始まります。
神の盾を失ったガンエデン、その元凶を乗せたアラドは修理金代わりにしてはこちらに利がありすぎるな、と内心で苦笑していた。
『あなたは何者ですか……そして私のガンエデンに何を行ったのです』
「そうだね、まずは君たちの機体に施したものだけど、簡単だよ、ガンエデンに繋がれたバラルの動力を一時的に絶たせてもらっただけさ」
いや、いや、とアラドは内心でツッコミを上げる。そんな事を普通の人間が生身で出来るはずも無く、つまりはこの少年が人間ではない証でもあって。
「そこはほら、僕は自身が人間だと言った覚えが無いから勝手に想像した君が悪いよ」
「ちょっと!! 普通はそう思うだろう!」
少年の姿をしていればそう思うのも仕方が無い。同じような声を内心で上げていたのはバルマー戦役の時代、まんまと騙されてしまった面々だ。
『あなたは本当に何者ですか……意思のような力が壁のように阻む。この私ですらそれを排除できないとは…』
「そうだね、新たに選ばれたマシマフの君では僕の存在を知らない。けれど、もう一人の人格の方なら思い出せるはずだよ、そうだろう、ナシム」
名指しで呼ばれ、ガンエデンの中枢部に存在する制御装置、そこに存在するものの意思が強まる。それによって僅かに呻き声を上げたイルイが意識を失うともう一つの人格とも呼べる女性が表に出てきた。
『古き記憶の中に埋もれる我らとは違う可能性にして始まりの生命体、第一使徒アダム』
「やあ、ナシム。まさか君とも再会できるとは思わなかったよ。数えるのもバカバカしいぐらいの年数ぶりだね」
ナシムと呼ばれた女性はイルイを通して少年の正体を明かすと使徒と言う言葉を知る面々、ガンダム五人組とエヴァのメンバーを除く、は驚愕する。
使徒を知らない面々の中でオツムが弱い方々は首を傾げ誰それ状態に陥り、逆に切れる面々は始まりの生命と言う言葉に驚愕していた。
ちなみに五人組が何故少年の生存を知っているかと言えば最終決戦の折、ラーカイラムで他の面々から隠れてエヴァメンバーと会っていたところをカトルに見られ芋ずる式に残り四人に伝わったからだ。もちろん、害が無いことを前提に秘密にする事を了承してもらっていたので他の面々の驚きに繋がる。
「僕らにとって忘れられないあの戦いに置いて君の神僕に伝言を述べた通り、君の楽園をぶち壊しに来たよ。まあ、それをするのは今まで戦ってきた彼らだけどね」
『あなたの力ならば、私達の念動力を遮る拒絶の壁を作り出すことが可能と言うわけですか……ですが、あなたは…』
「黒き月のリリンに興味の無い僕が動いたか、だろう? 簡単だよ、僕の愛する子が未来を勝ち取る選択を選んだからさ」
『まさか、白き月の祖が黒き月を選び取る…それだけの為に』
「それだけで十分なんだよ。現に君の選んだ剣は自身の力で未来を勝ち取る事を選択した。僕や愛するあの子はそう選択されるだろう予想をしていたよ」
だからこそ、カガリは敢えてエヴァだけでなく未完成のLilinまでこの場所に行かせたのだ。それは同時にカヲルと言う切り札を行かせる意味でもあるから。
『ですが、あなたは知っているはず。この先に待つ絶望の巨大さを…その際たる現象、終焉のアポカリュプシスは既に始まっていることを』
「ねえ、ナシム、思い出してごらん。かつて君も彼らと同じように終焉と立ち向かうべく、その身を戦いに投じていた頃があっただろう。何故、彼らの想いを分かってあげない」
『あなたこそ、何故あの惨劇を繰り返させる。あなたこそ思い出しなさい、あの頃のリリンが無慈悲に殺されていく様を……私は忘れない、この星から逃げ出したかつての同胞の裏切りを』
恨みの篭った声がその憎悪を物語る。それを聞いて彼女がこの星の外に出たものにこだわる理由をカヲルは理解した。
「そうか、君はあの頃の彼らが許せないんだね。だからこそ、この星から出た存在は排除すべきだと思ってしまう」
遥か昔、ナシムがコアになる前のリリンだった頃、白き月との戦いが佳境に差し掛かっていて尚且つ宇宙ではアポカリュプシスが迫っていた時にリリンから数百名の離反者が出た。その離反者達は戦いで荒廃するこの星から逃げ出したとナシムは認識しているのだ。
「けれど、それもまたあの頃の君達リリンの選択だ。そしてそれを逃げだと思うか、新たな可能性を手に入れるための旅立ちと取るかは君次第だ」
『何を……言って』
アダムであったカヲルはあの出来事の顛末を知っている。そして今のカヲルならあれを正しく認識できる。あれは裏切りではなく、リリンだからこそ可能である他者を信頼するという想いの果てにあった出来事だと。
「僕から見た観点ではこの星を飛び出した彼らは君にこの星を任せ、繰り返される終焉から逃れるすべを探し出すために旅立ったように思えたよ。彼らは決して君を裏切ったわけではない。何故なら、彼らは世代を重ね遂に正の無限力、イデを作り出したのだから」
第6文明人などと呼ばれるようになった彼らは自身を魂の器にして無限力を手に入れた。それはこの地球から気の遠くなるほど離れた星系でのことだ。それをあの頃アダムだったカヲルは距離の関係ない魂の世界から覗いてそれを知ったのだ。
『そんな……まさか…』
「確かに一つの観点からではそう思ってしまうのも仕方が無かっただろう。でもね、あの頃既に君と言う最強の守りを手に入れた事で猶予が出来た。だから彼らは旅立ったんだ。あるかも分からない術を探す気の遠くなる絶望の旅に、君達が心配をしないよう黙って」
『……彼らは私を裏切ってはいない』
「リリンだからこそ紡げた素敵な真実じゃないか、そうだろう、黒き月の民、ナシム」
ガンエデンの中、イルイの体を借りたナシムが涙を流していた。
『彼らは私を信じてくれていた。恐怖に怯えながらも強くなろうと足掻いていたあの頃の私を信頼して任せてくれた……それが、とてつもなく嬉しい』
機械的な人格から酷く人間らしい感情を出したナシムはもう、かつて人であった頃の人格に戻っていた。
それを肌で感じたカヲルは穏やかな笑みから一転、悪戯っ子のような笑みを浮かべて口を開く。
「それに君、彼と一緒に他の星系で生命を紡いできたじゃないか。それって矛盾してる行為だと思うよ」
彼というワードを聞いて先ほどまで穏やかだったナシムの感情が高まる。
『あれはあの愚か者が私にみっともなく縋り付いて来たから仕方が無く共に旅立っただけです。本当は行きたくなかったに決まっているでしょうが!』
そう言って吐き捨てて、ナシムの思い出に存在する端正な顔立ちの少年、それに今なら唾を吐きかけてやりたいと、言葉を続けた。
「あ、やっぱりそうなんだ。君も一緒に行くなんて可笑しいと思ったんだ」
『泣いて引き止めるあの愚か者を引き離してゲートを封印しながらすぐこの星に帰ってきましたけどね。ゲベルざまぁ!! と言うか、ゲベル死ね!! あいつなんて一人ボッチ野朗で十分ですよ!!』
最後の方は聞くに堪えない悪口が満載で、よほど腹に据えかねているのが伺える。先ほどまで威厳あるやり取りを聞いていた皆は呆気に取られるしかない。
「まあ、それには賛成だけど。それでも彼は独自に強さを求め、それを手に入れた。仮に君がこのままこの星を封印しても……」
『どういう事ですか、詳細早よ!!』
食いつき方が凄い。
「はっきり言うよ。彼の本体が本格的にこの星に狙いを定めたら封印は壊されるだろうね。それだけの力を彼は手に入れた。人造神を必要としない力だよ、君ならその脅威を理解できるんじゃないかな?」
『……』
カヲルの言葉を聞いたナシムが無言になる。彼女の中で大きな葛藤があるのだろう。心なしか、ナシム・ガンエデンがプルプルと震えているように見える。
そして。
『あのクソ一人ボッチがぁぁぁぁ、愚かにも私より強くなったですってぇぇぇぇ!!』
それは魂の咆哮だった、後にこの戦いを勝利に導いたとされるアラド少年がそう語るほど凄まじい声がバラルに響き渡った。四方八方に放たれる恨みの篭った念がニュータイプだけでなくオールドタイプに届くほどの強い感情。尋常ではない怒り、憎しみがナシムの心に渦巻いていた。
『おのれ、おのれ、ゲベルの分際で!! くそ!! くそ!!』
暴走人造神とはこのことか、聖霊を呼んでも居ないのにそれに匹敵するほどのエネルギーがガンエデンにより撃ち出され、バラルを貫通して空に飛んでいく。
慌てふためくαナンバーズだが、カヲルは冷静な表情で静かに、それでいてナシムに聞こえるくらいの声で呟いた。
「……君が選んだマシマフも取り込まれてしまうかも」
攻撃がピタリと止まった。
「そして最終的には君も」
『い、言わないで!!』
「ゲベルに取り込まれてしまうかもね」
『そんなのいやぁぁぁぁぁぁ!!!』
そんなに嫌なのか、とαナンバーズの誰もが思うほどの悲鳴を上げて怯え始めた。次いで翼を羽ばたかせ、どんどん上昇していく。
『あの男に取り込まれるくらいならアポカリュプシスに飲み込まれてやるぅぅ』
そう捨て台詞を吐いて。
「ちょっと待て!! その体はイルイのものだろう!! 行くならあんた一人で行ってくれよ!!」
ここまで来て最後は自殺でイルイを失うなんて許せないというアラドの主張に上昇を続けていたガンエデンが止まった。そしてゆっくりと元の位置に戻ってくる。
『私としたことが、取り乱しました……この子はマシマフに選ばれただけ。あのクソ野朗との因縁関係のない子を道ずれになど出来るはずも無い』
ナシムにとってマシマフはわが子も同然、イルイがαナンバーズに接触してからもずっと見守ってきたのだ。
そんな人間らしさを取り戻した今の彼女ならば、αナンバーズの想いに答えてくれると確信してカヲルは薄い笑みを浮かべた。
「ナシム、彼らは強大な力を前にしても心を折らない。そんな彼らだからこそ君は剣に選んだはずだ」
『………ええ』
「彼らは想いの数だけ強くなる。今が終わりじゃない、これから先も可能性を秘めているんだ。君がここで封印を選んでしまえばそれが閉ざされてしまう。それは即ちゲベルに対抗できる存在を失うのと同意義だよ」
『!!』
「かつてアポカリュプシスの到来で絶望したリリンの中、希望を抱き未来に想いを馳せていた君がガンエデンの操縦者に選ばれたように、自分たちで未来を選び取ろうとしたαナンバーズを信じてみないかい?」
『…アダム』
「知っているかい、君の祖たるリリスもまた未来を彼らに託すため、愛する者と共に封印の床についたんだ」
『我らの祖が託した者達…』
「彼女に出来て君に出来ない事はないと思うけどな」
『……』
沈黙して幾ばくの時が経った頃、静かに大地が揺れ始めた。
『……私は選びました……未来をあなた方に託します』
微弱の念波がバラルの園に居る全ての者に響くと力強く大地がうねる。
『あなた方が行く道はとても険しい道でしょう。それでも始まりの生命たちが選んだあなた方ならばきっと終焉の銀河を切り抜けられると信じています』
揺れ動く大地はその役目を終える為か、崩れ落ちて大気圏から消えていく。αナンバーズの各機はすぐさま退避して戦艦に搭乗する。残ったのはビルガーに乗ったアラド達とファルケンに乗ったゼオラだけだ。
『この星から旅立った同胞の為にもどうか未来を』
ガンエデンが光り輝きその身が塔に吸い込まれる。そして塔を残した大地も崩れ落ち跡形も無く消えていった。
ガンエデンと共に消えてしまったイルイの名を叫ぶ二人の元に念波が送られる。
『愛しい子をお願いします』
囁くように告げられるとファルケンのコックピットに意識を失ったイルイが現れた。一瞬驚きを見せたゼオラだが、すぐさま体調確認を行い、問題ないと分かると通信で無事を伝えた。これには心配していたアラドも安堵の笑みを浮かべ、後ろに控えるカヲルに感謝の言葉を告げたのだった。
こうして後に封印戦争と呼ばれる最後の戦いはナシムの説得という割と穏便な形で終わりを告げた。
本来ここに居てはいけないエバーズの存在は後々困るという判断からカヲルを回収するとかつての仲間達に碌な説明や挨拶も無くすぐさま離脱、バラル消失の騒ぎに託けてメディアなどから逃れるようにアカツキ島に帰還した。
仮にエヴァの存在が公になろうともその肝心のエヴァの所在が分からなければ意味が無い。かつてのパイロットは私的な旅行でオーブに滞在、いくら連邦や世界政府でもおいそれと閉鎖的なオーブに介入が出来ず、逆に出来た頃にはパイロットが日本に帰還しているので詳細を知ることは出来ないだろう。
そして帰還した三人の子供達はオーブの姫の出向かいを受け、本来の観光を二週間楽しむと日本にお土産をいっぱい持って帰還した。
二人の少年少女は再び一般の生活を送る事になるのだが、それもまた短い時に過ぎなかった。彼らは数ヵ月後、在る機関の要請を受け空母艦と共に宇宙に上がる事になるのだ。
平凡な生活は終わりを告げ、新たな戦いに赴く少年と少女はその行く末を見据えながら突き進む。
そして時を同じくして一人の姫はこの数ヵ月後、父親の書斎で偶然にも一つの書類を見つけ目を通す事になる。その内容を知った姫は驚愕、今まで静かにしていた反動か、元来の性格を思わせる行動に出た。
エバーズを艦長に一任、恋人の制止も振り切って単身、かつて留学していたコロニーに出向く事になるのだ。
大人しい姫の終わり、そして行方不明だった活発な少女の復活に繋がって物語は進み始める。
最後に今この時も危険地区に指定されている旧ネルフ本部跡地もまた変わらず、各国の調査団が幾ら調べようと全貌は愚か、何一つ調査できなかった。元おじいとその妻良子、ついでのゲンドウが今どうなっているのか知る者はいない。
これにて幕章は終わります。
次回から次章をお送りしたいと思いますが、時間を掛けたいと思います。
理由につきましてはもう一つの小説を進めたいという事が一つ、まだ次章に着手していないのが一つです。
次回を気長にお待ちいただければ幸いです。