「よくやってくれましたシュラ。おかげでチョウリの化けの皮を剥がし、処分することができました」
宮殿内の一室で、巨大なプリンを頬張りながら、大臣オネストは息子のシュラの功績を称える。
チョウリの奥の手となる、罪に対する証人の妻子を人質に取り、逆に証言を上手く操作し、チョウリを追い詰め、排除することが出来たことへの称賛である。
「へっ、まあ俺にかかればこんなもんだ」
満更でない表情で軽口を叩く。
嬉しさで口許が無意識に緩んでいることからも、シュラの心のうちが表れている。
「これからも忠信ぶった愚か者どもを炙りだし、連座制で処分していくので、よろしく頼みますよ」
大臣はプリンをペロリと食べおおすと、したなめずりをしながら、皿を置き部屋を後にした。
「やったぜ。オヤジに褒められたぜ!!」
オネスト大臣が出ていくと、嬉しさを爆発させ、シュラはうち震えていた。
◆◇◆◇◆◇
主水は宮殿を飛び出し、先日の記憶を思い返し、チョウリの邸宅に向かっていた。
およそ四半刻前に、ランによってチョウリが謹慎処分を受け、しかるのちに処刑されるだろうという一報をもたされたからだ。
主水は走るうちに、草履の鼻緒が切れようとも、足を止めず走りチョウリの邸宅前に辿り着いた。
しかし、予想通り、チョウリの邸宅の門前には、槍を構えた衛兵が立ち、門を固く閉ざしている。
ランからの情報によると、今チョウリの邸宅に詰めている衛兵は、大臣配下という話であった為に、イェーガーズの名を出したとしても無駄だと悟り、裏に回ることにした。
(門は閉ざされているが、門番はいねぇのか?)
裏門にも、やはり衛兵が配備されていた痕跡はあるのだが、どういう訳か、姿が見えない。
裏門に注意深く歩みよると、死角にある草場で眠る衛兵の姿が。
気にはなるが、これ幸いとし、気配を消し、主水は固く閉ざされた裏門を乗り越え、チョウリの邸宅に足を踏み入れた。
チョウリ邸宅は静寂に包まれていた。
ただ、僅かに人の気配は感じた為に、警戒しながら、一つ一つしらみ潰しに部屋を渡り歩く。
幾つか探り、ある部屋に足を踏み入れると、次の部屋から明かりが漏れている。
足音を忍ばせ、近づき、部屋の気配を探ると、人の気配が。
その気配は落ち着いた感じで、チョウリだと主水は判断し、扉越しに声をかける。
「中村主水です。チョウリ様お邪魔してよろしいでしょうか」
「おお、やはり来てくれたか主水君。気にせず入ってくれ」
主水が扉を開くと、達観したような表情で、吹っ切れたように爽やかな笑顔をしたチョウリが、白装束(死に装束)で正座していた。
部屋に入った主水は軽く会釈し、チョウリの対面に座る。
「チョウリ様。お話はお聞きしました…」
主水の言葉に、チョウリは僅かに間を置くと、静かに頭を下げた。
「本当に申し訳ない。一度主水君に助けてもらった命を、主水君の言うことを聞かず失うことになってしまい…」
少々言葉を詰まらせながら話すチョウリに、主水の心も痛む。
しかし、今は感慨に更けている余裕などない。
主水はチョウリに考え抜いた末に導き出した提案をする。
この提案をするが為にここに来たとも言える重要な提案。
「チョウリ様。あなた様はここで命を失ってはならないお方です。不本意ではあると思いますが、今は生き長らえるために、革命軍に身をお隠し下さい。チョウリ様ならば、革命軍は喜んで匿ってくれます」
主水が自らの提案をチョウリに伝えると、チョウリは面白そうに微笑んだ。
「どうかなさったのですか?」
突然笑うチョウリを不思議に思い、主水は思わず尋ねていた。
「いやすまない。君と全く同じことを、先程訪ねてきた以前の君の上司に言われてね」
チョウリの「以前の上司」という言葉に、主水の脳裏にタカナの姿が浮かぶ。
そんな最中、チョウリは軽く首を横に振った。
「申し訳ないが、私は逃げるつもりはない」
「何故ですか?」
主水もチョウリの白装束を見た時、覚悟を感じ取ってはいたが、やはり我慢できず、強い口調で問い掛ける。
「私が命を賭けることで、陛下が何かしら感じて下さるかもしれない」
「残念ですが、今の陛下ではチョウリ様の思いは伝わらないかと…」
主水は本年を語る。
今や大臣の傀儡となっている皇帝では何も感じないのではと。
「うむ……だが、私は陛下のもとで長年働いてきた。そのため僅かにでも可能性があると信じている。…故にこの命をその希望にかけたいと思うのだ」
(自らの命を賭けて陛下に讒言するつもりか…ここまで覚悟を決められたチョウリ様を止めることは出来ないか…)
チョウリの覚悟を聞き、主水はチョウリを説得することは無理であると理解した。
そして、真の忠信を目の当たりにした気がした。
「主水君、私の最後の頼みを聞いてくれるかね」
「私に出来ることなら」
真剣に主水を見つめるチョウリに、主水も目線を反らすことなく、受け止める。
チョウリの最後となる頼みも含めて。
「私には心残りがあってね。一つ目は、娘のスピアのことだ。だがこの問題はタカナ君が解決してくれる」
「タカナ様が?」
「ああ、先程君が来る前に現れたタカナ君に、スピアを託した。このままでは私と共に処刑される運命だったのでね。スピアには幸せになって欲しいからね」
親の顔をしたチョウリの瞼から、一筋の涙が零れ落ちる。
娘の行く末を見守れないことへの悲しみか、あるいは、今生の別れをしたからかはチョウリにしか分からない。
チョウリは涙を拭うと、再び表情を引き締める。
「すまないね。二つ目だが。この帝都と陛下を意のままに操るオネストと、この帝都を絶望に染めたシュラ率いるワイルドハントのことだ」
静かな口調ではあるが、そこに含まれた隠しきれない怒りを、主水は聞き取り、受けとめる。
「あの親子が生きている限り、帝都、そして帝都に住まう国民に平和と安寧が訪れることはない。故に主水君。君にこのようなことを頼むのは酷なことであるのは、承知の上でお願いしたい。あの逆賊共を討ってくれ」
チョウリは畳に手をつけ頭を下げた。
土下座という形で誠意を表したのだ。
今やチョウリが信頼し、頼ることが出来るのは、主水しかいなかったからだ。
僅かに間をおき、主水は静かに首を縦に振る。
「仕事人兼ナイトレイド中村主水、その依頼お引き受け致します」
ここに来て初めて主水は大臣を、そして悪逆非道のワイルドハントを討つことを決意した。
◇◆◇◆◇◆
帝都の脇道を走る二つの影。
一つはナヨナヨした、女性特有の走り方をする、れっきとした男性のタカナと、生気を感じさせない瞳をし、力なく腕を引かれるチョウリの娘スピアであった。
「スピアさん。悲しいのはよく分かります。しかし、今はお父上の思いを無駄にしないためにも、お力を落とさずに前を向いてください」
「………」
タカナの声は届いていないのか、スピアは力なく項垂れる。
瞳は真っ赤に充血し、止めどなく溢れる涙は、キラキラと光を放ち、零れ落ちていく。
(チョウリ様と今生の別れをしたのだからしょうがないかもしれませんね。心と体を落ち着け整理する場所に早くお連れしなくては…)
「娘のスピアだけは守ってやって欲しい」と涙ながらにタカナはチョウリに懇願された。
それを叶えるため、スピアを安全な場所に連れていく中で、追っての衛兵の目が届きにくい、帝都の脇道を通り、帝都からの脱出を試みていた。
もしも、チョウリに頼まれなかったとしても、タカナは自分から志願するつもりではあった。
何故なら、タカナは既に帝都警備隊隊長の座を追われ、賞金首になっており、帝都を逃げ出す算段をつけていたからだ。
(ここを真っ直ぐ進み、突き当たりを左折すれば帝都の外に通じる西門に辿り着くはず。門に辿り着けば、商人に姿を変えたり、あまりしたくはありませんが、賄賂を与えればなんとかなる…でしょう)
タカナは頭の中で、先々の事を組み立てながらも、スピアの手を引き、足を止めることなく、かつ警戒を緩めず走り続けた。
まだ日は高いが人がいないため、いやがおうでも足音が辺りに響く。
これだけはどうにもならず、我慢するしかなかった。
しかし、あと僅かな所まで来て、最悪なことが起こった。
「見つけたぞ元帝都警備隊隊長にして革命軍幹部タカナと、大罪人チョウリの娘スピア!!」
黒い甲冑に身を包んだ、衛兵が左折すると同時に眼前に現れ、道を塞いだ。
「あなたたちは帝都の騎士の中でも精鋭中の精鋭の近衛隊!何故皇帝を守る役目を負っているはずの貴殿方が私達をおっているのです?」
タカナの前にいるのが、普通の衛兵ではなく、戦闘力でもずば抜けた近衛隊であったことに疑問を呈する。
宮殿内での皇帝の護衛が任であるはずではないのかと。
「我々はオネスト大臣のお言いつけに従いお前たちを追っていたのだ」
(近衛隊までも自分の支配下においたのですか)
大臣の手際の良さに、タカナは辟易とする。
「革命軍幹部タカナ及び大罪人チョウリの娘スピア。抹殺対象を捕捉、直ちに執行にかかる」
近衛隊六人が各々の武器を構える。
精鋭だけあって、その気迫や威圧は底知れぬもので、空気をつたい、二人にピリピリと伝わってくる。
「お話で解決しませんか」
及び腰のタカナは必死に提案する。
しかし、その必死の願いも通じるはずもない。
「覚悟しろ。皆一斉に行くぞ!!」
先頭の近衛隊リーダーの檄と共に、近衛隊の六人が一斉にタカナとスピアに襲いかかった。
今年度最後?の更新になるかなと思います。