始まります。
綾波カガリ再び
我はまつろわぬ霊の王にして遍く世界の楔を解き放つものなり。
全ての剣よ、我の下に集え。
かの者達の意思を、そのしもべ達を…あまねく世界から消し去らんが為に。
我が名は霊帝。
全ての剣よ、我の下に集え……されど、我は決して独りボッチにあらず。
ただ、我は……我は……我を見下す対の存在と始まりの生命体を滅ぼしたいだけなのだ。
本当にそれだけだ、本当に……本当に……神とは孤高でなければならない。
そう、つまりは独りは最高!!
……だから全ての剣よ、我と一つになればいい。
私は今、某国発進の宇宙船に乗ってL3宙域にあるコロニーに向かっている。
数ヶ月前、大気圏内に現れた大陸、そこでの戦いに勝利したことで加速度的にこの地球は新たな戦いに突き進もうとしていた。
まず、人類の砦イカロス基地が建設されているアストロイドベルト宙域に突如として現れた全長三十キロに渡る人工物、後にクロスゲートと呼ぶようになったそれはバルマー戦役に置いて犠牲になった仲間の帰還を促した。
その人工物を調査していくうちに一種のワープ装置と判明、異なる星系を繋ぐ扉の役割があるようでバルマー戦役中幾度も現われた異性人エアロゲイターの軍団を地球圏に呼び込むことになってしまう。
エアロゲイターと呼ばれた異星人は自身達をゼ・バルマリィ帝国観察軍と称してクロスゲートを占拠、軍を展開して地球圏に宣戦布告を行った。
次にそれらと同じくして地球の地下層から新たな敵、妖魔軍団が現れて地上を混乱に陥れ始めた。これに対して地球の特機と称されるスーパーロボットが進攻させないよう各地で奮闘するも退けるまでには至っていない。
慢性的な戦力不足、前対戦時に置いて地球に飛来していた地球外生命体ゾンダリアンを壊滅させる事に成功するも本体と言える機界31原種が地球圏に現われ猛威を振るい始めたことがその大きな理由だ。
最後に世界政府が歴史の闇に埋もれさせた事実、それらを有する存在が人類に牙を剥いた。
彼らは同じ人類でありながらその成り立ちが違う。
母なる体内から自然に生まれる人類は俗にナチュラルと呼ばれ、遺伝子を操作、強化されて生み出された人工生命体、俗にコーディネーターと呼ばれる者達。
彼らは歴史の闇の中で下隠しにされ、尚且つ虐げられていた。しかし、彼らの中の一部、通称ザフト軍はそれを好とせずナチュラルに宣戦布告、同じくナチュラルの中でも一部の者達がコーディネーターという存在を宙に巣くう害悪と定め、殲滅せんと動き出す。
太古の昔、互いの種族を掛けて生存戦争を起こした白き月の少年の観点からすれば、彼らは同じ黒き月でありながら互いの生存をかけて争う事を選択したのだ。
乗船した宇宙船の強化窓から除く漆黒の宇宙を眺めながらこの先の行く末のようだと深いため息を吐いた。せめて夢の中では明るくあれと目的地まで瞳を瞑る。
けれど、瞳が閉じても闇は晴れることはなかった。
眠れぬ航海を終え、私はオーブコロニーヘリオポリスに降り立つ。
情勢のせいで人が疎らな宇宙港からホテル街まで有料車、俗に言うタクシーで移動、数分の移動の後、歓楽街に建てられたヘリオポリスの中では高級と称されるホテルにチェックインする。
教育の行き届いたスタッフの案内の下、豊富なポケットマネーで選んだ部屋に通され一通りのレクチャーを受けると部屋には私一人となった。
入り口からすぐのバルコニー付きの部屋にはウェルカムフルーツや多種多様の飲料、高級アメニティーグッズが常備され、空調も適温に設定されている。寝室はふかふかのダブルベッドが二つ、巨大なジャグジー風呂がある部屋にはヘリオポリスの町並みを一望できる窓が設置されていて壮観な景色を楽しめるよう工夫されていた。他にも色々な用途で使える部屋が二つ設けられていて一人でいるには少し物寂しい想いを抱いてしまう。
常備している監視の類を調べる装置を使い全ての部屋を確認、何も感知されなかった事で取り敢えず安堵の息を吐いた。
「どうやらヘリオポリス内部は一応の平穏を保っているようだな」
呟いて過剰な自分に苦笑を浮かべる。
タクシー内部から外を眺めていれば平和そうな人々が日々を懸命に生きている様が映し出されていた。それが矛盾に感じるほど外は戦争に向かおうとしている。本来は平和なその光景こそが当たり前でなければならないのに。
「情報規制は完璧ですよ、父上」
このヘリオポリスは多くの爆弾を抱えているような場所だ。自ずと規制を厳しくなるのは分かる。しかし、一部の人類が歴史の暗部として隠してきたコーディネーターを初め、今回の渡航目的を決定的にした最重要機密がこのコロニーを戦火に巻き込むかもしれない。
それを確認するために私は行方不明でなければならない少女の名前を再び使うことにしたのだ。
部屋に付いている内線電話が鳴った。
『綾波様、ご夕食の方ですが如何なさいますか?』
時刻的には妥当と言える催促だ。本当ならすぐにでも行動したいところだが、時機にコロニー内部が暗転して夜の帳が落ちるだろう、そうなれば目的地に向かったとして夜の警備は厳重にされているはず。
「部屋で食べる、すぐに用意してくれ」
『了解しました』
短い会話を終えて受話器を置くと普段オーブでは執事に御小言をもらう行為、ベッドにダイブしてゆっくりと息を吐き出した。
「せっかく偽名を使っているんだ、明日直接乗り込むことにするか」
本当は工業カレッジに教授として在籍しながら目的の会社でエンジニアの職務についているカトー教授にアポイントを取るつもりだった。けれど時間も限られている今、悠長に回り道するよりも直接目的地に向かう方が多くの時間を割けるだろう。
「昼間のモルゲンレーテならそこまで警備は厳重じゃないだろうし」
表向きオーブの公営企業モルゲンレーテ、私の予想と父上の所有していた重要機密を照らし合わせればあそこにはヘリオポリス、引いてはオーブを戦火に巻き込む火種があるはず。
もしも予想通り本当にあるならば父上の考えが少しだけ理解できるのだが。
「私自身が証拠を掴み、告発。上手く父を失脚させればプラントに申し訳が立つか…」
――いや、遅すぎたな…コロニーに滞在するプラント工作員から情報が行っている筈だ。父上はそれを見越してこのコロニーで火種を起こそうとしている。もっとも資料から逆算して火種は完成しているかもしれないが。
そうまでして今の連邦に巣くうある『組織』を父上は潰したいのだ。
父上はナチュラルとコーディネーター双方が手を取り合い外敵と立ち向かって欲しいと望んでいる、それ故にその『組織』が邪魔なのだ。同時にプラントの一部過激派も邪魔でしかない、それならば双方共倒れになればいいと連邦に開発場所を提供、敢えて工作員を見逃していたのだろう。父上の事だ、仮にオーブが戦場になる事も見越しているかもしれない。
すべては終焉から生き残り、人類がこの先も繁栄していくために父上は御立ちになられたのだ。
けれど、それは大多数の下に引かれる少数の犠牲になりかねない。
その少数もまた、一歩間違えれば考えられない規模に膨れ上がる可能性がある。
――だから、私は私の道を行く、その為の第一歩がこの場所に立つ私だ。
けれど、それはそれ、これはこれということで。
「まずはこのホテル自慢の料理を堪能させてもらおう」
宇宙では珍しく他のコロニーとは違いオーブのヘリオポリスでは食事に人工物を一切使っていない天然物を扱っているところが多い。
この高級ホテルもまたその一つなのだ。
インターホンが鳴らされ、運び込まれる高級食材をふんだんに使った料理の数々に目を輝かせているであろう私は再び一人になるとマナーなどクソ食らえ、精神でがっつく事にする。
少しずつお嬢様の私が剥がれていく予感を抱きながら料理に舌鼓を打つのだった。
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コロニーの照明が夕暮れの情景を映し出す時間帯、また高級ホテルでカガリが飯をがっついている頃、ヘリオポリスの住宅街、その中で留学などで単身やって来る学生が多く住まう寮が建てられた地域を一人の少年が歩いていた。
そんな少年に声を掛ける二人の少年と一人の少女が居た。
「すんませーん、工業カレッジに在学している学生さんですか?」
男にしては珍しく茶髪の三つ編みを下げた少年に声を掛けられ、紫の瞳を大きく見開きながらも頷けばもう一人、ボーイッシュな感じの少女が僅かな安堵を見せて口を開いた。
「良かった、ねぇ、少し聞きたいんだけどそのカレッジにカトー教授って人は在籍しているのかしら?」
「はい、いますけど、それが何か?」
警戒心を与えない優しい声で問われ、素直に頷きながらも理由を問いかければ次に無表情の少年が答えた。
「俺達は地球の工業系カレッジで学生をしている者だ。今回は私的な旅行のつもりだったのだが、ここのカレッジにその手の分野で有名なカトー教授がいると耳にして是非アポを取りたいと思っている」
言いながら鋭い目つきで射抜かれ、元来コミュニケーション能力が低い学生にとってそれは恐怖でしかなく、身を竦ませて後ずされば、今度は三つ編みの少年が前に出て警戒心を抱かせない笑みで言葉を繋ぐ。
「怖がらせてワリィな、こいつ無愛想で見た目は怖いかもしれないが、案外いい奴なんだぜ? 何しろ、こいつの趣味はとあるお笑いGEININのおっかけだからな」
「そ、そうなんですか?」
「おうよ。でだ、俺達は明日の午後ここを発つんだけども、その前に何とか会いたい訳だ。聞きたいのは一つ、カトー教授は明日もカレッジで講義か?」
「いえ、明日はモルゲンレーテ社で課外授業を行う予定です」
学生がそう言うと三つ編みの少年は浮かべていた柔和な笑みの瞳に険を宿すもそれを感知する事はなかった。
「そうかい、そりゃ残念だ。なら、またの機会にさせてもらうかねぇ」
一転して苦笑を浮かべ肩を下げたことに、僅かばかりの罪悪感を抱いてしまった学生は、それでも一生徒の自分がモルゲンレーテに招待出来る筈もなく、辛そうな表情を自然に浮かべてしまう。
そんな学生の表情に僅かな驚きを見せた三つ編みの少年は朗らかに笑ってみせる。
「おいおい、別にあんたが悪いわけじゃないんだ、そんな顔しないでくれよ」
「でも、遥々地球から来たのに…」
「俺達の言い方が悪かったな、心情としては逢えたら儲けものってスタンスなんだよ。次の長期休暇にでもまた来るさ」
「そう、ですか」
「あんた見ず知らずの俺達に親身になってくれるなんて優しい奴だな」
その言葉に紫の瞳が優しく笑みの形に変わる。
「こちらこそ、御役に立てなくてすみません」
「ホント、気にするなよ。んじゃ、俺達はもう行くからな、長々と時間を取ってもらって悪かったな」
「いえ、後は帰るだけだったんで構いませんよ」
二人の少年と少女は別れの挨拶もそこそこにその場から立ち去っていった。
「個性的な人たちだったな……また逢えるかな?」
そんな三人組を見えなくなるまで見送った学生は小さく呟いて歩き出す。明日の課外授業に想いを馳せながら。
夜の帳が下りる時間帯、また腹を満たしたカガリが早々に眠りに付いた頃、夜の歓楽街がある地区で二人の少年と一人の少女が人気のない路地裏に立っていた。
「で、どうするよ、ヒイロ?」
「明日は予定通りモルゲンレーテに潜入する」
「ばったり、あの学生に逢っちまったりしてな」
「ちょっと、デュオ!?」
「冗談だって、ヒルデ、俺達が向かうのはあくまで裏からだ、一般の学生が立ち寄れる場所じゃない、それに」
一旦止めて人工的な夜空に視線を合わせたデュオは口を開いた。
「うちの組織とお姫様んところの組織で照らし合わせた予想が正しければ、少なくとも明日以降ヘリオポリスは戦場に変わる」
無表情のヒイロがそれに同意して頷く。
「シャトルに残した俺達のモビルスーツが必要になるかもしれない」
「そうなったら少なくともあの優しい学生や一般人がシェルターに逃げ込めるくらいの時間は稼いでやらないとな」
それぞれの想いが明日のモルゲンレーテに集う時、元相棒の物語は動き出す。
美味しい食事に舌鼓を打ったカガリは英気を養い、翌日モルゲンレーテに単身潜入する。
そこでカガリは何を見るのか!?
次回 その名はガンダム(怒)
次回も駆け抜けろ、カガリ!!