EBA 一番と四番の子供達   作:アルポリス

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 始まります。


第四話

 

 

 マリューの静止も聞かず怒りに身を任せたフレイが手を振りかぶる。パチンッという威勢のよい音がブリッチに響き渡った。

 護衛と言う役割を忘れていなかったラスティーが対応しようとするもそれを手で制してカガリは素直に頬を叩かれることを望んだのだ。

 

「返してよ!! 私のパパを返してよ!!」

「……」

「あんたが!! あんたが!!」

 

 言われるがままカガリはその攻めを受け、謝罪や反論、何より釈明の一切を口にする事はない。ただ、粛々と罵声や暴力を受け入れる。

 

「パパを……パパを……うあぁぁぁぁ!!」

 

 何度目かの平手打ちの後、フレイは崩れ落ちるよう地面に膝を付き慟哭した。その姿を見つめるカガリは苦悶に満ちている。

 

 その時、管制から未登録の通信が入った事を告げられ、マリューはラクスにフレイを伴って外に出るよう頼み、通信を開かせた。

 

 モニターに映し出されたのは金髪の女性――赤木リツコである。先ほどからレーダーに映り始めた大型艦からの通信にマリューは居住まいを正して対応にあたる。

 

『こちらは私設艦隊組織通称エバーズの赤木リツコです』

 

「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです」

 

『この度は我が組織エバーズの代表である綾波カガリを保護してくださり感謝いたします』

 

「礼には及びませんわ、人道的な処置の一環ですから。ですが、貴公の組織を我々は認識していません、不勉強で申し訳無く思いますが、何処の組織に属しているのかお教え願えないでしょうか?」

 

『申し訳ないのですが、事態は急を要するようでその話は後ほどに願います。今はあの敵を倒さなければなりません。我々の代表がそちらにいるのであれば通信に出して頂けないでしょうか?』

 

「そのようですね、分かりました……カガリさん、どうぞ」

 

 フレイがブリッチからいなくなりようやく苦悶の表情を浮かべたカガリにそう言えば僅かに頷きを見せてモニターの前に立つ。

 

「……ああ、すまない。私だ」

 

『随分と意気消沈しているようね。でも、今は再開を喜んでいる状況ではないわ。そんな状態でいけるのかしら?』

 

「大丈夫だ。“あいつら”は乗っていないんだろう?」

 

『ええ、何分急だったものだから迎えにも行けなかったわ。これでも超特急いで来た方よ? ホント、貴方の相棒はこちらの予測を上回る難題をつきつけてくれたわね』

 

「後で小言はいくらでも受け付けるよ」

 

『そうね、勝手に飛んで行ってしまった分も含めて覚悟しておきなさい』

 

「うっ……お手柔らかに頼む」

 

 目を吊り上げて睨みつけられ僅かに苦笑を作ったカガリが懇願すればリツコが深いため息を吐き出して優しく目を細めた。

 

『仕方が無いわね。貴方らしくなってきたから好としましょう。いいこと、不甲斐ない戦いなんてしていたら、それこそ許さないわよ。貴方はあなたらしくありなさい』

 

「……あたしらしく」

 

『この際、多少の無茶にも目を瞑ります。何があろうともあれに勝ちなさい』

 

「…無茶を…………そうか、ありがとう」

 

 苦笑から一転、不敵な笑みを浮かべたカガリがブリッチを後にするとリツコはアークエンジェルのハッチを開くよう要請する。それに怪訝な表情を浮かべるマリューに補足として敵に対応しうる戦力を遣すと言ってきた。そしてそれを扱えるのがカガリだけだと言う事も付け加える。副艦長のナタルなどが危険を示唆する中、マリューはハッチを開くよう決断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦内部の食堂でラクスによって連れてこられ必死に慰められているフレイ、そんな中、閉められたドアが開き厳しい表情を浮かべたカガリが駆けつけると強引にフレイを立たせ引きずるように歩き出す。最初は呆気にとられていたフレイも条件反射から後に続くラクスも我に返って抵抗を示し始めた。けれど、そこはカガリの馬鹿力、芋ずる式に二人を連れて豪快に格納庫ハッチに向かう。

 

「ちょっと!! 何処に連れて行くつもり!!」

「そうですわ、綾波様。彼女は今傷心です、もう少しデリケートな対応を…」

 

 そんな彼女らの言などお構いなしに歩き続け、やがて格納庫に続く扉の前まで辿り着くと立ち止まった。

 

「今回の事に対して言い訳をするつもりはない」

 

 振り返り、どこか鬼気迫るような雰囲気を纏い真剣な表情で述べたカガリに二人は呑まれ言葉が出ない。

 

「それでも実際直接お前の父親を死なせた敵は未だに生存していてこのあたしを執拗に狙っている。外にいるキラ達も疲弊していて壊滅は時間の問題だろう」

 

 不意に身に詰まる雰囲気が和らいだかと思えば逆にカガリの表情は獲物を刈り取ろうと心待ちにする獣のように瞳を爛々と輝かせている。

 

「お前にとって恨みを持つ存在は二つ、そのうちの一つを倒せる術がたった今、来た。ここはあたしに対する恨みを一時的に忘れ、もう一つの遺恨を叩きたいとは思わないか?」

 

 答えを望まれていることは理解できる、だが、問われた内容をフレイは理解できなかった。

 

「え……何を……言っているの…」

「端的に言えばお前の手で敵を討たないかと言っている」

「……でき、るの?」

「フレイが望むなら」

「……やる」

 

 小さくその言葉を告げた直後、フレイの体が大きく反転、カガリによって横抱きにされながらも自分が口にしてしまった言葉の重要性を理解できていなかった。代わってようやくその意味に気づいたラクスが顔を真っ青にして止めに入ろうとするが、三人を追いかけてきたラスティーによって制されてしまう。

 既に彼女の存在はザフトに公表されているのだ、このまま危険に晒せば終極は更に泥沼化してしまうだろう。元ザフト軍だからこそ、それを見逃すことなど出来ない、そして同時に主の意を汲むのも部下となった自分の役目だとも思っている。

 

 格納庫の扉によって二人の姿がなくなると制していた手を離して深々と謝罪するラスティーにラクスは力なく首を横に振った。

 

「元々わたくしに止める資格などないのです。元を正せばナチュラルコーディネータの遺恨がこの悲劇を起こしたようなもの。コーディネーターのわたくしが傍にいてもフレイ様には何の慰めにもならなかったでしょう」

「そのようなことはありません。自分はここ数日の貴方とあの少女の会話風景を眺めて自分の選択が間違っていなかった事を再確認しました」

 

 その言葉にラクスは確信する。

 

「やはり貴方は元ザフト軍なのですね。確かアスランの同期だったように記憶しています」

「ええ、その通りです。今頃は本国に死亡通知が送られている頃でしょうが」

「貴方は新たな選択をなしたのですね。少し羨ましく思います」

「死亡扱いされたまま放置する親不孝もので、裏切りの同族ですが、ね」

「それでもザフトとして…いえ、コーディネーターとして全てのナチュラルと戦う事に疑問を持ったからこそでしょう。ならばどうか最後まで貫き通して下さい。もしかしたらそれこそがこの戦いの良き未来に繋がるのかもしれません」

 

 そう言って彼女は自分がいるべき自室に向けて歩き出した。ラクスもまた己の立場を思い出してこれから先の行く末を案じながら前を向く。その後ろ姿を黙って見送るラスティーは次いで自分の主の安否を祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 普段、忙しなく整備班が動き回るアークエンジェル格納庫ではLilinから運び込まれた在る機体というものに興味津々と言った状態で興奮気味に眺めていた。その中で整備班長のマードックが赤髪の少女を横抱きにしてやって来たカガリを認識して声を掛ける。

 

「おい、お嬢ちゃん。この機体と言っていいのか、とにかくこれのパイロットはあんたで良いのか?」

 

 それにカガリが頷きを見せるとそれを示すかのよう機体が勝手に動き出してカガリの前まで来る。そして肩膝を付いてシルバーの装甲に覆われた手をカガリ達の前に差し出した。

 

 勝手に動き出した事、そのどこかメカとは違う動きに整備班はその驚きで静まり返る。先の戦いで乗り手のクォヴレーの元に転移するという不可思議な現象を起こしたベルグバウを調べていた班長のマードックでさえこのような現象を目の前にして声が出せない。フレイに至ってはその巨体に恐怖してようやく自分の発言の不味さに気づき現実逃避気味に抱き寄せるカガリに縋りつく始末だ。

 

そんなフレイにカガリは優しく安心するよう、大丈夫だと告げて手のひらに飛び乗った。

 慎重な仕草で手のひらが動き出して首筋まで導くとこれまた筒状の物体が勝手に飛び出した。筒状の物体――エントリープラグの入り口が開かれ、フレイを伴い飛び込むとそれは閉まり機体に収納される。

 

 そしてその機体――エヴァ4号機は主の帰還に喜びを表すように気高き咆哮を上げるとアークエンジェルのカタパルトデッキから飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘に関して日が浅い事と未知なる敵に対する心構えが見積もれないという理由で戦艦と使徒の間に待機していたキラは自分と殆ど代わらない歳で果敢に挑む古巣の彼らをモニター越しから見つめて歯噛みしていた。

 

 キラは仄かに好意を抱いていた少女、フレイの父親を助けられなかったことに悔しさを滲ませながらも、ザフト軍のモビルスーツをものの数分で壊滅させた力、どんな攻撃でも傷一つ付けられない脅威のバリア、その全てを体感したキラは今までにない畏怖を抱いた。そんなキラが禄な対応など出来るはずもなく、それをすぐに看破したフラガ大尉にこの場所で待機するよう言われてようやく、恐怖を緩和させられたのだ。

 

「僕は……何も出来なかった……やっぱり、僕なんて」

 

 独白のように呟いたその時、後方より聞こえてきた獣のような咆哮に気を取られ、使徒の異変に気づかなかった。

 

『坊主!! あの化け物の攻撃が来るぞ!!』

 

 通信から聞こえる切羽詰ったフラガ大尉の切羽詰まった声に慌ててモニターを確認した頃には既に雨のような光りの筋が自ら目掛けて降り注ごうとしていた。

最初から確認していれば、包囲される前に回避可能だったかもしれない。しかし、それはコンマ数秒の分岐―――この時、キラは確かに己の死を確実に認識する。頭に浮かんだのはあの力が物理的なものならばストライクの特殊装甲も役に立つと言う無意味な願望だった。そしてそんな愚かな考えしか浮かばない自分に嫌気が差して自嘲の笑みを浮かべた。

 

 刹那、

 

『間に合えぇぇぇ!!』

 

 普段聞きなれた、けれど聞いた事のない焦りを滲ませた少女の声がストライクのコックピットに木霊すれば次いで壁に阻まれる雨粒のような音が響き渡った。

 

「え、あの化け物と同じ赤い壁」

 

 モニターにはシルバーの巨人とその巨人から発生していると思われる何層にも渡った赤い壁のようなバリアによって降り注ぐ光線を防ぐ光景が映し出されていた。それを行っているのがこの場所に自分を導いたと言っても過言ではない少女によるものだと言う事も恐怖で鈍くなった頭が認識する。その頃には使徒の攻撃が完全に防がれていた。

 

 通信からお帰りや、待っていたという、緊迫したこの場に不釣り合いな温かみのある声がカガリと言う少女に降り注がれているのを聞きながら、逆にキラは凍える様な想いで震え出す体を抑えていた。

 

――別に彼女を一般人だという枠組みで認識していたつもりはない。

 

 どちらかと言えばザフト軍の彼と対等に渡り合える戦闘能力を持ち、自分と歳が近いのにも関わらず世間の事情に詳しく、護衛を雇える立場やガンダム乗りの彼らと親しげに会話していたことから特殊な環境に身を置く少女だと思っていた。次に本来なら守られるべき立場なのだと認識する。身体能力が高くとも戦闘が行われれば自室に引きこもる事からも相まってキラは完全にそう断定したのだ。

 

 同時に守られるべき存在、無意識にそう位置づけて自分が守られねばと言うある意味優越感に浸っていたと言っても良い。

 

 自分と同い年の少年少女、果ては自分より幼い子たちが確たる意志を持ち戦っている姿を見つめ続けたキラの中に生まれた劣等感がそうさせていた。

 

 彼らは戦えるが、自分をこの場所に導いた彼女だけはその力が無くて僕が守らなければならない、そう思い込むことで戦い続けていた。そう思わなければキラはもう戦えなかったのだ。度重なる戦闘で自分が出来た事は幼馴染の有無と僅かな戦闘と支援のみ、古参と呼ばれる彼らが何時も戦陣を切って戦っている姿を見るたび心が軋んでいく。

 

――自分は本当に必要とされているのだろうか。

 

 ムウ・ラ・フラガは言った、キラという戦力を頼りにしていると。しかし、実情は古参の彼らを頼りにするムウの姿を幾度も垣間見ることになり、実際それは正しい選択だろうが、それでもキラは腑に落ちない。

 

――戦うよう望んだのは彼なのに、恐怖に負けまいと今まで歯を食いしばって戦っていたのに。

 

 それがキラの負担を軽減させる優しさであったとしてもそれを知らないキラには見捨てられたという心情を抱かせるには十分な理由だ。

 

 そんなキラが次に心の拠り所にしたのが、同級生でも無く、好意を抱くフレイでも無く、何故かカガリだった。必要とされていない自分が肉体的に強い彼女を守れる、そう思うことで戦う自分の存在理由を勝手に作り出して心の均衡を保つ事にしたのだ。カガリが時折、戦闘に出る自分達を見て不甲斐ない想いをそのまま表情に浮かべていた姿を何度か見掛けたことも、もしかしたら理由の一つだったかもしれない。

 

 これがもし同級生達と同じくキラが最初から保護対象扱いならばこんな想いは抱く事なかっただろう。キラは同級生と笑顔で会話しながらも内心でこんな想いを抱く必要の無い彼らを妬ましく思い始めていた。そしてそんな思い抱いてしまう罪悪感から同級生やフレイを心の拠り所に出来なかったのだ。

 

 純粋な気持ちとは違う、何処か歪な依存に近いことをキラ自身気づいていたが、自分に自信が持てるまでと先送りしていた結果、彼女もまた戦う術を持ち、挙句守られると言う情けない今の状態を作り出したことになる。笑みに隠して第三者に心情を吐き出さなかったことも含めて自業自得としか言いようが無い。

 

「結局、誰も僕を必要としていないんだ」

 

 無意識ながらここに来てようやくドロドロになって淀んだ心情を吐き出せばそれを聞いていたのか、カガリが通信越しで問いかけてきた。

 

『あいつらが何時お前を必要としていないと言った』

 

「あ…聞かれて…」

 

『逆に聞くが、お前はあいつらを必要として見ていたか?』

 

「それは…」

 

 自分の事で精一杯だったキラに周りの事を気にする余裕は当然無いにも等しい。

 

『あいつらは一般人のお前に戦わせるという選択を敷いたことの負い目を感じている。だからあいつらの出来る精一杯でお前の想いを汲み取ろうとしていた。戦闘中お前は気づかなかったか?』

 

「何を…」

 

『ザフト軍の中で赤いモビルスーツが出るとお前があからさまにうろたえる事を。そんなお前をさり気無く彼らがフォローしていた事をお前は気づいていたか?』

 

 言われて、キラは改めて今までの戦闘を振り返る。

 

 幼馴染――アスランと戦場での再開で心痛めながらもどうにかして会話を試みようとしていた気がする。そんな時は何故か彼らのうちの誰かが共に付いて来ていた。キラはそれを不甲斐ない自分のお守りをしているのだと思い込んでいた。けれど、カガリの言っている事が正しければ彼らがキラの思い通りにしてくれていた事になる。

 

『戦闘が終わった後、内心で落ち込んでいるお前をあいつらがさり気無く励ましたり、話しかけたりしていなかったか改めて思い出してみろ』

 

 カガリの観点から思い出せば笑顔で隠していたはずなのに彼らは明るく話しかけてきたりしてくれた。それを役に立たない自分に対する嫌味だと思っていたキラはそれを笑顔で受け流す事で一人殻に篭っていたのだ。その行為は誰が見ても…。

 

「僕こそが彼らの想いを切り捨てていたのか」

 

 次々と沸き起こる記憶のどれもが彼らの優しさから来るものだと気づけば己の言動の何と恥ずべき事か。

 そもそも、自分から離れていったにも関わらず一つの観点からでしか物事を捉えないで、結果見捨てられたと思い込むなど気に掛けてくれた彼らとって恩を仇で返すようなものだ。

 

 つまりは、

 

「彼らを表面上でしか見ていなかった僕こそ最低だったわけか………そうだ、彼らだって必死に戦っていたじゃないか、それを態度に出さないからと言って当たり前に思い込んで悔しがるなんて僕は何て愚かなんだ……」

 

 誰が好き好んで戦争をしたがると言うのだ。少なくともキラに優しくしてくれた彼らはそんな事を思うわけが無い。戦争で悲しい想いをする人を少なくする為に歯を食いしばって戦っている。僕が彼らの強さに劣等感を抱いて歯を食いしばるとは訳が違う。

 

『ホント、お前は初期シンジのようにネガティブ思考だよ…………なあ、キラ、考えても見ろよ、お前は今まで一般人として普通の生活を行っていたのにも関わらず、一度でその機体をモノにして生き残ってきた』

 

「え…」

 

『それが如何に凄いかお前は理解していない。あいつらと比べても謙遜しないぐらい誇れることだとあたしは思う。だから敢えて言おう、キラ、お前は凄い奴だよ』

 

「僕が…凄い?」

 

『そうだ、そして心根が優しいやつだ。お前が抱くそのドロドロとした想いも突き詰めていけばあいつらと並んで戦いたい、あいつらの負担を和らげたいという優しさから来るものだとあたしは思うぞ』

 

 その暖かい言葉に感極まったキラの瞳から一滴が流れ落ちる。誰かに認められることがこんなにも心を軽くするものだとは思わなかった。カガリの言葉だからこそ、自分を導いた人だからこそ、こんなに嬉しいと感じる。まるで親に認められた子供のような心情を抱いくキラは泣きながら笑う。何時の間にか心の底から出る笑顔を浮かべていた。

 

「ありがとうございます」

 

 素直な気持ちから紡がれた感謝の言葉は、しかし、カガリとは違う酷く不機嫌な声によって返される。

 

『ちょっと、そんな事はどうでもいいから早くここから出しなさいよ!!』

 

――え、僕の心情がどうでもいいって酷くない!? と言うか、この声は僕のよく知る彼女の声なんだけど!! いや、決してストーカー宜しく声を聞いていたわけじゃないからね、あくまで友達として聞き慣れたって意味で、まあ、フレイの声だけが何故か澄んで聞こえる時があるけれど、罵声で何だか、興奮する時もあるけど…待て待て、僕の隠された性癖的なんて今は関係ないじゃないか。どうして戦場でフレイの声が聞こえるのかが問題だ!!

 

 混乱思考の中、何を言いたいのかというと。

 

「どうしてそこにフレイがいるんだ!!」

 

『やべぇ! ばれちまった、テヘぺろ!! 悪いな、キラ、こっちはまた別件だ。あばよ!!』

『馬鹿力女!! 混乱している時に頷かせるなんて詐欺よぉぉ!!』

 

「な、フレイは本当に素人なんですよ、何連れて来てんですか!!」

 

 シルバーの巨人がキラの制止も振り切り、宇宙を駆け抜けるように走り出す。物理的に有り得ないが走るようにして移動している様をコックピットから見つめていたキラが慌てて追いかける。

 

 その様は使徒に対して恐怖していたことなど忘れたかのような勢いだった。

 

 

 

 

 

 

 モビルスーツなどの機体とは違う独特のコックピット――通称エントリープラグの中で危うく溺れそうになったフレイは未知の恐怖よりも先に怒りを露にして先ほどからカガリを詰っていた。それでも独特の創りの座席に対して安定しないからという言い訳を浮かべながら、ちゃっかり腰に手を回しているのはご愛嬌だ。それをカガリは理解しているので詰られても笑みを浮かべている。

 

「どうやらキラの奴、怒りで恐怖を克服したようだな」

「ねえ、ちょっと聞いているの!?」

「こんな近距離なんだ、聞こえているに決まっているだろう」

「だったら、早く戻りなさいよ!」

 

 そう言われても今更無理な話である。敵を引き付けてくれているヒイロ達の負担を考えるとこれ以上時間を掛けるのは好ましくない。それは結局、自軍の壊滅に繋がりかねないのだ。その事を告げれば、流石にフレイも理解したのか黙り込む。

 

 だが、今度は腰に回された腕や背中に付く上半身が震え始めたようでカガリは静かに問いかける。

 

「怖いか?」

「と、当然でしょう。私はまだ死にたくないもの!」

「そうか、なら安心だな。あたしはてっきり父親が死んで自暴自棄にでもなっているのかと思ったぞ」

 

 提案した件を素直に了承した彼女にカガリは提案した本人でありながら内心で驚きを見せていた。そしてある予想が浮かんだのだ。

 

 フレイは死にたがっているのか、と。

 

 しかし、彼女の口から死にたくないと告げられ、本当に混乱中の頷きだったようでカガリは安心した。

 

「だからと言って、今更引き帰せないがな!」

「あ、あんた、帰ったら覚えてなさいよ!!」

「もちろんだ、恋人以外で4号機に乗ったのはお前が初めてだからな!!」

「あんたなんかに恋人がいるなんて生意気よ!!」

 

 そう悪態を吐けるぐらいには恐怖していないらしい。流石に目の前のモニターに映し出されたシャムシエルを捉えた時は思わず悲鳴を上げたが、そこはご愛嬌だろう。

 

「安心しろ、この4号機に乗っている限りお前を死なせない。だから直接フレイの父親を死なせた使徒の断末魔を聞いてやれ!!」

 

 カガリは操縦桿を握る手を強めた。それに呼応するかのように4号機の動きも滑らかになる。本来なら異物となるはずのフレイが乗っていても4号機にブレはない。これが初号機や二号機なら別である。全てはコアに存在する恋人が規格外だからだ。

 

 エヴァ4号機の出現にシャムシエルの動きが活発になった。標的を4号機に定め、二本の触手を器用に動かしてなぎ払う。その様がまるで求めていた存在を見つけ出して喜んでいるようにも見えるし、憤怒を迸らせているようにも見えるのはカガリの気のせいとは思えない。現にヒイロやデュオたちには目もくれていないようで、フレイも怯えながらその事を指摘してくる。

 

「あれ、あからさまにあんたを狙ってるじゃない」

「ほんとだな、あたしを殺してまでアダムを取り戻したいわけだ」

 

 なぎ払われた触手を掴み上げ、全身を使って回転させれば遠心力でシャムシエルが吹き飛ばされる。使徒から引き離された事で余裕が出来たのか、フレイが問いかける。

 

「アダムって何よ?」

 

 それに対してカガリは簡潔に恋人だと告げた。

 

「つまりなに、あの化け物はあんたの恋人を手に入れるためにやって来てパパを殺したって言うの!?」

 

 端的には言えばそうなるので頷けば、腰に回された腕の力が強まった。フレイの体が再び震え始めたのだが、背後の雰囲気はどう考えても恐怖に怯えているようには見えない。むしろ背中が嫌な意味で熱い。

 

「痴情の縺れでパパが死んだなんてふざけんじゃないわよ!! それもお互い好き合っている者同士なのに付回すなんてストーカーじゃない!!」

 

 憤慨するフレイに振り向いたカガリは一応、いや、別に痴情ってわけじゃ…。などと告げて見るものの完全に血を上らせて目を据わらせるフレイには聞こえるわけもなく。

 

「殺りさない、カガリ。愛する恋人を守りたければ時に残酷な手段を取らなければならないと死んだママは言っていたわ。幼すぎた過去の私は理解できなかったけれど、ママに愛されたパパはとても幸せだった。そんなママが死んだとき、それはもう悲しそうだったわ。そうよ、確かに私はパパが死んで悲しい。けれど、これでパパはようやくママと再会できるのよ。なら、娘の私が出来る事はそんな二人の手向けとしてあのふざけた化け物ストーカーを地獄に落してやる事だわ!!」

 

 言っているうちにボルテージが上がったのか、首筋に粗ぶる鼻息が当たって気持ち悪いとは言わないでおくのが、同じ女としての情けである。

 それに折角恐怖から怒りにシフトチェンジしてくれたのだ、このままにしておく事に越した事はない。心なしかコアにいる恋人も同意するような思考をカガリに送ってきていた。

 

 そのせいで4号機の動きは更に飛躍し始めた。ムチの様に撓らせて高速で振りかぶられた触手を何の躊躇もなく掴むと簡単に引き千切れたのだ。

 

 後方では率先してキラのストライクが援護のビームライフルを撃ち込んでいた。ATフィールドに阻まれるはずのそれも4号機の中和でシャムシエルの肉体に被弾する。そこに恐怖は微塵も感じなかった。通信からはキラの変わりように驚くムウの声とその原因をいち早くカガリと断定させた古参のメンバーが口々に原因を求めてくる。事実かもしれないが、古参の対応にどこか腑に落ちないカガリであった。

 

 

 彼らはそれでも援護と言う名の追撃を止めずジャムシエルは既に再生を超えるダメージを負い始めていた。

 

「そろそろ終わりにするぞ」

 

4号機は足の武器ラックから高性能プログレシッブナイフを取り出して構えると剥き出しのコアに向けて突き上げた。

 ところが接触する直前コアを覆うかのように肉体が盛り上がり、内部に取り込まれてしまう。

 

「嘘だろ、こんな知識も蓄えているのかよ!!」

 

 確実に知能を高めたシャムシエルの行動にカガリが驚愕、その時、通信からキラの声が響き渡る

『援護します!』

 

 ストライクはビームライフルを撃ちながらブースターを吹かせるとシャムシエルに肉薄、ビームサーベルを抜いて的確な動作でコア部分の肉を削ぎ落としていく。それでも再生能力により中々コアまで辿りつかない。

 

『任せろ、次は俺が行く』

 

 次に通信から聞こえてきたのはベルグバウに乗ったクォヴレーだった。背中に装着された蝙蝠型の無線誘導兵器が四機放たれて無尽蔵に、しかし、的確にコアの位置だけを狙って銃弾が撃ち込まれていく。更にその合間を縫うようにしてキラが駄目押しのビームライフルを打ち込めば数秒もしないうちにシャムシエルの胴体が抉れてコアが剥き出しになった。

 

「やってくれたな、キラ、クォヴレー」

 

『必ず、フレイを無傷で返してくださいよ!』

 

『はぐらかされたがディオに少々問いただした……親身な対応に感謝する』

 

「ああ、後は任せろ!!」

 

 今度こそ、と4号機の持つプログレッシブナイフは再生し始めた剥き出しのコアに突き刺さった。

「フレイ、操縦桿を握れ、このまま消滅させるぞ!」

「任せなさい、ストーカーは断罪よ!!」

 

 カガリの手の上にフレイの手が重なると4号機のコアが呼応、この僅かな間だけフレイの精神が接続され、二人の力が加わる。それはコアを破壊するだけの威力であった。

 

 パキリという音を最後に第四使徒シャムシエルはその肉体を融解させて十字の爆煙を上げて消滅した。

 爆煙に巻き込まれた瞬間、4号機のコア部分が赤く輝きを示すとエントリープラグの中にいたフレイは着衣していた服を残し、突如として消えた。

 その様を最初から見ていたカガリは、けれど焦る事もなく体を後ろに預けて戦闘終了の余韻に浸る。

 

「あたしの望み通り槍はフレイに父親と会わせてくれるのか」

 

 背後に恋人の体温を感じてそう言えば肯定の声が返ってきた。

 

「無関係な僕がいては無粋だと思ってこちらに避難させてもらったよ。今頃、4号機コア内部で再開を果たしているんじゃないかな」

「なら、時間を掛けて戻らないとフレイに怒られるな」

「そうだね、なら、戦艦に帰るまで恋人の時間を取らせてもらおう」

 

 そう言って銀髪の少年――渚カヲルは全ての通信を遮断してカガリを抱き込むとフレイが戻ってくるまで宇宙空間を眺めながら恋人同士の時間を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ><><><><><><><><><><

 

 

 

 

 

 

 

 優しく包み込まれた腕が放され、時間切れと告げてきたカヲルがコアの中に還って行けばエントリープラグに涙を止め処なく流すフレイが現われあたしに抱きついてきた。

 

「ありがとう、カガリ」

 

 一言、礼が述べた直後今度はあたしの頬を摘み上げる。

 

「これでチャラにしてあげるわ。パパもママも許してあげてほしいって言われたし、二人とも幸せそうだったから」

 

 そう述べたフレイはどこか憑き物が落ちたかのように穏やかな表情であたしを許してくれた。

 





 次回 合流。


 次回も突き進め、カガリ。

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