笑われていたのだろう。

 もっとも、あたしが浮かべたような笑みではなく、深く蔑んだような笑みだろうが。

 

 あたしが我慢できず笑ってしまい、何か粗相してしまったと思ったのか明らかに焦り気味の獅子王凱を不憫に思ったのか、隣に立つカヲルが柔和な笑みで口を開く。

 

「そんな畏まらなくても構わないよ。君はそんなタイプじゃないのは理解しているから。そうだろう、カガリ?」

 

 あたしが笑いながら頷けば獅子王凱は安堵の表情を浮かべた。それを確認したカヲルは次にリツコに視線を合わせた。

 

「艦長もわざとらしく不審がらないでください。からかうならもっと別の相手にしなければ。彼のような真面目なタイプに駆け引きは向かないですよ」

「そのようね」

 

 リツコはそう言って表情を和らげた。

 

「安心して、先ほどはわざとなの。ごめんなさいね」

 

 リツコはきっと単純にうちのデータを持って行かれた腹いせにからかっただけなのだろう。それを彼に言っても仕方がないので笑みを収めたあたしが今度は口を開く。

 

「うちの艦長がすまなかった。ちょっとからかっただけなんだ。大目に見てくれると助かる。あたしがエバーズ代表の綾波カガリだ、よろしく頼む」

 

 理由を聞かれないうちに手を上げて握手を求めれば彼の血の通わない手がそれを掴んだ。

 

「なるほど、冷たい手だな――」

「すいません」

 

 苦笑しながら謝られ、手を離そうとするのをあたしは力の限り抵抗する。

 

「あの……」

「だが、一度戦いに赴けばこの手は熱を持ち数多の敵を粉砕するのだろう。あたし達が握れないほどの熱を持って」

「…何が言いたいんですか?」

 

 困惑する彼にあたしは笑みを浮かべた。

 

「ん? 別に深い意味はないぞ。ただ、この手で多くの人を守ってきたのだなっと思っただけだ」

「ありがとうございます、この体は誇りですから」

 

 彼らしい満面の笑みに体だけでなく、その心の強さを見せられた気分だ。

 

「体はサイボーグでもその心は誰よりも人間らしく、それで居て体にも負けない強さを宿している……羨ましいくらいに」

 

 あたしの心はそこまで強くない、などと訳もなく内心で愁傷気味になりながら手を離して素直にそう呟く。すると彼は顔を赤くして鼻を掻いて目線をキョロキョロさせている。どうやら照れているようだ。

 

 彼の素直な態度に再び笑いを堪えていると少し焦ったような声を上げる天海護君の声が聞こえてきた。

 

「が、凱兄ちゃん!」

 

 名指しされた彼を始め、あたしやリツコ、ラスティーも視線をそちらに向けた。するとそこではうちのバカヲルが護君を抱き上げたり、下したりして困惑させていた。それを何度か繰り返すと今度は頬を摘まんだり、息が掛るほどの至近距離で見つめたり、とにかく意味不明な行動を繰り返していた。

 

「あの、護が困っているので止めてくれないかな?」

 

 頬を引き攣らせながら獅子王凱が言うとカヲルは意味不明な行動を一応止めるも、その視線は未だ天海護君に向かったままだ。しかし、そこは前大戦を過ごした小学生である、普通なら無言で意味不明な行動をされれば恐怖するのにそれを困惑に留め、しっかりと見つめ返して口を開く。

 

「僕の名前は天海護です」

 

 親の躾のたまものか、はたまた大物なのか、まずは自己紹介を口にするとカヲルも心得たとばかりに口を開いた。

 

「僕はエバーズ副代表の渚カヲルだよ、天海護君」

「あの、どうして僕を抱き上げたり、見つめたりするんですか?」

「それはね、君が僕にとって人間に近づけてくれた尊い子だからだよ」

「えっと…うんと、よく分かりません」

 

 それはそうだ、流石にそれだけじゃ彼に分かるはずもない。

 

「ふふ、これはお礼だよ、天海護君。これから君を悲しませるかもしれないけれど、どうか最後まで真実に目を逸らさないでほしい」

 

 今まで柔和な笑みを浮かべていたカヲルは言って表情を引き締める。そしてその手を護君の胸に押し当て言葉を発した。

 

「君は僕にも知りえない別の場所で生まれた緑の子、その魂が僕には見えない。それはとても凄いことなんだ」

 

 その言葉に護君や獅子王凱君の表情が一瞬にして驚愕に彩られる。護君に至っては驚きを通り越して怯えが含まれていた。

 

「ど、どうして…それを」

「緑の力を有する子、君の力は特別だ」

「ぼ、僕はお父さんとお母さんの子…だよ」

「そうだね、けれど君自身は失われたルーツの最後の子でもある。本来ならこの星とは縁も所縁もない存在だ、違うかい?」

「あ、あ……」

 

 前大戦、彼は自分がこの星の生まれではないことを知ったはず、それでも旨を張ってこの星の子として過ごしてきた強い子だ。けれど、今それが揺らいでいるのはきっとカヲルの言葉だからだろう。

 

 例えあたし達が良子さんの子孫であっても始まりのルーツは結局カヲルである。そんな彼に違うと言われてしまえば、それが真実でしかなく、きっと護君は本能で認めてしまっているのだ。それは幼い彼にとって何とも残酷な仕打ちに見える。現に目の前の獅子王凱は険しい表情で今にもカヲルに飛び掛りそうな気配を醸し出していた。

 飛び出そうと動き出す彼の元に素早く近づいて彼の肩を強引に掴む。例え本気でなくともサイボーグの彼を女のあたしに止められ驚きを見せた彼は、けれどすぐに険しい表情に戻り、今度はあたしを睨みつけてきた。

 

「あいつの、カヲルの真意を見届けてほしい」

 

 真剣な表情を作り、厳かに言葉にすると彼は歯を食いしばって耐えるよう目を瞑る。

 

「あいつは子供を悲しませたままにするような奴じゃない、あたしが、恋人のあたしが保証する。だからもう少しだけ待ってくれ」

 

 獅子王凱の体から力が抜けた。あたしは彼の肩からそっと手を離すと彼らのやり取りに視線を戻す。

 

 怯えながらも護君は口を開いた。

 

「……僕はギャレオンと共にこの星に着ました」

「そう、それで?」

「赤ん坊だったからその頃の記憶はなくて分かりません。でもこの星で育った記憶は大切だから、お父さんやお母さん、皆が大好きだから……あっ」

 

 目に涙を溜めて今にも流れそうな護君に合わせてカヲルはしゃがむと彼を包み込むよう抱き寄せた。そして彼の耳元に語りかける。

 

「君というルーツが僕らのルーツに出会い惹かれあう。それはとても素敵なことで、同時に僕にとってはとても嬉しいことなんだ」

「え、あ、あなたは…」

「この星を愛してくれてありがとう、この星を守ってくれてありがとう。君の魂を君の言葉によって確かに感じさせてもらったよ」

 

 カヲルの全身から淡い光が輝き始めればそれが護君を包み込む。するとそれに呼応するかのよう護君からも緑の輝きが発生し始め、緑と白の輝きが重なり合う。

 

「護の力が戻った!?」

 

 驚きの声を上げる獅子王凱に説明を求めれば、彼が端的に語ってくれた。

 

 曰く、ゾンダリアン劣兵パスダーの消滅以降、あることがきっかけで彼は緑の力を失ったかのように使えなくなったらしい。その後、原種が到来するもその力を発現させることもなく、彼らは機界昇華―――ゾンダリアンのコアを消滅させる行為が出来なかったようだ。機界昇華をしなければゾンダリアンは再び復活するのだから一大事である。

唯一それを行える護君の不調にGGGのスタッフは態度に出さないまでも困り果てていたらしい。感情に機敏な護君はそれに気付いて己の不甲斐なさに嘆きながらも決して顔には出さず何時も笑みを浮かべていようだが、小学生とは思えないくらい聡い子だ。

 

「僕、力が戻って……」

 

 獅子王凱と同じように驚きを見せる護君の頭を優しく撫でたカヲルは既に自身の輝きを止めていた。

 

「君は無意識化の領域、言わば魂から己のルーツを拒絶していた。それが力の発現を妨げていたんだよ」

「そんな…僕はこの力を認めていたのに?」

「でも、君は一度でも思ったことはないかな、この星で生まれていれば、と?」

 

 護君は少し考え込むと控えめに頷いた。

 

「そこから一旦肯定しても、何かの拍子で不満や不安が生まれてしまう。例えば育ててくれた両親を心配させたり、君の同級生たちが無邪気に遊んでいたり、そんな場面を見ると心の奥底でそれが生まれ、積ってしまう。やがてそれが許容範囲を超えて決壊すると無意識化で力の拒絶を促してしまった」

「じゃあ、どうして今、力が?」

 

 その問いにカヲルは赤い眼を細めた。そして自身の雰囲気を一転させる。あたしやリツコは馴れたものだが、ラスティーや獅子王凱、護君はその圧倒的なオーラのようなものに意識を飲み込まれそうになっていた。

 

「僕が君の魂に刻みこませてもらったから。君が別の星のルーツであろうと、この星に受け入れられるべき存在だという証を、この僕自身が、ね」

 

 そう言って護君の頭をまた撫でれば彼の瞳から一粒の涙が零れる。

 

「白き月の祖たる僕が認め、黒き月の祖たる彼女はきっと君のような幼い子が悲しむのを許さないだろう。ならば誰に何を言われようとも、仮にその魂が別のルーツとして何者かに拒否されようとも、緑の星より生れ、この青き星で育った我が子に変わりなく」

 

 カヲルは護君を抱き上げ、真正面に視線を合わせる。

 

「地球人でもあるという事実を持って堂々と胸を張れ、天海護!」

 

 別のルーツの証でもある緑の輝きが最高潮に達しながらも彼は満面の笑みで声を上げる。

 

「はい!!」

 

 それはとても彼の年齢らしい良い子のお返事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後GGG長官の大河氏がやって来て護君の力を目の当たりにして僅かに驚きながらも納得の笑みを浮かべて依頼完了の旨を告げられた。

 どうやら依頼はエバーズというより、カヲル本人に向けられたもののようだ。白き月の祖たる彼ならば失われた力を取り戻せるのでは、と思ったらしい。何故その理由に至ったかと言えば、護君が力を失った原因の心当たりとしてカヲルが関わっていたかもしれないというのだ。

 

 護君は地上のGGGベースが破壊され、このオービットベースに連れてこられた時、何の偶然か、データベースから白き月の祖カヲルの姿を映像として見たようだ。

 ちなみにうちの最重要項目に値するデータなのだが、まんまと抜き取られていたらしい。大河長官からその話が語られた時、リツコの表情がヤバかった。抜き取ったと思われる、見た目は少し無精でありながら天才的なプログラマーにして陰ではハッカーとして有名な猿頭時氏を射殺さんばかりに睨みつけ始めたのだ。可哀そうに彼はメガネを掛けた浅黒い肌の美人さんの後ろに隠れてしまうほど怖かったのだろう。

 話を戻すが、その直後、護君は体を硬直させて意識を失ってしまったようだ。そして、目覚めたときにはその力を使えなくなっていたという。

 

 そこまで経緯が語られるとおもむろにカヲルが口を挟んだ。

 

「僕の姿をデータに残すのはあまりお勧めしないかな。データの海は魂の還る海に良く似ている。もしかしたら要らぬ災厄を招く恐れがあるよ?」

「そのようだな、現に護君は力を失った」

 

 低めの渋い声で大河長官が同意すると猿渡氏に削除を命じた。すぐさま行動に移す猿頭時氏、それを食い入るように見つめるリツコ様、その二人を見ないようにしてカヲルは話を続ける。

 

「僕はこれでもこの星のルーツの一つだからね、きっと映像でも護君の魂に影響を与えてしまったんだ。要は負の蓄積が崩壊するきっかけを与えてしまったことになるのかな。その崩壊が力の拒絶に繋がった」

 

 抱き上げたままの護君にカヲルは笑いかける。エバーズ内で人たらしにも使えるともっぱら評判のカヲルの笑顔で護君は顔を少し赤らめたようだ。

 

「けれどもう大丈夫だよ、護君は僕の子として認めたからね。けど、別に緑の星の自分を捨てる必要はない、それもまた君を君に至らしめる要素だ……そうだね……リリンの言葉にある養子縁組をしたようなものかな」

「僕はカヲル兄ちゃんの子供になったの?」

「ふふ、アダムの子でもあるし、リリスの子でもある。そうなると君は三つのルーツに見守られた子になるのか……ん?」

 

 それって凄いな、なんて小さく呟きながら、あたしは二人の心温まるやり取りを眺めていると、カヲルの奴は主にGGGのスタッフを凍らせる爆弾発言を噛ましやがった。

 

「さっきからギャレオンに宿る護君の実の父親が、息子をかどわかすなって煩いんだけど、どうにかならないかな?」

「え?」

 

 護君がキョトンとする。

 

「はあ!?」

 

 これは獅子王凱の驚き。

 

 その他、大河長官を始めその場にいたスタッフが表情を凍らせて言葉を失くす。そんな中、カヲルだけが誰もいない宙に向かって会話を重ねていた。

 

「え? ……まだこの時点では知らされていないって? こっちこそ知らないよ、君の予定なんて……もっと感動的に再開したかった? そんなの僕には関係ないじゃないか……さっきからラティオ、ラティオって煩いよ、誰の事だい……ああ、護君のもう一つの名前なのか……いや、君が教えてきたんだろう、どうして僕がバラした形になるんだい」

 

 あたし達には見えないが、カヲルの視線の先にはどうやら血の繋がった護君の父親がいるらしい。カヲルはぶつぶつと呟いて空中に向かって一つ頷くとあたし達の方向に視線を向けた。そしてあまり浮かべないへらりとした笑みを作り、口を開く。

 

「今の無かったことにしてくれるかな、今後護君の父親が出てきたら壮大に驚いて上げてほしい」

 

 

 

 今更身も蓋もない提案を、それでもカヲルが「彼は号泣だよ、不憫だね」という言葉を更に付け加えられて受け入れるしかなかった。

 




 今年中に何とか一話投稿できました。



 次回 人形とクロスゲート


 次回も早めに投稿出来たらいいなぁ、カガリ!!

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