主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第54話

 とある一室で、人目を避けて主水とメイドに化けたチェルシーが、密会していた。

「ごめんね主水。シズクが弄ばれている所を見ていながら何も出来なかった…」

チェルシーは悔しさを表情に滲ませて、頭を下げた。

チェルシーとしても、シズクは助けたかった。

しかし、その場に羅刹四鬼がいたこと、そして帝具〈ガイアファンデーション〉を使用したとしても止めることは出来ないと判断したため、チェルシーは形的に傍観者になってしまったことを後悔していた。

「構わねぇよ。裏家業に身をおくものとしてはそれが正解だ…だが、変わったなチェルシー」

言葉とは裏腹に主水の声は暗かったが、言葉の最後には僅かに笑みが浮かんでいた。

「どこが?」

「ナイトレイドに来たばかりのチェルシーだったら、謝ることはなかっただろうからな。よく言えば皆に影響を受けた。悪く言えば毒されたな」

「それはあるかも」

ナイトレイドの仲間の顔が頭に浮かび、密かに笑みを浮かべる。

重苦しかった雰囲気も僅かに和らいだ所で、チェルシーは本題に入る。

「主水はボリックを殺るの?」

チェルシーの問い掛けに、主水の表情は厳しくなる。

「ああ、ソウタの頼みだからな。ただ、ここ最近何度か狙ったんだが、エスデスが近くに控えててな、手出しが出来ねぇ。本気で奥の手を使っても勝てる確率は五分五分って所だ。それに今裏切ってもいいことはねぇ。組織が無くなるまでイェーガーズを辞めるつもりもねぇしな」

「確かにエスデスはヤバイわね。見ただけでも分かるけど、強さを体験したボスは、エスデスを倒すには5万の精兵と10人以上の帝具遣いが必要だって言ってたしね」

苦虫を噛み潰したように話す主水に、チェルシーも同意する。

やはり護衛のエスデスがネックとなる。

これは主水にとってもナイトレイドにとっても一番の悩みの種であった。

「じゃあどうするの?」

「話によると今夜辺り皆が襲撃をかける手筈になっているから、そのどさくさに紛れて気づかれねぇようにヤツを始末する」

静かに語る主水だが、そのあまりの迫力にチェルシーはたじろいぐ。

今までの仕事とは、主水にとって一線を画するものであるということが、その気迫からまざまざと伝わる。

(初めて主水の本気が見れるかも…)

「どうする皆と連絡取る?」

「いやいい。この依頼は俺が受けたもんだ。皆にはわりぃが陽動になってもらう」

主水はそうチェルシーに伝えると、そのまま足早にその部屋を立ち去った。

(次は天閉か…)

主水は安寧道本部を出ると、街の片隅の路地裏に来ていた。

「突然の呼び出し勘弁してくれよ。ただでさえ帝都も面倒なことになってるのによ」

ブツブツと文句を垂れながら物影から姿を現す天閉。

「悪ぃな。事が動きそうなんでおめぇに手を貸してほしくてな」

「はぁ、いいぜ言ってみな」

ため息を吐きながらも耳を傾ける天閉に、軽く頷き主水は手順を話す。

「手順は分かった。どっちに転ぼうが俺の仕事はあるんだな。旦那高くつくぜ」

「帝都についたらまとめて払ってやるよ」

主水は後ろ手に軽く手を振り帰っていった。

(旦那表情固かったな。まあ旦那なら大丈夫だとは思うが)

天閉は主水の普段との違いに違和感を覚えたが自分は自分で任された重要な仕事が出来たので、入念に準備を行うため、街の雑踏に消えていった。

―――――

 安寧道の本部に主水が帰ってきた時には、厳重な警備が敷かれていた。

暗部の仕事を行う関係者や、鎌のような帝具?を持ったいかにも咬ませのような男まで。

(たいしたヤツはいねぇな)

横目に警備の隊列や、兵士の質をしていると、

「主水さーん。どこ行ってたんですか?イェーガーズの召集がかかってたんですよ」

ウェイブが息をきらせて走ってくる。

エスデスに遣わされたのか、大変な焦りようである。

「そうか。悪かった」

「えっあっ…いや」

今までに見たことがないほど、おとなしいというか、紳士的な主水に度肝を抜かれるウェイブ。

しかし、ウェイブも変態達に囲まれ成長してきた為、即座に順応する。

「隊長が呼んでいるので直ぐに行ってください。拷問されても知りませんよ」

「ああ、分かった」

(主水さん大丈夫かな)

去っていく後ろ姿を見て、なんとなく不安を感じるウェイブであった。

―――――

「中村主水です。入ります」

主水は扉越しに声をかけ、室内に入る。

「やっと来たか。はぁ、まあいい、いつものことだな」

既にエスデスでさえも主水の昼行灯ぶりに慣れ始めていた。

「隊長、警備が厳重になっていたんですが」

 

「ああ、ナジェンダの思考を読むと、今日の夜に強襲をかけてくるのはほぼ確実だ。故に警備を厳重にした。そして中村お前は、私とクロメと共にボリックの警護だ」

「!」

エスデスの言葉に唖然とする。

ただでさえ警備が厳しくなっているという厳しい状況にある中、更には一番厄介なエスデスの目が届く範囲に居なくてはならない。

そのような最中にボリックを始末する。果たして出来るのだろうか、どのような厳しい中でも仕事をしてきた主水でも厳しいものがあった。

故にその想定外の事態に、主水は愕然としていた。

「お前は私の三獣士からチョウリを守ったぐらいだ。期待しているぞ」

エスデスは主水に歩みより、隣を過ぎる際、主水の肩に手を置き、

「クロメのことも頼む」

主水に囁くように告げた。

エスデスはそのまま、振り返ることもなく、部屋を出ていった。

(最悪エスデスと剣を交えることになるかもな…)

主水の先行きは、暗雲に包まれ、五里霧中となっていた。

◇◆◇◆◇◆

 夕暮れを告げる鐘が辺りに響く。

(時間か…)

手入れをしていた刀を鞘に戻し、腰の帯に挿すと部屋を後にした。

 黄昏た空を見ながらボリックの部屋に向かう。

今まで時間はあったが、良い案は浮かばなかった。

以前捕らえられた罪人を護送中に、刀の柄を外し仕込みと化した刀で殺したこともあったが、今回は、手練れのエスデスやクロメがいるのでまず無理だという結論に至った。

思案にくれる主水だが、そのような時こそ、時が過ぎるのが早く感じるもので、ボリックの屋敷にたどり着いていた。

 ボリックの屋敷を入って直ぐに、武装した教団員が配置され、わき目にその様子を見ながら、先を進み、ボリックの私室に入る。

「遅いぞ中村!」

「申し訳ありません」

主水が軽く頭を下げると、袖から金貨が落ちる。

ソウタからの依頼料の金貨である。

(なぜ落ちたんだ)

しっかりと袖に入れておいた筈なのにと、落ちたことを疑問に思いながらも、しゃがみ拾う。

(これは!)

拾う為に屈み視線を床に下ろした時に、ある発見が、主水に閃きを与えた。あれが使えると。

一度は諦めた案の問題点が解消されたのだ。

(ソウタが教えてくれたのかもな)

主水は軽く笑みを浮かべると、

「隊長申し訳ありません。腹の具合が悪いので少し厠に行ってきます」

主水は部屋を出て、約10分後に戻ってきた。

「もういいの?」

「大丈夫です」

クロメに笑顔で答える主水準備を整えて戻ってきた。

その後何も問題は起こらず、既に時間は深夜一時になっていた。

月は雲に隠れ、屋敷に射し込む光もなくなった時だった。

「ナイトレイドが現れました!」

外がざわめき始め、室内に飛び込んできた兵士に告げられる。

「来たかナジェンダ」

エスデスが満足げに、黒い笑みを浮かべる。

「状況は」

「はい――――」

◇◆◇◆◇◆

 地中から陽動班のタツミ、ナジェンダ、スサノオ、レオーネが突入し、インクルシオの奥の手の透明化を生かし、気づかれることなく警備の兵士を倒していく。

しかし、その策も最後まで上手くはいかなかった。

中庭に至る前門に、姿を消したままタツミが足を踏み入れた、その瞬間、

「コロ」

「ガウッ!」

「ぐっ!!」

コロの豪腕がタツミに打ち込まれた。

タツミは瞬時に腕を交差しガードをしたが、地面をずりながら、数メートル後退した。

「待ってたよナイトレイド」

「なぜ分かった」

攻撃により透明化が解けたタツミが、立ち塞がるセリューに問う。

タツミはかなりの戸惑いを覚えていた。インクルシオの奥の手の透明化が初めて破られたからだ。

「簡単よ。気配を感じたからね。お前は消していたと思っていると思うけど、消しきれていなかったよ。コロはね、犬並の嗅覚持ってるから分かったのよ」

セリューは主水との訓練により、かなり繊細に気配を読む技術を修得していた。

「皆行ってくれ。ここは俺がなんとかする!」

「分かった」

「死ぬなよタツミ」

セリューとコロに、槍を持ち走り出したタツミが皆に告げる。

ナジェンダとレオーネ、スサノオは頷き、タツミをその場に残し屋敷に突入した。

◆◇◆◇◆◇

 漆黒の空を水中を泳ぐように特級危険種のエアマンタが旋回していた。

陽動班が引っ掻き回した隙に、ボリックを討つ実行班のアカメ、ラバック、マインの三人である。

「このまま大聖堂に突っ込む!マインちゃんは侵入用にパンプキンで穴開けてくれ」

「任せておきなさい。私は射撃の天才なのよ」

ラバックに、マインはその小さな胸を自信満々に叩き返事をする。

大聖堂の上空まであと僅かな所で、エアマンタの脇を高速で過ぎ去る影が。

「隊長の読み通りですね。別動隊が空からの奇襲。しかし、私には通用しませんよ。空中は私の領域なんですから」

丁寧な言葉使いながら、威圧感を持った声で過ぎ去り際にランはいい放った。

「愚策と言わざるを得ませんね」

死角に回り込んだランが、帝具マスティマの無数の羽を撃ち込んだ。

羽はエアマンタを撃ち抜き、エアマンタはそのまま墜落していく。

「ヤベエ、今のでエアマンタ即死しちまった。墜落するぞ!皆しっかり掴まれ」

三人は必死にエアマンタに掴まるが、その隙をランが見逃すはずがない。

しっかりと追撃を背後から放つ。

「ラバック少し私を押さえてて!このピンチを好機に変える!」

マインはパンプキンをランに向かい射撃した。

帝具パンプキンは遣い手がピンチであればあるほど威力が上がる。

故に、パンプキンの射撃はランの放つ羽を全て消し去り、更にランの脇腹を掠めた。

「厄介な帝具ですね…」

掠めただけでもかなりの威力であり、ランは落下した。

「皆俺に掴まれ、クローステイルで即席マットを作る!」

クローステイルの糸を束ね、構成しマットを作ったことと、エアマンタの死骸が威力を吸収し、地面に三人は無事足を下ろすことができた。

「エアマンタありがとう。少し手前に落ちてしまった。急ごう」

「行かせねえよ」

グランキャリオの鍵を肩にかけたウェイブが三人の前に立ち塞がった。

表情は冷静に見えながらも、声には怒りが交じり、瞳は力強い光を称えている。

「クロメだけでなく、ランにまで傷つけやがって!これ以上仲間を傷つけさせねえ!お前らの相手は俺だ!」

ウェイブは鍵を鞘から抜き、地面に突き立てた。

「グランシャリオオオオ!!」

ウェイブは黒き鎧に身を包むと、三人を迎え撃った。

 




期末のテスト週間に入ってしまったので少し更新がゆったりめになると思います。

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