「主水勝負だ!!」
「ああ…かかってきな!」
気迫溢れる強い眼差しで主水を見つめるスサノオと、不適な笑みでその視線を軽く受け止める主水。
緊迫した雰囲気に、周囲りに集まった仲間たちは、固唾を飲んで見守る。
誰も、その雰囲気に、声を出すことさえ出来ず静まり返っている。
流れる汗、渇いた喉唾を飲むと同時にゴクリと音をたてた。
「行くか…」
「勝負だ!」
スサノオは勢いをつけてつきだす。
主水はつきだされた物を受け入れ、素手で掴み、頬張った。
主水は目を瞑り何度も咀嚼を繰り返す。
主水の一挙手一投足をスサノオは緊張の面持ちで見つめ、仲間たちは二人の動静を見つめていた。
長いようで短い時間。
主水の咀嚼は止まり、ゴクリと音をたて物を咽下し、湯飲みの茶を啜る。
茶飲みを置きフッと息をつく、動きを止めた主水を皆が固唾を飲んで見守る。
愉快そうに口許をフッと緩めると、主水は口を開いた。
「スサノオおめぇは全く大したもんだ!ここまでの大福は江戸でも食ったことはねえ。旨かったぜ」
主水は迷わずスサノオを称賛した。
「やったぜスーさん!」
「私の帝具なのだからな当然だ!」
ナイトレイドの仲間たちがスサノオを囲んで騒ぎだす。まるでお祭り騒ぎだ。和気藹々とした雰囲気に、主水も悪い気はしなかった。
今まで何が行われていたのか?
始まりは本当に取るに足らない些細なものだった。
―――――
朝食時に、スサノオは皆の好物を作り振る舞っていた。
しかし、ここでスサノオは気づく、主水の好物を知らないことを。
そしてスサノオは率直に尋ねた。
「主水の好物はなんだ?」
真剣な眼差しで。
「俺は甘いものはなんでもいけるが、特に大福とかが好きだな。言っても分からねぇだろうな、帝都を探し、文献も読んだがどこにも存在しなかったからな。もう俺は食べることはできないだろうな」
主水は江戸にいた頃食べていた大福を思い浮かべ、寂しそうに呟いた。
その主水を見て、料理人スサノオの魂に火がついた。
「作り方を教えてくれ。そうすれば、俺が満足いく大福というものを作ってやる」
「無理だと思うぞ。料理人や飯処で言っても無駄だったからな」
大福を無性に食べたくなった主水は以前宮殿の料理人や、食堂で説明したのだが、全く似て非なる物が出来上がり、そこで涙をのんで耐えたのだった。故にその経験に沿いそのように答えたのだった。
決してスサノオを侮った訳ではなかった。
しかし、その発言は更にスサノオの料理人魂を燃え上がらせた。
「その言葉は料理人の俺に対する挑戦状と受け取った。勝負だ主水!」
「勝負か、いいだろう。俺は勝っても負けても損はしねえからな」
―――――
ということでスサノオVS主水?と相成ったのだ。
「久しぶりに満足したぜ。ありがとよ…」
主水は感無量といった面持ちで、感謝の言葉をスサノオに投げ掛けると、部屋を後にした。
(まさかこの世で大福食えるとはな…しかも今まで食べたことねぇほどうめえときた。スサノオに感謝しねえとな…)
外に出て岩の上に腰を下ろし、頬を撫でる爽やかな風を浴びながら、雲が薄く棚引く空を眺め、主水は感慨に耽っていた。
「ん、チェルシーか?」
「よくわかったね。隙をつけたと思ったのになー」
足音も気配も無かったが、主水は現れたチェルシーを言い当てた。
そして、振り向かずに言い当てた主水の横に、チェルシーは微笑み腰を下ろした。
「どうしたんだ?皆は今頃スサノオが作った大福食ってる頃だと思ったんだがな、おめぇはいいのか?」
「みんなよろこんで食べてるよ。私はしたかったことがあってね」
風に靡く髪をかきあげるフッと微笑むチェルシーの横顔には、いつものはつらつとした物は影を潜め、寂寥感のようなものを感じさせられた。
「何か悩みでもあるのか?」
「どうしてそう思うの?」
「おめぇの笑顔にいつもの元気が感じられたなかったからな」
「!」
チェルシーは主水の指摘に驚かされた。
帝具〈ガイアファンデーション〉の遣い手として、演技であったり、表情を隠すことには自信を持っていた。
しかしながら、主水は心のうちを見透かしたかのように言い当てたからだ。
「さすがだね主水。読心術は裏家業で磨いてきたのかな?」
次は主水がチェルシーの質問に暫しの沈黙に落ちた。チェルシーは図星をついたかなと思っていると、主水はどこか遠くを見るようにして、苦笑いを浮かべながら答えた。
「かかあやばばあ、嫌味な上司のご嫌を見るようになった時に身につけてな……」
主水は笑われるか、かわいそうなものを見る目を送られると思っていた。しかし、チェルシーの表情はそれとは全く違ったものだった。
「主水には奥さんがいたの?」
「まあな。今は別れたも同然だがな…」
主水は口を濁した。
こちらの世界に来たことにより、妻りつとは離れ離れになった。形式的には別れたといっても差し支えはないのだが。
「そうなんだ…少し嬉しいかな…」
「どうした?」
「気になるなら私の心のうちを読んでみたら」
「……」
チェルシーは小悪魔っぽく目を細めて笑みを浮かべた。
「少し元気が出たようだな」
「主水と話してたらね」一旦言葉をきり、間を開けた後に、意を決し言葉を繋ぐように淡々とした表情で語りだす。
「実は私は以前革命軍の別の部隊に所属していたの。今のナイトレイドのように皆仲が良かった。でもね、それは突然終止符を打たれたの。私が別の仕事をこなして帰ってきた時には、皆が襲撃を受けて殺されいた。だからかな、ナイトレイドの皆の笑顔に、以前の仲間の顔が重なっちゃって少し顔に出ちゃったのかも…」
「そうか……」
主水には掛けるべき言葉が見つからなかった。
自分も何度か仲間を失ったことがあった。
当然のことだが、仕事人は前提として仲間の死を覚悟しているとはいえ、その言い様のない辛さは身をもって理解していた。
それ以上にチェルシーの場合、全ての仲間が亡くなってしまったとなれば、それこそ言葉に表せないものがある。
故に言葉が見つからなかったのだ。
「そういうこともあって、ナイトレイドの皆には死んで欲しくないから、甘い考えをしているとついつい言葉がきつくなっちゃうのかも」
「それについては俺も同じ意見だ。あいつらはまだまだ甘い所があるからな」
「うん、この稼業でなければ優しさだから、長所でもあるんだけどね…」
主水とチェルシーの脳裏には、主にタツミの顔が浮かび、二人揃って苦笑いをするのだった。
「ところで主水って、イェーガーズにもスパイとして働いてるみたいだけど、ナイトレイドと二足のわらじはきつくないの?」
暗い雰囲気を払拭するように、チェルシーは明るさを取り戻し、話題を変えた。
「ああきつ――」
「くないない」
突然言葉が挟まれる。主水が答えの腰を折った人物を見ようと振り返ると、そこには不適な笑みを浮かべたレオーネとラバックがいた。
「どういうつもりだレオーネ」
主水は厳めしくレオーネに視線を送る。
「真面目に仕事してないし。袖の下受け取ったり。サボって甘いもの食べたり」
「うっ…」
「家には仕事をサボってエロ本借りにくるしな。しかも俺の秘蔵の本が…」
ラバックは、シュレッダーにかけられたように変わり果てた秘蔵の本を思い出し出したのか、涙を流しながらレオーネに続いて主水を攻め立てる。
ラバックはエロ本の怨み、レオーネは以前の扱きの仕返しとばかりに無慈悲に攻め立てる。
主水は反論したくも図星のため、中々言葉が出てこない。
「そういう面があるのも人間らしくていいと思うよ」
「えっ!」
「チェルシーちゃん旦那に甘いよ!」
普段毒舌のチェルシーが見せたデレ?にレオーネは不満を持ち、ラバックは悔し涙を流しながら反論する。
チェルシーはレオーネとラバックが見た姿は演技だと理解していただろう。しかし、それを気づいていないレオーネとラバックにはそれを指摘することなく、肯定した。
「だそうだレオーネ、ラバック」
心強い仲間を得たと主水はニヤニヤしながら守勢から逆に攻勢に入る。
「憎ったらしい顔して~」
レオーネは主水のニヤニヤした顔を見て、悔しそうに歯軋りする。
「でもね。主水ももう少し煩悩は抑えたほうがいいかもね」
「お…おお…」
チェルシーの一人勝ちであった。
この時三人は明確にチェルシーには口論では勝てないなと察したのだった。
これで最後になるかもしれないスサノオとチェルシーと主水の絡みです。
次回から物語は進んでいきます。