警備隊隊舎の会議室に於いて、チブル警護のための、綿密な計画が、たてられていた。
ホワイトボードに、描かれた地図にタカナが、警備隊のメンバー名をつらつらと書き込んでいく。どうやら今夜の配置のようだ。
そこで、主水は目を疑った。
「た、タカナ様。なぜ私はセリューさんと一緒じゃなくて、タカナ様と一緒なのですか?」
主水は不満顔というか、不安顔で質問する。
その僅な差に気づくものはいない。
ただ単に、タカナと組むのが嫌という風にしか、皆には聞こえなかった。
「そんなの当然ですよ。貴方を一人にしたら、絶対サボリますからね。私の目の届く所に置いておきたいのですよ。あとセリューさんは、以前挙げた功績から、遊撃隊として決まった場に配置するのではなく、動き回って警戒してもらいます」
ザンクを倒したということから、警備隊屈指の戦闘力を持っていると、判断された上でのセリューの扱いである。
タカナの言いたいことは、主水を含め、皆理解できた。
しかし、この作戦により、既に主水の作戦に、大きな狂いが生じ始めていた。
抗うことができない。
(ちっ、どうするか。セリューは大分分別はついてきたが、ナイトレイドならば構わず殺しにいくだろう。絶対に会わせちゃならねえ)
主水はセリューとナイトレイドの面々が会わずに済むように、とりはかり、もし、会ってしまっても、主水がなんとかその戦いを、最低でも死者が出ないよう阻止しようと思っていた。
しかし、それはセリューと共に、主水が配置されることを前提としての考えである。
事態は最悪な方面へ向かっていた。
その後は、何も問題なく、粛々と作戦が伝えられ、作戦会議は終了した。
(後は皆とセリューが会わないことを祈るだけか……この俺が神頼みとはな…)
主水は険しい表情で会議室を出た。
夕刻の作戦時間まで自由時間ということなので、それまでに、仲間に今回の作戦を伝えるべく、警備隊隊舎を後にした。
「待ってたぜ主水の旦那」
「悪いな。少し時間が押しちまってな。ここに内訳全てが書いてある。ナジェンダに渡してくれ」
主水は回りから見えないように、作戦内容を書き記した紙を、ラバックにそっと手渡した。
「ありがとよ。旦那」
「ちょっと待て」
今にも走り出そうとするラバックに主水は待ったを掛ける。
「どうしたんだ旦那?」
「一番重要なことがあってな、今回の障害になるのは、この女だ」
呼び止めたラバックに、主水は懐から、以前セリューと共に撮った写真を手渡す。
「へえ、かなり可愛い娘だな。で、この娘がどうしたんだ」
ラバックは真剣な表情の主水を見て、茶化すことなく問う。
「出会ってしまったら絶対に逃げろ!ブラートには及ばんが、帝具抜きのアカメ並の力を有している」
「アカメ並ってマジかよ…」
主水の口調は静かではあるが、重みがあるため、信憑性がまし、ラバックはことの重大さを知った。
「でもよ。配置が分かってるならそこを避ければ」
「そう考えるのが普通だが、この女は、今回の作戦上固定せずに、動きながら警戒することになっている。だからこそ会ってしまったら逃げろというんだ」
有無を言わせぬ主水の忠告に、ラバックは黙って頷くしかなかった。
「…ナジェンダさんにも、皆にも伝えておくよ」
「頼んだ」
ラバックは、店をすぐに畳んで、走り去った。
(後は、運任せか。いざとなったらタカナ様を眠らせてでも介入せんとな)
主水は、帝具アレスターの柄を握り締めて、そう考えていた。
―――――
焼けるような真っ赤な夕日が、山の裾野にかかり、じわじわと闇が辺りに忍び寄って来ている。
定刻となり、チブルの邸宅の近くに、警備隊の面々が集まっていた。
「では皆さん、先ほど伝えた位置に移動してください。あとセリューさんは配置など気にせず、警戒にあたってくださいね」
「はい、タカナ警備隊長」
ビシッとコロと共に、姿勢を正し、敬礼する。
「主水君行ってくるね」
「気をつけてな…」
薄暗く表情は伺えないが、主水の口調が暗いのに気づいたのか、セリューはとびきりの明るい声で、主水を勇気づけ、安心させるように返す。
「うん。今回の賊は相当悪いやつみたいたから、必ず葬ってくるね」
以前とは違い、顔は悪鬼のそれではなかった。
しかし、意志と覚悟の強さは、以前以上のものを主水は感じ取っていた。
セリューは踵を返し、コロを率いて、薄暗くなった夜の闇に消えた。
主水はそれを静かに見送った。
「さあ中村さんも、ぼうっとしてないでついてきなさい」
颯爽と、姿勢を正して歩くタカナの後に、主水は不安げな表情で後を追った。
主水とタカナの配置は、チブルの邸宅の近くであった。
ただし、帝都警備隊を信用していないチブルは、周りをボディーガードに任せ、警備隊は邸宅内に入ることさえ、禁じていた。
すでに月は中天に差し掛かり、辺りを緩やかに照らし、辺りには、虫の音色と風が、草花を靡かせる音のみが静かになっていた。
主水とタナカも警戒を怠らず、回りに視線を送っていた。
しかし、主水の頭の中はそれどころではなかった。
更に時が流れ、気が緩みかけたその時だった。
主水は殺気を感じとり、視線を向けた。
主水は気づいてはいなかったが、主水と同時に、タカナも鋭い視線を、同じ所に向けていた。
辺りの静寂を撃ち破る一発の銃声が辺りに響き渡り、夜闇を切り裂く一筋の閃光が。
ガラスの割れる音、何かが倒れる音と共に、邸宅内から
「チブル様、チブル様!!」
「早く医者を呼べ!!」
と慌てふためく声や、叫び声が聞こえてくる。
「やられました。中村さん行きますよ!って中村さんどこへ行きました?」
タカナが振り向いた時には、そこに主水の姿は跡形もなかった。
(今の銃声からして殺ったのはマインだろうな。そしていつもの通りなら護衛はシェーレ。殺すことに成功したことから、まだ出会ってないのはなによりだが、今の銃声を聞き付けたセリューは、今まさに向かっているだろうから、一刻の猶予もないだろう)
主水は銃弾の飛来してきた方向と入射角、頭に入れておいた警備隊の配置から、マインとシェーレの逃亡ルートを割り出し、先回りし、セリューと出会わないように、手配りをするために走って向かっていた。
障害物などあってないかの如く、主水は夜道を駆け抜け、出会うであろう、位置にやって来ていた。
しかし、いつまで経ってもマインやシェーレのやって来る気配すらない。
辺りが暗くなるごとに、主水の不安も増してくる。
(もしや予想が間違ったか。別のルートを探るべきか。いや、今の時間ならとっくに逃げ去っているはず)
主水が幾つかのパターンを想定し、考えを巡らしていたその時だった。
夜空に大きな呼び子が鳴り響いた。
警備隊全員に配られる呼び子は、敵を発見した時に、仲間を呼び集めるために鳴らされるものである。
つまり、マインとシェーレが発見されたということである。
そして、それと同時に分かることは、マインとシェーレは配置を知っているのだから、見つけたのは必然的に、セリューということになる。
主水は呼び子が響いた瞬間、形振り構わず走り出していた。
一つだけ幸いなことは、意外と近い場所から聞こえていたということだった。
主水の頭の中には、爽やかな無垢な笑顔で手を振るセリュー。朗らかな笑顔を浮かべ、優しげな瞳で皆を見守るシェーレ。悪態をつきながらも照れるマイン。
この三者が頭を巡っていた。
主水の中でも、皆が大きな存在になっていた。
木立を抜け、最初に見えた光景に、主水は絶句した。
10メートルほど先に、朱に伏したマインと、それを慈悲に満ちた表情で見下ろす所々怪我をしたセリュー。
そんなマインを助けようと、血にまみれながらも地を這うシェーレ。
そのシェーレをひと飲みにすべく、口を開け、寸での所まで迫っている巨大化したコロ。
勝敗は既に決していた。
そして、二人には、逃れようのない『死』が目前にまで迫っていた。