主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第67話

 鉛色の空からシトシトと静かな雨が地面を打ちつける。

 そのような中、光が灯った治療室の外で、俯き涙を溢すセリューと、セリューの感情を共有するように悲しげな瞳で寄り添うコロ、セリューを励ますクロメ、怒りを噛み殺すウェイブの姿があった。

 シュラとチャンプのリンチにあった主水は、ワイルドハントが去った後に、ウェイブによって救出された。

天閉と主水により助け出されたボルスの妻子が、ウェイブに主水のピンチを伝えたためである。

そして、ボロボロになった主水を墓場で発見したウェイブが、急いで治療室に運び、今スタイリッシュが治療にあたっているのだった。

運び込まれたボロボロの主水を見て、セリューは取り乱していたが、スタイリッシュが

「天才のあたしが治療するのよ。安心しなさい」

と笑顔でセリューの肩を励ますようにポンポンと叩いたことにより、今の状態に至っていた。

「ボルスさんの奥さんや娘さんが助かったのは嬉しいが、なんで主水さんがあんなにされなくちゃならないんだ!!」

ウェイブが拳を苛立ち紛れに壁に叩きつける。

壁には亀裂が走り、ウェイブの怒りの強さを表していた。

「安心してセリュー。八房があるから大丈夫」

「ありがとう…クロメ…」

一見ずれた励ましかたであり、聞く者が聞けば、怒りだしてもしょうがない言葉ではあるが、セリューはクロメと共に何度か仕事をこなし、その言葉が、真にセリューを気遣った為に出た言葉と分かっていた為に、感謝の言葉を、言葉に詰まらせながらも伝えた。

「キュゥゥゥ……」

その二人のやり取りを、コロも静かに見つめていた。

「おうおう、まるでお通夜みてえだな」

ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべてやって来るシュラ。

ウェイブの体から殺気が溢れ出し、セリューの体がピクリと揺れる。

近くにいる者しか分からない動きではあるが。

「いけません」

主水が運び込まれたという知らせを聞き、駆けつけてきたランが、今にも殴りかかりかけるウェイブを止める。

「なんで止めるんだよ!」

「今あなたが殴りかかれば、中村さんが耐えた意味がなくなります」

「くそっ!」

ウェイブとランのやり取りを心底楽しそうにヘラヘラと笑いながら傍観するシュラ。

しかし、シュラの関心は既に別の所に移っていた。

「おっ、なかなかの上玉が揃ってんじゃねえか」

シュラはセリューとクロメに、淫靡な視線を這わせる。

「改造済みと、薬付けか。こりゃあ楽しめそうだぜ」

セリューとクロメに手を掛けるシュラ。

「いや……」

クロメの弱々しい拒絶の声。しかし、クロメも逆らうことは出来ない。

「止めろ!!」

ウェイブの声が響くが状態が好転することはない。

しかし、その直後。

バチンという音と同時にシュラが弾かれた。

俯き瞳が影に隠れた状態で立ち上がるセリュー。

「んだあっ!!嬢ちゃんやろうってのか!!」

払い除けられたことに逆上するシュラ。

「ええ、あなたは主水君の仇だから…」

(まだ中村さんは死んでいませんよ)

ランはこんな状況の中でも、そのように思ったが、空気を読み言葉には出さなかった。

「いいぜ。場所変えるか。ここでやったら雷オヤジがうるせえからな。シャンバラ!」

シュラは懐から帝具〈シャンバラ〉を取りだし起動する。

陰陽を表す太極図が浮かび上がり、シュラとセリューを包み込むと、二人の姿は消えた。

 何が起こったんだと辺りを皆が見回す中。

「宮殿で何をする気だ!!」

壊れる程の勢いで開け放たれる扉。

一足遅れで大将軍ブドーが現れたのだ。

おそらくセリューのあふれでる殺気を感知してやって来たのだが、遅かった。

静まりかえる場で、皆の視線を受け、恥ずかしくなったのか、ゴホンと咳払いすると、

「何もなければいい…」

と呟きスゴスゴと去っていった。

 一息いれた後、

「セリューさんが心配です。皆で手分けをして探しましょう!」

ランの指示にウェイブとクロメは頷き。雨の降るのも構わず走り出した。

―――――

 雨が体をうつ感触を受け、セリューは辺りを見回す。

そこは、既に宮殿内ではなく、雨音のみが響く、静けさ漂う、木立が林立する薄暗い林の中であった。

「場所変えてやったぜ嬢ちゃん」

目の前にはシュラの姿が。

そこで、セリューは事前に調べておいた帝具〈シャンバラ〉の力を思い返し、予定通りと軽くほくそ笑んだ。

「確認するけど、あなたが私の主水君を傷つけたのね」

依然として俯いたまま問いかけるセリュー。

危うい雰囲気を醸し出しながら。

「ああ、あのオッサンをぼこしたのは俺とチャンプだ。『私の主水君』か…お前は、あのおっさんの女なのか?」

「ゲスの勘繰りね。私と主水君は家族よ」

淡々とした口調で呟く。すると、

「フフフ、ハハハハハハハハ!」

腹を抱えて大声で笑い出すシュラ。

「家族ごっこかよ!腹痛え!ヒーヒー俺を笑い殺させる気かよ!」

依然として笑い続けるシュラに、俯き無言を貫くセリュー。

「夢見勝ちな嬢ちゃんだなあ。いいぜ、一時間後くらいには現実を受け入れて、俺だけを求める〇奴隷と化してるだろうしな」

「………」

依然として、シュラの挑発にも応じることはない。

「そろそろ始めるか。安心しな手加減してやっからよ。後で本番を楽しむ為にも、あまり傷付けずに、一発で終わらしてやるからな」

「………」

俯いたまま無言で軽く走り出すセリュー。

こんなもんかと余裕綽々に構えるシュラだったが、急にシュラの視界からセリューの姿が消えた。

「どこに行きやがった!?」

いなくなったセリューを探し辺りを見回すシュラ。

「ここですよ」

声が下から響き、シュラが見下ろした、直後、セリューはノーモーションで、コークスクリューブローを放つ。

螺旋の渦を描きながら放たれた拳は、シュラの腹部を深々と抉る。

「オゴッ!」

セリューの拳により、臓器が損傷を受けたのだろう、シュラは吐血した。

「……」

腹を抉っていた拳に、無言で力を入れる。

力は衝撃波となり、シュラは吹き飛び、何本か木を薙ぎ倒し、地を揉んどり打って転がっていった。

「なぜ…この俺が…小娘…ごときに…」

地に倒れたまま、忌々しげに言葉を漏らすシュラ。

「簡単なこと。慢心があったからだよ。自分が強いと思う慢心。私を女だと見くびった慢心」

シュラはセリューの言葉通り慢心に充ちていた。

向かってくるセリューのスピードが更にシュラを慢心させた。

そして、間合いまで、一踏みの所で、急加速したセリューを見逃したのだ。

セリューは歩み寄ると続ける。

「慢心がなかったとしても私には勝てないですけどね。様々な武術の良い所を取り入れた武術みたいですけど、気配ではなく、目で追うようでは私には勝てませんよ」

「なぜ…それを…」

シュラの武術の一端さえ見ることなく、自分の武術を見抜いたセリューに疑問をぶつける。

「いつも見ていたからですよ」

既にシュラを見下ろす位置まで歩み寄っていたセリュー。

「悪の限りを尽くすあなたをいつか断罪することを夢見て……」

怒りで我を忘れかけるシュラだが、セリューの瞳を見た瞬間、背筋が凍り付き、怒りが冷めた。

見下ろすセリューの瞳は、空虚なもので、何も瞳には写ってはいなかった。存在するのは深淵の闇。一点の光も、淀みもない、清んだ闇。

どこまでも続くような果てしもない闇に、シュラは感じたことのない恐怖を覚えた。

既に、今宵のことを考え、猛り狂っていたシュラ自身も、恐怖に萎み縮みきっていた。

「これからが本番です。かなり手加減してあげたので、体は動かずとも意識はしっかりしているでしょう」

口許は歪み、深い闇を称えた瞳がシュラを捕らえ続ける。

シュラは恐怖から、金縛りにあったように動けなくなっていた。

「知っていますか?私も隊長に聞いたのですが、人が一番痛覚を刺激されるものが何かを」

セリューは問いかけているかのように話しているものの、実際は独り言を話すように淡々と話し続けている。

「雷なんですよ」

セリューは拳を挙げると、嵌めているガントレットが青白く発光し、激しくバチバチとスパークを散らす。

「主水君と、あなたが殺した人の痛みをその身をもって味わってくださいね」

「ヒッ!や、や、やめ―――£*#¢¥§&」

言葉にならない断末魔を挙げると、激しく痙攣するように揉んどりうつ。

「あれ?もう意識がとんじゃったのかなぁ」

セリューがシュラの体に置いていたスパークを放つガントレットを僅に離し、シュラの顔面をパチンと叩く。

「がっ!」

「起きましたねまだまだいきますよ」

――――まるでループするかのように、感電させ叩き起こし、また感電させ叩き起こす。その地獄が延々と続く。

 何度目だろうか、またもパチンと大きな音が辺りに響く。

「あれ?起きないなあ。もう一発」

セリューが振りかぶると、何かに気づいたのか即座に後方にバックステップを踏む。

セリューがいた場所に、泥を巻き上げながら突き刺さるキセルが。

(いつの間に!)

ここにきて初めて自分が多くの色とりどりの裃を着て、化粧をした男衆に囲まれていたことに気づく。

「悪いな嬢ちゃん」

「!!」

目の前にいつの間にか歌舞伎者のようなきらびやかな裃を着て、白塗りの髪を振り乱した男が唐突に現れ、地面に刺さっているキセルを抜くと、泥を払い、懐にしまう。

(まったく気づかなかった!)

シュラをいたぶることに気を向けていたとはいえ、近くに気配があれば必ず気づくはず。

セリューが突然のことに驚きを隠せないでいると、男がセリューに視線を送る。

 刹那、とてつもない圧迫感が、セリューを押し潰すように降りかかる。

「!!」

今までの驚きがかき消え、新たに訪れる恐怖。

男の瞳が宿す、限りない狂気を感じ取り、さらに、その男の持つ底知れぬ力を体感したからだ。

「本当に悪いな。そこに転がっているクズは、今は一応俺の上司でな、俺が出世するための手づるなんでな」

男はセリューに伝えるように話ながら、意識を失ったまま横たわるシュラを担ぎ上げる。

しかし、セリューは身を縮こまらせ呆けたように動けない。

 シュラを担いだ男が、セリューに背を向けて歩き出すと、足を止め、振り向くことなく言葉をかけた。

「こいつが用なしになったら苦しみ悶えるように殺してやるから安心しな。まあ、それまでこいつが生きていたらだけどな、フッハッハッハッハッハ」

笑い声を辺りに響かせながら、男が雨により辺りに満ちてきた霧に姿を消すと、続いて男衆も消えていった。

 セリューはシュラを、悪を取り逃すことを悔いることなく、安堵に包まれていた。

男がその場から去った為に安堵したのだ。

 しばらく固まったように雨にうたれていると、空から羽音が。

「セリューさん大丈夫ですか?」

舞い降りたランが問いかけるが、反応は薄かった。

「朗報ですよ。中村さんが意識を取り戻しましたよ」

「えっ!主水君が!!」

「はい」

笑顔で頷くランを見て、込み上げてくる涙をこらえることなく流し、元気よく立ち上がると、治療室目指してセリューは走り出した。

(よかった元気になったようで)

クスッと微笑んだ後、ランは表情を厳しいもの一転させる。

(あのような男がワイルドハントにいたとは、今まで事を進めていながらも、気づかなかった…少し離れていた私でさえ恐怖を覚える程とは。あの者がいない時に事を進めなくては)

いつもの柔和な表情はなく、ランは厳しい面持ちで決意を込めた瞳を、雨降る空に向け覚悟を決めていた。

 まるで天に召された者に覚悟を見せるかのように…




ウェイブの見せ場がまるごと無くなってしまったことをお詫びします。
ただボルスさんの妻子が助かり、変わりに主水がのされた為にシュラを相手するのがセリューに変わりました。

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