筆が進まず難産しました。
「やれやれバラバラになっちまってんなぁ……これじゃあ快感を感じる隙もなかっただろう」
帝都から僅に離れた街道で血の海に浮かぶバラバラになった肉片に視線を向けながら呟くと、キセルを吹かせた。
「こんなことになるんならオッサンの姿でナイトレイドに特攻させるんだったな」
一度青空を見上げ左京亮は呟く。
しかし、その顔には暗い表情は浮かんではいない。
自分の手駒であるスズカがこのような末路を辿ったのにだ。
(ドロテアに発信器をつけといてもらって助かったぜ。折り返し地点辺りを探せばアジトの位置も分かるだろう。近いうちにドロテアでも連れて散策でもしてみるか)
左京亮はうっすらと口許を緩めると、キセルから灰を落として帝都に向けて帰途についた。
◇◆◇◆◇◆
パチパチと薪が燃え弾ける音が辺りに響き、目映い光が薄暗い辺りを照らす中、ナイトレイドのメンバーは、あるものは俯き、あるものは顔を背け、あるものは現実を直視すべくしっかりと前を見据えていた。
誰もが一様に沈痛な面持ちであるのは言うまでもない。
主水がラバックの骸(頭と森の出口で見つけた胴体)をアジトに運び込んだのは、昼過ぎ辺りであった。
ちょうど帝国側からの返答を待つナイトレイドに更なる凶報が大きな衝撃を与えた。
そして、帝国側からの返答がないまま今に至り、ラバックを皆で弔っていたのだ。
「……これからは、さらに苛烈な日々が待ち受けることになり、皆にはしっかりと働いてもらうことになる。今日は解散とする。あとは私が火の番をしておく皆体を休めてくれ……」
気丈にナジェンダは皆に告げた。
この中で一番ショックを受けているだろうナジェンダを見るのも辛く、皆は閉口したままその場を立ち去った。
皆が立ち去った後、ナジェンダはラバックの残したゴーグルを握りしめながら茫然とラバックの亡骸を燃やす炎を見つめていた。
蘇る記憶は、初めてラバックと出会った将軍として帝国に属していた時代から、ナイトレイドとして共に過ごしてきた今に至るまで。
仲間の中でも一番付き合いが長かったラバックの死によりナジェンダは胸が張り裂けんばかりの大きな悲しみを受けていた。
ナイトレイドのボスとして仲間の前では悲しみを吐露することはなかったが、一人になったことにより、感情が決壊していた。
「ラバ…………」
嗚咽交じりの小さな呟きが辺りにこだまする。
幾重にも渡り、頬を涙が伝う。
今日この時だけはナイトレイドのボスではなく、戦友の死を悲しむ一人の人間として過酷な現実を受け止めていた。
ーーーーー
「レオーネこんな時でなんだがよ。これからは無茶をするなよ」
「分かってるよ旦那……ラバがいなくなってクローステールが使えなくなったからだろ」
「ああ…………」
「大丈夫だよ…無茶はしない。そうしないとラバが心配してゆっくり成仏もできないもんな」
レオーネは僅に鼻をすすりながら、微かな笑みを浮かべて答えると、そのまま振り返ることなくその場を後にした。
その後主水は誰とも言葉を交わすことなく、自室にたどり着き、もうひとつの懸案である帝具ガイアファンデーションについて考えを巡らせていた。
革命軍やナイトレイドにとって最良の策は言うまでもなく適合者である元の所持者チェルシーに返すことである。
しかし、主水はそれを躊躇していた。
今、この場でガイアファンデーションを返す利点と弊害。
利点とすれば、これほど有用なガイアファンデーションを使用することにより、多々の情報を得ることが出来る。
その存在を知られていたとしても、動物や虫にさえ化けることが出来るガイアファンデーションならば不可能と思われるミッションさえ成し遂げることが出来る。
弊害としては、鋭く察しの良いチェルシーであれば、今の状況の中でガイアファンデーションをチェルシーに返せば今回のラバックの死がガイアファンデーションに関係したものだと理解し、責任を感じ以前以上に危険な仕事に志願するであろうことは、火を見るより明らかなことであったからだ。
ナイトレイドの一員としてか、チェルシーの仲間として行動するかという板挟みの状態で主水は悩んでいたのだ。
以前までの主水であれば、仕事優先で、躊躇なくチェルシーに返していたであろう。
しかし、今、現実にラバックの死という現実が目の前にあるという状況が拍車を掛けて主水の決断をあやふやにしていた。
「ん?」
主水が眉間に皺をよせてガイアファンデーションを前に悩んでいると、僅にガイアファンデーションが光ったような気がした。
主水はそれを確かめるべくガイアファンデーションに手を伸ばそうとした際、自重気味に扉がコンコンとノックされた。
こんな状況での予期せぬ訪問者に、主水は首を傾げながらも、手早くガイアファンデーションを隠し応答し扉を開ける。
「こんなときにゴメンね」
「チェルシー……!」
丁度チェルシーのことを考えていた所にやって来たチェルシー。
主水は、顔には表さないが、僅に戸惑っていた。
ガイアファンデーションの処遇についての答えがでない所にチェルシーが現れたのだから。
(ここで来たのも仕事人としての定めなのかもな)
決して逃れることができない仕事人(殺し屋)としての運命に主水は諦めの境地にいたり、逃れることができないならと、主水はある決意を固めた。
「どうしたんだ?」
自分の中で決意を固めた後にここに来た理由を問いかける。
このような状況の中でなぜ訪ねてきたのを。
「ちょっと主水の顔を見たく……じゃなくて、なぜか分からないけど主水の部屋から呼ばれたような気がして」
「………」
主水が黙って動きを止めると、みるみるうちにチェルシーの顔が朱に染まる。
自分で言ってて何を言いたいのか分からず恥ずかしくなったのだろう。
だが、主水はチェルシーの顔をなにを言ってるんだという顔ではなく、納得したような表情で見ていた。
(アレスターが俺を呼んだように、こいつもチェルシーを呼んだのか……)
主水は軽く頷くと物陰においておいたガイアファンデーションを掴むとチェルシーに手渡した。
「主水……これは!!」
「行き掛けの駄賃といった所か。こいつ自身がまだお前と仕事したいみたいなんでな」
チェルシーは震える手でガイアファンデーションを受け止めると、嬉しそうに抱き締めた。
主水はその姿を、いやその先を見通したように寂しそうに見つめていた。
しばらくその状況が静寂のもと続く中、はっとしたようにチェルシーは顔をあげた。
「この状況から考えると……まさか……」
チェルシーは残酷な現実に衝撃を受けたように、声を震わせながらポツリポツリと途切れ途切れに呟いた。
「……ああ……おめぇの考えは当たっている。そのガイアファンデーションを使われて貸本屋は殺された……」
主水はその過酷で、チェルシーにとって残酷極まりない真実を告げた。
チェルシーは、崩れるように床に膝をつき涙を流し始めた。
以前のチェルシーならば考えられない姿。
しかし、ナイトレイドに来てからチェルシーは演技ではない、元々持っていた温かい心に良いか悪いかは別にしてもどっていたのだ。
それに加えて、自分の失態がラバックに死をもたらせたという真実が加わったためにチェルシーは崩れ落ちたのだ。
私がドジを踏まなければラバックは……という申し訳ないという思いと、強い後悔の念。
声を押し殺すように泣くチェルシーに主水は無言で近づき、膝をつき声をかけた。
「たしかにおめぇのガイアファンデーションが大きく関わってはいるが、貸本屋が死んだのはやつの失態だ。それにこの稼業に生きていれば誰もが死を覚悟して仕事をしているんだ。言っても割りきれねぇとは思うがおめぇが責任を感じる必要はねぇよ」
「も、主水……」
止めどなく流れ落ちる涙を拭うことなく顔をあげたチェルシーは、主水の胸にもたれ掛かるように顔を埋め涙を流した。
主水もそれを受け止め優しく囁いた。
「この稼業に足を踏み入れた以上、おめえもこの稼業をそのガイアファンデーションで続けていくことになる。だがな、無理はするなよ。今は悲しむ仲間がいるんだからな」
チェルシーは主水の胸に顔を埋めたまま、頷くような素振りをみせた。
◇◆◇◆◇◆
昨夜未明までラバックの死を悲しむように降り続いていた雨はやみ、そとは雲ひとつない晴天となっていた。
主水は体を起こすと、泣きはらしたように目蓋を赤くそめ、静かに寝息をたてるチェルシーを起こさないように身支度を整えると、布団をチェルシーにかけなおし、無言で部屋を後にした。
(あとは帰る前にあれをアカメに伝えておかくか。ついでにあれも尋ねてみんとな)
主水はその足でアカメの部屋に向かい合いしばらく話、アジトを後にした。
主水の性格が優しくなり過ぎているという批判はあると思います。私も実際書いていてないわと思いましたので。
ただ、藤田まことさんが亡くなったのちに制作された必殺で匳だったかな、仕事での失敗を主水に相談していたシーンがありましたので、かなり丸くなったということを考慮してこのような形になった次第です。
まあこれがラバックやタツミであったら突き放したかもしれませんが。