主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第77話

 門の前に立ちはだかるイゾウを見て主水とチェルシーは動きを止めた。

 宮殿を出るまであと僅かという所で、ワイルドハントの中でも一位二位を争う実力者のイゾウが現れる。ゴールに手が届くかという正にその時、とてつもなく高い壁が突如目の前にそそりたち行く手を遮ったのだ。動揺しないほうがおかしい。

(ここまで来てとんでもねぇやつが出てきやがった……)

違和感を感じていたことから、なにかあるのではと最悪な事態をも想定してはいた。

しかし、イゾウが現れたことは、その予想すらも遥かに超えるほどの悪い状況であった。

「全く左京亮の慧眼には恐れ入る。『今宵裏門を張っていれば間者の娘を連れたナイトレイドとしての中村主水が現れる。さすればイゾウの望む戦いが現実になる』まさに言っていた通りになるとはな」

顎に手を添えイゾウは感嘆しながらほくそ笑む。

(チッ、俺は左京亮の手のひらで転がされていたって訳か……)

主水は苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せた。

 少し考えれば分かるはずだった。

自らの思考を、行動パターンをすべて左京亮ならば把握し、対策を立てるであろうことは。

故に主水は自分の浅はかさに苛立ちさえも覚えていた。

(時間はかけられねぇが殺るしかねぇか)

主水はイゾウの動きに最大限に注意を払いながら建物の影によりチェルシーを降ろし問いかける。

「どうだ歩けるか?」

「なんとか…」

チェルシーはナイトレイドの中でも一番主水と考え方が近いと言っても過言ではない。故に既に主水が言わんとしていることを理解していた。

『逃げろ』と言わんとしていると。

「そうかその顔を見りゃあ分かってくれていると思うが一応言っておく。やつは今まで相手していたやつとは比べ物にならねえほどの力の持ち主だ。やり合えば必ずどちらかは死ぬ。俺は死ぬ気はねえがそうもいかねえ。戦いが始まったら、俺はやつと鍔迫り合いをして動きを止める。その隙に……………」

「主水?」

言い終える前に言葉を止め、なにか考え込むような仕草を見せる主水にチェルシーは声を掛ける。

(いや待てよ。このままチェルシーを逃がすのさえも左京亮ならば読んでいるはずだ。ならばここでチェルシーを逃がすのは得策じゃねぇ)

主水は今まで左京亮の手のひらの上で転がされていたことに思いを馳せ、今回の行動も読まれているのではと考え、暫く考え込んだのだ。

「いや、すぐに終わらせるからそこで待っていてくれ」

「うん…待ってる…絶対に…死なないでね」

チェルシーは僅かに瞳を潤ませ言葉を詰まらせながらも嬉しげに答えた。

事実チェルシーは俺に構わず逃げろと言うと思っていた。

ならば、嫌でも主水の意向を組み、逃げなくてはならないと覚悟を決めていた。

しかしその考えとは裏腹に待っていてくれと言った。

つまり、死ぬことはないとあまりにも希望的観測を含めた拡大解釈に近いが、そのように言っていると考え、単純に嬉しかったのだ。

(副作用があろうがやつとガチで殺りあうよりは被害は少ねぇはずだ)

主水は視線をアレスターに向け決意を固める。奥の手で即決めると。

主水が決意をかためたことにイゾウは軽く笑みを浮かべる。

願いが叶うと。

「お主がナイトレイドということは誰にも言ってはおらぬし、邪魔者は全て排除し今宵はいない。さあ我らの戦いを邪魔するものは無い!日が明けるまで死闘を繰り広げようぞ!だがその前に

「!!」

イゾウは石畳を滑るように独特の摺り足で瞬時に間合いを詰めると、闇を切り裂く銀色の軌跡を描くように〈江雪〉を鞘から抜き一刀した。

〈江雪〉の鋒がアレスターに僅かに視線を向けた主水のコンマ何秒という隙をつき、主水の腰に挿したアレスターの鉤を捉え、アレスターを帯から抜き宙に舞わせる。

アレスターは黄金の光を放ちながら飛びイゾウの遥か後方の地を打つ。アレスターは寂しげな甲高い音をたて転がった。

「我らの死闘に帝具なぞ不要!!」

(しくったか!!)

主水の思惑はイゾウの一刀目により儚く散った。

◆◇◆◇◆◇

「やるじゃねえかイゾウ。見ろよあの意表をつかれたオッサンの顔を。笑えるぜ」

月明かりが照らす宮殿の屋根の上で肘を突き酒を煽りながら愉快気にそのさまを見下ろす一つの影と、それを取り巻くようにずらりと並ぶ五つの影が。

「イゾウがオッサンを殺った場合はあの女を捕らえて拷問室に送れ。オッサンが勝った場合は―――分かってるな?」

「はい」

「フハハハハ、どうなるか楽しみだな」

心底愉快気に男は高らかに笑い声を夜空に響かせた。

◇◆◇◆◇◆

 イゾウは目的を果たしたとばかりに一旦後方に下がり十分な間合いをとった。

「お主なら大丈夫だと思うが、下手な気を起こされると興醒めなのでな。帝具は排除させてもらった」

(こいつの思考を読みきれなかった俺の失態だ。もうガチで殺るしかねぇ!)

主水は左手を鯉口に添え、右手で太刀の柄を掴みスラリと抜いた。

銀色の刀身は月光を浴び妖艶な輝きを放つ。

「月明かりの下で見るそなたの幾多の血を吸った太刀も美しいものだ。日が明けるまでの約三刻共に死闘を繰り広げようぞ!行くぞ江雪!今宵は極上の血を与えてやるぞ!!」

イゾウは口に加えた草を吹き捨てると、江雪を上段に構え石畳を蹴り主水に迫る。

(やつの太刀筋を見極めるためにもまずは…)

主水は勝負を急がず見極めるために、どの型にも対応できるよう太刀を正眼に構え迎えうつ。

「フッ」

イゾウが江雪を降り下ろす、主水は太刀を斜に構えて流す。

しかし、イゾウは江雪が主水の太刀に僅かに触れるかといった所で江雪を水平に引き、主水の顔面に向けて突きだした。

「うっ」

主水は即座に顔を反らしてかわすが、完全にはかわしきれず頬に切れ目がつき血液が頬を一筋伝う。

「そうか上手いか江雪よ。更に飲ませてやるぞ」

イゾウは突きだしたままの江雪を右薙に一閃する。

主水はその流れを読みきり後退しながら反時計回りに体を回転し避けきり、その回転からの流れで逆袈裟に切り上げる。

「はっ」

イゾウは後方に瞬時に下がり太刀をかわす。

「拙者の目に止まった御仁さすがでござるな」

イゾウは切れ目が入り風に舞った羽織の裾に視線を送り主水に称賛の言葉を送る。

そこには真の好敵手に巡り会えたことに、そして命を賭けた戦いに興じることが出来ることへの喜びの色がありありと表れていた。

「おめぇもかなりの腕だな。それにその刀江雪か相当な業物だな」

「ああ江雪は我が愛刀。この世に二振とない最高の相棒よ」

イゾウは天を仄かに照らす月に掲げるように江雪をかざす。

(やはりな…)

その光景を見て主水が刃を交えた時に感じた違和感は晴れた。

 主水が感じた違和感、それはイゾウと主水の間合いの違いと素早い立ち回り。

イゾウは踏み込み短い間合いから高速の剣激での適切な打ち込み。

しかし、主水にとってはその間合いは窮屈であり、有効な攻撃にはなりえず、また相手の手数にも負けていた。

主水とイゾウの身の丈はほぼ同じ、また剣術の腕もそれほど違いはなかった。

故に感じた違和感。だが、今の流れでそれも晴れた。

イゾウの江雪は太刀と呼ぶには短く、脇差しというには長く、主水の太刀が約二尺四寸ほどであるのに対し、江雪は二尺ほど。

その差は見た目には僅かなものではあるが、刃を交えると大きな違いとして表れる。

 今回はイゾウが攻勢に出て、主水が守勢であったために、間合いを詰められ相手の間合いで攻められていたのだ。

そこに、違和感を感じており、今江雪を見据えたことにより解決された部分である。

(こちらの間合いに持ち込むためにも攻勢に出ねぇとな)

イゾウの剣術に関しては主水の知識に該当する流派はなく、この世界独自のものだということが分かったが、刀の軌道は大方理解出来たので攻めに入ることにした。

「今度はこちらから行くぜ!」

「フッ、みすみす先手は渡さぬよ」

主水とイゾウがともに石畳をけり激突する。

しかし、出足は主水のほうが早かったため、主水優勢で始まる。

主水は自分の長いリーチを生かし、相手攻撃を無力化し戦いを演じる。

間合いに入られればその素早い立ち回りと小回りの効く太刀さばきで劣勢になるが、それさえ封じられればイゾウの短いリーチ外から攻撃でき有利に事を進められる。

 イゾウも重々それについては承知しており強引に間合いを詰めるべく踏みこみ斬激を繰り出す。

主水はさらりと後方に引き斬激を流す。

刹那、イゾウが斬激を流されたことにより体勢を崩す。

主水は見逃さず間髪いれず横一閃に切り裂いた。

銀色の一閃がイゾウの影を両断したはずが、手応えはない。

「フェイクでござるよ」

主水の懐に入りかがみこんだイゾウの姿が。

イゾウは不適な笑みをこぼすと〈斬〉という音を立てて主水と交錯し走りぬけた。

「主水!!」

チェルシーの悲痛な叫びがこだまする。

イゾウの背後では血飛沫を上げ踞る主水の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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