「キャハハハ」
「ウフフ」
男達が主水とチェルシーを取り囲む様に陣取りながら、まるで主水とチェルシーを挑発するかのように嘲笑じみた笑い声を響かせる。
見た目の異様さがあわさり独特の不気味な雰囲気が主水とチェルシーを取り巻く。
「やつらの雰囲気に飲まれるなよ。おめえは俺が撃ちのがしたやつを仕留めてくれりゃぁいいからな」
「うん、分かった」
チェルシーは静かに頷く。
チェルシー自体も自分の殺しは暗殺専門ということで、近接戦闘では足を引っ張ることになることを自覚していたので主水の指示に従った。
「ヒャハハハハハ!!」
「来るぞ!!」
男の一人が刀を抜きけたたましい笑い声を夜の街に轟かせながら主水に斬り込んだ。
「ヒャアッ!」
男の真上から降り下ろした一刀を一歩引いて必要最小限の動きでかわすと、即座に前進して切り返す。
男の裃を僅かに太刀の鋒が掠め切り裂くが、体には届かずかわされる。
先程のイゾウとの死闘と、受けた傷から主水の太刀の振りが鈍くなっていた。
男が下がると同時に、主水の死角となる男の背後から二人の男が飛び出し、左右から間を開けず襲い掛かる。
「くっ」
左側の男の一刀を無理な体勢から半身になりかわし、返す刀で切り上げる。
男も予期していたかのように後方にバックステップを踏み間合いを開ける。
右側から攻め込む男は低い体勢から主水の懐に入り込み、逆手に持った小太刀で斬りつける。
「チッ」
主水が身を翻すが、僅かな判断の遅れから腹部を横に斬りつけられ、鮮血を散らす。
男は不気味な笑みを浮かべ更に踏み込み追撃に出る。
「調子にのるんじゃねぇ!!」
小太刀が返される前に主水は男の腕を右腕で掴み、左手で持った太刀を首にあてがい引くように断ち切った。
男の首の断面から吹き上がる血飛沫を目眩ましに、上空から舞い降り襲い掛かる男。
「次から次へと」
愚痴をこぼしながらも相手の気配を感じとっていたため、慌てることなく身を屈めて横凪ぎの脇差しを避けると、主水の真上を過ぎ去る男の腹部を太刀て突き上げる。
「ガアアアッ!?」
腹部に突き刺さった太刀は男が前に進む力が合わさり腹部を切り裂いていく。
「二人目だ」
大量の血をぶちまけ倒れ伏した男に脇目もふらず、返り血を浴びた無表情の主水は残り三人の男に鋭い殺気のこもった視線を向ける。
(すごい…)
チェルシーは完全に呆気に取られていた。
あれほどの手傷を負いながらも、かなりの技量を垣間見せる男達をいなし、さらには二人を葬った。
今までチェルシーも多くの殺し屋を見てきたが、誰もが子どもに見えるほどに主水の強さは異質であり次元を超えていた。
(私じゃ役にたてないのかな……)
確かに主水は目の前にいる。しかし、実際は自分の近くにいるようで、遠く離れた所に主水がいるような気がし、一抹の寂しさを感じていた時だった。
「左京亮様のために死ねえ!!」
死んだと思われた大量の血を撒き散らしていた男が、ふらつきながら立ち上がり、主水に脇差しを振り上げ襲い掛かっていた。
「危ない主水!!」
主水は確実に仕留めたと僅かに油断していたために背後から男が立ち上がり襲い掛かってきたことに気づくのに遅れ隙ができていた。
そんな最中、いち速く男に気づいたチェルシーは、考えるよりも速く男に走りより、脊髄に針を突き刺した。
「グガガガ!!」
ビクビクと男は痙攣し息絶えた。
「助かったぜチェルシー」
「どういたしまして」
主水の脳裏でチェルシーの姿に以前の仕事人仲間で針使いのやいとやや、簪で脊髄を突き刺し殺す秀の姿が重なっていたのは主水自身にとっても驚くべきことだった。
主水の感謝の言葉に自然とチェルシーは笑顔を溢すが、チェルシーは自分ではこんな緊迫した場面ながらたった一つの主水の言葉で笑顔になっていることには気づいてはいなかった。
(やべぇな。視界が狭まって来やがった……)
イゾウとの一戦で負った傷から血液を失い、先程男から受けた傷により更に血液を失ったため、大量の血を失い主水は窮地にたたされていた。
しかし、戦うことを諦める訳にはいかなかった。
戦いを止めた瞬間に待ち受けるのは『死』のみ。
一度死を迎えていたため、恐怖はない。
しかし、かわした約束を守るため、待っている人がいるために今は死ぬわけにはいかなかった。
主水が戦いを続行すべく一歩踏み出すと、男達は一歩引く。
更に一歩踏み込んでも同様の動きをとる男達。
そのにやつく表情からも男達が主水の気迫に押されているのではなく、主水が出血により弱っていくのを待っているのを窺っているのが分かる。
男達も気づいていたのだ。
イゾウとの一戦を注視し、更には左京亮のために命をかけ、一太刀仲間の男が斬りつけたことをも見ていたことにより、気づいていたのだ主水の出血が酷く、時間をかけるだけで主水は自滅するだろうことを。
ジリジリとしたにらみ合いと間合いの取り合い。
無表情ではあるが、焦りを覚える主水と対極的に余裕ある下卑た笑みを浮かべる男達。
時が経つほどに主水の血液が着流しを濡らし、滴り、それと共に主水の体力を著しく奪っていた。
(こっちの世界でもこんな幕切れなのか。これも仕事人の業が成せるわざなのもな。約束護れそうもありません。すいませんチョウリ様。もう面倒を見てやれそうもねぇすまねえなセリュー)
優しい笑みをたたえるチョウリと、朗らかな笑顔を向けてくるセリューの顔が浮かび、弱気な考えが浮かぶ。
またそれと並行して、
(チェルシーだけはにがさねぇとな)
という考えが。
しかし、それさえも運命は許さなかった。
主水が踏み出そうと足を出そうとした瞬間だった。
主水の体がぐらつき体が言うことを聞かず、そのまま膝をつき辛うじて倒れていない状態に陥っていた。
「主水大丈夫!?」
チェルシーが駆け寄るよりも早く、男達が待ってましたと前方と左右から襲い掛かる。
「ヒャハハハ」
(チクショウ、ここまでか……)
狭まっている視界の中の男達の姿を駒送りのように次第に大きくなっていく。
三人の男が勝ちを確信し、得物をふりあげ口許を三日月のようにつりあげ、降り下ろす。
「やめてえええぇぇぇ」
チェルシーの悲鳴が辺りに響きわたる。
「好きにはさせねえよ!」
「吹き飛べっ!」
前方と左側の男が割って入ってきた影により吹き飛ばされ建物の壁にめり込み、右側の男は首を押さえながら宙に浮かび上がっていく。
「助けに来たぜ主水の旦那」
「主水でもボロボロになるんだな」
建物の上から月光を浴びながら、男を吊し上げるラバックと、主水の前に珍しいものを見るかのように立ち止まっているレオーネの姿があった。
「おめえら」
「レオーネとラバック」
主水とチェルシーは突如現れた二人に驚きながらも、助けに来てくれたことに感謝を禁じ得なかった。
ラバックは宙吊りにしているグローステイルをピンと弾き、男を仕留めると建物の屋根から降りて駆け寄る。
すると、ハッとしたように一瞬真顔になり、次には一転して満面の笑みを作り一筋の鼻血を垂らし、親指をたてた。
「チェルシーちゃんグッジョブ!!」
「えっ」
チェルシーは慌てて主水に駆け寄ったために、同心羽織は乱れ、妖艶な見惚れるほどの裸体を晒していた。
その姿にラバックはギラついた視線を向け、神々しいものを目の当たりにさせてもらっていることに感謝を示したのだ。
「ちょんぎっちゃおうかな?」
「調子に乗りました。すいません」
端から見ると美しい笑みなのだが、向けられているラバックにどっては殺気をこめられた笑みだと感じられ、ラバックは即座にチェルシーに土下座をすると、チェルシーはそそくさと羽織を調えた。
「よく分かったな」
「なかなかチェルシーが帰ってこなかったから心配して来て待ってた時に、ラバックが張ってた糸に反応があって急いで来たんだよ。間に合ってよかった」
レオーネは笑顔で語った。
そして、笑顔で主水に向き直ると、
「今日の借りは大きいよ旦那」
「ああ、これが終わったら思う存分呑ましてやるよ」
「やる気出るよ」
主水の答えに腕を回して喜ぶレオーネ。
「じゃあ俺も」
「ラバックは色町に一緒に行くか。もしくは俺の知り合いの若くて器量がいい夜鷹を教えてやるよ」
「よろしくお願いします」
「まかせておけ」
深々と頭を下げるラバックと、満更でもない表情の主水。
さらには、その二人を白い目で見るチェルシーとレオーネ。
居たたまれない雰囲気の中、主水は真剣な表情で視線を飛ばす。
「しぶてぇ野郎だな」
先程レオーネに吹き飛ばされた二人の男がゆらりと立ち上がる。
「じゃあ残りを片付けるか」
「ああ、大人の階段早く登るためにも死んでもらうぜ」
指をなるすレオーネと、グローステイルを自在に操るラバックが二人の男に立ち塞がった。