普段であれば、草木も眠る丑三つ時、しかし、今回はそれに当てはまることはない。
ボリックの屋敷を中心にして、周囲で激闘が繰り広げられ、その戦いの大きさを物語るように爆音や、破壊音、が絶え間無く轟き、そして眩い閃光が夜空を照らすことが度々起こっていた。
それはボリックの屋敷内部でも近づき、戦いの火蓋が切られるのも時間の問題になっていた。
ボリックの玄関先に配置されていた警備兵は全てレオーネとスサノオによって倒され床に伏せている。
「この先からとんでもない殺気がビンビン感じるよ」
戦闘狂のレオーネすら身震いするほどの殺気が分厚い扉から溢れてくる。それはそのまま、この世においても、また生物界においても、強さの頂点に君臨するエスデスがいるということを、如実に証明していた。
「行くぞレオーネ、スサノオ!」
自らに気合いをいれるかの如く、声を張り上げると、ナジェンダは扉に手をかけた。
「ヒィィィッ!!ナイトレイドが、ナイトレイドが、お守りくださいエスデス将軍」
命の危機に恐れおののいたボリックは腰を抜かしながら、膝まずき、エスデスにすがりついていた。
「私はナイトレイドを相手する。中村、クロメ、コイツを少し離れた所で守ってやれ」
エスデスはヒールでボリックの顔面を踏みつけ、まるでゴミでも見るような、冷たく、蔑んだ瞳でボリックを一瞥すると、主水とクロメに指示した。
「了解」
「行きましょうねボリック様。少し下がりましょうかクロメさん」
主水はボリックの襟首を掴み引き摺りながら壇上から下り、気丈に笑顔を見せるクロメに声をかける。
「うん」
クロメも歩きだしボリックの傍らに着いた、それと同時に大きな扉が重厚な音をたて、開かれ、ナジェンダ、レオーネ、スサノオが飛び込んできた。
「久しぶりだなナジェンダ」
「エスデス…」
顔馴染みだからこその挨拶。
エスデスはどこか嬉しそうではあるが、一方のナジェンダの表情は曇っていた。
以前の戦いで、片目と片腕を失った苦い思い出が蘇っているのだろう。
そのような最中、
(あのナイトレイドの女。なんと艶かしい…)
先程まで腰を抜かし、震えていたボリックは、レオーネの巨乳を見つめてにやけていた。
「折角ここまで来てくれたんだ、私の帝具を振る舞ってやろう。その後の語り合いは拷問室でな」
「遠慮しようお前とはあまり口を利きたくない」
鋭いエスデスの視線を、軽く流すナジェンダ。
「つれないやつだな。奥の手も用意してやったというのに」
「……?帝具のデモンズエキスには奥の手はないと聞いたが?」
ナジェンダは以前聞いていた情報と違うことを疑問に思い、口にし、主水は表情を僅かにしかめた。
「そうだから自力で編み出したんだ。凄いだろ」
自信するかのように話すエスデスに、ナジェンダの表情が苦しくなる。
あまりにも型外れで、常識外のエスデスに言葉を発することも出来ない。。
「自慢したかったんだな」
「奥の手って編み出せるもんじゃないよなふつう」
スサノオとレオーネもあまりの事態に混惑ぎみに感想を述べた。
二人も、エスデスを常識で測ることが出来ないと思い知らされた。
「とは言え、莫大なエネルギーを消耗するのでな。ここ一番しか使わん。私に使わせるぐらいの戦闘になるのを期待しているぞ」
エスデスの瞳が獲物をかる肉食獣のものとなる。
(…アカメ達はまだ来ないのか…それにあれでは主水も動けんだろうな…ならば先に私達で仕掛けエスデスの注意をひく、あわよくば…)
「中村、クロメ、護衛に集中していろよ。他のヤツがどこから来るか分からんからな」
「了解」
クロメは辺りに警戒を向ける。
姉のアカメが来ることを想定しているのだろう。
(第一の目標はコイツの始末。だが、ナジェンダ達三人が殺されそうになった時、俺は…)
ナジェンダと主水が思考を巡らせている中、戦いの火蓋が切って落とされた。
「私を楽しませてくれ!行くぞナイトレイド!」
レイピアを天に掲げると、直径数十メートルにも及ぶ巨大な氷塊が瞬時に精製され、三人を押し潰しにかかる。
そのあまりの巨大さに、ナジェンダとレオーネは驚愕の表情に染まるが、スサノオは冷静に、
「俺の後ろに」
と二人を下がらせると、氷塊に数十の突きを繰り出し、氷塊を破壊する。
辺りに砕けた氷塊の欠片が降り、幻想的な光景を演出する。
「ほう。これならどうだ?」
幻想的な光景の真っ只中に佇むエスデスは、楽しそうにその光景を見届け、次はどうしのぐ?と第二手に移る。
幾多の氷柱を弾丸のようなスピードで放つ。
着地したスサノオは得物を掲げると、得物の側面から刃が現れ、螺旋を描き、飛び交う氷柱を破壊していく。
しかし、エスデスの放つ無限とも思われる氷柱は、防ぎきるには難く、防御をすり抜け、スサノオを貫通する。
「おおっやりましたな!」
喜びガッツポーズを取るボリックだが、直ぐにその様相も消える。
スサノオの傷が瞬時に再生したからだ。
「お前が報告にあった生物型の帝具か」
再生の様子を見て、エスデスは口の端を三日月の如く吊り上げ、
「これは俄然面白くなって来たぞ、こちらからも仕掛けていくぞ!」
辺りに冷気を撒き散らしながら宣言すると、ここに来て初めてレイピアを掲げ、戦闘体勢を取る。
三人も、釣られるようにエスデスに向かって突っ込む。
一番手はスサノオ。
そのスピードには目を見張るものがあり、熟練の兵士であっても、視界に捕らえ難いほどの速度。
しかし、優雅に視界に捕らえたまま笑みを浮かべるエスデスは床に手を着ける。
刹那、床を突き出た氷柱がスサノオの腹部を貫き、突き上げた。
それと同時にレオーネが死角にあたる背後から回し蹴りを放つ。
スサノオは囮。生物型帝具の強み核を破壊されない限りダメージになることはないという特性を使っての『肉を切らせて骨を断つ』を実際に行ったのだ。
それほどしなくてはエスデスには届かないと考えた上での作戦。
しかし、確実に捕らえたと思われた、レオーネの蹴りは空を切る。
困惑に満ちた表情を浮かべたレオーネをレイピアが貫く。
蹴りを避け、更には背後を取り、レイピアによる一突き。
(なんて反応速度だ。獣のそれより早い!!)
レオーネを救うべくナジェンダが拳を発射するが、それも残像を残しながら優雅にかわす。
僅かな攻防ですら格の違いを見せつけられる。
三人で戦っているのに、触れることさえ出来ない。また、三人は肩で息をするのに対し、エスデスは平常通り。
三人に叩き付けられる、残酷な現実に、言葉を失う。
(ここしかねぇか…)
主水は徐に懐から、ワインボトルを取り出すと、
「祝勝祝いに一献」
コルク詮を抜き、ボリックに差し出そうとしたが、主水は足を滑らせ、ワインボトルを割り、辺りに撒き散らした。
「鈍いやつめ」
「これは申し訳ありません」
主水は憤るボリックに頭を下げる。
(一尺と三寸って所か…)
「クロメさんあとは任せました。汚名返上をしてきます」
頭を上げた主水は、クロメに声をかけ、そのまま地を蹴り走り出した。
「面白い。確保しておくとするか」
ナイトレイドの三人の強さを認め、興味がわいたエスデスは、妖艶な笑みを浮かべ、三人を捕らえることを決意する。
体勢を低くし、三人に向かおうとしたその横を、主水が走り抜けた。
呆気にとられながらもエスデスは主水の意図を理解し、呆れの混じるため息を吐き、動きを止めた。
(規律違反ではあるが、挽回したいという中村の気持ちも分からんではない。事がうまくいけばそれをもって良しとするか。だが、もしもダメだったら…)
美しくも、見るものを凍てつかせる程の笑顔を浮かべ、主水の背中を見送った。
主水は帯からアレスターを抜き放つと、スサノオに躊躇なく降り下ろした。
ぶつかり合う金属音が辺りに響く。
スサノオが咄嗟に自分の得物で主水のアレスターを受け止めたのだ。
だが、それで主水の攻撃が止まることはない。
まるでアレスターを体の一部のように操り、スサノオを攻め立てる。
その攻防は互角であるのだが、その戦いとは別の事でナジェンダとレオーネは大きな衝撃を受けていた。
確かに今は、イェーガーズとナイトレイドという立場には置かれているが、戦う必要のない主水が態々出向き、スサノオに襲いかかったからだ。
裏切りかと不審の目を向けられても、しょうがない主水の行動。
「主―――」
「黙れレオーネ。ヤツには何か意図があるのかもしれん。今は状況を見守るしかない」
声をあげそうになるレオーネをナジェンダは制した。
ここで主水にレオーネが文句を言えば、主水がナイトレイドと身分が明かされるのみでなく、今回の行動に何かしらの意図があれば、それを阻害することになるからだ。
ナジェンダに促され渋々レオーネもその指示に従うことにした。
既に主水とスサノオは何十合と撃ち合いを行い、ある意味戦いは膠着状態となっていた。
そんな最中、主水は焦れたようにアレスターを大きく降りかぶり、同時にスサノオに目配せをした。
スサノオは主水の意図を瞬時に把握し、得物を一閃した。
スサノオの得物の一閃は、ノーモーションから放たれ、主水は攻撃を止め、アレスターを逆手に持ち変え、柄を右手で持ち、左手でアレスターの本体を支え、スサノオの得物の一閃を受け止めた。
しかし、その威力は凄まじく、その勢いのまま、主水は吹き飛ばされ、屋敷の天井を貫き、夜空を彩る星となった。