暗闇であろうと、面と向き合い対峙しただけで分かる双方の力。
ここで先に動くのは危険。それは双方共に分かっていることである。
しかし、ナイトレイドの6人は今追われている状況だ。
ナイトレイドのピンク髪でツインテールの少女が焦れたように動いた。
「ターゲットじゃないけど、姿見られたし、邪魔だから排除させてもらうわよ」
巨大な銃のような物を向け、言うや否や三つの発砲音、刹那放たれる三つの弾丸。
闇を切り裂く弾丸が主水を襲う。
(ちっいきなりかよ。焦っているから仕方ないか。それに仕事を見られたら、見た者は殺すのが鉄則だ)
腰の帯に挿した黄金の十手を振るう。
闇を振り払う黄金の一閃。
弾いた弾丸が周辺の地面と後方の壁に突き刺さる。
「嘘でしょ!この暗闇とこの至近距離で弾を弾いた!!」
驚きの声と着弾の音が第二次ラウンドの鐘となる。
「私が行く。ターゲットじゃないけど邪魔者は排除する」
一陣の風が吹き付けるように、闇に溶ける黒髪と黒い様相の少女が主水の眼前に現れていた。
(中々のスピードだ)
強烈な踏み込みから そのスピードを乗せ五月雨のような突きの嵐が。
目で捉えることさえ難しいレベルの突きではあるが、幾多の修羅場を切り抜けてきた主水にとって、避けるのだけなら問題はなかった。
必要最小限の動きで身を翻しかわす。
少女は突きからすれ違うと同時に刃を返し、時計回りに横凪ぎの刀が迫る。
(身のこなしも良いだが)
妖艶な紫電の輝きを放ちながら迫る刀を十手の鉤に引っ掛け十手を返す。
テコの原理により、少女の刀が手から落ち宙を舞う。
「!!」
間近に見えた少女の顔に驚きの色が浮かぶ。
岡っ引きや同心、与力が刃物をもった相手を捕縛するために考案された十手術。
不殺の捕縛を成し遂げるための様々な工夫が為されている。
主水が表の仕事で用いていたものである。
追撃を恐れ少女は素早く身を翻し、バックステップを踏み仲間の元に戻る。
「まさかアカメが競り負けるとは……こうなったら皆行くよ」
「待て!」
このままでは、本当に6人全てを相手しなくてはならなくなる。
今の少女だけでも手こずったのに、同じかもしくはそれ以上の技量を持ちうる者をしかも複数人も相手をするのは、いくら体があってももつはずがない。
それに、主水としてはたしかにナイトレイドの技量を知れたらとは思ってはいたが、それは二の次、今は別の目的があった。
「俺はお前達と戦いたい訳ではない」
「どういうことだい」
顔は見えないが、かなりメリハリが効いた体を持っている女性(主に胸)が、他のメンバーを制し食いついた。
「少しお前達に興味があってな。まあ話をしたいのは山々なんだが、今はお前たちの状況がそれを許さないだろう。今は俺の横を過ぎて逃げろ。俺が後はどうにかする」
「おい信用できるはずないだろ!」
「そうだね私も信用できないね」
小柄な男に続き、スタイルが良い、もとい巨乳の女性もバッサリと切り捨てる。
(仕方ねえか)
主水は頭を掻きながら、最後の手を打った。
「じゃあこれならどうだ。俺はあんたらの仲間の内のそのデカイ鎧の兄ちゃんに借りがあってな、それを返すためというのは」
主水が鎧で身を固めている男を指差しながら話す。
そう、以前行き倒れていた主水に施しをしてくれた男だと主水は看破していた。
見た目では分からないが、ヒシヒシと感じられるたぐいまれな力量から同一人物であると看破していた。
メンバーの視線が男に向かう。
「ブラートあいつの言っているのは本当なのかい」
「参ったな見抜かれていたか。ああそうだ言っている通りだ」
男は素直に頷いた。そして続ける。
「やつには騙している感じもしないし、悪いやつとも思えねえ。信じてもいいんじゃねえか」
男の話で渋々ながらどうやら納得したようだった。
「どうでもいいが。追っ手が迫ってきてるぞ」
耳をすますと、多くの警備隊が鎧を揺らしながら走ってくる音が近づいている。
ものの数秒もすればここに到達するだろう。
「ここはブラートを信じて皆行くよ!」
巨乳の女性の一声でその場のメンバーが一斉に走り出した。
横を過ぎ去る際に、鎧を着こんだ男が鎧の中でウィンクをしてきた感じがして、主水の背中を冷や汗が流れるのを感じていた。
「よし、行ったな。じゃあ俺は」
主水はその場に腰を降ろす。
その直後。多くの轟くような足音が、追手であるのは明らかだった。
「そこにいるのは誰だ」
先頭を行く男が尋ねる。
「はい、私はセリューさんの元で警備隊をやらせてもらっている中村主水と言います」
「では中村。ここに賊が来たはずだどこへ行った」
「私を見て向こうに走っていきました」
主水はナイトレイドが走り去った先とは真逆を示す。打ち合わせ通りの行動だった。
「そうか。俺に続け!」
「お待ちください」
「なんだまだ何かあるのか?」
「あまりの恐怖に腰が抜けてしまいまして助けていただけませんか」
「ふざけるな腑抜けが、そこで寝ていろ!俺に続け!」
怒りが交じった声色で怒号を飛ばすと警備隊は主水により指示された、ナイトレイドと逆方向に走っていった。
「これでいいだろ巨乳の姉ちゃん」
主水は立ち上がり、振り返ることもせず暗闇に語りかけた。
「なんだい気配を消してたのに気づいていたのかい」
物陰からヤレヤレといった感じで巨乳の女性が姿を表す。
「ああ、気配察知は以前の仕事では必要な技術だったんでね。で、もう安心しただろ。早くお前も逃げた方がいいんじゃねえか」
「ああそうだね。あんた大した役者だねえ。私はあんたのこと気に入ったよ。またな」
巨乳の女性は闇に消えた。
「今のことが知れたらお叱りを受けそうだな。構わんか今までどれだけ俺が叱られてきたか。それに比べりゃあ今回ぐらい」
一人ごちた後主水は、闇夜を黄金で照らす十手を、帯から抜きマジマジと見つめた。
(初めて実戦で使ったのに何年も使い込んだ十手のように、まるで自分の体の一部のように使えた)
主水は驚いていた。突然仕掛けられ、普通だったら使いなれた刀を抜くのが一般的であったが、今回は無意識に十手を手にしていた。
確かに傷つける意志がなかったため無意識に判断したのかもしれないが。
しかし、新たな十手は長さ2尺(約60センチ)であり、元の十手は1尺2寸(約36センチ)と扱いなれておらず、無意識であろうとも、危機意識が強い自分ならば、慣れないものは使わないだろうというのが主水自身の考えであった。
故に主水にとっての驚きが大きかったのだ。
(まあいずれ何か分かるだろう)
主水は前向きにそして楽観的に考え、再度この黄金の十手に関しては保留ということに帯に戻した。「どうだった主水君」
突如背後からかけられる明るい声。
予想通りそこにはセリューがやって来ていた。
主水は今回の一件は伝わっていないことに安堵した。
そして、セリューは悪に対して苛烈なまでに反応するため、取り逃がした(逃がしたのだが)とは伝えるべきではないと判断し
「このような所にはやはり現れませんでした」
となんとかはぐらかしておいた。
「そうか。また明日からも悪人を皆殺しにしないといけないから今日はもう上がらせてもらおうか」
「いいんですか?」
「いいよ、いいよ。私が隊長に言っておくから。おやすみー」
セリューは笑顔で去っていった。
悪人を相手にしていなければ、普通の娘なのだが。悪人に対する憎しみも、人が変わるほどの豹変も少なからずこの腐った世界の影響であり、彼女も被害者ではないのかと主水はセリューの走り去っていく後ろ姿をぼんやりと見つめながら考えていた。
幾度も仲間に深入りし過ぎて後悔してきた主水が、再びセリューに無意識にも深入りし始めたのは、後々大きな問題になり得るのだった。
そして、主水の今後の人生の転機となる大きな1日が幕を閉じた。