EBA 一番と四番の子供達   作:アルポリス

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 今日中に…今日中に……出来たのか。

 始まります。


第六話

+サイドアウト+

 

 

 レイと乗った操縦席で一度意識を失い再び目覚めれば夕日に照らされた公園の一角にあるブランコにカガリは乗っていた。

 

 カガリはこの場所を知っている。この場所はオーブ本島にかつてあった公園だ。そしてカガリにとって忘れられない思い出の一つが刻まれた公園だった。

 

 隣のブランコが揺れ、カガリが視線を向ければ幼い自分が楽しそうにブランコを揺らしていた。

 

 驚愕したカガリは言葉を発しようと口を開く、ことが出来なかった。自身がまったく動かない事に気づいたのだ。

 

 どのくらい経っただろうか、隣で楽しそうにブランコを揺らす幼い自分を瞳に映して考えていると、幼い自分が嬉しそうに声を上げた。

 

「お母様!!」

 

 幼いカガリがブランコを降りたことで視線から外れてしまったが、そんな事を気にすることなく、正確には気にも留められないほどカガリは驚愕した。

 

 幼いカガリが向かった先に死んだはずの母親がいるという真実に自ずと瞳から涙が溢れてくる。

 

 焦る気持ちを抑えてゆっくりとした動作で瞳をそちらに向ければその姿を捉えてすぐに視界は滲んでしまった。

 

 それでも、思い出と変わらない凛とした女性が幼いカガリを抱いて微笑んでいる姿を確かに見た。

 

「お母様、今日お父様は帰ってきますか?」

「どうでしょうね、あの人は忙しい人だから、帰ってくる頃にはカガリが眠ってしまっているかもしれないわ」

「なら、今日は起きてます!」

「ふふ、それがあなたの選択なら頑張りなさいな」

 

 この日は母親と初めてこの公園に来た日だった。そしてこの日が母親と出かけた最後の日でもあったのだ。

 

 カガリの母親は体が弱かった、そのせいで病院にいることも多く、それは年々歳を重ねるごとに増えていった。美しい母だったが、年齢は意外と高かったのを覚えている。カガリが産れた年には既に病院通いを繰り返していた。

 

 この公園での一幕を最後に数日後、母親は寝室で倒れているところを執事に発見され、病院に運び込まれるも助かる事はなかった。

 

 涙で視界が見えないカガリに触れてくる懐かしくも優しい手の感触に思わず声を上げて泣いた。

 

「泣いては駄目よ、カガリ。そんなに泣いたら目が解けてしまうわ、ほら、わたくしに笑顔を見せてちょうだい」

 

 零れ落ちる涙を優しく拭ってもらい鮮明になった視界に映る、幼い自分ではなく今の自分を見て微笑む母親に再び流れそうになった涙を堪える。

 

 何故か、体は動くようになっていた。

 

「お母様なのですか?」

「ふふ、第一声がそれなの? まあ、いいでしょう。あなたはあの人に似てボキャブラリーに疎いところがあるものね。そうでぃす、わたくぅしがあなたの母親でぃす」

 

 カガリの母親、カガリの母親、カガリの母親だからカガリの母親、と旧世代に活躍した偉大な芸人を真似て歌い出す母親の姿に、ああ、この人は母親だと確信した。母は旧世代に活躍した日本のコメディアンが大好きだった。それこそ、母が生きていた頃は病床の母に楽しんでもらうためにカガリは色々なコメディアンの真似をしたものだ。

 

「その後の落ちはドッフンだ!! ですね!!」

「あら駄目よ、落ちを先に言うのはGEININとしてあってはならない禁断の言葉、わたくしはあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ」

 

 苦笑しながら諭す母親にカガリは素直に謝った。大好きな母親を悲しませるのはカガリにとって何者にも勝る苦痛だ。

 

「良いのです、あなたはまだ立派なGEININの入り口に立っただけの若輩、これから知っていけばいいのですよ」

「はい!! これからもオーブを支える立派なGEININ代表になれるよう精進してまいろうと思います!!」

「ぶふっ、これだから天然は適わない……がんばりなさい」

「はい!!」

 

 幸か不幸か、前半の呟きが聞こえなかったカガリは良い子のお返事をするのだった。

 

 もし、このやり取りを見ていた第三者がいれば、きっとこう思うだろう。あの少女は酷く不憫だと。

 

「さて、娘をからかうのはこれまでにして。カガリ、今あなたがいる場所がどこか分かりますか?」

「わかりません!!」

「天然最高! じゃなくて少しは考えましょうとか言っても無駄なのよね。カガリだものね。ここはね、あのシルバーの腕の本体、エヴァ……いえ、エバンゲリオン4号機に刺さったエントリープラグの中よ。ただしあなたの精神は4号機の中にあるコアにいるのだけど……その顔は分かっていないわね」

 

 母親に再会できて、尚且つ話せる事が嬉しいのか満面の笑顔を浮かべたカガリに母親はため息を吐いた。都合の良い言葉しか耳に入っていないのか、ちょくちょく娘を馬鹿にしている言葉はカガリの耳にはスルーされているようだ。

 

「ねえ、カガリ、よく聞いて。お友達の綾波レイさんを助けられる力があなたに与えるとしたらどうする?」

「迷わず頂きます!!」

「そうよね、頂いちゃうわよね。猪突猛進が心情のカガリだものね……きっとあの人は激しく胃を壊すのでしょうね。ゲンドウさんはもっと老けてしまうのかしら。あら、とても素敵ね。男共に任せていたらこの先の未来が不安だもの」

 

 ころころと鈴のような笑い声を上げる母親の姿を見てカガリは更に嬉しくなる。母親の言っている事は結構酷いのだが、そこはスルーの方向で行くようだ。

 

 この世界のカガリは父よりも母が好きだった。

 

「ならば、願いなさい。お友達を助ける力を、あなたに与えられるエバ4号機を信じなさい。カガリ、わたくしたちは常にここにます。それを忘れないで」

 

 そう言って指先をカガリの胸元に当てれば、その場所からカガリの姿が消えて無くなった。カガリの精神が肉体に戻ったのだ。

 

 消え去った場所を嬉しそうに眺める母親の背後に女性が現れた。その女性は複雑な表情を浮かべて今までいたカガリの場所を眺めている。

 

 そしてポツリと不憫ね、と呟いた。

 

「あら、それは聞き捨てらない発言だわ。あの子がどうして不憫なのかしら?」

 

 振り向いて見つめた先にいた女性は何故かカガリにそっくりで、カガリ自身を大人にしたような姿をしていた。

 

「ご自身の胸に手を当てて考えてください」

 

 女性がそう言えば胸に手を当てて考えるも理解できないといった様子で肩を竦める母親に、深いため息を吐き出した。

 

「あら、ヴィア。ため息を吐いては幸せが逃げてしまうわよ」

 

 ヴィアと呼ばれた女性は胡乱げな視線を母親に向けた。

 

「あなたの場合、その態度が計算だから性質が悪い。さぞ、ウズミ様はお困りになったでしょう」

「あら、このわたくしがそんなへまをするとでも?」

「性格の悪い方だ」

「ふふ、あの子はあれで言いのです。無知は恥じなれど、言って聞かせるよりも自らが体験する事こそ至高の喜び、あの子は今後、身をもって知る時が来るでしょう。そうなった時、時に苦しみながらも逸らすことなく突き進めるだけの度量をあの子は持ち合わせているわ」

「ですが、時には取り返しの付かないこともあるのですよ」

 

 ヴィアは暗い影を落としてそう呟いた。それに対して母親は強気の笑みを浮かべ、こう言った。

 

「夫の狂気に目を逸らしてしまった、あなたとあの子は違います。猪突猛進のあの子が果たしてあなたと同じ結果をもたらすでしょうか」

 

 ヴィアは少し考えて首を横に振った。

 

「……残念ながら、そうは思えませんね」

「わたくしたちが育て上げた娘ですから当然です。覚えておきなさい、時に血よりも深い絆が生まれることもあることを。あの子は正真正銘わたくしたち夫婦が誇る実の娘です」

 

 凛とした姿でそう告げる母親に一抹の寂しさ抱きながらもヴィアは苦笑を浮かべた。そんなヴィアの頭を優しく撫でて、母親は言葉を付け足す。

 

「ですが、あなたがお腹を痛めて産んだこともまた事実、だから誇りなさい。あなたはこの世に大切なものを残したのだという事を。もう一人の息子と同様に誇りなさい」

「そうです…ね。私はあの子達を産めて幸せでした。そして誇りに思います」

「よろしい。では、あの子の母親として力を貸してあげましょう」

「ええ、そうですね。既にこの場所に居座っていた仮の魂にはお帰り願いましたよ」

「随分時間が掛かりましたね。あの子に一目会えるチャンスでしたのに」

「かなり駄々を捏ねられたもので、あれは質の悪い少年のような魂でした。ジャポンに古くから伝わる中二病とはああいった子を指すのでしょう」

 

 まぁ、魂体言語で話したらすぐに消えましたが、と述べながら清々しい笑みを浮かべた姿はカガリにそっくりだった。それを見てやはり血も濃いのね、と母親は内心で呟いた。

 

 

 ヴィアが赤く染まる空を見上げ、口を開いた。

 

「あの子を乗せてこの世界を守る機体が動き出す」

 

 

 同じように母親も空を見上げる。

 

「負けては駄目よ、カガリ。この戦いだけじゃない、遥か先に待つ無限力との戦いに。そのために私たちはあの槍を道標にして戻ってきたのだから」

 

 やがて夕焼けの公園を映し出す光景が砂のように消えていく。

 

 二人の母親も消えていく。

 

 

 

 

 後に残るは青白い魂のような揺らめきが二つ、寄り添うように存在するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 使徒が零号機を飲み込んでから既に数分経っていた。その後、使徒が動く気配は無い。船に作られた作戦本部ではゲンドウたちが今後の対応を協議していた。下手にN2爆雷で刺激して中にあるリリスを失えば、ゲンドウの目的は終わってしまう。そうかと言って、リリスが無事でも中に乗るあの忌々しい元老人を失っては、この世界自体が終わりかねない。二つの末路の板ばさみに胃が切り切りと痛みだした頃、その胃が爆発しそうな事態が発生した。

 

 鳴り響く警報、部下により報告された内容にゲンドウは驚愕して映像が流れるモニターを凝視した。

 

『ウオォォォォォォォ』

 

 響き渡る雄叫びはどこかこの世界に産声を上げた赤ん坊のような感じをその場で聞いていたすべての者に抱かせた。

 

 球体がメキメキと音を立てながら血しぶきを上がる。

 

 デコイと称され、事実、実態がないそれが避け始め、その裂け目から産声を上げたそれは現れた。

 

「馬鹿な、4号機だと!!」

 

 叫びながらも内心で誰が動かしているのか残念ながら予測できてしまう。零号機があの元老人を手放すわけも無く、後残るのは友の娘だけ。

 

「君にどう謝罪すればよいか考えつかない事態だ」

 

 再び、警報が鳴り響く。今度は何事かとモニターを凝視すれば本体とされる影から零号機が這い上がるように現れる光景が映し出されていた。

 

「早急に計画を修正する必要性があるものの、STMCに対抗できる駒が増えたと考えれば……そう思わなければやっていられないな」

 

 

 

 

 

 既に勝利は目前、その場の処理を部下に任せて、一足先に本島の方に向かったゲンドウは再開する事は今後無いと思っていた友と再び顔を合わせ、事態の説明を行うことにした。

 

 話を聞くうちにウズミの表情が赤くなり、やがて青くなって天を仰いだ。しかし、腐ってもオーブの獅子といわれた男、すぐさまキサカを呼び出して娘をヘリオポリスに留学させる書類を作成させた。

 

 そして留学する娘自身は友に託す事にしたのだ。

 

「あれを私の娘と認識する必要は無い。あれは唯のカガリだ。アスハとは何の関係も無い旨をここに告げ、仮に死んだとしてもこちらは一切関知しない」

「承知した、すぐさま日本の戸籍を作らせ対応する。名は綾波カガリ、レイの姉としてネルフに迎えよう。どのように扱うかはこちらで決めさせてもらう」

「すまない、ゲンドウ」

「それはこちらの台詞だ、ウズミ」

 

 言いながら二人して同じタイミングで胸を摩る動作をした姿に、その場にいたキサカが思わず笑いそうになったと後に語っている。

 

 

 

 

 

 こうして本人のいないところで姉の存在が現れ、エヴァパイロットが一人増える事になるのだった。

 




 知らぬ間に姉が増えた元おじい。これから物語はどうなっていくのか。



 次回 ディラックダイバー終息編



 次回もサービス、サービス……燃え尽きたよ。

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