朝から快晴と言えるほど晴れ渡っていた空が、増えてきた雲により鉛色に濁った空になっていた。
それは、ナイトレイドの二人と三獣士との混沌の戦いを示しているかのようである。
既にブラートはインクルシオを解除しなくてはならないほどの怪我をしていたが、リヴァとニャウはそれ以上の怪我を負っていた。
しかし、
「一定以上のダメージで解除されるようだな。もう勝負は見えたぞ」
リヴァはまるで自分はまだまだ戦えるといった口振りである。
しかしその場に居るもの、仲間のニャウさえもリヴァが限界に達しているのには気付いていた。
「強がるなよ。耳から血が垂れているぜ」
ブラートは僅かに微笑みながら指摘する。
「奥義までだしたんだ。体はポロボロで帝具を使うことすらできねえんじゃねえか?」
「バレては仕方ない。交渉を有利に進めたかったんだが」
リヴァもブラート同様僅かに微笑んだ。
リヴァは柔和な表情でブラートに手を差し出した。
「ブラートよ戻ってくる気はないか。私とエスデス様の元に」
その表情は敵に向けたものではなく、以前の仲間の時に見せていた表情であった。
ブラートの動きが止まる。
タツミはブラートを信じてはいるが、漠然とした不安感に襲われる。
タツミとリヴァではブラートと過ごした時間、乗り越えてきた場数が違う。もしかしたら昔のことが蘇り…と、その事から不安が拭えなかったのだ。
しかし、ブラートはそんなタツミの心配を他所に、
「この国に支える気はもう一切ねえよ」
リヴァの誘いを一刀両断した。
しかし、リヴァは諦めきれない。
「国に使えろとは言っていない。現に私も国に使えている気など更々ない。エスデス様に支えると考えろ。私はエスデス様に救われたのだ」
リヴァは遠くを見つめ、何かを邂逅するように話始める。
「あの日、投獄され全てに嫌気がさし、自暴自棄になっていた私に、エスデス様が手を差しのべてくれたのだ。まるで地獄に現れた女神のように。全ての憂いを払いのけてくれ、私を求めてくれたのだ」
エスデスとの出会いを語るリヴァは、どこか陶酔したかのように話す。
リヴァにとっての人生の分岐点。
「さあ来るのだブラートよ。エスデス様の元に居れば、私達を強いたげてきた官僚たちですら媚を売るほどの力を得られるぞ」
「断る」
ブラートは一言で拒絶した。呆然としたリヴァに対して続ける。
「官僚たちに絶望したあんたには今の立ち位置は心地いいかもしれねえ…」
フッと息をつくと、徐に櫛を出し、水で乱れた髪を整え始める。
「だがな、俺は民の味方のつもりだ。大臣と組しているエスデスの元じゃソイツが気取れなくなるからな」
トレードマークのリーゼントを作りあげると、髪と共にナイトレイドのブラートに戻っていた。
「殺し屋がはく台詞ではないな……交渉決裂か…」
雰囲気がピリピリとした緊迫したものに変わる。
お互いに剣を構える。二人とも帝具を使う余裕などないからだ。
そんな中、リヴァは懐から薬物入りの注射器を取りだし、腕に射し、薬を注入した。
直後服の中でも分かるほど筋肉が膨れあがる。
「お前が相手だからな悪いがドーピングさせて貰うぞ」
リヴァは注射器を投げ棄てるとブラートに向かい走り出した。
呼応するかのようにブラートも走り出す。
龍船の甲板の中心で剣を交える二人。剣が交わる度に辺りを火花が舞い、衝撃波が吹き荒れる。
怪我をしているとは到底思われない、熾烈な戦いが繰り広げられる。
何十合と剣を交え、拮抗していた戦いだが次第に、ブラートが押し始める。
焦りと苦悶の色がリヴァに浮かぶ。
リヴァの焦りが、剣の振りを大きくする。それと同時に僅かな隙が生まれる。
ブラートがそのようなチャンスを見逃すはずがない。
「終わりだ!」
「がはっっ!!」
ブラートの剣がリヴァを一閃する。
血液が舞い、リヴァの体が傾く。
(エスデス様のために……せめて相討ちに)
「奥の手血刀殺!!」
リヴァの体から赤き血の刃が幾重にもブラートに飛ぶ。
(やはり何か隠してやがったか!)
気づき直ぐに剣で叩き落とそうとするが、遅かった。
捌ききれない刃がブラートを貫いた。
見届けたリヴァも
「命を振り絞った攻撃を……対処するとは…見事」
崩れ落ちながら素直に称賛する。しかしそれだけではなかった。リヴァは口元を緩め絶望的な言葉を吐いた。
「しかし……地獄への旅路には…同行してもらうぞブラート!!」
直後ブラートは大量に吐血した。
タツミは真っ青になり走りよる。
「先ほどの注射はドーピングだけでなく猛毒でもある。その猛毒の刃を受けたお前は……」
いい終える前にリヴァは息絶えた。
「兄貴早く手当てを」
「タツミ…お前の戦いはまだ…終わってねえぞ…」
揺れる指先でブラートが示した先には、奥の手鬼人招来を奏でるニャウの姿が。
少女にすら見紛うほどの華奢な体をしたニャウの体躯が膨れ上がる。
服は破れ、身長も横幅も2~3倍に膨れ上がる。体格だけでない。威圧感も桁違いに上がっている。
「久しぶりだよこの姿は」
(マジかよ。さっきの小柄な時にも押し負けたのに)
体が震え、自然と足が後退りしていた。
頭の中ではブラート、そして自分のために戦わないといけないと分かっている。
しかし、苛烈な状況がそれを許してくれない。
「タツミ…」
凍り付いた体を優しく溶かしてくれる優しげな声が。
「あ、兄貴…」
「お前にインクルシオの鍵を託す」
ブラートは、震える手で、剣の形をしているインクルシオの鍵を、タツミに渡そうとする。
しかし、タツミは、
「お、俺が、兄貴の帝具を!!」
と予想だにしないブラートの言葉に、困惑し、鍵を受けとることすらできない。
俺が兄貴の帝具に耐えられるのかという不安と、なぜ今になってそんなことを?という疑問が頭の中で渦が巻く。
「止めたほうがいいよ。インクルシオの負担は大きすぎるみたいたがら、着けた瞬間即死するよ」
ニャウが、タツミの困惑に追い討ちをかけるようにニヤニヤしてタツミを揺さぶる。
「お、俺は…どうすれば…」
「うだうだしてんじゃねえ!!」
タツミを鼓舞するかのようにブラートの鉄拳が飛ぶ。
「あ、兄貴」
「自分を信じなくてどうする。お前の素養、今までの経験値、インクルシオをつけるのに十分だ。帝具の相性も、お前がインクルシオを初めて見た時の反応からしても大丈夫だ。お前ならやれる自信を持て!」
兄貴としての優しい笑顔。猛毒で立つこともままならず、苦しいはずなのに。
「尊敬する兄貴にそこまで言われて、やらない訳にはいかないぜ」
ブラートからインクルシオの鍵を受けとる。
視線が交わり、タツミは黙って頷く。
鍵となる剣を水平に構える。
「インクルシオオオオオ!!」
タツミの叫び声と共にタツミの体に合わせてインクルシオが装着される。
インクルシオはタツミの思いに反応し進化したのだ。
「やはりな、タツミお前はすげえよ。いずれ俺を確実に超えるな。草場の影で見守ってるぜ」
暗くなっていく、ブラートの視界の中で、インクルシオを纏ったタツミは、一撃でニャウを葬った。
ポツリポツリと雨が降り始めた中で、冷たくなっていくブラートの亡骸を抱き締めて、タツミは声にならない声を上げて、涙を流した。
尊敬するブラートに最後まで迷惑をかけてしまったこと、そしてもうブラートと接することが出来なくなってしまったこと。とてつもない喪失感と絶望感が胸を占めていた。
◇◆◇◆◇◆
降りしきる雨の中、集められたナイトレイドのメンバーの前で、組み上げられた祭壇が燃え上がる。
闇を照らす炎によって照らされたメンバーは皆俯き、涙を流すもの、拳を握り締めるもの、歯を食いしばるもの、反応は違うが、一様に悲しみに胸が支配されていた。
冷たい雨が皆を濡らす。
辺りに響くのは、雨が地面を打つ音と、ブラートの亡骸を燃やす炎の音。
誰も祭壇が燃え尽きてもその場から動けなかった。
「俺が、俺がなんとかしなくちゃならなかったんだ」
タツミが地面に倒れ込むように殴り付ける。
「俺が!俺が!俺が!」
「いい加減にしねえか!!」
主水の怒号が響く。
「この稼業はいつ誰が死んでもおかしくねえ稼業なんだよ。お前も覚悟はできていたんだろ!」
「………うう…」
タツミの嗚咽が響く。
「乗り越えるしかねえんだよ。この稼業に一歩でも足を踏み入れた俺たちはな」
主水は自分でも言ったことを噛み締めていた。
それ以降、誰も言葉を発することなく雨に濡れ佇むだけだった。
最初はタツミが死んで、ブラート生存させようかととんでもないことを考えてましたが、さすがにそこまで原作崩壊させることはできなかったので、そのまま原作をなぞることになりました。
明日から新学期が始まるので、週1ないし週2更新になります。