一面に、きらびやかな装飾が施され、部屋の天井には大きなシャンデリアが吊り下げられ、壇上に国の主たる皇帝が座する椅子が存在する、広い皇帝との謁見の間に通されたイェーガーズの面々。
両側に並ぶのは、国を運営するそうそうたる官僚やら幹部達。
横目に主水が見ると、その列席にはチョウリの姿も。
その場のチョウリは以前のような剽軽さなどはなく、感情を全く感じさせない無表情で並んでいる。
「陛下のお成りです」
女官の声が響くと同時に、その場に存在する全ての人間が深々と、頭を下げた。
「主水君、主水君」
「主水さん」
微かな声で両側、セリューとウェイブに声を掛けられる。
皇帝が入室するという大事な時に、一体なんだと少し煩わしさを感じながら、頭を上げずに、横目に見ると、何故呼ばれたか理解した。
皆は方膝を立てて、頭を下げている中、主水は日本古来の正座をして、床に三つ指を立て頭を下げていたのだ。
(やっちまった!)
今まで江戸で行ってきた作法はこの世では通じない。
今になって思いだし、作法の間違いに気づいた時には遅かった。どうしようかと思案していると、皆の前にいるエスデスから
「礼を失していなければどんな格好でも構わん」
という声かけがあったため、そのままの格好で頭を下げることになった。
両側に立ち並ぶ官僚の中には顔をしかめる者もいたが、チョウリなどは、愉快そうに、笑みを噛み殺すのであった。
僅かの間の後に、椅子に着座する音が鳴る。
「一同の者面を上げよ」
子供特有の高い音程の声が広間に響く。
一同が揃って頭を上げる。
最初に目に入ってきたのは、皇帝の椅子に座る、まだ年端もいかない、少年と、その傍らに謁見の場に相応しくないというか、いくらなんでも常識がないのかと疑問に思う光景が。
(あれが大臣か。しかしなんでこんな場で肉食ってるんだ)
肉を大口で頬張る大臣がいたのだ。
江戸時代においても、幼少の見切りから、若くして君主にたつ者が存在していたので、皇帝が若いということには、然程驚くことではなかった。
しかし、流石に公式な場で、何かを口にしているような者は初めて見たので、驚きというか、呆れたとしか言えない主水であった。
江戸であったら、側用人であろうが、大老であろうが、筆頭老中であっても、切腹になるだろう不敬な態度である。
そして、一番の問題は、そのような不敬な態度を取る大臣に誰も指摘することが出来ないことだ。
裏返せば、それだけの権力を有しているということの証明になるのだが。
「おお、そなたらがエスデス将軍率いる特殊警察イェーガーズなのじゃな」
「はい、陛下。ここに控える者達が、イェーガーズのメンバーです。陛下の頭を悩ます逆賊を征伐するために選りすぐられたメンバーです」
エスデスの言葉を聞き、皇帝も笑顔を浮かべる。
その笑顔には帝都の闇を思わせることなど更々ない、純粋な笑顔であった。
「これならば、陛下も安心して国を治められますな」
依然として肉を頬張りながら、話す大臣。
(こいつは、皇帝と違って悪どい気配が溢れてらあ)
悪党はいやという程見てきた主水故に、大臣を一目見ただけで、その歪んだ闇を看破していた。
だが、第一印象だけで決める訳にもいかないので、この僅かな限られた謁見の時間の中でも、出来る限り客観的に、皇帝や大臣を見極めようとしていた。
最終的な的となっている大臣と、これ以降の流れによっては、的となるかもしれない大臣の傀儡の皇帝。
見極めるためには、滅多にない最大の機会であった。
「ではここに特殊警察の任命書があるので、エスデス将軍はあとでみんなに配っておいてくれ」
「御意」
恭しく頭を下げるエスデス、滅多に見られない姿である。
「ところで将軍、あの要望書についてなんだが…」
皇帝はなにか奥歯に物が挟まったように、言いずらそうに口を開き、大臣に視線を送るが、大臣は冷や汗を流しながら、皇帝の視線から目を背けた。まるでこちらに振らないでくださいといった感じで。
「陛下、まずは私が気長に探してみます」
エスデスは含み笑いを浮かべた。
イェーガーズの面々は何のことが分からないといった感じで、話を聞いているしかなかったが…
そんなこんなでエスデスと皇帝、大臣しか分からないやり取りもあったが、皇帝との謁見の儀は滞りなく終了した。
謁見が終わり、パーティーを開くということで、イェーガーズのメンバーは、最初に集合した、特殊警察会議室に向かって、宮殿内の廊下を歩いていた。
「緊張したね」
「本当ですね。俺も緊張で、心臓がヤバかったですよ」
「…ああ」
セリューとウェイブの返しにも、上の空で答える主水。
この時主水は、先程の謁見の場で初めて見た、皇帝と大臣について考えていた。
(大臣は噂通りで、悪どい臭いがプンプンしてやがった。しかし、それだけでなく、強かさも感じられた。的になるのも当然だな。あんな狸と関わらにゃならねえとは、チョウリも大変だろうな)
大臣への第一印象は予々聞いていた噂や、殺しの的になるということから、予想できていたものだった。
(だが、分からねえのは、皇帝だ。たしかに年若く、頼りない面もあり、チラチラ視線が大臣に向かうこともあった。しかし、完全に大臣の操り人形になるような無能さは感じられなかった。まあ、今回の場が、政治的な場でなかったからと言ってしまえばそれまでなんだが…)
皇帝に関しては、考えが纏まっていなかった。
この僅かな時間で全て把握することなど出来はしないと、主水自身も思っていたことではあるので、落胆などの気持ちはなかったが。
◇◆◇◆◇◆
イェーガーズ発足のパーティーは、ウェイブが持ってきた手土産で、海鮮鍋のパーティーとなった。
イェーガーズの女性陣は誰一人として料理が出来ないということで、ウェイブとボルスが台所で腕を奮っていた。
待っている面々は各々自由時間を堪能していた。
執事服に着替えたランを、熱い眼差しで見つめるスタイリッシュ、猫じゃらしでコロと遊ぶクロメ、そして
「隊長は日頃何をしているのですか?」
「私は、狩りや拷問、またはその研究などかな」
尊敬の眼差しで質問するセリューと、頬を染め恍惚の表情を浮かべながら見つめるエスデス。
「これは、先程の謁見の場での失態についての罰でしょうか」
エスデスが見つめる先には、石を抱かされ、苦悶の表情を浮かべる主水の姿が。
「何を言っている。あのようなことなど問題ではない。あの時も言っただろ。礼を失していなければ問題ないと」
「では、これは?」
主水は苦しげに抱かされている石と、正座をしている十露盤(そろばん)を見て、訴えかけるような瞳でエスデスを見つめる。
「うっ…流石中村だ、私の(ドS)心をここまで揺り動かすとは…」
さらに頬を紅潮させ、荒くなった呼吸を、深呼吸をすることで整えた後に、エスデスは答えた。
「こんなものは拷問とは呼べん、私と中村の軽いスキンシップと言った所だ」
「………」
絶句とする主水。これからの未来に暗雲が立ち込める。
このままではエスデスに攻め殺されると危機感が募り、助けを求めるように、セリューに視線を送ると、
(頑張ってね主水君!)といった励ましを込められた視線を返され、ランを見ると、
(お互いに頑張りましょう!)
といった思いが込められた視線を苦笑いをしながら返された。
物理的にダメージを受ける主水と同様に、ランもスタイリッシュから精神的にダメージを与えられていたのだ。
「ふぅ……堪能した…今日は初日だ、スキンシップはここまでにするか」
エスデスの一言で主水の足の上から石が退かされる。
(ったく、これじゃあ体が持たねえぜ)
拷問の痛みなど無かったかのように立ち上がると、セリューの隣の席に腰を下ろした。
勿論エスデスからは離れた側のセリューの隣席だ。
「話を戻すが、今私が一番してみたいことだが、恋をしてみたいと思っている」
「!!」
皆は息を飲んだ。まさかエスデスの口から恋という言葉が出るとは想像すらできなかったのだ。
皆に戦慄が走ると同時に、ナイスタイミングといった具合にウェイブとボルスが海鮮鍋を持って部屋に入ってきた。
「みんな、海鮮鍋ができたよ」
ボルスが皆に呼び掛け、鍋を机に並べていく。
(エスデスの恋の相手か……全く想像できんな。
恋人ができりゃあこの攻め苦から解放されるかもな。まあ夢のまた夢か…今は鍋を堪能するか)
解決策が見つからない難題は放っておき、主水も鍋をつついた。
その後イェーガーズは皆揃って海鮮鍋を味わったのだった。