主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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前回お答え下さった皆様ありがとうございました。
奥田右京亮については、戦闘描写の時に使わせてもらい、今回は全覚を使わせて頂きます。


第20話

 「うっ、ここは?」

始めに視界に入ったのは、どこまでも広がる広大な青空ではなく、無機質な白い天井であった。

(俺は確かマインとシェーレを貸本屋に運んだ後の、帰路で意識を失い)

思い出すことができたのは、警備隊の面々に怪しまれずに合流するために、急いで帰っていたが、初めての奥の手の反動で、意識を失い倒れたという所までだった。

しかしながら、今の主水の状況は違う。

どこかの一室で、しかも寝ているのは、地べたではなく、弾力があるベッドのうえだった。

 主水は寝たまま、状況判断をすべく、回りを見回す。

 備え付けの棚には、多くの瓶が整頓して並べられ、その前の机には、山のように積まれた紙の束。

逆の方を見ると、心配そうな顔をして、静かに寝息をたてて眠っているセリューが。

(そうか、セリューが俺をここまで)

主水は得心がいった。昨夜声が届かずマインの命を奪おうとしていた時には、正直あの頃の、セリューに戻ってしまったのではと、危惧したが、自分を助けてくれたことから考えてもまだ大丈夫だと思えた。

「あっ、主水君目を覚ましたんだ。良かった心配したんだよ」

目を覚ましたセリューが、目を擦りながら起き、屈託ない笑顔を浮かべると、曇らせていた表情が一変して晴れ渡る。

「セリューさんが私を助けてくれたんですね。ありがとうございます」

主水が礼を言うと、セリューは照れくさそうにしながらも、嬉しそうに話す。

「私とタカナ様が見つけたんだよ」

「タカナ様も…」

「うん。物凄く心配そうな顔をしてたよ」

いつも嫌味ったらしく愚痴を言ってくる、タカナにも部下思いな一面があった。

「でもよかったよ。暗闇で倒れていた主水君を見つけた時は、心臓が止まるかと思ったよ」

心底安心した風な感じで話すセリューだが、次の瞬間雰囲気が変わっていた。

「もしも、主水君がナイトレイドに襲われていたら、私は、どんなことをしてもやつらを―――」

「セリューさん」

瞳のハイライトが消え、あからさまに不味い雰囲気が流れ始めたので、主水は焦り、呼び掛けた。

「あっえ~と。うん元気そうでよかったよ」

(まだ完全に呪縛から解き放たれてはいないのか…)

主水はセリューの中に残る、歪んだ正義の残滓を垣間見た気がした。

そして、まだ自分の警備隊での使命も残っている気がした。

「気がついたようですね。中村さん」

扉が開かれ、入ってきたタカナは、主水の元気そうな姿を見て、僅か一瞬安心し、嬉しそうな表情を浮かべながらも、すぐにそれを消し、いつもの口調でやって来た。

「タカナ様心配かけたようですいません」

「私が中村さんの心配をするなんてありませんよ。それより早く復帰してくださいね。猫の手を借りたいほど忙しいんですからね」

早口で捲し立てるように話すと、タカナはつかつかと部屋を後にした。

「あの賊はどうなったんですか?」

主水がセリューに聞くと、僅かにセリューの表情は曇る。

「うん。昨夜追い詰めたんだけどね。いつの間にか逃げられちゃって。今もまだ見つかってないんだ……」

(大丈夫だったみたいだな)

セリューはえへへといった感じで苦笑いを浮かべ、主水は表面上は同情するような、瞳で見つめたが、心の中では安堵していた。

「じゃあ、行くね。昨夜チブルさん以外にも殺されていて忙しいんだ。主水君はしっかり体を休めてね」

セリューは手を振ると、部屋を出ていった。

「よっと」

主水は立ち上がると、帯を閉め直し、横に立て掛けられた、二本挿しと布で覆われた帝具アレスターを腰に挿し、畳まれている、黒い同心羽織りを羽織ると部屋を後にした。

どうやら主水が寝ていたのは、警備隊隊舎の医務室であったようで、主水は養生してよいと言われたことと、マインとシェーレのその後が心配なので警備隊を後にした。

 警備隊隊舎を出ると、眩しいほどに燦々と輝く太陽が中天に位置していた。

主水は、自分が長い間眠っていたことを実感した。

(貸本屋に行くか)

主水はラバックの貸本屋に行くことにし、歩み出そうとした時だった。

 突如、背筋が凍る程の、底知れぬ恐怖、威圧感、そして直に心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。体は金縛りにかかったかのように、動かなくなっている。

(なんなんだこの感覚は……まるで全覚にいすくめられたような感覚じゃねえか!!)

江戸でも似たような感覚を、以前主水は味わっていた。それは主水の兄弟子全覚の時で、その時のことが、鮮明にフィードバックされていた。

感覚の主は、主水の視線の先にいた。

 腰にかかる程の流れる川のせせらぎのような青髪、雪のように白い肌、整った美貌の中でも、目を惹き付けられるのは、切れ長の目。その眼孔は、見たもの全てを凍死させられると、錯覚させられるほどの凄みと、絶対零度の冷たさを秘めている。

 装束は、軍隊の帽子のようなものを被り、白を基調にし、胸元が強調された、制服のようなものを身に付け、長細い剣を腰に挿している。

(女が放つような気配じゃねえぞ)

主水の危機察知能力が全力で、 警鐘を鳴らす。

この女は危険だ、近づくな、逃げろ、と。

体が動かない中、その女性は一歩一歩近づいてくる。

その桁外れの存在感から、自分とその女しかその場にいないという、錯覚に陥る。

意識せず、気にせず通り過ぎればいいんだ、と思っている内に、女性が長い髪を風に靡かせて、横切った。

(行ったか)

主水は一息つこうとした、しかし、その直後。

「そこの警備隊、お前の名前はなんだ?」

鋭い瞳をさらに鋭くし、流し目を送るようにこちらに視線を送る。

予想だにしていない問いかけ。

生きた心地がしない。

主水は、冷静になるように、自分に言い聞かせ、なんと答えるべきかに悩んでいると。

「答えたくないならそれでもいい。軽く拷問にかければいいだけの話だからな」

愉悦を感じたウットリとした艶のある声で話す。

全ての予想の遥か斜め上を行く答え。

下手に誤魔化すことはできないと主水は悟り、正直に告げた。

「帝都警備隊に所属する中村主水でございます」

「中村主水か」

女性は口許を上げ、愉快そうに呟いた。

「何か御用で?」

主水は意を決して問いかける。

「お前から秘めた力のような物を感じたことが一つ。その哀愁の漂う背に私の心(ドS)が反応したのが一つ。そして、お前の腰の帝具に惹き付けられたのが、最後の一つだ」

「!!」

女性の全てを見透かすような鋭い視線に、そら恐ろしさを感じる。

帝具スペクテッドさえ、子供のお遊戯のように感じさせるほどの眼力。

「帝具ですか?」

まるで知らなかったという体で問いかける。知っていたとばれると不味い気がしたからだ。

「気づいていなかったのか。まあいい。またお前とは会うことになるだろう。その時を楽しみにしているぞ」

女性は愉快そうな笑みを浮かべ、踵を返すと、雑踏の中に消えていった。

(とんでもねえやつだな。俺の力を見抜いただけでなく、布で覆った帝具アレスターまで見抜くとはな。やりあいたくねえ相手だな。やりあったらどちらも無事じゃあすまねえ)

いつの間にか強く握っていた手は汗でベタベタになっている。

自然と頬を伝う汗を拭い、主水は疲れきった顔でしみじみと考えていた。

―――――

 天気は晴れやかであるが、今までの経緯で、気持ちはいまいち晴れないなか、ラバックの貸本屋にたどり着いた。

「主水の旦那、体は大丈夫なのか?昨夜合った時は、あまりよくなさそうだったけど」

「ああ、なんとかな。それより、マインとシェーレはどうだ?」

「二人とも命に別状はない。だけど、マインは腕と肋骨何本かが、シェーレは骨は大丈夫だが全身打撲だ」

主水は命に別状はない、ということを聞き、胸を撫で下ろした。

「あと主水の旦那にナジェンダさんから伝言だ。今帝都にエスデスという女将軍が北方を征伐して帰ってきている。危険な相手だから気を付けてくれ、ということだ」

主水はまさかなと思いながらも、先程の女性が脳裏を掠める。

「ラバックわりいがそのエスデスとやらの詳しい説明と容姿を頼む」

「ああそうだな。名前だけじゃ分からねえもんな。北方で40万人を生き埋めにし、蹂躙したとんでもない強さをした将軍だ。革命軍のだれもが恐れている。容姿は……」

ラバックは何かを探すように辺りをキョロキョロすると、一冊の本を持ってくる。

「この女に似ている美女だ」

(18禁)本に載った美女は、市中であったあの女を思い出させた。

(ったく…やはりかよ……)

主水はこの世界が自分に優しくないのを痛感した。

どうやらその女性がエスデスであるという結論に至ったのだ。

「どうしたんだ旦那。顔色悪くなったぞ?」

「…どうやら、そのエスデスとやらに、既に合って…しかも目をつけられたようだ…」

「マジかよ…」

「ああ……」

またもや主水は大きな問題を抱えることとなった。

後の波乱を予想させる出来事だった。




原作最強の一角を示したかったために、皆様に必殺最強の敵を聞いた運びになりました。

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