EBA 一番と四番の子供達   作:アルポリス

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 ストック分が始まります。


第三話

 夕焼けに照らされた海は酷く物悲しくさせる、カヲルはそんな感傷めいた想いを抱いて砂浜で体育座りをしていた。使徒たる自分がリリンの肉体に落されただけでこうも弱くなるのか、自嘲的な笑みで沈み行く太陽を見据えた。そう言えば、とカヲルは遥か昔、それもリリンや使徒など存在しない気の遠くなる過去、同じような想いをしたなと思い出した。本当は思い出したくも無かったことだが、夕日がそうさせたのかもしれない。今の状況はあの時と同じ、いや、リリンの器に堕とされたのでそれ以上に悲しみに満ちていた。

 

 このまま、海に飛び込もうか、いや、そんな事をしても死ぬ事の出来ない自身の体、中途半端に頑丈な体に恨み言を呟いていると、何処からか、

 

「どうもぉぉ、綾波カガリです。いやね、最近、急にバイトの面接がしたくなったんだけど……ここで、シンジのツッコミ、急な展開だな、が入ると。そんで、あたしがお前ら、あたしが面接官やるから、バイトの面接にきたカップルの設定で来てくれと言う……そしたらシンジが、いや、面接にカップルでは来ないだろう! というツッコミが入りいの、アスカの、何であたしがこんな男とカップル役やらなきゃいけないの、でもどうしてもと言うならやらなくも無いけど、というツンデレが入る。よし、後はここからショートコントが入るわけだな。流れはこんな感じか」

 

 ネタ練習が耳に入り、カヲルは自身の心に点るフワフワとした感情に従い、声のする方に歩き出した。そこには夕日に照らされた金髪が煌く、資料でも詳細不明とされたフィフスチルドレン、綾波カガリが端末片手にコントの稽古をしていた。一応、勉強で日本のお笑いも勉強していたので面白いかは別にして理解は出来るのだ。

 

 砂浜を踏みしめる音が聞こえたのだろう、端末に目を通していたカガリが顔を上げてカヲルを認識すると笑みを向けてきた。邪魔した事を咎められるかと思っていたカヲルはその笑みを認識して心を暖かくさせる。

 

「お笑いはいいよなぁ、お笑いは人を笑わせてくれて少し幸せにしてくれる。お笑いは人が生み出した文化の極みの一つだよな!!」

「えっと…僕は歌が…」

「そうは思わないか? シクスチルドレンパイロット、渚カヲル」

「!?」

 

 悪戯が成功したかのような笑みでカガリは笑った。

 

「あたしが案内する役目を仰せつかったフィフスチルドレン、綾波カガリだ」

 

 紹介されながらもカヲルは疑問を口にした。

 

「でも、どうして海にいたのですか?」

 

「ん? レイの奴が、あ、妹のことな。そいつがカヲルは海にいるはずだって言うから三時間前からここで待っていた!!」

 

 胸を張って答えられてもカヲルは呆れるしかない。もしもこの場所に来なかったらどうするのだと疑問が浮かび、口にすればカガリは事も無げに言った。

 

「その時はその時だろう。現にお前はここに来たからな、結果オーライだ!!」

 

 リリンにしては堂々たる物言いに対してツボに入ったのか、カヲルは腹を抱えて笑い出した。

 

 笑ってくれたことが嬉しかったのか、実際には笑われると言うGEININには不名誉な事なのだが、天然なカガリは気づきもせず、嬉しくなり一時間に渡って浜辺の単独ライブを開催、ネタには笑わないカヲルに落ち込み、それを笑われるといった負のスパイラル現象を起こしたが、最後の方はネタにも笑ってくれてお互い、ほっこりした気持ちで閉幕と相成った。

 

 楽しませてくれたお礼と称してカヲルは一つの石版のようなものをカガリにプレゼントする。それをネタ帳と勘違いしたカガリが酷く興奮するも、実際は昔の歌の歌詞書かれた楽譜だった事に酷く落ち込んだ。その人間らしい感情の揺れとそれを大げさなリアクションで体現する姿にカヲルはまた笑い声を上げ、笑ってくれたと勘違いしたカガリを再び喜ばせた。

 

「覚えていますか、目と目が会った時を、覚えていますか、手と手が触れ合った時…それは愛の始まりでした」

 

 カヲルはその一説を歌い上げるとカガリの手を握り締め、自身の胸に触れさせる。心臓の鼓動が凄い速さで繰り返されていた。

 

 カガリとの出会いから一時間と少し、さきまで溢れるほど増えていた悲しみが、今は出会いの喜びに満ちている。そしてシンジに抱いていた想いを彼女にも抱き始めていた。節操の無い自分に呆れてしまうがこればかりは仕方が無い、少女マンガにも恋に落ちるのは一瞬だと描かれていたことから、これは正当な思考なのだと自分に言い聞かせる。

 

 使徒であるカヲルは内心の想いを正直に言葉にした。それが、どんなに怖いか、目の前の少女は知らないだろう。でも、きっと彼女の答えは裏切られる想いを抱かせないはずだと、カヲルは信じてみようと思った。

 

「僕は君と出会うために産れてきたのかもしれない」

「不整脈か?」

「………」

「違うのか、高血圧の方?」

 

 勘弁して欲しい、心はもう赤色の瀕死状態だ。それでもカヲルはなけなしの勇気を振り絞り、口を開く。

 

「……君が好きってことなんだけど、カガリ」

「禄に知りもしないで好きになれるものなのか? あたしがもしドメスティックバイオレンスだったらどうするんだ、それに浮気性だったら?」

 

 カヲルの心は御なじみ十字架の描かれた棺桶に飛び込んだ。早く教会という名のベッドで涙を流して復活したい、二度の失恋がカヲルに委員会の願いを叶えることを決意させた。決して振られた腹いせでの逆恨みではない……多分。

 

 日は沈み夜の闇と静寂に包まれていたが、それだけではない静寂が場を制していた。

 

 

 その後、お互い無言のまま、本部に向けて歩き出すのだった。

 

 

 このカガリ、妹とは血が繋がらなくともやっている事は似てしまうものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ++++++++

 

 

 

 昼の喧騒とは違った夜の静かな廊下をレイはリハビリも兼ねて歩いていた。病室から出て二分もしないうちに息が荒くなる。

 

約一週間のベッド生活は体を大いに鈍らせていたようだ。いや、そうであって欲しいと言う願望に過ぎないのかもしれない、レイは内心で自嘲した。

 

 廊下の壁に寄りかかり、息を整えていると向こうの通路から涙と鼻水を垂れ流したカヲルが嗚咽を漏らしながら歩いてきた。

 

 視線の先、レイの存在を認識したのか慌てて垂れ流していたものを拭き取ると一転、淡い笑みを作り出して悠然と歩み寄って来る。けれど、鼻と目が赤いので様になっていない。

 

「やあ、君がファーストチルドレン、綾波レイだね」

「………」

「君は僕と同じだね。お互いこの星で生きてくうえでリリンと同じ形へ行き着いたか。僕にとっては皮肉そのものだよ」

「………」

「遥か昔から僕の魂は君に勝てた例がない。古代の生存競争、その遥か昔に君から与えられた最初の拒絶。思えば、僕の魂はトラウマだらけだ」

「あなた……中二病」

 

 レイがそう言えば、カヲルの微笑が僅かに引き攣りを見せる。

 

「違う……僕は使者さ、君が作り出した古のまつろわぬ黒き民により遥か時空を超えてこの世界に送り込まれた使者にして、生贄だよ。これもまた白き月の民の始祖たる僕の魂にとっては皮肉でしかない」

「中二病が発症」

 

 更に付け加えられて、カヲルの微笑が怪しくなってきた。

 

「……だから、因果律の歪みによって構成されたこの偽りの世界へのシ者さ」

「もう、駄目なのね」

 

 勝手に決められ、尚且つ絶望的な雰囲気を醸し出され、遂に微笑が崩れた。

 

「だから!! 僕はシ者なんだって!! 決して中二病とかじゃないから!! もう嫌だ、ここに着てから僕の繊細な心はガラスのように砕け散ったよ!!」

 

 顔を歪ませてその瞳から涙を溢れさせ、通路に倒れこむと体を丸めてワンワンと子供のように泣き出してしまった。時折、リリスの馬鹿とか、あの頃の子供みたいな僕を許してよとか、もう昔の事じゃないかとか、などなどの戯言を並べ立て、その都度、チラッとレイに視線を合わせてはその無表情の顔に絶望して、また丸まって泣き崩れた。

 

 レイが、あなたアダムなのと問いかけた時は、もうこのままLCLに溶け込んでしまうのではないかというぐらい絶望した表情を浮かべ、嘘、気づいていなかったの? と逆に問いかけ、頷かれると漫画のように口から魂が抜け出て行き、白い顔と髪が更に白くなった。

 

 

 これは流石にまずいと思ったレイは取り敢えず表面上謝り倒してカヲルの魂を肉体に押し込める姿を廊下で繰り広げられていたが幸いに見ていたものはいなかったようである。

 

 

 余談だが、カヲルの口から魂が抜け出た時、MAGIがアンチATフィールドを探知、警報を鳴り響かせ、夜勤のスタッフや仮眠中のスタッフを大いに慌てさせてが、護身と判断され、カヲルにとっては事なきを得た。もしこの本部にリツコがいたなら、それはありえないと事態を追求してカヲルに行き着いただろうが、まこと世は間々ならないものである。

 

 少し落ち着きを見せたカヲルだったが、今度はシンジ君よりもカガリが好きだとか、諦めきれない自分がいるとか、そんな自分がちょっと誇らしいとか、やっぱりカガリの殺してもらいたい、とか叫びながら泣き始めた。イケメン形無しである。本部も一応安全になったので泣き崩れるカヲルを放置して歩き出そうと思っていたレイはカガリと言う名前を耳にして足を止める。

 

「あなた……姉が好きなの?」

 

 レイからの問いかけに素早く顔を上げたカヲルは涙や鼻水を振り乱しながら何度も頷いた。

 

「やっぱり彼女は君の姉なのかい。道理でサディスティックな感じがしたと思ったよ。そうか、それなら仕方が無いよね。君の姉だもんね……グスッ、でも、諦めきれないよ」

「好きなのに殺されたいの?」

「この世界に置いては決められた定め、通過儀礼だよ。二つの末裔が住むにはこの世界は小さすぎる」

「中二病、乙」

「酷い、リリス。君なら分かるはずだよ、正統なる後継者たる白き月の民が繁栄できなかった訳を」

「……知らん」

「どうしたんだい、リリス。まさか、肉体に馴染みすぎて魂の記憶を忘れたのかい」

「……気づかないものだ」

 

 レイはボソリと呟いたが自己陶酔気味の中二病には聞こえなかったようだ。

 

「まあ、それなら仕方が無いかな。結局、あの時は世界が広すぎたと感じたのさ、それを本能で恐怖に感じた。いくら力があろうとも本能に勝てる知恵と理性が備わっていなかったんだ。そしてオズオズと南極に引きこもって震えていたら、何時の間にか黒き月の民が繁栄、世界は賑わい、恐怖と言う本能は消え去り、気づけば卑しくも黒き月の民を破滅させる本来の本能が表に出てきた。それが古代の生存戦争の始まりだ。その末路、白き月の民が勝ち残れば再び恐怖が巡るのにも関わらず戦い続け、結果は敗北したから今があるとも言えるけど、脳筋はやっぱ駄目だね」

 

 髪をかきあげ、カヲルはフッと垂れ流しの顔を笑みに変えた。どうやら自分はその脳筋とは違うと言いたいらしいが、涙や鼻水でカピカピとなったその顔はいじめられっ子のモヤシのように貧弱に見える。

 

「白き月と黒き月は争うしかない。いがみ合っていた始祖たる僕らが彼らを作り出したときに産れてしまった言わば根本的な本能だ。そしてこの世界は互いに見てみぬフリが出来るほど大きくはない。唯一知恵を与えられた黒き月の民だけがこの世界を手に入れられる権利を得たのはもしかしたら必然だったのかもしれない」

「……あなたは知恵ある中二病」

「君は最後まで僕を中二病にしたいんだね……確かに本能を押さえ込む事は出来るよ、知恵あるからこそ、シンジ君やカガリを好きになれた、カガリを大好きになれたんだから。大事なことなので二度言いました…うん、その無表情なのに中二病を蔑んでいる様な視線は勘弁してください。本当なんです、カガリが好きなんです。あ、これで三度目だ」

 

 スラスラと口上を述べるかの如く紡がれた言葉は、でも、と続けて一旦止まるとカヲルは暗い表情を浮かべた。

 

「この体は所詮仮初、目的遂行のために人の一生よりも儚い時間しか与えられていないんだ。彼らにとっても僕と言う存在は諸刃の剣でしかないからね」

 

 そして今度は、だから、と続けて暗い表情から一転、光悦とした表情を浮かべる。

 

「僕は好きな人に殺されて、その人の心に残りたい。僕はカガリの心に残りたいと思ったんだよ。使徒である、この僕が」

 

 そんな言葉を聞いて、レイは無表情ながら鋭い瞳でカヲル睨み付け、口を開く。

 

「傲慢な…子供…質が悪い」

「リリスが言うならそうかもしれない、結局僕は変わっていないようだ。それでも、僕は目的を遂行するために人形の役割を担うだろう。そして願わくはカガリにそれを止めてもらいたい」

 

 最後は瞳を伏せて噛み締めるように告げてきた。そしてレイに視線を戻し苦笑を浮かべる。

 

「君の末裔を残したければ全力で掛かって来てくれ」

「…選択するのは…カガリ」

「あくまで願望だ。君やシンジ君でも構わないよ」

「愚か」

「悲しいね、結局僕らは分かり合えない。元が同じなのにどうしてこうも違うのだろうね」

「……私は…あなたじゃない」

 

 レイがそう言えば、カヲルは笑みを深くした。

 

「そうだね、なら、リリン式でこれからお互いを知ろうじゃないか、どうだい、これから僕の部屋に来て禁じられた融合でもして見るのは…なんて冗談! え!? 冗談だって言っているのにその足は、ガハッ、ゴホッ、ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 リハビリ中とは思えない素早い動きで足が軟体動物のように撓る。上段蹴りで鼻を打ち、中段蹴りを腹にめり込ませ、最後に男の尊厳を思いっきり蹴り上げると、レイは静かに息を吐き出して汚物を見るような瞳で痛みに蹲るカヲルを見据えた。特に下半身の痛みに耐えられないのか股間を押さえ込み、心の壁は尊厳を守ってくれなかった!! と叫びながら廊下を転がり痛みを逃がそうとしている。

 

「どの口で……カガリを望むか?」

 

 ドスの聞いた声で告げれば、冗談だって言ったのに! 場の雰囲気を変えようとしただけなのに!! と弁解しながら今度は立ち上がって仕切にジャンプする。

 

 そんなカヲルの顔に唾を吐きかけるとそのままレイは立ち去った。その足取りは先ほどの覚束ないものとは違い確かな強さを秘めていたようだ。

 

 痛みが治まったカヲルは顔にかけられた唾を拭き取るとレイが去っていった方向に視線を合わせて僅かに喜びを噛み締めた笑みを浮かべる。

 

「君は僕と違い、まだ時間は残っているようだね」

 

 

 

 良かったと最後に告げてカヲルは自身に宛がわれた部屋まで歩き出すのだった。

 

 




 次回 せめて、ラブコメらしく






 次回もサービス、サービス……ラブコメってラブリーコメディアンの略語……つまりカガリのことですよね!?

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