主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第46話

 新月のため、全てが闇によって黒一色に染まった世界で、一寸先も見えない空間が広がっていた。

「今日も暮らしに困ったすえの盗人だけか…まあセリューも捕縛しただけで殺しゃあしなかったのは本当に大きな進歩だな」

イェーガーズの仕事を終え、帰途についていた時だった。

「た…助け……」

主水の進行方向の曲がり角から、男が倒れこむように出てきた。

「どうしたんだ?」

主水が男に駆け寄ろうとした時だった。

男の口腔内が僅かに発光した後、火花を散らして男は肉片となり弾け飛んだ。

普段ならば夜の大空を照らすように咲く大輪の花が、地に咲いた。男の体内を苗床として。

「おいおい一体どういうことだ。男が爆発しやがった…」

あまりの出来事にしばし我を忘れて茫然としていると、

「仕事を見られちまったか…殺すしかねえな…」

黒い影がボソボソと呟き、懐から冷たい光を称えるドスを抜くと、ドスを構え体勢を低くして、主水に突き進む。

「チッ…」

瞬時に帯からアレスターを抜き、鍔迫り合いに持ち込んだ。

「くっ…」

「まさか…おめぇは!!」

主水も男も間近に接近したために、互いに相手を確認し、困惑の表情を浮かべる。

そこにいたのは、主水も男も共に知っていた顔であったからだ。

「花火師…!」

「イェーガーズ!」

主水はアレスターを、男はドスを振りきると、二人の間に間合いができる。

「ただもんじゃねえと思っていたが、俺と同じ稼業だったとはな。おめぇに話があるドスを引け」

「俺はイェーガーズなんかと話はねえ!」

男は全く主水の言葉に耳を傾けることはなかった。

仕事人の掟を護るためか、はたまたイェーガーズなどの国会の犬が嫌いなだけなのかは分からないが。

「俺は確かにイェーガーズに入ってはいるが、真に属しているのはナイトレイドだ。お前の稼業と同じようなな。だからこそ話がある」

「聞く耳もたん」

男はステップを踏むと、スッと闇に溶け込むように姿が消えた。

「やるしかねえか…まずは動きを止める」

「やれるもんならやってみな!」

「!」

突如後ろに現れた男がドスを振るう。

横凪ぎに振るわれたドスを間一髪身を屈めてかわすと、振り向き様にアレスターを振るう。

「おっと」

男も見事に黄金の閃光を放つアレスターをかわすと、バックステップを踏み、間合いを開けると同時に、何かを投擲した。

投擲された球体の物質は、目映い閃光を放ち爆発を起こした。

「くっ…!」

闇を照らす余りにも苛烈な閃光に、闇に慣れていた主水は耐えきれずに目を閉じた。

「終わりだ」

男は砂煙が舞うほど力強く地を蹴り、風を切りながら、突き進む。

男のドスが主水の心臓に突き立てられるまであと僅かな所で、黄金の輝きが走る。直後、男は糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちた。戸惑いの表情を浮かべ。

当然である。優勢であったのが、一瞬でまた訳もわからず、劣勢に陥ったのだから。

「残念だったな。俺の視界を塞いだことで油断ができたな。消していたはずの気配が今は感じられるぜ」

「マジかよ…」

男は地に倒れ込んだまま動きを止めた。

いや、動きを封印されたことにより動けなくなったと言うのが正しい。

「早く殺せよ…」

男の観念したかのようないい口に、主水は大きなため息を吐きながら頭を掻いた。

「だから言っただろ、俺はおめぇと話がしたかっただけだと。待ってろ」

主水がアレスターをそっと撫でると、男の体の自由を奪っていた封印が解かれ、男が驚きの交じった表情で、訝しげに主水を見つめる。

「動けるようにしたのか…」

「ああ、これで俺が敵じゃねえと分かったろ。話を聞いてくれるか」

「いいだろう」

主水は男に求められるままに、仲間になって欲しいという旨を伝えた。

「話は分かったが、まだ信用することはできない」

男の言葉に主水はうっすらと不適な笑みを浮かべた。まだ信用できないと言われたのにだ。

何故なら、信用できないと言ったのを主水は肯定的に捉えていたからだ。

生きるも死ぬも紙一重で生きている仕事人にとって、警戒をしても、し過ぎるということはない。

むしろ警戒心が高い方がいい。

「じゃあどうすりゃあ信用する」

主水の問い掛けに次は男が口角を緩める。

「お前にしてもらいたい信用を得るのにうってつけの仕事がある。それをしてくれりゃあ信用してやる。ついてきな依頼人に会わせる。あと俺の名は天閉だ」

天閉と名乗った男は主水の前を歩きだした。

―――――

 天閉と話をつけた翌日、人気のない街角で、主水はある人物と会っていた。

「頼めるか」

「いいよ。だけど貸しだよ」

「わかってらぁ」

主水は話を終えるとその場を後にした。

「あっ、主水君こんな所にいたんだ!隊長が呼んでるよ。イェーガーズは全員集合だって。行こ」

セリューは主水の手を取ると、右手でリードをつけたコロを、左手で主水を引き摺るように引っ張って宮殿に向かった。

―――――

「遅いぞ中村」

机を囲みイェーガーズの面々が並ぶ会議室に、セリューに手を引かれた主水が入室した途端に、エスデスに叱責を受ける。

「すいません」

主水は頭を低くして、空いている自分の席に着いた。

「全員揃ったのでこれからの作戦を説明する。ラン」

「はい。今回の作戦概要ですが。今一番の殲滅対象となるナイトレイドのアカメとマインと思われる人物が、東のロマリー街道沿いで目撃されました。陛下から討伐の勅命を受けたため、イェーガーズの全員で討伐に向かいます」

ランが淡々と手に持ったレポートを読み上げると、腕を組んでいたエスデスは頷いて立ち上がる。

「ということだ。行くぞ!」

「はい!」

皆は即座に席を立つと、エスデスに続いて会議室を後にした。

――――――

 イェーガーズのメンバーが騎乗する八体の馬が帝都の大門を出て、風のように駆ける。

イェーガーズのメンバーの表情は固く真剣な者、笑顔である者様々だ。対峙することになるナイトレイドは強敵であることを知っているからこその固く真剣な表情。

笑顔なのは、研究材料として得ることを望むスタイリッシュや、最愛の姉との対峙を待ち望んでいたクロメである。

そんな中でも主水は普段とは変わらなかった。

大地を駆けること二刻、ロマリー街道を目前とした位置の大きな街にイェーガーズは辿り着いた。

帝都とは然程変わることのない街並み、昼食時のため良い匂いが漂っている。

イェーガーズのメンバーも走り通しで疲弊した馬を乗り換えるため、また昼食を取るためにその街で休息を取っていた。

各々が思い思いに買った食事を取りながらこれからの概要について話し合う。

「ナジェンダは東へ、アカメは南へか…ここに来て二手に分かれたか」

エスデスが諜報部隊から得た情報を読み上げながら、思考を巡らす。

ナジェンダならばどのように動くかを。

「東へ行けば安寧道の本部のキョロクへ。南へ行けば反乱軍が大勢を占める都市へ。どちらもキナ臭いですね」

エスデスの読み上げた情報を元に、行き先を予想しボルスが答える。

「確かにそうだが、ナイトレイドは帝都の賊だ。地方までは手配書が回ってはいないので、油断して顔を出し、あまつさえ二手に分かれた所を目撃されたというのは――」

「都合が良すぎますね。罠だと考えるべきかと」

エスデスの思考を読み、ランが言葉を繋ぐ。

「私たちを帝都から誘きだすのが目的でしょうか?」

「ああそうだろうな…あいつは…ナジェンダはそういうやつだ。燃える心でクールに戦う」

エスデスはセリューの問い掛けに、昔を思いだし感傷に浸るように呟く。

その様子から、ともに将軍の地位に立っていたナジェンダをエスデスが高くかっていたことが伺えた。

「罠ならば追うと危険ですね」

「いや…これは好機だ。今まで全く姿が見えなかったナイトレイドが姿を見せたのだ。今この機を逃さず叩き潰す!私とラン、セリュー、中村でナジェンダを追う。クロメとウェイブ、ボルス、スタイリッシュはアカメを追え」

「はい!」

クロメとスタイリッシュに薄ら寒さを感じさせる笑みが浮かんだのを、主水は見逃さなかった。

言葉には形容出来ない嫌な予感が去来する。

しかし、主水には為せることは何も無かった。

「常に周囲の警戒は怠るな。そして相手が多数の場合退却しても構わん。攻め込むが、特攻しろという訳ではないからな」

エスデスの部下思いな所が垣間見れる指示。

だが次の瞬間エスデスの視線は鋭くなる。

「帝都に仇なす最後の鼠だ。追い詰め仕留めるぞ!」

「了解!!」

それからのイェーガーズの動きは、迅速だった。

新たな馬を駆り、走り出した。

 エスデス率いる主水一行はナジェンダの影を追い、一心不乱に東へ走る。

しかし、いくら走っても一向にナジェンダの僅かな痕跡さえも見えない。

さすがのエスデスにも焦りの色が浮かぶ。

「妙だな。そろそろ追い付いてもよい刻限だが」

「確かに妙ですね。私が帝具を使用して空から探索してみましょうか?」

「いやいい。私のペットと同様で長くは飛べないだろ。とっておけ」

イェーガーズの知恵となるエスデスとランが話し合う。その端で。

「主水君。元気ないように見えるけど大丈夫?」

「大丈夫ですよ。セリューさん」

「そうかな…」

朝から口数が少ない主水をセリューが気にしていた。

「罠だったようですね」

周囲に視線を送るランの眼光が鋭くなり、冷えきった視線を向ける。

「そのようだな」

既に回りを多数の盗賊に囲まれていた。

「ヒャッハー!噂通りの超絶美女だぜ!たまらねえぜ!」

「楽しめそうだぜ!」

「後ろのお嬢ちゃんもいいこといっぱいしてやるからな」

舐め回すようにエスデスやセリューに視線を向ける下劣な男達。

「聞くに耐えません。血の臭いもしますし。容赦はしません」

セリューは顔をしかめて虹色に輝くガントレットをつけ、臨戦体勢に入る。

「蹂躙するぞ。中村お前は前回同様活きがいいのを二三人確保しておけ、聞きたいことがある」

エスデスの言葉が開戦の合図となった。

イェーガーズ四人対盗賊団数百人。

客観的に見れば、盗賊団が有利と見える。

しかし、それは一般的な基準であり、人の域を遥かに超えたイェーガーズの面々には適応されることはない。

 セリューとコロが斬り込む。

動きが鈍い兵と、多勢に無勢と侮っていた兵隊が血飛沫を舞いあげ、千切れ飛んでいく。

肉片や血液が飛び交い、断末魔が響く。

セリューとコロの攻撃を乗りきった残党は、鋭く舞うランの帝具〈マスティマ〉の羽により微塵に刻まれた。

そんな疾風怒濤の攻撃の中、主水は一人の兵を取り押さえていた。

ただ普段の手際の良さからは、かけ離れた様子に、心配して敵の血にまみれたセリューがやって来る。

「体調悪いの?動きが悪いよ」

「昨夜色街で女郎と朝まで張りきってしまいまして…」

主水が頭を掻きながら答えると、空間が凍りついた。

決してエスデスが帝具を使用したのではない。

「中村さん。正直なのは素晴らしいのですが。もう少し答え方は考えた方が良いと思いますよ」

ランが困ったような笑顔で主水に助言する。

主水がランの言葉に耳を貸していると、肩に痛みが走る。

まるで万力で締め付けられるような感覚が。

振り返ると、瞳のハイライトが消えたセリューが闇に沈んだ空虚な瞳で、肩を掴んでいた。

「話し聞かせてもらえるかな?」

全く抑揚のない声で尋ねてくる。

しかしその質問は、『話す』と『黙秘』の二択ではなく、『話す』という一択しかない、率直に言って命令である。

主水の背に冷たいものが走る。しまったと思ったが時既に遅し、セリューがジリジリと詰め寄って来るのと同時に、命の危機も迫っていた。

そんな最中、

「セリューそこまでにしておけ」

エスデスがため息をつきながら、言葉を挟む。

主水は助かったと胸を撫で下ろし、安堵したのだが、事態は逆に深刻になっていた。

「主水の尋問はこの件が片付いてからにしろ。私も尋問には手を貸してやる。今は優先順位を考えろ」

エスデスが主水の捕らえた兵の一人に、目を覆いたくなるほどの尋問をしながら、含み笑いを浮かべて告げた。

主水に死亡フラグが建った瞬間だった。

 

 

 


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