始まり、始まり。
+サイドアウト+
一路、ゴラオンは第二新東京市に到着、エヴァ四機と未だに意識が戻らないトウジをネルフ本部に搬送すると次の任務のため本部を後にした。ネルフ医療スタッフがトウジを病院に搬送し、残った四機はパイロットの操縦でドックに向かう事になるのだが、そこで事件は起きた。
「シンジ君、あれは仕方が無かったんだ。君を守るためにもあの選択はなされたんだよ?」
そう言ったのはオペレーターの一人日向マコトだった。
『そんな事は関係ないです』
通信越しから聞こえてきた声は先ほど名前の呼ばれたシンジだった。彼は初号機から降りることを拒否してエントリープラグの中に立て篭もっているのだ。外部から発信された強制射出信号を内部から拒絶して手の施しようが無い。しかし、それはシンジにとってやらなければならない事があったからだ。
「シンジ君、こんな事をしてもあなたの立場が悪くなるだけよ」
『黙って! そんな事は関係ないんだ!!』
伊吹マヤが諭すように言うもシンジは頑なに聞き入れようとはしない。しかし、それは内心で復唱する言葉を必死に忘れないため叫んだだけだ。決してマヤに怒っているわけではない。それを知らないマヤが困り果てていると青葉シゲルが傍によってきて耳打ちする。
「このままじゃ、まずいぞ。友達の事でシンジ君興奮している」
「そうね、今の彼ならこの施設を壊す事も厭わないと思うわ」
二人がこそこそと話すその場所に包帯を頭に巻いたリツコが腕に包帯を巻いたミサトと共にやって来た。
「内部電源が残り二分、彼ならこの施設を十分崩壊させられるわね」
自嘲気味に呟くリツコに対してミサトは痛々しい表情を浮かべる。
「私のせいね……最後までパイロットの名前を伏せていた事が裏目に出たわ。私たちの問いかけにも応えてくれない……シンジ君、裏切られたと思っているのよ」
治療を受けていた二人が通信で語りかけてもシンジ君は声すら掛けてくれなかったのだ。居ても立っても居られずミサトが初号機の元に向かうのをリツコは止めなかった。状況が変わらなくとも施設が壊される様を見過ごせなかった。案の定ミサトとリツコが来てもシンジからの応答は無かったが。
しかし、それはとにかく、シンジには目的があって通信の声すら聞こえないほど必死だったのだといことを明記しておく。
やがて初号機内部電源が一分三十秒を切った頃、唐突にシンジから全施設に向けて通信が入った。
『緊張する……えっと、初号機パイロット碇シンジです。これからネタをやりたいと思います。本当は嫌ですが……相方の強制命令なので泣く泣くやります。聞いてください』
通信から聞こえるわけの分からない宣言にネルフ全スタッフ、一部パイロットを除くが、頭上に疑問符の嵐を漂わせていた。
そしてそれは唐突に始まる。
『組織のトップに立つ、こんな父親は嫌だ!!』
ジャカジャンっという効果音が鳴らされたような幻聴が聞こえたスタッフは数え切れない。
『髭が濡れると力が半減する』
ぼそりと呟かれた言葉に笑ったものは残念ながらいなかった。シンジは通信越しでそれを感じて泣きそうになった。どんな、拷問だ。しかし、相方からの強制命令に逆らえず続ける。
『問題ないという口癖は赤ん坊の頃からだ』
なんと一部のスタッフから笑い声が聞こえてきた。
『実のところサングラスが本体だという噂がネットで流れている』
別の箇所から笑い声が聞こえてきた。いけると思ったシンジは相方に教わった一つの技を披露する。
『本当にサングラスが本体だ』
かぶせという技を披露したところ、中々の高評価だった。気を良くしたシンジは声を弾ませて続ける。
『お決まりのポーズを二十年続けていると願いがかなうと思っている。実際叶ったのは男らしい髭が生えたことだ』
日向マコトがブッと吹いた。
『渋い声を生かして副業にナレーターをやっている。そしてそちらの方が稼げてしまい内心で司令を辞めようか今も悩んでいる』
青葉シゲルが辛抱堪らんといった感じで笑い出した。
『難しい話をしている時に内心でゲンドウが難しい言動をしているとか考えて後で一人笑っている。副司令官に見られて失笑を貰った』
伊吹マヤが顔に手を当てて笑いを堪え始めた。
『副司令官の方が尊敬されるので密かに副司令官の頭がカツラだとネットで流している。そしてそれを知った副司令官にサングラスを砕かれて生死をさ迷った』
もうどこか分からないほどスタッフの笑い声が通信越しから聞こえてきた。
『母さんが生きていた頃、家に帰ると母さんに向かって赤ちゃん言葉を駆使しながらコミュニケーションを取っていた。プレイも化』
今まで呆れた様子だったリツコが腹を抱えて笑い始めた。その様がとても嬉しそうに見えるミサトだった。
『元々、碇ゲンドウがこの組織でトップなのがそもそもクジ引きなどで決まっただけの運によるものだった。僅差で三丁目の田所さんが落ちた』
遂には先ほどまで悲痛にしていたミサトまでもが苦笑を浮かべるに至った。
『メンタルが弱すぎて三日に一度は泣く。というか、泣け』
司令室にてネタにされた本人と一緒に事の成り行きを見守っていたコウゾウが咳き込んだ。内心で当たっていると思いながら笑いを咳で誤魔化すことに専念した。
『最後に…これは僕が小さい頃の唯一覚えている思い出で真実だと思うことを一つ』
ここにきて最後に予定に無かった真実を織り交ぜたシンジの思い出が語られる。既にネルフスタッフ一同は心を一つにしてその話に耳を傾ける。
『小さい頃、僕が見ているのも知らないで洗面台の鏡の前に立ち『俺の名前は一堂広軌、ロボダインのパイロットをやっているシガナイ傭兵さ』とポーズをつけながら言っていた時は小さいながら思わず見てはいけないものだと認識してそっと見ないフリをした……母さんの事は覚えてないのにどうしてこれは覚えていたのだろう……泣きたい』
大爆笑が響き渡るスタッフルームの中で何故か抗議するような怒声が響き渡っているのもあったが概ね大爆笑で閉められ、ゲンドウのLCL内圧を限界にしろという命令で碇シンジワンマンショーは終わりを告げたのだった。失神したシンジがエントリープラグより強制的に運び出されるとき、その顔を見たミサトは苦笑を深め、眠るシンジの頭を優しく撫でる。その顔は達成感のようなものを感じさせる清々しい笑顔を浮かばせていた。
趣味の悪い司令室にてこの話でもお決まりのポーズとなった格好で座るゲンドウと諜報部に連れてこられ立たされる息子シンジが対峙していた。ちなみに同じ場所に対峙したのはこの時が始めてだ。
「エヴァの無断使用による単独ライブ開催を初め、数々の違約違反を犯したが、何より私の心に多大の被害を与えた罪は重い」
「ふっ」
渋い声で、自分が一番傷ついていますというアピールをする父親にして総司令のゲンドウ。そんなゲンドウを鼻で笑う息子にして一パイロットのシンジ。横に立つコウゾウは思った。旗から見たらどちらの立場が上かよく分からんなと。
「くっ……反論はあるか?」
「無断使用やその他諸々については素直に非を認めます。でも、父さんの心が傷ついた件については、ざまぁ、と思っていますので反論ありまくりです」
「あくまで私の心については認めないか、もういい……他については認めるというのだな、それが何を意味するかお前に理解できるか?」
「はい、元々パイロットになりたくてなったわけではないので後悔はありません。父さんを四分の三殺し出来なかったことについては後悔しまくりですが」
「安心安全置いておいて良かった諜報部……そうか、では帰れ。そして二度と戻ってくるな」
「はい、非常に残念ですが帰ります」
怪しく目を光らせゲンドウを一度見据えるとくるりと振り返り司令室を後にしようとする。その足取りは確かなものだった。逆に睨まれたゲンドウの足元はガクガクと震えていた。しかし、そこは父親としての威厳を保たせるため、腹に力を込めて後ろ姿の息子を比喩するかのように語りかけた。
「逃げるのか?」
足がピタッと止まり、ゆっくりとシンジが振り返る。
「それは息子の僕に対する遺言と取っても?」
どこか、夫婦喧嘩した時の妻が浮かべていた微笑を息子から見せられ、ゲンドウの心はどこか懐かしさ感じながらもポッキリ折れた。
「先生のところに帰れ……帰ってください」
後半は聞こえないくらいの声で懇願した。彼にもプライドという文字は一応あったらしい。シンジは舌打ちして司令室を素早く出て行った。その後を諜報部員が慌てて着いていく。最後まで横柄な態度は変わらなかったようだ。
ゲンドウは隣に立つコウゾウに目を合わせた。
「すまないが、一人にしてくれ」
「ああ、何時もの泣き時間だな。分かった」
コウゾウが頷いて部屋を去ろうと歩き出せば、物陰からこの場に居てはいけないはずの男が罰の悪そうな表情で現れた。コウゾウは一瞥してため息を吐くと顎で出口を促しながら再び歩き出した。
「すまないが、内のトップはメンタルが弱い。これ以上は勘弁してくれ、破嵐万丈」
万丈と呼ばれた男は頬を掻きながら僅かに苦笑を浮かべると頷いて共に歩き出した。部屋を出る際、振り返った万丈が口を開いた。
「本当はここで人類補完計画の詳細を聞こうと思ったのですが…無理そうですね」
「………」
「僕としても、己の欲のためにメガノイドを作り上げ、妻と実の息子すらも実験台にする父親は好きではなかった。だから、彼の気持ちも分からなくもない。けれど、あなたはあの男とは違う部分も持ち合わせていることを知っている。あの時本当は息子の安全を守るため強制的に主導権を握ったのでしょう……息子のシンジ君は気づかないようですが、あんな態度ではそれも仕方ない事です」
「………グスッ…破嵐創造の息子である君が無断でこの場所に来たことはこの場のやり取りを忘れてくれたら不問としよう」
「いや…言いませんけど……不憫すぎて」
「グスッ…ぼんだいない…」
「日輪があなたにも輝くよう祈っておきます……でも、息子に対して愛情を持っている父親がいたことに関しては少し羨ましいですよ、シンジ君が」
「ヒックッ…グスッ」
「すいません……帰ります」
万丈が司令室を後にするとゲンドウがティッシュ片手に盛大の嗚咽を漏らしたのだった。
その日の午後、アニメでも語られた最強の拒絶タイプの使徒が第二新東京市に現れた。
次回 あの男、侵入
次回もサービス、サービス……今後物語の性質上シリアス部分が出てきてしまう。もうこれは己との戦いです。