主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第50話

 暗雲立ち込める安寧道本部のキョロクに、ナイトレイドとイェーガーズが、入り方に違いはあるが、既に到着していた。

 共に大きな傷を抱えて。

ナイトレイドでは、シェーレが帰らず、仲間の不安は極限に達してはいたが、任務優先から、キョロク行きを決断した。

イェーガーズでは、スタイリッシュにより弱ったクロメがロマリーに運び込まれたこと、ボルスの死体がロマリーの街の周辺で発見されたこと、この二点が少なからず、仲間に同様を与えていた。

しかし、こちらに至っては、帝都のオネスト大臣から、キョロクの安寧道の教主補佐ボリックを護衛するように、命が飛んだためキョロクに速やかに向かうことになった。

「相変わらず動きにくい服だな」

「意外と似合ってますよ主水さん」

用意されたスーツを着用しながら、不満を口にする主水に、ランが笑顔で肯定する。

あの一件以来、ランに気に入られたようである。

ランもその容姿から色々な女性関係があったのだろう。

だが、その一件以来、セリューは主水と目すら合わせようとはしなかった。

「せっかくの歓迎会だ。開き直って楽しめ。何か面白いものがあるかもしれんぞ」

着飾ったエスデスと共に、イェーガーズの六人がボリックの私室に立ち入る。

室内は、宗教団体とは思えない光景が広がっていた。

質素であるべき食事は、豪華絢爛で、殺生の証となる肉や魚も食卓に上がり、禁欲のきの字もないほどに、美しい女性で満たされていた。

その先の玉座に座る、護衛対象のボリックには、美しい女性が群がり、不快感極まる姿を晒していた。

その様を見て、仲間たちも僅に表情を曇らせていた。

(外道を絵に書いたようなやつだな…)

主水も同様に眉をひそめていた。

「これはこれはエスデス将軍。わざわざ貴女が来てくださるとは、大変心強いですよ」

膝を組み、ふんぞり返りながら話すボリック。

誰もが嫌悪するような態度ながら、エスデスは平然と対応している。

「大臣から指令を受けたんでな。部屋をいくつか借りるぞ」

「ご自由に。私の屋敷は退屈しませんよ」

女性に視線を這わせながら、ボリックは下卑た笑みを浮かべる。

イェーガーズの面々では、ウェイブは呆れた表情を、ランは苦笑いを、セリューは汚い物を見るような目で見ていた。

スタイリッシュやクロメは無関心のようだが。

「興味はないな。が、私達がこの部屋に入ってからずっと覗いているやつには、会ってみたいがな」

エスデスは鋭い視線を天井に向ける。

そこにいるのは分かっているとでも言うように。「流石ですエスデス将軍」

ボリックが指を鳴らすと、四つの影が音もなく舞台に舞い降りる。

「こやつらこそ、私が教団を牛耳る為に大臣から預かった暴力の化身、皇拳寺羅刹四鬼です」

胴着を纏う強靭な肉体を持つ男、ボクサーのような姿をした男、袴姿の顔に傷を持つ女性、胴着を着崩し褐色の肌をした女性。

皆様相はバラバラだが、纏うヒリヒリと肌を刺激するようなオーラは皆同じであった。

「将軍がお越しくださったため、今まで護衛に専念させていたこの鬼達を迎撃に使うことが出来ます」

「ま、待ってください」

ボリックの発言を聞き、セリューが待ったをかけた。

二度ナイトレイドと拳を交えたからこそ、その実力を認め、安易に攻撃を仕掛けるべきではないと、ボリックに待ったをかけたのだ。

「ナイトレイドと戦うのに帝具なしでは…」

セリューが前に一歩進み出た所で、壇上の一つの影が消えた。

「………」

突如セリューの後ろに現れた男は一瞬身を硬直させた。

「どういうつもりですか」

瞬時に身を翻し、男に鋭い視線を向けたセリューは、顎に接するか接しないかという所に拳を突き付け、コロは今にも食い殺さんばかりに牙を向いて口を開いていた

「流石イェーガーズ。ゾクゾクするぜ、惚れちまいそうだ」

陶酔した表情で主水を見る男。

(フッ、気づいていやがったか)

男がセリューの背後を取ろうかと迫った折りに、主水は男に対して殺気を放っていた。

一般人なら失神する程の殺気。主水としては抑えてはいたが。

そのため、セリューの背後を取った男は、僅に動きを止めたのだった。

「………」

主水はさらりとその視線を流し、無関係を装ってはいたが。

そんなこんなで、お開きになり、解散となった。

「主水君…」

幾つかの食べ物を取り、部屋を後にしようとした主水に声がかけられた。

「セリューさん……なんでしょうか?」

声をかけてきたのは、あの一件以来目を合わそうともしなかったセリューであった。

僅に主水もどぎまぎしながら返事をする。

「さっきはありがとう。私が狙われた時に、相手の動きを止めてくれて、あれがなかったら、相討ち気味だったと思う」

「出過ぎた真似をしたかなと思いましたが」

「そんなことはないよ。ありがとう主水君。それと今までごめんね」

嬉しそうに、顔を赤らめながら笑顔をセリューは浮かべていた。

――――――

 翌日、からりと晴れた日本晴れの中、セリューは昨夜と違い、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「どうしたんだセリュー?」

「あ…隊長」

部下に気をかけるエスデスは直ぐにセリューの異変に気付き、声をかける。

「あのボリック、わざわざ隊長がいらっしゃってまで、守るに値するやつとは思えなくて…」

セリューは正直に心情を吐露した。

エスデスに心を開いているからこそ、仕事を批判するようなことも、正直に話したのだ。

「あいつはナイトレイドのエサと考えとけばいい」

エスデスはクスリと笑うと、セリューを批判するではなく、肯定した上で助言した。心得を。

「そうですね……」

エスデスの答えに頷きながらも、どこかぎこちない笑顔を浮かべる。

やはり納得しきれないようだ。

「お前は気を張りつめ過ぎているぞ。中村を見習え」

エスデスが指を指す先には、警護の任を堂々とサボり、子供と戯れる主水の姿が。

「お前ら、教団内の敷地全てでかくれんぼするぞー」

「はーい!」

「……いや、中村ははめを外し過ぎだな…あとでノーマル拷問コースBだな。だが…」

エスデスは呆れたような眼差しで主水を見た後、少し思案すると、

「おい子供達、そのオッサンの彼女も仲間に加わりたいみたいだぞ」

「ちょ、ちょっと隊長!!私と主水君は…」

顔を真っ赤にしてモジモジしているセリューに、

「休憩時間だ。突発的な余興も良いものだぞ」

エスデスはそう告げ、ポンと背中を押した。

◇◆◇◆◇◆

「おじさん見―つけた」

「見つかったか」

日が傾き始めた頃合いに、主水とセリュー、子供達はかくれんぼに興じていた。

「おじさんいつもボリック様の家の周りに隠れてるんだもん。見つけるの簡単だよ」

「広すぎてまだ把握しきれてなくてな。じゃあ帰るか」

「うん」

主水は優しい眼差しを向け、帰るのを促した後、鋭い視線でボリックの屋敷を一瞥し、微かに口許を上げた。

「そろそろ終わりにするぞ」

主水が子供達を呼び集める。

日は暮れ始め、辺りは鮮やかなオレンジ色に包まっている。

「暗くなる前に帰らねぇと家族が心配するからな」

「はーい。また明日も遊んでねおじさん、お姉さん絶対だよ。さようなら」

「気をつけて帰るんだよ」

子供達は名残惜しそうに帰っていく。後ろ姿を見守るセリューも僅に寂しそうに感じる。

 初めはエスデスに促されてしぶしぶ遊んでいるという感じであったが、次第に心から楽しんでいるように見えた。

「楽しかったね。純粋な子供達と遊ぶのが、こんなに楽しいとは思わなかったよ」

「そうですね。子供はかわいいもんですね」

小さくなっていく子供達の背中を見ながらしみじみ話していた主水とセリューだが、ここで主水とセリューは、一人だけその場から動かない少年がいることに気づく。

「どうしたの?」

いち早く気づいたセリューが腰を屈めて、少年に目線を合わせて尋ねる。

「お姉ちゃんが迎えに来てくれるのを待ってるんだ」

屈託のない笑顔で答える少年。

おそらく安寧道の本部に勤めているのだろう。

「セリューさん、見回りの時間ですよ」

不意にかけられる声。

爽やかな笑顔でランがセリューを迎えに来ていた。

「どうしよう主水君…」

「後は私に任せて下さい。自由時間ですから」

セリューにランと見回りに行くように促す。

どの口が言うと、エスデスがいたら言うだろう。

「あっ主水さん。隊長から言伝てがあります。夜に部屋に来るようにということです」

「あ~~…夜伽を求められてるのか」

困った笑いを滲ませ、ボソッと主水が呟いた瞬間、辺りが白むほどの冷気がセリューから溢れだした。

「失言ですよ主水さん…」

「隊長をそんな目で見ているの?」

闇に沈んだ瞳を向けられ、本能的に恐れおののいた主水は

「軽い冗談です」

即座に頭を下げ事なきを得た。

見回りに行く二人を見送る主水の頭の中では、エスデスのノーマルレベルの拷問が頭を巡っていた。

 辺りに夜を告げる鐘の音が響く。

季節が季節のため、まだ日は暮れきってはいないが、夜の闇が迫ってきているのは確かだった。

「家を教えてくれりゃあ送っていってやるぞ」

「お姉ちゃんを待っていたいです」

真剣な小さな眼差しが主水に向けられる。

主水は軽く頷く。

「そうか。姉ちゃんが好きなんだな」

「はい」

そうかと言った表情で少年を見ると、思い立ったように置いておいた包みから、団子を取り出す。

「腹減ったろ。食うか」

「えっいいんですか」

仕事をサボり、どこか景色がいい所で食べようとしていた団子だった。

少年は遠慮しているのか、受け取ろうとしない。

だが、瞳は団子に釘付けとなり、さらには腹が大きく鳴った。

「体は正直だな。さあ食え」

「ありがとうございます」

主水と少年は団子を食いながら、暫く話をしていると、

「ごめんね待たせちゃって」

後ろから愛らしい声が聞こえてくる。

「あっお姉ちゃん」

少年はぱっと表情が晴れ渡ると走っていく。

少年が駆け寄る姉は、年の頃は14、5才か。白く張りがある肌とは対照的な、柔らかそうな流れるような黒髪。サラサラと風にそよぐ黒髪は長く、腰の辺りにまで達している。

容姿は年齢よりも幼さを感じさせるもので、綺麗というより、可愛らしく、小動物のような愛らしさをも秘めている。

ただ少年を優しく見守るその姿は、姉というより母性を感じさせる。

「弟を面倒見てくれてありがとうございました」

弟共々、丁寧に頭を下げる姉。礼儀がしっかりしていることが伺える。

「いや、気にしなくていいぞ。暗くなってきたからな、気をつけて帰るんだぞ」

主水は少年の頭を軽く撫でると、片手を上げて去っていった。

 重い足取りで帰る主水を待ち受けるのは、見回りの仕事をサボったことに対する、エスデスからの罰の、ノーマルレベルの拷問であった。


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