出来上がったばかりのストック分お待ち!!
始まります。
食後、カガリはシンクロ率検査でスタッフに呼ばれたことから、カヲルとは食堂で別れることになった。次も一緒に食べようと言う約束を交わして。
去っていくカガリの後姿を愛おしそうに見つめて、その姿がなくなるとカヲルは自嘲的な笑みを浮かべた。
「君は不思議な魅力があるね、僕は君と話せば話すほど、君を好きになる。そして同時に君にだけは殺されたいとは思わなくなってしまったよ。酷い話だ、この世界に生み出され、僕が僕である証を残すため、僕自身が唯一望んだ目的を簡単にぶち壊してくれた」
胸に手を当てクシャリとシャツを掴むと見知らぬ天井を見上げた。
「食事の約束は守れそうに無い、かな」
そう呟いてカヲルの意識は闇に飲み込まれていく。
次に目覚めた場所は、限られた暗闇の空間だった。カヲルの目の前にスポットライトのような光りが落されるとそこにはバイザーを光らせたキールが現れた。次いで順々に光りが落ちて人無きモノリスが十一体現れた。
モノリスの一体が厳かに告げる。
「ネルフ、我らゼーレの実行機関として作り上げられた組織、我らのシナリオを実行するために用意されたもの」
次のモノリスにスポットライトが当たり話を続ける。
「だが、今は一人の隠れリア充候補の占有機関と化している」
また、別のモノリスが語り出す。
「その通り、我らはリア充を許すわけにはいかない。我らのシナリオにリア充はあってはならないのだ。故にリア充候補が女を好きにしている占有機関を取り戻さなければならない」
新たなモノリスが感情を込めて告げる。
「約束の時、裁きの時が来る前に、我らがリア充を見て悔しさのあまり泣いてしまう前に」
ようやっと、キールが口を開いた。
「ネルフとエヴァシリーズを本来の姿に、決して顔が良いとは言えない碇を本来の非リア充に戻さねばならない」
バイザーが鈍い輝きを見せる。カヲルはそんな彼らを見つめながら口を開いた。
「人は無から何も生み出せない。人は誰かに縋らなければ自身すらも認識できない。当然です、人は神ではないのだから」
キールが深く頷いて肯定する。
「左様、神ではないからこそ、この世界は不公平であり、非リア充、リア充が生まれる。例を挙げよう、好きな女がいながら、その女は決して振り向いてくれない悲しき恋をする眼鏡がいる。一見軽そうに見えて堅実な恋を求めるあまり婚期を逃しそうなチャラ男がいる」
「日向マコト、青葉シゲルですね」
即座にカヲルが無駄に凛々しい表情で答えた。
キールは頷く。
「顔が下の上でありながら、それに隠して美人の先妻を娶り、美人親子研究者を侍らせていた愚かなサングラスがいる。見た目はゴリラのような少年でありながら素朴とはいえ、中々の可愛い委員長に惚れられているチルドレンがいる」
「碇ゲンドウ、鈴原トウジ」
またもや、即座に答えキールは頷く。
「最後だ、見た目は極上、なのにある場所で三下同然の扱いを受けながらも愚かにリリンを好きになり、可能性として好かれるかもしれない、クソ野郎がいる!!」
言葉を述べるうち、段々と抑圧的な話し方になり、最後の方は怒りのこもった叫び声になる。それを耳にしたカヲルはそこで初めて言いよどむ。しかし、キールは追撃をやめない。
「分からぬか? この世界の正統な後継者たる白き月の民の始祖アダム、その魂をサルベージしてリリンの肉体に落された渚カヲルよ?」
「……なんのことでしょう」
あくまで白を切るカヲルにキールは追撃の手を一旦止めた。
「なるほど、あくまで理解できぬか。そう言えばアダムの肉体は碇が持っているはずだったな。面白い、そうは思わないか、渚カヲルよ」
不適に笑うキールにカヲルは内心で舌打ちした。
「シンジ君の父親、彼と僕は同じ穴の狢と言いたいのですね」
「認めるか……左様、このリア充が!!」
「しかし、僕はまだ好かれていない。好かれるかどうかも分からない」
言い訳ではなく真実としてカヲルは彼らに訴えかけた。しかしながら、キールは鼻で笑いそれを即座に切り捨てた。
「これだから顔面偏差値が高い奴は駄目だ。その顔がいかに己を高める武器になるか理解していない。好かれるかどうか分からない、だと。仮にそれを私が述べたとしよう。それこそ、頷かれて終わりだ。しかし、しかしだ、貴様がそれを言えば、周りは必ずそんなことはないと否定してくれ、当然その本人も悪くは思われない。万が一好かれていなくとも、あわよくば、慰めてくれた相手と付き合えるかもしれないという、特典まで付いている。それが貴様だ、渚カヲル」
「どんな、想像しているんですか!!」
「想像? 抜かせ、真実と言ってもらおうか」
「ですが、カガリはそんな子じゃ……ハッ!!」
手で口を慌てて塞ぐも時既に遅し、キール他、すべてのモノリスたちが不敵な笑い声を上げてカヲルに視線を集中させる。
「リリンの名前は、カガリ…か。なるほど、碇が連れて来たという4号機パイロット、思えばあの少女も我々のスケジュールには無い存在だ……さて、どうしたものか」
それもう、脅しでしかなかった。
「待って、今更過去に戻る必要はない。あなた方は時計の針を進めるのでしょう?」
苦渋に満ちた声でカヲルが告げればキールは口の端を僅かに上げる。
「ならば理解していよう。我らの願い、お前に託す。決して高望みなどせぬようにな。貴様は限られた時間を我々の願いに費やせばよいのだ」
その言葉を最後にカヲルの意識は再び闇に飲まれ、閑散とした食堂に意識が戻ってきた。
「……分かっていますよ、すべてはリリンの流れのままに、流れの……カガリ」
ポツリと好きな人の名前を呟いて項垂れながら歩き出す。その姿を食堂でバナナを食べていたレイが見ていたことにも気づく事はなかった。レイはバナナを食べ終えるとカヲルが去った方向に向けて呟く。
「とても少年らしい思春期の悩み、人間そのもの……困った、わしはあの子が持つ本当の願いを叶えてやりたいが、どうしたらよいのやら……ふむ、元妻に相談してみるか」
++++++++++
深夜、誰もいない4号機格納庫に渚カヲル、改め第十七使徒タブリスが服を血だらけにして立っていた。
「今度こそ、行こうか。おいで、アダムの分身、そしてリリンのしもべ」
先ほど、弐号機の前でも同じことを言ったのだが、コアに意識を傾けた瞬間、猛獣のような迫力の鋭い瞳で睨みつけてきた女性に、土足で女性の心を触れようとする不埒物は死あるのみと言われた瞬間、心をズタズタにされ、それが肉体にフィードバックされ思いっきり吐血した。使徒である自分がここまでダメージを負ってしまったは偏に何度も謝っているのにそれを故意に無視して容赦なく心を壊しに来たあの女性のせいである。命からがらコアから意識を戻して、駆け足で弐号機の前から退散した。使徒生で二番目に屈辱的な撤退である。もちろん一番はリリスに拒絶されたことだ。
危うく何もせずに消滅するところだった事と自分の血塗られた姿は一旦忘れ、使徒の証たるS2機関で体は正常、気持ちを新たに4号機のコアに意識を傾ければ、そこには二人の女性がタブリスに関してヒソヒソと会話している姿に出会った。チラチラとタブリスをガン見しては口元に手を当てながら会話されるので意識に入ってしまう。彼女らの力ではこちらが本気をだして一気に乗っ取るのなど容易いのだが、ぶっちゃけ話の内容が気になって仕方がないのだ。
タブリスは乗っ取るフリをして彼女らの耳に傾けた。
「ええ、あの魂、前にこの機体に搭載されていた擬似魂に似ています」
そう言ったのは何処と無くカガリに似た女性だ。もしかしたら、母親の魂なのかもしれないと、タブリスは思った。
「そうなのね、ヴィア。もしかしたら戻ってきてしまったのかしら。嫌だわ、私、どうにも電波のような殿方は好きではありませんのよ」
そんな失礼な発言をしたのは少し年老いた、それでも綺麗な女性だ。
「ですが今回は私の力では勝てるかどうか分かりません。もしかしたら本物なのかもしれませんよ」
「ヴィアでも駄目なの? なら私でも駄目ね。嫌だわ、本物も電波なのかしら」
「そうですね、本物の中二病なのかもしれません」
「ここでも中二病扱いかぁぁぁぁ!!!」
聞き耳を立てていたタブリスはキレた。二人の悪口を許さんと言った様子で二人の下に歩み寄る。
「いい加減にして下さい。僕は中二病じゃない!!」
「あら、では電波少年でいいのかしら、まあ、それだと旧日本で流行ったバラエティーに聞こえて好感が持てますわ」
「いらない好感だ!! それより、あなたは何者ですか!? そちらの女性はカガリの母親だと分かりますが、あなたの存在が理解できない。いや、それよりも一体のエヴァにどうして二つの魂が混在しているんだ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、その方は――」
ヴィアが話そうとするのを女性は手で制して気品溢れる笑みを浮かべた。その様を見てヴィアが頭を抱える。あれはきっと、面白い玩具を見つけたと思っているのだ。
「別に二つ魂があっても問題なく動くのですからよろしいのではないですか?」
「例え今はそうでも今後、カガリに何か悪影響を及ぼすかもしれない」
「そう、あなた、随分とカガリを気にしている様子ですが、何故です? 私からしたらあなたの存在の方こそ、カガリに悪影響を与えているように思えるのですが?」
「な、僕は…ただ…そんな、悪影響なんて」
「そうでしょうか、最近の殿方は好きだというだけで何をしてもされても良いという考えを持ち合わせているように思えます。あなたはその典型ですね」
女性の迫力にタブリスが一歩下がる。それに追随するかのように女性が歩み進めた。
「な、何を言って」
「好きだという気持ちを一方的に伝え、あなたは今何をしているのですか、この行為がカガリを悲しませないと、あなたは胸を張って言えますか?」
「そ、それは」
「言えないでしょうとも、最初から死に行く者と決め付けているものに好かれるなど百害あって一利なし。悪影響では済まされません。カガリの深い想いに対する冒涜です」
「何故知って」
「あなたが相対するはあの方が乗ったリリスです。あなた如きに勝ち目は無いでしょう。そしてそれを頭の良いあなたは理解している」
「僕はリリンじゃ―」
「言っておきますが、あなたが何者かなど、ましてどういう存在かなど、この話に関係ありませんよ。なら、初めから口にしなければ良かったのです。安易に口にしたからカガリは真面目に考え、答えを出そうとした。あの子はそういう子です。禄に知りもしないで軽々しく好きなどと。あなた、本当にあの子が好きなのですか?」
蔑むように言われ、タブリスは目の前が真っ赤になった。これは怒りだ。使徒たる僕が感情任せに怒りを爆発させている。
「リリンが!! お前に僕の想いの何が分かる!! 僕のこの気持ちを冒涜するならば、例えカガリの機体にいる魂だろうと容赦はしないぞ!!」
力の本流が渦巻いてタブリスの周りで稲光を発し出した。これに触れればいくら魂とて無事では済まないだろう。けれど、女性は涼しい顔を浮かべてタブリスを見据え口を開いた。
「ほう、その力で私を消しますか、面白い、やって御覧なさい」
「駄目です、奥様!!」
ヴィアが女性を庇うように立つ。力の本流はすぐ目の前に来ていた。
「どけ、カガリの母親。お前がいればこの機体は動く。しかし、その魂だけは許さない。高が、リリンの分際で始祖たる僕の想いを否定した」
「ふふ、あなたはそのリリンに恋をした愚かな月の民の始祖ですね。私も言いましょう、高が始祖たる貴様は臆病者にして愚か者です」
「奥様!! これ以上挑発するのはおやめ下さい!!」
「リリンがぁぁぁぁぁ」
怒り任せに放たれた力がヴィアに届く寸前、庇うように女性が立ちはだかりその力を受け止め、魂は粉々に粉砕、女性は塵のように粒子が舞いその姿を消した。
それをマジかで見ていたヴィアは顔を歪め、短い悲鳴を上げる。そして粒子となった魂を掻き集めようと地面に蹲って手を動かすも、粒子はその空間に溶け込むかのように消えていった。
肩で息をして落ち着きを取り戻したタブリスは消えていく粒子を無表情で見つめていた。その姿にヴィアは鬼の形相で立ち上がり詰め寄る。
「あなた!! 何てことをしてくれたの!!」
「………」
「これがどういう事態を招くかを理解しているのか、と聞いているの!!」
「………リリンの魂が一つ消えただけだ」
何のことは無いという態度で呟かれ、ヴィアは勢いよく頬を叩くもATフィールドに阻まれ衝撃すら与えられなかった。そして苦虫を噛み潰したような顔でタブリスを睨みつけた。
「ええ、そうね。あなたにとってはそうでしょう。でもね、これでカガリは4号機を動かせなくなった。あの子を守る鎧が意味を成さなくなったのよ」
憎悪に満ちた声で呟かれた言葉にタブリスは怪訝な表情を浮かべる。それも仕方が無いことだ、彼は知らない、絆がもっとも深い相手が今消え去った魂なのだということを。
「私だけではこの機体は動かせない。あの方がいたからこの機体は命が吹き込まれていた。これで、あの子はもう元凶たるあの者になぶり殺しに会うだけだわ。あなたのしてしまった事はカガリを殺すことになる」
「何を言って……」
「あの方こそが正真正銘カガリの母親なのよ!!」
思考が止まりタブリスの瞳が大きく見開いた。それでも口は何かに縋るように紡がれる。
「うそ、だ」
「私は単なる生みの親というだけの付属品でしかない、あの子をあそこまで育て上げたのは奥様なのよ!! いくら私があの子を思ってもあの子はその想いを返さない、何故なら、あの子は私の存在を知らないから!!」
真実を告げられタブリスは呆然とする。思考が付いてこないのだ。その様を見てヴィアは苦しげに訴えた。
「今更、私の存在を知ったとところで、あの子はもう心を開かない。その末路は死でしかないの」
「どう、して、カガリが…死ぬの」
「あの子は無限力の一つに喧嘩を売ったの。そして、まつろわぬものに目を付けられてしまったのよ」
その絶望的な言葉にタブリスの精神がぷつりと切れた。自身が取り返しようも無いものを壊したのだ。カガリの愛するものの大切な絆をこの手で。
何より、リリスが生み出したあの最悪な存在に命を狙われていたという更なる絶望と愛するものが死する未来。
「うああああああああああ」
哀哭、その言葉に相応しい感情を吐き出してタブリスは蹲った。自身の極限まで震える肩を抱きしめて泣き叫ぶ。
「僕は!! 僕は!! カガリの…カガリの大切な人をころ、殺したぁぁぁぁぁぁ」
先ほどとは打って変わって酷く幼そうな背中を眺めてヴィアは力なく首を横に振った。時は戻らない。彼女の魂はこの場所から消え去ったのだ。
「すべてが遅く……私は我が子すら守れなかった……何故です、奥様、どうしてこんな事を為さったのです」
ヴィアは天を見つめ、そう呟くと自身の姿を本来の物言わぬ魂に変えてコアの奥底に沈んでいく。これでもう4号機は本当の意味で物言わぬ人形に成り下がったのである。
どのくらい立ったのだろうか、この場所では時間は関係ないが、それでも体感時間として丸一日、タブリスは泣き叫び続けた。
やがてゆっくりと立ち上がったタブリスの目は既に死んだように濁っていた。それでも最初の目的どおり4号機を乗っ取り始める。
魂が閉ざされたエヴァの何と無防備な事か、数秒もしないうちにすべてを支配し終え、意識を外の体に戻した。
戻ると泣き叫んだせいで喉が焼け付くように痛いが、それもすぐに修復されて何も無かった状態に戻った。しかし、あの場所で行われたことは消える事のない真実だ。
「行こうか、僕の分身………本体を手に入れなきゃ。そして、カガリを守るんだ。大丈夫、大丈夫だよ、僕は本能すらもこの記憶と想いで抑えて見せる」
ふわりとタブリスは浮かび上がり、それは動き出した。
「誰にも邪魔はさせない。リリス、君が来たとしても僕を抑える事は出来ない。僕はカガリを守るためならどんな存在も消して見せよう」
そう言って、目的の場所まで移動し始めた。後ろに愛する女性を守る鎧を連れて、目指すはジオフロント最深部、ガブの部屋、魂の座と呼ばれるアダムが十字に貼り付けにされた使徒にとって回帰するべき場所。
けれど、タブリスは知らない。
ゼーレすら知らないことをタブリスが知る好もない。
その場所はタブリスとって希望など残されていないパンドラのような場所でもあるのだ。
次回 せめて、ラブコメらしく3
次回もサービス、サービス……いじめではないんです! 本当ですよ、カヲル君!!