「臭いますね……」
タカナとミゾロギは手枷を填められた状態で、牢屋が並ぶ長い石造りの廊下を歩いていた。
その中で、タカナは鼻をつくような異臭に愚痴を溢すように呟いた。
二人の前後に挟むように配置された騎士の二人もそう感じたのか、口許をハンカチで押さえてはいるが、二人は手枷を填められているため、それができず、愚痴を溢すしかできていなかった。
「…………」
しかし、騎士二人はまるで無視するかのごとく、反応することはなく二人をつれて粛々と連行していく。
無言で歩いていると、廊下の先に上がる階段が明るい光と共に目にはいる。
(おかしいですね…)
その光景にタカナは軽く疑問を持つ。
普段であれば、脱獄者が出ることを想定し、上がり階段の前には、兵士が配置されるはずであるが、今回は配置されていないことに疑問を持ったのだ。
しかし、今はそのような些細な事に構っている暇はないので、すぐに頭を切り替えた。
階段を上がり、さらに革命軍本部の階段を何度か昇り、行き着いた先に大きな扉が現れる。
何度もタカナは通ったことのあるその扉と先に存在する部屋に思いを馳せ、タカナは軽く息を吐いた。
気合いを入れるため、また、自分を奮い立たせるため。
ある意味正念場なのである。
騎士は扉をノックすると、中から重く厳格な声で入れという声がかかる。
騎士はその指示を受け入れ、両扉に手をかけ、押し開く。
重厚な扉が開かれた先には、まるで法廷のように証言台が中心に置かれ、それを囲むように一段高い位置に丸く配置される長机、そして、その机に一定の間隔を空けながら席につく革命軍の幹部たち。
そこには、山田麻右衛門やレチェリィ、ナリカワの姿も。
そして中心にはアゴヒゲをたくわえた屈強な男、革命軍のリーダーの姿が。
ナリカワは笑いを押し殺し、レチェリィは冷めた表情で、他は皆一様に厳しい表情で手枷を填められ、いまや容疑者となった嘗ての仲間のタカナに視線を送っている。
騎士は言葉を発することなく、深々と頭を下げて退室した。
「容疑者も現れたようなので始めましょうか」
ナリカワが言葉を発する。
その表情に愉悦や余裕が見え隠れするのは、準備万端ということを明確に表していた。
タカナは苦虫を噛み潰したような表情を一端浮かべるが、すぐに切り替える。
「この裁判では、黙秘は罪を認めたこととみなします」
司会をするであろう、革命軍のリーダーの秘書の女性が注意点を述べる。
この裁判の容疑者には弁護士などがつけられることはない。
故に、自ら言葉に出し反論するしかないということを表している。
「では、革命軍幹部のキンペイ様殺害の件に入りたいと思います。第一発見者のナリカワ様お願いします」
女性がナリカワに視線を送り軽く頭を下げると、ナリカワが書類を持ち立ち上がる。
「私は様々な証拠を所持していますので、それを全てこの場で話していきたいと思います。まず、私とレチェリィさんが、容疑者タカナ殿がキンペイ様をこのレイピアで刺し殺したのを見たのです」
ナリカワは一本のレイピアを取り出す。
切っ先に血液が付着したレイピアは、キンペイの胸に刺さっていたそれであった。
そして、その場の幹部はタカナがレイピアを得物として使っていたのを知っていたため、タカナは黒であるという認識に傾いていた。
「タカナ殿ではキンペイ殿に勝てぬと思うのだが」
静かに聞いていた麻右衛門が指摘する。
幹部は皆が知っていること、タカナは一人では戦闘力は皆無であるということを。
「ええ、タカナ殿一人では勝てません。しかし、それは協力者のミゾロギという後方に控えた男を守る対象としたことにより、可能になります」
「容疑者のタカナ様。今の指摘に意見はおありですか?」
女性の問い掛けに、タカナは立ち上がって反論すべく口を開いた。
「………………!!」
しかし、声が出なかった。
緊張などではない。
それは、ナリカワが軽く口許を上げたことからも判断できた。
そして、タカナは理解した。
ナリカワの策略にすでに懸かっていたことを。
それは、牢屋の廊下で嗅いだ異臭。
牢屋の並ぶあの場であれば、異臭を感じても問題はない。
そこで、タカナの言葉を奪うべくそこに気化させた毒を撒いていたのだ。
ゆえに、騎士も退室の際言葉を発することがなかったのだ。
「意見は無いようなので、認めたとみなします。続きをナリカワ様お願いします」
無言で苦渋の表情を浮かべ立ち尽くすタカナを見て、それが毒のためとは知る由もない女性は、肯定と見なしさらにナリカワに振る。
「殺害に及んだ理由も掴んでいます。キンペイ様はリーダーの指示を受けて、革命軍内部の裏切り者を探していたということです」
「ああ、キンペイは俺の指示で革命軍内部の裏切り者を探していた。そして近々決着をつけるとも言っていたが、誰かとは話さなかった」
「ありがとうございます」
ナリカワが視線をリーダーに向けると頭を縦にふり肯定を示しながら発言し、ナリカワは満足気に感謝を示した。
「皆さんももうお分かりでしょう。裏切り者はタカナ殿だったのです。それを指摘されたことにより殺害に至ったのです」
ナリカワはキンペイがリーダーに自分が裏切り者であるということを、話してはいないということをほぼ確信していた。
キンペイは見た目には分からないが、冷静に事を進め、荒立てないために、結果が出るまでは言わないということを。
そして、まんまとそれを利用し、タカナに罪を被せたのだ。
「それは想像に過ぎないのではないか」
「証拠は後程提示します」
麻右衛門の指摘を軽くいなしナリカワは続ける。
「その証拠から更なる裏切り者を発見することに至りました。先程タカナ殿の部屋から発見したものなのですが、タカナ殿から麻右衛門殿に送った手紙です」
場がざわめき、疑惑の視線が麻右衛門に向かう。
意表をつかれた麻右衛門だが、自分には非はないと断言出来るため冷静に、且つ何をするつもりだという厳しい視線をナリカワに向けた。
ナリカワは怖い怖いと嘲るように首を振ると、三日月のように口の両端をあげながら、仕上げにかかる。
「懇意にしていたタカナ殿から麻右衛門殿への帝国への忠誠を誓わせる同意書です。オネスト大臣の印も押されています。レチェリィさん皆さんにお分けください」
偽造し作った証拠。
それの真実味を帯びさせるために、自分が受け取っていたオネスト大臣の印を使用してまでのものを作り出していたのだ。
レチェリィは幹部の皆に紙を配布した。
「御覧ください。その証拠を」
大袈裟な身ぶり手振りで指し示すナリカワ。
その紙を見た幹部たちは驚きの表情を浮かべ、何度も紙を見直した。
室内は再び喧騒に見舞われ、刹那、視線がナリカワに向かった。
「どいうことだ。ナリカワ!!」
「えっ!?」
急にリーダーが怒号をあげナリカワに問い質すが、理解できないナリカワは狼狽する。
そこへレチェリィが朗らかな笑顔を浮かべ幹部に配った紙をナリカワに手渡した。
「な、なんだと!!これは処分しろと指示したはず!!!」
レチェリィが配布した紙は、ナリカワが偽造したものではなく、ナリカワからオネストやシュラに送っていた報告書であった。
「どういうことだレチェリィ!!」
狂乱したナリカワは、自分が裏切り者と暴露したも同然の中で、怒りをレチェリィに向ける。
「私は元々タカナ様を裏切ることはないのですよ。タカナ様のサポートをするために、革命軍の裏切り者を探しあなたに行き着きました。そのため、あなたから確固とした証拠をえるために、タカナ様を裏切るふりをしてまで、あなたに従っていたということです。なかなか警戒が厳しかったですが、始めてあなたが見せた隙、部下にその証拠を処分させようとしたことをつかせてもらいました」
レチェリィは小悪魔っぽい笑みをうかべた。
ナリカワは警戒する相手を誤っていたのだ。
タカナではなく、レチェリィを真には警戒しなくてはならなかった所を。
「クックックック。ハハハハハ。してやられたよ。穏便に済ませようかとおもっていたが、用意しといてよかったわ」
ナリカワのいつもの丁寧な口調は崩れ、まるで被っていた仮面を脱ぎ去るように本性を表し、指をならす。
すると、外が騒がしくなり、扉が打ち破られ覆面の男たちが各々得物を持ち室内に乱入した。
「こいつらは?」
狼狽える幹部を横目に、ナリカワは席から飛び出し男たちに歩み寄る。
「こいつらは革命軍の邪魔者を秘密裏に消すために俺が結成した部隊だ。金で動きそうな革命軍のメンバーや、お前らが捕らえたと勘違いしていた帝国から送り込まれ牢屋にいた男たちで構成された精鋭たちだ。お前らこいつらを皆殺しにしろ!!」
「……………」
覆面の男たちは、黙って前に進み出る。
ナリカワが精鋭と言っただけありその気迫は黙っていても相当なものである。
ナリカワは満足気にその様を見届けると、そのまま部屋を後にした。
「ここは私に任せ、タカナ殿はナリカワを追ってくだされ」
麻右衛門は聖柄の太刀を握ると前に進み出る。
直後麻右衛門を中心にとてつもない威圧感が吹き荒れる。
敵だけでなく仲間でさえも恐怖に足がすくみ、息をすることさえも困難になるほどの桁違いの威圧感。
場は既に麻右衛門によって支配されていた。
「タカナ殿!」
「!」
威圧感に呑まれかけていたタカナは麻右衛門の言葉を受け、気を持ち直しナリカワを追うため走り出した。
覆面の男たちは、麻右衛門の威圧感からタカナを追う所か、視線を向けることさえも出来なかった。
「この場を血に染めることをお許し頂きたい」
「掃除は皆でやればいい。殺れ麻右衛門」
リーダーの了承を得た麻右衛門は、厳しい表情で聖柄の太刀を抜くことも、ましてや構えることもなく、一歩一歩覆面の男たちに歩み寄る。
「外道に落ちた者たちを葬る」
◇◆◇◆◇◆
ナリカワを追うタカナは革命軍本部を出て森を駆け抜け、ナリカワを崖に追い詰めていた。
「やれやれしつこいヤツだな」
両手を上げバカにしたように首をふり視線を向けるナリカワ。
「…………」
「そろそろ毒の効果も消える頃だ」
無言で睨み付けるタカナに黙っていちゃ分からねえよといった感じで指摘する。
「そのようですね。あなたには利きたいことが山のようにあります」
「一から答えてやるよ。手向けにな。まずはキンペイ。ヤツを殺したのは察しの通り俺だ。暗殺者として名が通っていたからどれ程のもんかと思ったが大したことはなかった。わざわざお前を疑わせるために使いなれていないレイピアを使ってもな」
「そうですか……。次は……」
「お前が革命軍とバレたことか」
「!!」
ナリカワは先読みして言葉を吐いた。
タカナの驚くような顔を見て、ナリカワは満足気に歪んだ笑みを浮かべると、言葉を続けた。
「あれも俺だ。帝都内で死んでくれたらと思ったんだがな。予想外だった。だがな、お前は気づいてはいないようだが、あれより先にお前を殺すようにしたこともあったんだぜ。思い出してみろ首切りザンクのことを。あいつはお前を見て『新警備隊隊長タカナ』と言っただろ。あのとき内部の者しか知らなかった新警備隊隊長をお前と言い当てた。それは俺がヤツに教えてやったからだ」
ナリカワは嘲笑を浮かべる。
怒りの表情を浮かべるタカナを見て気をよくしたのかナリカワは饒舌になる。
「これも教えてやるか。お前の仲が良かったチョウリを死に追いやったのは俺だぜ」
「なんですって!?」
タカナは言葉を失った。
チョウリの死はワイルドハントやオネストによるものだと思っていた所に、自分が黒幕だと言い切ったのだ。
驚かないほうが可笑しい。
「チョウリが死んだのは、証人を押さえられたためだが、ワイルドハントの筋肉バカどもがそんなことに気づくはずないだろ。俺が教えてやったからだワイルドハントは証人を押さえて、チョウリを処刑台に送ることができたんだよ」
「…………裏切り者でさえ許しがたいのに、チョウリ様の死にも関わっていたとは……」
「どうする気だ?」
ヘラヘラと笑いを浮かべるナリカワを睨み付け、タカナは細剣を抜き言い放った。
「あなたをここであの世に送ります!!」
◆◇◆◇◆◇
「レチェリィ殿、タカナ殿と共に行かなくてよかったのですか?」
麻右衛門は、首と胴が分かたれた幾多の死体の中でレチェリィに尋ねた。
数十という手練れを片付けたのに麻右衛門は息1つきらしていなかった。
レチェリィはそれに驚きながらも、意図を汲み答える。
「私が行かなくても大丈夫です。ミゾロギさんが付いて行ってくれたはずですから」
笑顔で答えるレチェリィに、麻右衛門は複雑な表情を浮かべ、後方に指を向けた。
麻右衛門の指差した場に視線を向けたレチェリィは青ざめ絶句した。
そこには、泣きながら生還できた喜びにうち震えるミゾロギの姿が。
つまりタカナは一人でナリカワの元に行ってしまったのだ。
「タカナ様ああぁぁぁ!!」
レチェリィは大いに取り乱しながら部屋を飛び出した。
「こうしてはおれん」
麻右衛門も黒い羽織りをはためかせ部屋を走り出た。
◆◇◆◇◆◇
「お前に俺が殺せるかな」
余裕に満ちた落ち着きを見せ、スッと剣を抜くナリカワ。
キンペイを余裕で片付けたという言葉が嘘ではないことを表すほどの闘気を纏う。
普段見せる文官的な姿ではない。
「大言を吐きますね。あなたも私の力を知らないことはないはずですが」
「確かに、その強さは厄介だ。しかし、それも限定的なものだ」
自分の優位を疑わないナリカワに苛立ちを覚えたタカナは言葉をきった。
「話すことさえ不快ですね。行きますよミゾロギさん。私の後ろへ………ミゾロギさん」
いつまでたってもこないミゾロギに振り返ったタカナは今になって気づく。
ミゾロギがいないことに……
「オネスト大臣への手土産にお前の首もらったああぁぁ!」
間近に迫っていたナリカワの剣が閃き、空に黒いものが舞った。
色々と拙いオリジナルの話でしたが、次回から再び原作ルートに戻ることになります。