その日、眠っていた主水が目を覚ましたのは、夕方であった。
チョウリを護衛しながら、帝都にたどり着いたのが早朝、そしてタカナの配慮により、その日は警備隊を休むことが許されていた。
その後、家路についてから、布団に倒れ込み、泥のように眠りこんでいた。
「疲れと怪我はもういいな」
主水は起き上がると、体を動かし確認する。
しみじみと若い肉体の回復の早さの、ありがたみを感じた主水であった。
(タカナ様への報告は明日として。まずはナジェンダに伝えておくか)
今回戦った三獣士とその帝具について、伝えておこうと、思いたつと、主水は用意を整えて、ナイトレイドのアジトに向かうべく、家を後にした。
外は既に日は傾き、日の掛かる城郭は茜色に染まり、帝都の街並みは黄昏れ始め、空を見上げた主水の瞳には、暮れなずむ菫色の空が映っていた。
(こんな時間まで寝ていたのか…)
自分が今回どれだけ気を張り、疲労していたのかを、時間の経過から垣間見れた。
帰宅する子供や、夕飯の準備のために、買い出しに出かけている女性の姿を横目に見ながら、主水準は大門から帝都を出て、ナイトレイドのアジトに向かった。
アジトは帝都から離れているため、たどり着いた頃には、刻々と忍びよる夕闇が、辺りを支配していた。
ナイトレイドのアジトに入るが、普段誰かしら居るはずの広間には誰もいなかった。
それは、時間からしてアカメやタツミが料理しているはずの台所でも、同様である。
(どこにいるんだ?)
修練場などにもいず、幾つかの部屋を巡ると、ナジェンダの執務室から光と声が漏れてくる。
「レオーネお前は帝都へ行きエスデスの動向を探ってきてくれ」
「とんでもねえやつだ気を付けろよレオーネ」
「了解って、主水の旦那!」
何の前触れもなく扉が開かれ、入ってきた主水に皆が注目する。
「重役出勤だな主水」
「うるせえ、色々あったんだよ」
ナジェンダと主水は言葉を交わしあいながら、笑い会う。
「主水」
「主水さん」
手をギブスで固められ、胸部にはコルセットのようなものを着けた、痛々しい姿のマインと、頭に包帯を巻いたシェーレが主水の前に来て、
「ありがとね」
「ありがとうございました」
マインは、頬を朱に染め、そっぽを向きながら、シェーレはしっかり主水を見つめ、感謝を述べた。
全く感謝の仕方は違うが、二人らしい対応でもあり、二人の感謝の意は伝わってくる。
主水は
「構わねえよ」
と素っ気なく返しながらも、二人を救うことができて、本当に良かったと、しみじみと感じていた。
「私からも二人を救ってくれたことには感謝する」
皆を代表してだろう、ナジェンダも頭を下げた。
少し、主水の胸が痛んだのは、セリューを直接鍛えたのが、主水であるということがあったからかもしれない。
「じゃあ話を戻すが、主水はエスデスに会い、しかも目をつけられたとラバックから報告を受けているが。どうなんだ?」
「ああ、そのままだ。見ただけでゾッとしたぜ。今まで、とんでもねえヤツには何人も合ってきたが、女の身であれほどのやつにあったのは初めてだ…」
「主水さんがそこまで言うなんて…」
タツミは主水の言葉に驚き、皆は沈黙に包まれ、ナジェンダの義手はギシリと軋んだ音をたてた。
「さらに、面倒なことに、やつにどこまでか分からんが、力を見抜かれ、このアレスターが帝具であることさえも見抜かれた」
主水がアレスターの柄を握り、顔をしかめて呟いた。
「やはり、ただ者ではないな。レオーネは慎重に行動してくれ」
ナジェンダはしきりに義手を押さえている。
何かがあったのだろうと、主水は思ったが、誰しも語りたくない過去はあると、詮索すべきではないと黙っていた。
「オーライ、オーライ」
(主水の旦那にここまで言わせる帝国最強のドS将軍……隙あらば殺っちゃお。大臣並みに、仕留め甲斐がある)
レオーネは今までの二人の言葉を聞いていたはずなのに、どこか嬉しそうにしたなめずりし、ワクワクしているようだ。
(百聞は一見に如かず。レオーネも実物見りゃあ分かるだろ)
主水はチラリとレオーネの様子を見て、そう思った。
身をもって知るのがよいと。
「最後の一つだが。帝都で文官の連続殺人事件が起きている。今まで殺されたのは文官三名とその警護の者40名だ。しかも問題は殺しの現場に『ナイトレイド』と紙が残っていることだ」
ナジェンダは、ナイトレイドの紋が描かれている紙を取りだし、皆に見せた。
「ちょっといいかナジェンダ」
「お前が言いたいのは元大臣チョウリのことか?」
「!」
主水ハッとした表情を見て、ナジェンダは不敵な笑みを浮かべる。本当に嬉しそうに。
「良識派の文官は能力も高く、真に国を憂う者だ。そんな文官こそ新しい国に必要だと、我々革命軍もチェックをしていた。そのため情報が入ってきたんだ。お前が、チョウリを護り、エスデス配下の三獣士を倒したとな」
「はぁ、さすがナジェンダだな。そこまで知っていたとは」
「当然だ」
ナジェンダは得意気にドヤ顔をしている。
(腹立つな)
「まあ主水の件は後で報告を受けるとして、そんな貴重な人材を大臣の思惑だけで、これ以上失う訳にはいかない。こちらから偽物を潰しに行くべきだと思う。お前たちの意見を聞こう」
ナジェンダは視線を皆に一巡させる。
「俺は、政治については分からねえけど……ナイトレイドの名前を外道に利用されているだけで、腹が立つ!!」
タツミが皆の気持ちを代弁するかのように、口火を切った。
その顔には僅ながら、成長の兆しが垣間見えた。
「そうだな。その通りだタツミ!」
呼応するようにブラートが答えると、皆も大きく頷いた。
その皆の様子をナジェンダは満足気に見送り、意思を確認し、言を発した。
「よし、決まりだ!勝手に名前を使ったらどうなるか、殺し屋の掟を教えてやれ!!今狙われている文官は五名だ。そこからさらに絞りこみ、宮殿外に出る予定があるものに限定すると、二名に絞られる。アカメとラバック。タツミとブラートがそれぞれ護衛に当たれ」
話し合いは終了し、仲間達は主水とナジェンダを残し、執務室を後にした。
「まさか革命軍の情報網がここまで広いとはな、驚いたぜ」
「フフフ、見直したか」
主水も情報の重要性はよくよく分かっていたので、素直に称賛すると同時に、自分も独自に情報屋が必要かもなと考えていた。
「報告といっても、ナジェンダが言っていたことがほとんどだ。それ以外と言うと、三獣士は殺さず警備隊に引き渡したことと、やつらの帝具を回収できなかったってことぐらいだ。すまなかった」
「いやそういう任務だったのだろ気にするな。良識派の元大臣チョウリが助かっただけでも大きい」
主水は幾分救われた気がした。裏だが、ナイトレイドに属する者として、後ろ髪を引かれる思いがあったのも事実だったからだ。
「話は変わるが、チョウリは今回は大丈夫だったが、まだ用心したほうがいいと思うんだが、護衛はどうなる?」
「それなら大丈夫だ。宮殿内ならブドーがいるから、大臣も下手には動かんだろ。外では護衛がつくことになっているしな」
ナジェンダが自信を持って言うので、主水も信用しているので、納得することにした。
報告はそれで終了し、広間に戻ると、レオーネとブラートが差しで酒を酌み交わしていた。
「珍しい組み合わせだな」
「ボスには報告終わったのか」
「ああ」
「じゃあ旦那も呑んでけ、呑んでけ」
酒が入っているためか、レオーネは幾分ハイになっており、主水を引っ張ると、席につけた。
主水自身は酒は好きでもなく、また嫌いでもないため、二人の好意を無下にするわけにもいかないので、チビチビと飲み始めた。
「ブラート結構しごいてるようだな。いい顔になってきたぜ。まだ青いところもあるが」
「そうだろ。タツミの前じゃ言わねえが、やつは素質があるぜ、いつかは俺を抜くんじゃねえか」
だはははと豪快に笑い、我がことのように喜ぶブラート。饒舌になりながら、次々と酒を煽っていく。
二人の関係が良好なのが見て取れる。
「レオーネはいいのか?このままじゃ、タツミをブラートに奪われちまうぞ。貞操までな」
最後は小声ではあるが、主水は笑いながら、冗談めかして、レオーネに振った。
「ん?大丈夫、大丈夫。もう唾はつけてあるから」
「な、なんだと!!」
レオーネの言葉にブラートは即座に反応し、血相を変えて立ち上がった。
酒で火照っているはずなのに、顔は青ざめワナワナと震えている。
「俺のかわいいタツミが…しまった出遅れたか……いや、まだ間に合うはず…」
この後もブラートはブツブツと、何か言ってはいたが、相当危ない発言が入っていたため、主水もレオーネも聞かなかったことにした。
師弟関係とは別の関係にステップアップするのも時間の問題である。
シリアスに行くのかと思われたが、この面子なので、いつも通りの変わらない夜だった。