今年もどうぞよろしくお願いします。
中天に差し掛かった日が見つめる中で、近衛兵による粛清がタナカとスピアに迫っていた。
「あまり殺生は好きではないのですが…やむえませんね…」
タカナはスッとスピアの前に出て、庇うように迫り来る近衛兵の前に立ちはだかり、腰に挿した細剣を抜く。
タカナの細剣は、まるで先が透けるのではないかと思われる程極限まで薄く研ぎ澄まされており、人の目を惹き付けるほどの工芸品のような美しさを誇っていた。
しかし、抜いたにも関わらず、タカナは細剣を構えず、そのまま静かにその場に佇んでいる。
そんな、戦闘体勢に入っていないようなタカナにも、容赦なく近衛兵が剣を、斧を降り下ろす。
次の瞬間タカナの後ろから見ていたスピアは、驚きに目を見開いた。
タカナが避けることもせずに微動だにしなかっただけでなく、降り下ろされた剣や斧が、まるで意思を持ち、自ら身を翻しタカナを避けるように、タカナのすぐ横を過ぎ通り過ぎたからだ。
さらに驚くべきことに、剣と斧を降り下ろしたと思われる近衛兵が、頭をタカナの前に差し出すような体勢になっていた。
「おねむりなさい」
タカナはまるで指揮者が指揮棒で三拍子を刻むように、細剣を振るうと、近衛兵の首が地に落ちた。
「残り四人ですか…私から行きますね」
タカナはゆらりと歩き出す。
目の前で起きた、信じられない現実にも、近衛兵達は動じず、タカナを抹殺するために、攻撃を四方から浴びせかける。
しかし、まるで幽鬼のように揺らめくタカナには、まるでそこに存在しないように掠りもしない。
「帝具の力か!?」
非現実的な光景に近衛兵はそう呟く。
帝具でもない限り、このようなことは有り得ないとでも言うように。
「いえ、私は帝具など持ってはいませんよ」
過ぎ去り様に聞こえる声に、近衛兵達は振り向くことはなかった。
何故なら既に近衛兵四人は、体に指令を送る為の頭部が、切り落とされ、地に落ちていたからだ。
「タカナ様…お強かったんですね…」
悲しみに囚われていたスピアだが、目の前で起こった驚愕の出来事に、そのように呟いた。
また、そのように言った理由もある。
スピアは、宮殿内や街の噂でも、帝都警備隊隊長タカナは、知識や知能こそあれど、貧弱そうで、ナヨナヨしたモヤシで、戦闘力はからっきしだと聞いていたからだ。
「やっと、口を聞いてくれましたね。よかった。スピアさんの質問には目的地についてからお答えします。今は先を急ぎますよ」
「はい…」
スピアは、未だに深い悲しみが胸を締め付けてはいた。しかし、タカナが、父親チョウリが命を懸けて救ってくれた命を、無駄にしないためにも、今は足を止める訳にはいかないと、意思を強く持ち、タカナのもとに歩み寄る。
「では行きましょうか」
タカナはスピアに微笑みかけ、次の瞬間180度真逆の厳しい視線を後方に向けた後、再びスピアの手を握り走り出した。
―――――
「ハァッハァッハァッハァッ。やるねぇあのおっさん!俺に気づいているばかりじゃなく、視線で俺を牽制しやがった!そそるねえ!殺り合ってみたいなあ」
タカナの鋭い視線の先にいた、歌舞伎者のような異様な裃を着て、見るものを魅了する程の、整った中性的な容姿の男がいた。ただ、顔に浮かぶ笑みにはただならぬ狂気を感じさせる。
「敵を見つけなさったか。即座にお教え願いたい」
男の周りに集う近衛兵が男に詰め寄る。
「ご動じめさるな」
男は一喝するが、近衛隊は役目柄静まらない。
「騒ぐなっつうの!」
目を狂気でギラつかせ、歪んだ笑みを浮かべ立て掛けてある巨大な薙刀を左手に握り、振るった。
「な、なにを!?」
血飛沫を上げ、体が斜めに滑り落ちるように、崩れ去る近衛兵。
「フッハハハハハッ!かかって来いっつうの!!」
興奮気味にしたなめずりをして、野獣のような瞳を向ける男に、恐怖を覚える近衛兵達。
「乱心者だ気をつけ―――何!!」
即座に近衛兵の隊長格が支持を飛ばすが、時既に遅し、周り全ての近衛兵がバラバラになり、自分の首に血にまみれた薙刀があてがわれていた。
「ハァッハァッハァッハァッ!弱いなあ!」
水が流れるように緩やかに、かつ優雅に、舞を舞うように、男は残りの近衛兵の隊長格の首を宙に舞わせた。
「よいのですか」
「やつらが殺ったことにすりゃあいい」
傍らの男衆の問い掛けに、男は興奮冷めやらぬ様子で薙刀の血を払いながら答える。
「ワイルドハントの詰所に戻られますか?」
「しょうがねえな。まだ時じゃないしな」
男は一度去っていくタカナの背に視線を向けると、軽く口端を吊り上げ、姿を消した。
―――――
日は落ち、辺りは薄暗くなる頃、タカナとスピアは、広大な森の中を歩いていた。
近衛兵を葬った後に、タカナとスピアは西門を強行突破して、走り続けこの森にたどり着いたのだ。
「スピアさん大丈夫ですか?」
「はい…大丈夫です…」
疲労の色を隠せないスピアだが、タカナを心配させないように、また足手まといになりたくないという思いから、気丈に振る舞いタカナに笑顔を向けた。
(かなりキツそうですね。ただ後少しの所まで来ているのですから、早く休ませてあげるためにも、ここは踏ん張ってもらいましょう)
「後少しです。行きましょう」
スピアにタカナは手を差し出し、スピアも弱々しいながらも微笑みを浮かべ、タカナの手を取り、足場の悪い森の中を一歩一歩踏み締め歩き出した。
息をきらせながらもスピアはタカナと共に迷路のようにいりくんだ森の中を歩き続け、遂に開けた草原が目の前に広がった。
大空に佇む半月は、二人に微笑むように、辺りを柔らかい光で照らしている。
「あれが目的地ですよスピアさん」
タカナが指し示す先に、切り立った崖に隠すように作られた建物が見えた。
「あれは?」
「革命軍の組織ナイトレイドのアジトです」
「ナイトレイド!!」
スピアは顔を恐怖でひきつらせ、声を上げた。
スピアはナイトレイドとは帝都において暗殺を生業とする血も涙もない、冷酷無比な殺し屋集団という噂を聞いていた為の反応だ。
「恐れなくても大丈夫ですよスピアさん。確かにナイトレイドは殺し屋稼業ですが。悪党しか殺しません。また貴女のお父上チョウリ様と親しくしていた中村さんもナイトレイドのメンバーなんですから」
「中村様も…!!」
「ええ」
スピアは中村というタカナの言葉を聞き、表情を和らげる。
父チョウリがあれだけ親しげに、また信頼していた主水がナイトレイドだと聞き、信じられないという思いがある一方、主水がナイトレイドであるならば、ナイトレイドは信じるにたる組織だと考えたからである。
「じゃあ入りましょうか。汚い所ですがどうぞ」
「お邪魔します」
まるで自分の家のように招き入れるタカナに促されるまま、スピアはナイトレイドのアジトに足を踏み入れた。
ナイトレイドのアジトは、人の気配もなく、全くの無音の世界が広がっていた。
「ナジェンダーいませんかー」
タカナが声を上げるが、建物内で響くだけで、全く反応はない。
「まだ帰っていないようですね。中村さんや、イェーガーズのメンバーが帝都に帰っているので、もうナジェンダ達も帰っていると思ったのですが」
少し困った顔で悩んでいたタカナだが、すぐに開き直り、
「帰ってくるまでまたしてもらいましょうか」
とあっけらかんとして言うと、
「空き部屋もあるでしょうし、そういえば温泉もあるそうですから、自由に使って体を休めてくださいね」
まるで自分のアジトであるかのようにタカナは言うと、
「何処を自分の部屋にしましょうかね」
とウキウキしながらアジト内を我が物顔で物色し始めた。
(いいのかな勝手に使って…)
「ヒギャアアアァァアア!!」
戸惑っているスピアの耳にぼろ雑巾を引き裂くような声が。
「どうしたのですかタカナ様」
スピアが駆けつけると、腰を抜かしあたふたするタカナの姿が。
「く、く、く、黒い塊があったのでつついてみたら、Gだったんですよ!汚らわしい!ナジェンダには管理責任者として重大に説教しなくてはなりませんね!」
鳥肌をたて、腰を抜かしながら、怒り続けるタカナを見て、あの時とは別人だなとしみじみ思っていると、それを察したのか、タカナがその格好のまま口を開いた。
「革命軍の中でも機密事項に近いんですが、話すと約束しましたし、いいでしょう。私の力のことなんですが」
(いきなり!!)
唐突に話を始めるタカナに、驚くスピアを気にすることなく雄弁にタカナは話し出す。
「実際スピアさんが噂に聞いていた通り、平常時の私の力は、一般人にも劣ります。体格のいい子供にさえ、負ける程です」
タカナの語ることは、そのままスピアが帝都の宮殿や街中で耳にした話そのままであった。
「けれども、私の力はある限定下では、大幅に上がるのです。守る者がいる場合という限定条件で…因みに、自分の身を守る為には使えません。そのような力だからこそ、誰かを守るために、存分に発揮出来る革命軍に、仮初めの身分ですが、帝都警備隊に身をおいていたのですよ」
自嘲的な笑みを浮かべると、
「これは御内密にお願いしますね。革命軍においても知っている人は僅かにしかいない、機密事項なので」
と立ち上がり、ポンポンと誇りを払うと、窓際に指を這わせ、
「全くナジェンダは掃除もろくに出来ないんですか」
とブツブツと愚痴を溢しながらアジトの奥に消えていった。
番外編で正月のナイトレイドやイェーガーズを描きたい自分がいます…