この頃はセリューとの話ばかりでしたので。
この頃の主水は、充実した日々を送っていた。
変わらず警備隊隊長のタカナには、ネチネチと嫌味や、愚痴を言われるのは、変わりない警備隊のお馴染みの光景となっていた。
まあ主水にとっては日常茶飯事のことなので、右から左へといった具合にスルーして日々を過ごしていた。
そして、勤務時間であろうと、時間があれば、セリューと共に森に行き、修行をしていた。
ナイトレイドの敵となるであろうセリューを鍛えるのには、問題はありそうだが、それでも主水はどんどん強くなっていく、セリューの成長を喜んでいた。
修行相手となるエイプマンとの切磋琢磨により、セリューは、今では、ザンク程度なら帝具を使用されなければ、片手で捻られるぐらいにまで成長していた。
そんな中で今日は貴重な休日であり、またナジェンダに呼び出されたので、ナイトレイドのアジトに顔を出していた。
入ってすぐの広間に、真剣な表情で本を読み込むシェーレの姿が。
「主水さん。おはようございます」
主水が現れたことに気づいたシェーレは、本から顔をあげると、いつも通りのノンビリした口調で挨拶する。
「おう、おはようございます。ってそんな時間じゃねえよな。さっき昼飯食ったじゃねえか」
「そうでしたっけ」
シェーレのノンビリというか、独自のペースに乗せられる(巻き込まれる)主水、中々の難敵である。
「何真剣に読んでんだ」
「え~と何でしたっけ?」
こちらまで釣られて笑顔になってしまいそうな、朗らかな笑顔。
殺伐とした稼業に属している人間には、到底見えない。
「『天然を直す100の方法』か、天然を気にしてんのか?」
「はい。私、殺し以外じゃ役にたたないので…」
シェーレの顔に影がさす。どうやら彼女が抱えている一番の悩みらしい。
「シェーレはナイトレイドで十分役にたってるぜ。誰よりもな。この裏稼業は殺伐とした世界でよ、精神病んだり、悩みを抱えて苦しんだ後に、死んじまうやつもたくさんいる。だがな、このナイトレイドには、そんな暗い感じねえよな。お前は無意識かも知れねえが、皆の癒しになってんだよ。一抹の清涼剤みたいにな。自信を持っていいぜ。」
「主水さん…」
暗かったシェーレの表情に明るさが戻る。目頭は潤んでいるが、悩みが吹っ切れたように、清々しい笑顔にまでなっている。
「それによ、天然も悪くねえよ。演技で昼行灯装っているやつなんかより、よっぽど信頼できるからな」
主水は自虐めいた言葉に苦笑する。
「主水さん……」
シェーレは掛ける言葉が見つからなかった。
主水にも影がさす。主水が見せた初めての本音だったのかもしれない。
「悪い邪魔したな。じゃあな」
「主水さんありがとうございました」
後ろ手に手を上げて去っていく主水に、シェーレは深く頭を下げていた。
―――――
(早くナジェンダの所に行かないとな)
主水が廊下を歩いていると修練場から、勇ましい声が聞こえてくる。
稽古でもしてるのかと、廊下から主水が覗いてみると、見てはいけない光景が。
半裸の男(ブラート)と、半裸の少年(タツミ)が、手取り足取り絡みあっていた。流れる汗、荒い息遣いがまた生々しい。
(やべえもん見ちまった)
主水は気づかれる前に、その場を離脱しようと試みる。が
三人は瞬間的に目があってしまった。
時が凍りつき、時間が停止する。(誰かさんの奥の手のように)
三人の間に微妙にいや~な空気が流れる。
「邪魔してすまねえ。俺は消えるから仲良く楽しんでくれ」
主水は走り去る。
「主水さん、誤解なんだよーーー!」
「主水の旦那、焼きもち妬かせちまったかな。モテる男は辛いぜ」
地面に手をついて叫ぶタツミと、頬を染めて爽やかな笑顔を浮かべるブラートがそこに残された。
三人の関係がおかしくなった時だった。
―――――
(やべえ世界見せられたぜ。あの二人ができていたとはな)
誤解しまくった主水が、ナジェンダの部屋に向かって更に廊下を歩いていると、前から機嫌がよさそうなアカメが歩いてくる。
「おうアカメ。なんか嬉しそうだな」
「うん。とってもいい肉がたくさん手に入った」
喜色満面、至福の笑みを浮かべるアカメ。
「そうか良かったな」
「うん。今日は主水も肉付くし食べていってね」
「ああ、アカメの飯は旨いからな。楽しみにしてるぜ」
主水はアカメと別れると、ナジェンダの部屋の前に辿り着いた。
「入るぜ」
「ああ」
ほぼツーカーである。
ナジェンダの部屋に入ると、いつみても、綺麗に整理整頓されている。ナジェンダの几帳面な一面が見て取れる。
「よく来てくれたな主水」
笑顔で出迎えるナジェンダ。
こりゃあ何かあるなと考える主水。
「で、今日は何のようだ?」
「用がなくては呼んではならないのか?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべるナジェンダ。シェーレと違って、こちらもまた強敵である。
「冗談はさておき。我らナイトレイドに大きな依頼が入ってな」
「それに出ればいいのか?」
「いや違う」
首を横に振るナジェンダ。訝しがる主水にナジェンダは続ける。
「今度のターゲットは大物のチブルというやつなんだが。得た情報によると、その日は、お前たち帝都警備隊が護りを固めるらしい」
そこまでナジェンダが言った時、主水は全て悟った。
南町奉行所に勤めていた時にもよくしていたことを。
「護りの配置を探りゃあいいんだな」
「話が早くて助かるよ」
ナジェンダは不適な笑みを浮かべる。
主水にしかできないことである。
「じゃあ、分かり次第、陣容、配置、人数、危険箇所まとめて知らせる。またラバックに渡しゃあいいか?」
「ああ。ただできれば、その情報を持ってアジトに来てほしい。詳しい内容までは、レポートだけでは把握しづらいしな」
ナジェンダのもっともな、意見ではあるが、主水はすぐには即答できなかった。
「そうしたいのは山々なんだが、最近は、警備隊を抜けるのが難しくなっちまったんだよ。新しい警備隊隊長に目をつけられててな……」
顔をしかめる主水。
頭の中では、つい先日、主水の隠密行動を見事に察知し、ドヤ顔を浮かべているタカナの姿が浮かんでいた。
「そうか。分かった無理はするな。重要な情報を得られるだけでも、被害を減らすことができる。では通常通りラバックにつなぎを取ってくれ」
「分かった」
主水とナジェンダは、作戦を話終えると、茶を飲みながら、何気ない雑談を楽しんだ。
―――――
(結構長くなっちまったな。いい匂いも漂ってくるし、飯か)
主水が廊下に差し掛かると、足が自然と止まる。
修練場に美しい虫の音が静かに響き、見るものを魅了する見事な満月が輝いていた。
(久しぶりにゆったりと月を見たな)
主水にも備わっている、日本人特有の風流心が充たされかけていると、
「主水ーーー!」
というかしましい声が。
(風流が分からねえやつだな)
主水はため息を吐きながら振り向いた。
「なんだピンク」
「ピンクって言うな!」
走ってきたのは、ピンク色のツインテールを揺らすマインであった。
「飯か?」
「違うわよ!あんたシェーレに何したのよ。泣いてたわよ」
話はしたが、泣くような話かと首を傾げていると、
「何かが吹っ切れたような顔をして、嬉しそうに泣いてたの。話を聞くとあんたの名前が出たから、少し話を聞きたくてね」
「大したことじゃねえよ」
「あんたには大したことなくても、シェーレにとっては重要なことだったのよ」
マインはそう言うと、主水に背を向ける。
「大事な親友のシェーレの悩みを解消してくれて、ありがとね」
と小さな声で呟いた。面と向かって言うのが照れくさかったのだろう、僅かに見えた、満月に照らされた頬がうっすらと赤らんでいた。
「プッ、お前らしくもねえな。飯いくぞ」
去り際に、マインの頭をグシャグシャと撫でる主水。
「笑うなー!それと子供扱いするなー!」
声では怒りながらも、満更ではない表情で、主水を追いかけるマイン。
一時期の平穏で、平和な時が流れていた。
しかし、その平和も、僅な一時でしかないのを、主水も薄々と感じ取っていた。