薄く垂れ込める雲の隙間から月光が仄かな光で照らす中、不気味な笑い声を響かせる二人の男とレオーネ・ラバックの二人がにらみ合い、戦いが幕を開けようとしていた。
雲が流れ月が隠れ、闇が一面に辺りを支配した時だった。
「!!」
レオーネとラバックの視界から闇に溶けるように男二人の姿が消えた。
「マジかよ!」
ラバックが何かに気づき体勢を崩し傾いた所を男の刃が駆け抜けた。
「こいつ!」
ラバックは崩れた体勢のまま即座にクローステールを束ね槍を形成し男に放つ。
男は微かに口許を上げると、蝶が舞うように回転しながら槍を避けると、体勢を整えたラバックに回し蹴りを放つ。
「ぐはっ!」
ラバックは脇腹を蹴られ強制的に肺から空気を放出させられ、息を吸うこともできず痛みで顔をしかめた所を刀で斬りつけられる。
「食らう……かよ」
腕を引き、引き戻した槍で刀を受け止めると、槍を振り切り男を後方に退けると、ラバックも後方に引き即座に間合いをあけた。
「ラバ!!うっ!?」
レオーネの視線が僅かに男から劣勢にたたされるラバックに動いた所を、男は闇から姿を現し襲い掛かる。
完全に隙が出来ていた所だが、帝具〈ライオネル〉により獣化し、全ての能力面で強化されたレオーネは、その圧倒的な反射神経で瞬時に刃を屈んで避け、男の腹部に拳を叩き込んだ。
確実に拳は男の腹部を捕らえたはずであるが、当たった直後に滑るような感覚をレオーネは覚えた。
背後に吹き飛ぶ男の表情は苦悶が浮かぶものとは対称的に、口許に小さな笑みを浮かべて宙で体勢を整え見事に着地した。
(あの僅かな時間で私の拳を受け流したのか)
レオーネも一端後方に下がり、ラバックと背中合わせの状態になると、ポツリと呟いた。
「かなり手強いな」
「ああ、俺も周りに警戒の為に糸を張っていなかったらヤバかった。手負いの体で二人を葬った旦那は人間じゃねえな」
素直に男の力を認めたレオーネの言葉にラバックは頷く。
「そんなこと言いながら姐さん嬉しそうだな」
「ああ、久しぶりに全力でやれると思うとワクワクしてね」
嬉しそうな笑顔を見せるレオーネに、やれやれといった感じでラバックは一つ息を吐くと、
「姐さんに負けないように俺も頑張るか」
と呟き、レオーネが男に向かって走り出すと同時に、男にクローステールを結びつけたナイフを三本投擲した。
男が体を左右にふりながらナイフを避け前進し、刀を振り上げた。
(ナイフをかわしたことによって動きが鈍った。ここだ!)
まずは視界で捕らえることも難しい動きを遅くすること。それに成功したラバックは、ナイフの先端に付けたクローステールを引き、ナイフを引き戻すと同時に、ナイフの先端から外したクローステールで斧を形成し降り下ろす。
「前後の攻撃をどうかわす?」
後方から迫るナイフと前方から降り下ろすされる斧。
それを男は舞を舞うように、袖をはためかせ、後方から迫ナイフを払い落とすと、流れるような身のこなしで斧の軌道から体を外す。
(やはり受けずによけたな。予想通りだ)
ラバックが斧を形成しているクローステールを緩めると、糸がほどけ分解されたクローステールが蜘蛛の巣状に広がり男を捕らえにかかる。
「なかなかやるな。しかしこれぐらい」
男は覆うように降りかかってくる蜘蛛の巣状のクローステールを刀で斬りつける。
強靭で切れにくいクローステールではあるが、洗練された男の乱れなき剣激によりクローステールが切り裂かれていく。
「お前の糸が全て切られた時、お前の命も尽きる」
「さあどうかな」
切り裂かれていくクローステールの中の1本が切れることなく、刀にまとわりつく。
「なに!」
「クローステールの奥の手〈界断糸〉だ。簡単には切れねえぜ」
グローステイルが切られることも予測し、界断糸を紛れこませていた。
ラバックが界断糸を引くと、刀だけでなく男の体も拘束する。
「交ぜといて良かったぜ」
ハアハアと息をきらせながらもラバックが拘束している界断糸を全力で引くと、男は断末魔をあげる間もなく血煙をあげバラバラな肉片と化した。
ーーーーー
「ちょこまかと」
レオーネは男に接近すると、拳を放ち続けるが、尽く避けられる。
「フフフフフ」
避ける度にカウンター気味に刀で斬りつけられるので、無傷の男に対して、レオーネは刀傷が増えていく。
「このヤロウ!!」
自分の攻撃は当たらないのに、相手の攻撃が当たることに焦れたようにレオーネが拳を振りかぶり大振りで放つ。
男が屈み、レオーネの拳が空をきる。
「しまった!」
「ヒャハハハ」
男はしめたとばかりにレオーネの心臓めがけて刀を突きだした。
「仕留めた」
しっかりとした手応えのもと、刀がレオーネの心臓を穿ち体を貫いた。
レオーネの閉じられた瞳を見上げ、男が歪んだ笑みを浮かべる。
しかし、その笑みはすぐに驚愕に変わった。
レオーネの閉じられていた瞳がパッと開いたのだ。
「なぜ死んでいない!?」
「引っ掛かったね。私の体はかなりタフでね。これぐらいじゃ死なないんだよ」
口許から流れる血を拭うと、
「これでお前はかわせない」
左手で男の首をつかみと、腹に右拳を叩き込む。
人知を超えた野獣の力を持ったレオーネの拳は、容易く男の体内に到達する。
男の体内に存在する肋骨を掴み引き抜くと、男は吐血し体を痙攣させた後、首から力が抜けだらりとすると絶命した。
◇◆◇◆◇◆
「なんとかなったな」
「かなりしんどかった」
レオーネは満足げに刺さった刀を引き抜き、ラバックは心底疲れたような表情で主水とチェルシーの所に駆け寄った。
「お疲れ様二人とも」
「御苦労様。疲れた所悪いんだが。クローステールで俺の傷口を縫ってくれねぇか」
チェルシーと主水の労いの言葉に軽く二人は微笑むと、ラバックは主水の元に歩み寄った。
「分かった。これも合わせて貸しだからな主水の旦那」
ラバックは手早く主水の傷口をクローステールで縫い合わせる。
ほんの数分で胸に刻まれていた傷口はラバックにより縫い合わされた。
ここまで手慣れていたのも、今までレオーネの傷を何度も縫い合わせてきた経験があったからだ。
「ありがとよラバック」
主水は脱いでいた着流しに腕を通すと頭を下げた。
「でどうする旦那?」
ラバックの問い掛ける意味を読み答える。
「おめぇたちは先にアジトに帰っていてくれ」
「どういうことだよ旦那?私達だけ先に帰れって」
レオーネは声を荒らげ主水に問い詰め、ラバックとチェルシーもその答えの真意をはかりかね表情を曇らせた。
三人とも主水も共にアジトに帰るものと理解していたためだ。
「イゾウの話からすると俺がナイトレイドだと知っているのは死んだイゾウと左京亮のみ。そして俺の考えからすると左京亮は俺の正体は誰にも話さねえはずだ。自分だにとどめておき利用するか、手札にするかって所だろうな」
主水は以前も左京亮は主水が仕事人と知りながらも南町奉行所で働いていたのをほくそ笑みながら容認していたことを思いだしそう答えた。
そこに食いついたのはラバックだった。
「旦那はあの化け物みたいな左京亮ってヤツを知っているのか」
「ああ……それについてはアジトで話す」
主水が僅かに表情を曇らせたことからあまり言いたいことではないことと察し、また後程話すということを信じ小さく頷くに止めた。
「イゾウが死に捕虜がいなくなった所で俺が行かなかったらアリバイがあろうとも疑われるだろう。まだ俺のイェーガーズでの情報は重要だろうからな虎穴に入らずんば虎児を得ず」
決意を秘めた主水の瞳を見て三人は主水の意思を曲げることは出来ないと察し、反論することを飲み込んだ。
「無理しないでね主水……」
「ああ、三人に助けられた命だからな」
主水は答えながらチョウリも同じ様なことを言っていたことを思い出し、あの時のチョウリの気持ちを今になって理解した。
「近いうちにアジトに行くってナジェンダに言っといてくれ」
「分かった。待ってるぜ旦那」
三人は心配そうな表情ながら去っていった。
(失った血は補給してぇが、医者に行って輸血したら足がつくかもしれねぇ。肉でも食ってなんとかするしかねぇか)
主水はふらつく足取りで自分の家に帰っていった。