主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第71話

 既に日は落ち、満月が辺りを照らす頃合い。

一人の青年が、決意を秘めた眼差しで、イェーガーズの隊舎を後にした。

「メズは辺りの警戒を頼みます」

「はい……」

何か言葉を掛けたかった、しかし、とても言葉を掛けられる雰囲気では無かった。

これが最後の交わした言葉になるかもしれないのに………

 メズは言い知れない不安を胸中に抱きながら、辺りを警戒すべく、闇に姿を消した。

「どこへ行くんですか?」

突如として投げ掛けられた言葉に、視線をあげると、満月に照らされた二つの影が。

「セリューさん、それにクロメさんまで」

二人は少しむくれたような顔をして、ランを出迎えた。

二人が不満を表しているだろうということは、ラン自身が一番よく理解していた。

「綺麗な満月に誘われまして、少し夕涼

みに」

自分で口にしながらも、苦しいなと感じながら答えた。

「ウェイブなら騙せたかもしれないけど、私たちは騙せないよ」

「いつもと違って、きれがないですね」

二人は半目で、じとっとした視線をランに向ける。

分かっているんですよと言わんばかりに。

(騙しきれませんか……)

ランは自分とメズの二人で、誰も巻き込まずに本懐を果たすつもりだった。

それは、今回することは完全に私怨であり、誰の利にもならないからであった。

しかし、二人の意思の固さ、さらには、自分を思ってくれたことに感謝の念を抱き、ランは全てを語ることにした。

「もう分かってしまっているようですね」

二人は笑顔で頷き、それを見たランも、厳しい表情を僅かに緩め、柔和ないつもの雰囲気に戻った。

「ええ、私は仇を討つために、また帝都の害悪を討つつもりです」

「私も協力する。あいつらはどう考えてもこの国のためにはならない」

「うん。悪は討たないと……それにまだ主水君の敵の片割れが残っている。おそらく、ランの仇と同じ」

「そこまで分かっていましたか」

クロメ、セリューは頷きあうと、三人は先を見据えた。

「お二人とも助力お願いします」

「うん」

◇◆◇◆◇◆

「出てきた」

草葉に身を隠したクロメの視線の先に、ワイルドハントの詰所から作り笑顔を浮かべたランと、よだれを滴ながら下卑たニヤケ顔を浮かべたチャンプが出てきた。

「私の役目は待ち伏せ…」

クロメは取り決めを思い返す。

それは、三人がワイルドハントの詰所に向かう道すがら、話し合ったこと。

 まず、ランが自分とセリューのターゲットを言葉巧みに誘いだし、人気のない廃墟に連れ込み、事前に待機していたセリューと合流後にじっくりと粛正。

クロメは、ワイルドハントの仲間が来ることも想定して、待機と共に、仲間が来た場合の迎撃。

今詰所に待機している人員を考えると、クロメ一人で複数を相手にする可能性があるが、それでも大丈夫と自信を持ってクロメが承諾したため、それでいくこととなった。

「チャンプさんは何故子供たちを愛でた後……殺すのですか?」

「そりゃあ決まってるだろ、天使たちを汚い大人にしないためさ!!」

ランについていくチャンプは上機嫌で満面の笑顔でランの質問に答えていく。

「大人はダメだ。カスしかいねぇからよ!天使には永遠に天使のままでいてほしい!いやいなくちゃならねぇんだ!!」

熱く熱弁するチャンプ。

養護するわけではないが、それにも訳がある。

チャンプは裕福な家庭に生まれながらも、親から虐待されて育ってきた。

その後も汚い大人に絶望し、そんな中で無垢な子供に癒されている自分に気づき、その時に決意した。

「天使たちを汚い大人にしてはならない!」

ド外道のチャンプにもこのようになった理由があったのだ。

 興奮冷めやらぬチャンプはそのままの熱さでランにて続き廃墟に入っていった。

「おおい!どういうことだ!!どこに天使がいるってんだよ!!」

子供たちがいるという嘘を信じ、ほいほいとついてきたチャンプは、辺りをみまわして、話が違うと怒鳴りちらす。

「貴方は、以前酒に酔った時にこう言ったのを覚えていますか」

「んだぁ?」

「ジョヨウで子供たちを襲った挙げ句、皆殺しにしたと」

辺りにランの抑揚の無い声が響く。

怒りを抑えてはいるが、隠しきれてはいなかった。

「あぁぁ、あの時は人数も多くて今思い出してもウットリしちまうなァ……だが今は関係ないだろ!!」

「あるんですよ……私が、あの子たちの教師だったのですから!!」

神々しい羽の帝具〈マスティマ〉を発動し、闇夜に飛翔する。

しかし、その怒りと殺意を体から放つランの姿は、悪魔に近い。

「出番です、セリューさん!」

「待ってました」

ガントレットが纏う雷が、セリューの体にもまとわりつき、ポニーテールが逆立った状態で現れたセリューは、瞬間的にチャンプに肉薄する。

「んだてめえは」

「主水君と帝都の皆さんの仇討ちにきたんですよ!」

セリューの拳がチャンプの分厚い贅肉に守られた腹にめり込む。

「ぐあああぁぁ!」

感電しながら断末魔を上げるチャンプ。

「まだまだ」

「セリューさん私の分も残しといてくださいよ」

「わかりました」

右腕を引き抜き、さらに一撃をいれる。

「ぐお!」

体がくの字に折れ曲がり、顎が前に出た所に、アッパーを放つ。

華奢な体に見会わない威力で、チャンプの巨体が浮き上がる。

「今ですラン」

「ありがとうございます」

ランがスッと腕を上げると、周りを浮遊している幾多のマスティマの羽が一斉にチャンプに襲いかかった。

しかも、ランらしく抜かりはなく、死角無しの、四方八方からの一斉掃射。

「ぐげえええぇええ」

まるで針ネズミのようになったチャンプが、血煙を撒き散らしながら地に落ちた。

「子供たちが受けた苦痛に比べればこんなもの大したものではないはずですよ」

「私もそう思います」

ランとセリューが地に伏したチャンプに歩みより、ランは懐から植物を取り出す。

エスデスが端正を込めて育てていた特別な花。

決して女らしく愛でるためではなく、趣味を引き立てるためのもの。

ランは冷酷な目付きでチャンプの傷口に塗り込んだ。

「うがああああああああああ!!!」

「傷口に塗り込むことで激痛を引き出すものです。さすが隊長です。まだ意識を失わないでくださいね。これからが本番なんですから」

口許にうっすらと笑みを湛えて、月の光を浴びて、鈍く銀色に輝く刃物をとりだす。

「まっ、待て!俺をばらしたらてめえがしたってバレバレだぞ!」

「大丈夫ですよ。ナイトレイドがしたことにしますので」

躊躇なく刃物を深く突き立て、抉った。

ランのあまりの変わりようと恐ろしさに、セリューは怒りが冷め、一傍観者になりさがっていた。

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「今の屠殺されたブタが挙げるような悲鳴は?」

「あんなひでえ悲鳴、やつしかあげねえよ。だから言ったろヤツは信用できねえって」

「来ましたね」

ランを尾行してきたエンシンとコスミナの二人の前にクロメが立ちはだかる。

「邪魔はさせない!ナタラ、ドーヤ、シェーレ!」

クロメが帝具〈八房〉を天に掲げると、名を呼ばれた三人が現れる。

ナタラは槍を、ドーヤは二挺拳銃を、シェーレはエクスタスを構える。

「たしかイェーガーズの一員だったと思う」

「おもしれぇじゃねぇか」

エンシンはしたなめずりをし、空に目を向ける。

「だが運が悪かったな。まさか満月の日に奇襲をかけるとはな」

すると、突如エンシンの腰に携えている曲刀のような帝具が、脈動し、威圧感を放ち始める。

「帝具のノリが違うぜ!ヒャッハアアアァァ!!」

エンシンが帝具〈シャムシール〉を振るい、空を切ったかと思われたその刹那、幾重にも真空の刃が飛び、四人を襲う。

月光麗舞シャムシールの特殊能力が、真空の刃を放つことができるというものであるからだ。

四人は瞬時にバラバラに散会する。

ドーヤは横っ飛びしながら二挺拳銃を放つ筈であった。

しかし、銃を放つ前に、ドーヤの両方腕が宙を舞った。

「女の手は俺に奉仕をして、楽しませるだけのものなんだよ」

いつの間にか、ドーヤの真上を取ったエンシンが、真空の刃を放っていた。

しかし、それもクロメの想定の内であった。

ニヤリと笑みを浮かべるエンシンを見て口許を緩めるクロメ。

上空では、エンシンを挟むように、ナタラとシェーレが配置取っていた。

ドーヤが囮となり、二人が隙をついたのだ。

ナタラは槍を突きだし、シェーレは刃を開いたエクスタスを突きだす。

「なかなか考えてんじゃねえか。だがな----------満月輪!!」

エンシンは宙で、円を描く。

360度全てに真空の刃を飛ばし、迫っていたナタラとシェーレを血に染め、弾き飛ばした。

シェーレは宙で、態勢を整え、地に足を下ろすと、月に照され白く輝くメガネの元、視線を向けると、エクスタスを未だ宙を舞うエンシンに向ける。

「なにする気だ?何をしても俺には効果ないけどな」

エンシンが満身するなか、エクスタスが激しく発光する。

エクスタスの閃光は、黒い闇に慣れていた皆の網膜を閉ざすのも、容易なことだった。

「目がっ、クソッタレ!」

「シェーレ殺って、そいつの死体はいらないから」

クロメの冷めた声が響いた直後、甲高い刃が触れ合う音が二度辺りに響き渡る。

 エクスタスの発光が止んだ時には、宙で背を向けたシェーレの後ろで、エンシンが頭部、胸部、腹部の三つに分断されていた。

「ありゃりゃエンシンちゃん死んじゃった。まあいいか。コスミナのコンサート始まりますよー」

冷酷な視線をエンシンに向けていたクロメの背後を、コスミナが密かに取っていた。

 大きな立ち回りを演じるエンシンに注目を集めさせ、コスミナは密かに行動していた。

「聴いてください!出力フルパワー!大地鳴動ヘヴィプレッシャー!!」

マイク型の帝具から発せられた音は、空間を揺るがす振動となって、クロメを破壊しに掛かる。

 絶体絶命の刹那、現れたランが、クロメを抱て上空に退避する。

突然の登場に驚くクロメだが、優しい笑顔を向け、

「ありがとうラン」

礼を言った。

 しかし、二人の危機は終わっていなかった。

上空に退避したため、僅かに油断が生じていた。

それを狙ったかのように、球体の物がランに当たると同時に、竜巻となった。

二人を巻き込んだ竜巻は、様々な物を巻き込み、凶器と化した様々な物により、身体中を切り裂かれる。

(これはチャンプの帝具……まさかまだ!)

ランの悪い予想は的中していた。

血まみれになったチャンプがニタニタと血を滴らせながら、二人を見ていた。

帝具快刀乱麻〈ダイリーガー〉

6つの球の帝具であり、それぞれに属性があり、当たると同時に発動する仕掛けとなっている。

「てめぇの話を聞いた時、最悪のこと思い出したんだよ。天使とイチャイチャラブラブしてたときによぉ、天使たちはてめぇのことばかり呼んでいたんだよ……萎えちまったのと、ムカついたので、二三人殺しちまったよ。俺の天使たちとの時間潰しやがって、これでぶっ殺してやるよ、爆の球!!」

球が向かって来るのが、ランにはゆっくりに見えた。

怒りによってランの能力が高められていた。

「終わりにします。奥の手神の羽!!」

マスティマがまるで後光のような神々しい光を放ち、開かれると同時に嵐が止み、次にランとクロメを包み込んだ。

爆の球は弾け、大地を揺るがす程の爆発を起こしたが、煙が晴れるなか、二人は爆発による影響が全く無いままに、宙に静止していた。

「マジかよ……」

信じられないと言った感じでポツリと漏らしたチャンプの視界から、ランの姿は消えていた。

「神の羽の移動速度は自然界最速の光と同じ」

「!!」

チャンプが振り向くと、怒りに燃えた瞳でチャンプを睨み付けるランの姿が。

刹那、神々しいまでの光を放つ神の羽が振り抜かれた。

「があっ………」

先ほどまで優しい光で二人を包み守っていた光の羽が、一転して、苛烈な攻撃的な光を放ちながらチャンプを飲み込んだ。

神の羽が過ぎ去ったのちには、塵一つ残っていなかった。

(やっと、仇を討てました……)

ランはやりきったという感じで、クロメを下ろすと地面に倒れ込んだ。

「あ~あ、チャンプちゃんも死んじゃたか。でも今は……」

肉食獣のような獰猛な瞳に変わり、ペロッとしたなめずりすると、走り出す。

「ランちゃんいいことしましょう」

「なにをバカなことを言っているんですか」

コスミナを遮るようにセリューが立ち塞がる。

「あなたもここで裁かれるんですよ」

セリューが、地を蹴ったその瞬間、コスミナの胸から血が舞い、コスミナを撃ち抜いたであろう弾丸が上空に軌跡を描いた。

「あの弾丸はナイトレイドのマイン……」

以前の記憶を呼び起こし、崩れ落ちていくコスミナの後方を睨み付けるセリュー。

「やったわ!さすが私ね!護衛もありが---------!!!」

マインの動きが止まる。

言葉が途中で止まったことにより、何があったんだと、レオーネがマインの視線が釘付けになった所に視線を向けると、レオーネの動きも同様に止まった。

「なんで……なんで……シェーレが…イェーガーズのところに…」

セリューのさらに後方に、クロメのいるシェーレがいることに、動揺と驚愕が隠せなかったのだ。

「シェーレ!!」

マインは走り出した。

生きていると信じながらも、心のどこかで、もうシェーレは……と諦めの思いが去来していたところに、シェーレが、親友が生きて現れたからだ。

いや、マインはシェーレは生きていたと願っていただけかもしれない。

 そんな僅かな願いも、マインの前に現れ、手で前にいくのを制したアカメのその行動が、そしてその悲壮に満ちた表情が崩していった。

「お姉ちゃん……」

「クロメ、そのシェーレは……」

分かってはいた……そのシェーレの正体は。

しかし、どんなに絶望的な現実がそこに存在していたとしても、真実を知るまでは、希望がある。

しかし、そこに希望はなかった。

「私の新たな仲間--------シェーレだよ。やっぱり強いね元お姉ちゃんの仲間は」

「クロメ!!!」

その場に無言で崩れ落ちるように膝を落とすマインと、激昂して斬りかかるアカメ。

しかし、それを強制的に制するようにラバックの声が響き、それと同時に、現れたメズがランを抱き起こし、クロメとセリューに逃げるように促す。

切迫した表情で。

「皆気を付けろ!何かが、何かがとんでもないスピードで向かって----------」

ラバックが警告の言葉を言い終わる前に、一陣の風が吹き抜け、砂煙舞い上がるイェーガーズとナイトレイドのメンバーの中心に、巨大な薙刀を肩に担いだ左京亮がきらびやかな裃をはためかせ現れたのだ。

「おもしれぇことやってるじゃねぇか!俺も混ぜてもらうぜ!!」

二勢力の争いの中に、一石を投じるように、現れた左京亮が波乱を起こす。

 


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