ポツリポツリと、鉛色の空が涙を流し始める。
まだ小雨ではあるが、雨は警備隊員の体力を確実に奪っていく。
早急に解決しなくてはならなくなっていた。
「まずは屋根裏か床下に忍び込むために、外に注意を引くやつが必要だ。言い方はわりいが囮だ」
実行するのは主水、ウェイブ、クロメのため、主水はウェイブとクロメに視線を送る。
主水の頭の中ではこの役目を任せる人物は決まっていたおり、『囮』という言葉を出せば、率先して名乗り出てくれるだろうと予想していた。
「俺がやります。グランシャリオを使えば、銃なんて恐れることもありませんから!」
予想通りウェイブが拳を力強く握り、名乗り出た。
主水もウェイブの予想通りの動きに満足して、口元を緩め頷く。
「ウェイブ頼んだぞ」
「はい任せてください」
「大丈夫かな……」
あまりの張り切りぶりに、クロメは心配そうに呟いた。これについては主水も同じたが、ウェイブが未だにイェーガーズの中での失敗が目立つばかりで、一方全くと言っていい程活躍していなかったことがその最たる理由である。
実力はエスデスでさえ認める程で、申し分ないのだが。なにぶん生かせていないのだ。
「次は俺とクロメが一階と二階どちらかに行くかだが」
敵の配置から考えると、賊が三人いる方に主水が行くべきである。
確かにクロメのスピードはイェーガーズ内でも屈指のものだ。しかしながら、それに反して、小柄な為、一撃一撃の威力は軽く、重量級の武器を扱う豪傑を、一撃で戦闘不能にするには向かないと考えていた。
そう考えると、どのような相手であっても、打ち込む場所によれば、相手を一撃で行動不能に持ち込める帝具アレスターを持つ自分が、三人を相手にすべきだと、主水は考えていた。
「私は一階に行く」
クロメの言葉は主水の意思に反していた。
「勝算は?」
表情は普段とは変わらず無表情だが、声からは自信を感じさせる発言だったため、クロメなりに勝算があるのだと理解し、肯定も否定もせず、主水は一言で聞き返す。
主水の問いにクロメは行動で答えるように、返事はせずに、徐に腰に挿した日本刀の帝具〈死者行軍〉八房を抜く。
すると、八房の刀身が怪しい光を放った刹那、クロメの両側に突如二人の男が現れる。
二人の男の、片方はスキンヘッドでサングラスをかけ、白いコートを着た屈強な男。
もう片方は黒いローブを纏い、気味の悪いマスクをかぶった男である。
ただし、どちらも共通するのは、生気のない死んだ魚のような瞳をしているという所だ。
「帝具〈死者行軍〉八房か…確か遣い手が殺した相手を自分の傀儡として操れる帝具だったか…」
「うん、そう。サングラスをかけたほうはウォール。有名なガードマンをやってたんだけど、標的を守ってたから殺したの。黒いローブを纏っているのはヘンター。バン族の生き残りで、トリッキーな動きを得意とする、殺すのが一番苦労した自慢の一品なんだ」
自慢げに説明するクロメに、不快感を滲ませながら聞くウェイブ、
(まあ仕方ねえな。人によっちゃあ死者に対する冒涜と捉えることの方が多いからな。ただ一方で、魂がなくても器だけでもいいからずっと寄り添っていたいと思うヤツもいるのも確かだ。人それぞれでこれほど評価の変わる帝具もねえだろうな)
目の前で帝具八房の力を見て、主水はしみじみと考えていた。
「いい組合わせだな。三人で一気に制圧する。もし出来なくとも、ウォールで人質を守らせ、おめえとヘンターで残りを狩る。一階は任せたぜ」
「うん。お菓子の件忘れないでね」
「ああ……」
主水の答えに満足すると、満面の笑顔を浮かべて準備にかかった。
――――――
雨が本降りの中、グランシャリオを纏い準備万端なウェイブが「行ってきます!」と気合い十分に宿屋の表に歩いていく。
「おい、立て籠り犯!無駄な抵抗は止めて出てこい!」
ビシッと指を差し、告げたその時だった。
間髪入れずに、幾多の弾丸が、宿屋の玄関口から放たれ弾幕となりウェイブを襲う。
しかし、帝具グランシャリオに近代兵器が効くはずもない。
ある弾丸は弾かれ、他の弾丸はグランシャリオにあたった瞬間砕け散ったりする。
「クロメ行くぞ」
「うん」
ウェイブが囮となっている間に、主水とクロメそしてクロメの影となりウォールとヘンターが続き、宿屋を回り込み、屋根を伝い、クロメは一階の、主水は二階の天井裏に入り込んだ。
屋根裏は薄暗く、埃っぽく、蜘蛛の巣が張っているなど、進むだけでも苦労する場所であった。
(よくこんな所をあの短時間で行き来して情報を集めてきたな)
纏わりつく蜘蛛の巣を払い辟易としながら、主水は、青年の手際の良さに改めて感心した。
音をたてずに慎重に進むと、室内の光が一筋の明かりとなり、主水はそこから中を覗きこむ。
青年が言っていたように、五人の人質と、それを挟むように二人の男がいる。
「おい、そこの女。なかなかいい女だな。こっち来て酌しろよ」
槍を床に置き、酒を呑んでいる男が、舌なめずりをしながら、一人の少女に絡み始めた。
少女は恐怖に震え、動くことはおろか、返事をすることも儘ならないでいる。
「聞こえねえのか!こっちに来て酌しろっつってんだよ!!」
声を荒げた男は、足をふらつかせながら少女に近づくと、髪を掴み引き摺っていく。
「娘に乱暴はやめてください」
誰もが恐怖で黙認するなか、震えながらも、その少女の父親らしき初老の男性が懇願する。他の客は男を刺激したくないため、何も言わず黙って俯いている。
「アアァッ!俺にたてつく気かっ!」
男は丸太のような腕で初老の男を殴り飛ばす。
吹き飛んだ初老の男は壁に叩き付けられ動かなくなる。客は青ざめ震えるのみで初老の男性に近寄る気配すらない。
「お父さん!」
「興が冷めた。酒はいい、俺の相手をしろ!」
「誰か助けて!」
男はまるで狂った獣のように少女に馬乗りになると、涎を滴ながら服を引き裂いていく。しかし、客は誰も止めには入らない。それどころか、視線を反らしている。
誰も関わりたくないのは、自分に矛先が向かうのを恐れるためだ。
このような非常時に一番大切なのは自分の身のみ、他人は二の次になる。
「いい体してやが―――」
「まだ産毛しか生えてねえような子供に手え出してんじゃねえ!」
男の眉間を、黄金の光が打ち抜くと同時に男は意識を失い、対面の窓を破り、外に吹き飛んでいく。
「おっと」
吹き飛んだ男の対面では、窓辺の男が振り抜いた剣を、鞘から半身抜いた刀で防ぐ。
「俺の望んだ相手が来てくれたな…感謝する…」
刀と剣が交錯し火花を散らす中、男は嬉しそうにポツリと呟いた。
天井裏で隙を伺っていた主水が、槍を持った男に大きな隙が生じた時に、天井を踏み抜いて突入したのだ。
――――――
一方一階では、二階の喧騒で三人の賊の注意が上にそれたことに乗じて、突入した。
一番最初に舞い降りたクロメが大剣を持つ賊の腕を切り落とし、ウォールの銛が心臓を穿つ。見事なコンビネーションで一人を葬る。
ヘンターはトリッキーな動きで斧を持つ男の背を取り、鉈のような刃物で頸動脈を切り裂いた。
まるで噴水のように鮮血を撒き散らし、男は生き絶える。
僅か一瞬の隙が賊二人の運命を決めた。
しかし、言い換えると、クロメ達は二人しか仕留められなかったのだ。
轟音をあげながら振り抜かれた巨大な金槌がクロメ達三人を容赦なく襲う。
咄嗟に反応したウォールが矢面に立ち、盾で攻撃を防ぐが威力が強すぎ、殺しきれず、クロメ、ヘンターもろとも、玄関の二人の賊をも巻き込んで外に吹き飛んだ。
「クロメ大丈夫か?」
「う、うん…ありがとう…」
吹き飛ばされたクロメは外で囮になっていたウェイブに抱き止められていた。
僅かに頬を染めて。
「そろそろ下ろして…」
「あ、悪い」
ウェイブはどぎまぎしながら下ろす、しかし、敵はそのようないい雰囲気など気にすることなく攻撃を仕掛けてきた。
「危ない」
眼前に迫る金槌をウェイブが寸での所で受け止める。
「ぐっ……」
グランシャリオを纏っているウェイブをもってしても、その衝撃は凄まじく、足が地面に沈み、足を起点に亀裂が走る。
「そのまま受け止めてて」
クロメが男の首を落とそうと横に一閃、しかし、男は躊躇することなく金槌を放し、身を屈めてかわすと、ウェイブに足払いをし、体勢が崩れたウェイブの腕を取り、そのままジャイアントスイング。
宙にいるクロメをも巻き込もうと試みたが、守ることに関しては最強のウォールの盾によって守られ、ウェイブは地面をバウンドして家屋の壁に叩き付けられた。
「チッ、ちまちま籠城なんてしないでよお、コイツらを皆殺しにするのが早いっていう俺の考えが一番だったな」
男はウェイブが落とした金槌を広いながら、八房を構えるクロメと、立ち上がったウェイブに視線を向ける。
「ウェイブは手を出さないで」
クロメはウォールとヘンターを解除する。
二人に配っていた集中力を一点にすることにより、戦闘力を向上させる。
相手が多人数であれば、集中力を分散させても、手勢を増やす方が良いが、一対一であれば、集中力を分散させずに戦いたいと考えた。
また、自分一人で戦いを楽しみたいという戦闘狂的な考えもあったのだが。
クロメは低い体勢から地を蹴り、左右にステップを踏みながら男に向かう。
「喰らえや!」
金槌がクロメを捕らえることはなく、爆音のような轟音をたて、地面にクレーターを作る。
「遅いよ」
既に背後を取っていたクロメが八房を振り下ろす。
「えっ!?」
クロメに驚きの表情が浮かぶ、八房が鋼のような筋肉によって、首の半ばで止まったのだ。
驚きにより出来た隙を見逃すほど男は甘くなかった。
クロメを振り払い、金槌を振るう。
宙に払われたクロメは金槌を避ける術も防ぐ術もない。
「クロメ!!」
「ガハッ!?」
金槌がクロメに降り注ぐ前に、ウェイブがクロメと男の間に入り、渾身の一撃を打ち込んだ。
ウェイブの拳は男を打ち抜き、男を葬った。
「どうしてウェイブ?」
「助けて当然だろ、仲間なんだからな」
グランシャリオを解いたウェイブは爽やかな笑顔をクロメに向ける。
クロメは僅かに頬を染めると、
「ウェイブのくせに……」
言葉では反発するが、顔を背けると、嬉しそうに微笑みを浮かべた。