主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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オーガ編〈後編〉です。


第13話

 外から鳥の囀りが聞こえ、清々しい朝日が射し込んでいる。

普段であれば、出仕時間ギリギリに目を覚まし、急いで家を出る主水であるが、今日はするべきことがあるため、朝早くから起きていた。

(一応持っていくか…)

主水は掛け軸の裏から金貨を取り出す。

この世界についてから、コツコツと貯めていたものである。

(使わなくて済めばいいが…)

切ない顔をして、主水は家を後にした。

 今日すべきことは二点。

一点目は、警備隊隊長オーガと油屋ガマルが顔を会わせる料亭を探すことだ。

 オーガ暗殺の依頼をした女性は、オーガとガマルが牢屋で話をしているのを聞いたと言っていたが、伝え聞いていた噂だと料亭で会っているという話があったり、儲けの何割かを上納する場があって然るべきであるからこそ、必ずそのような場を設けるはずと考えてのことである。

 二点目は、代筆屋を探すこととだけ言っておこう。

―――――

 主水はピックアップしておいた帝都の高級料亭を一軒、一軒巡っていた。

帝都と言っても、高級料亭であれば、数は限られてくるのでそこまでの苦労はなかった。

 さすがに高級料亭となると、朝早くから準備を始めている。

下女が料亭の玄関の掃き掃除をしている。

(あの女にするか)

主水はそう考えると、下女に歩みより、話しかけた。

「少し聞きたいことがあるんだが。聞かせてくれねえか?」

「はい…」

下女は訝しげに主水を見る。

いきなり話しかけられれば警戒するのも無理はないことである。

「ここの料亭には、警備隊隊長のオーガと油屋ガマルが来ることはないか?」

「個人的な情報は答えかねます」

当然の答え。

高級料亭であるからこそ、客の情報は漏らさない。しっかりしていた。

江戸であれば、同心の権威の証である十手をちらつかせれば、大抵のことは聞き出すことはできるが、この世界ではそれはできなかった。

(一軒目からか…)

主水は渋々懐から財布を取りだし、崩してきた銀貨を取りだし、見えないように下女に握らせた。

「いいのかい?」

「ああ、取っといてくれ」

あからさまに機嫌が良くなった下女は辺りを見回し、誰もいないのを確認すると、「私が言ったって言わないでおくれよ」と釘を打った後、主水の耳元でこそこそと囁いた。

「隊長は妙に羽振りがいいみたいでね、週に一回うちに来るんだよ。いつも油屋のガマルを従えてだけどね。今週で言えば明明後日になるね」

(一軒目で引き当てるとは幸先いいぜ)

主水は話を聞くと、

「ありがとな」

と一言残し去っていった。

(次は代筆屋か…この帝都じゃ見たことねえな。藪から棒に探すよりその筋のやつに聞くか)

主水は踵を返しある所に向かった。

ちなみに代筆屋とは、恋文等を依頼人の代わりに書くという仕事である。

―――――

貴族の屋敷と見紛う程の屋敷に主水はやって来ていた。

「フリィは居るか?」

「これはこれは中村様。お待ち下さい」

主水がやって来たのは帝都に存在するとある組であった。

そして、フリィとはそこの馴染みの構成員で、主水と親しくしている者である。

「お疲れ様っす主水の旦那。何か御用でしょうか」

「ああ、実はな―――――」

主水の話を聞き、フリィは腕を組み考え込む。

「旦那の言う代筆屋はありませんが、偽せ証文をでっち上げるプロなら知っていますぜ。いやいやうちは健全ですから使ってませんよ。裏で活躍してるっつうんで知っているだけでして」

「いいじゃねえか。案内してくれねえか」

その後、主水は話をつけることができた。とある条件は出されたが。

◇◆◇◆◇◆

いくつかの手筈を整え、遂にオーガ暗殺決行の日が訪れた。

 主水はオーガとガマルが顔を会わせるという高級料亭に向かった。

 料亭に着いた主水は奉公人が使用する裏口から人目を避け入り込んだ。

高級料亭内は、純和風の内装で、廊下には一定の距離ごとに提灯が掲げられ、廊下から見渡せる庭には、季節ごとの花が植えられ、庭に作られた池には蓮の花が浮かび、錦鯉のような魚が泳いでいる。また庭の端には、音で時間を刻む鹿威しが置かれている。

目にも耳にも楽しめる趣向がなされている。

(広いなまずは部屋を探さなくちゃならんな)

主水はオーガを探さなくてはならないが、それでも人に見られてはならないので、屋根の上に飛び上がり、天井裏に忍び込んだ。

 気配を消し、物音もたてずに天井裏を渡りながら、部屋をしらみ潰しに探っていく。

(ちっ、ここも違うか)

天井裏から覗いていくが、どこも外れで、貴族風な男が呑んでいたり、身分の高そうな役人風の男が女性に酌をさせるなど、いいご身分だなと思える光景ばかりが垣間見えた。

 渡り廊下を渡り離れに向かう。

(ここが最後か)

天盤を外し、覗くと、遂に警備隊隊長オーガを発見した。

二つの膳が置かれていることからも、そこで二人が会っていることが伺える。

ただ、二人が揃っていないと上手く事が運べない為、様子を伺っていると。

「ガマルのやつなにしてやがる。便所にいったまま帰ってこやがらねえ!」

酒で酔っているのか、はたまた、苛立ちを隠しきれないのか徳利を壁に投げつけ、辺りに破片と中身の酒が飛び散る。

(殺るか)

主水は天井裏からスルリと廊下へ降り、障子を隔てた廊下から声を掛けた。

「オーガ隊長、お耳に入れておきたいことがございまして。中村主水参上つかまつりました」

「ああ?中村だと。急ぎのようか?」

「はい…」

「入れ」

酔っているため、思考が鈍っているらしく、何故誰も知らないこの場所に主水が現れたのかという疑問にさえ気づくこともなく、平然と中に招き入れる。

「失礼します」

主水は頭を下げオーガの前に腰をおろす。

「で、急ぎのようとは何だ?」

「あなた様の命を」

「ああ聞こえんぞ」

「もらい受けに来ました」

主水は中腰になり、そのまま帝具アレスターを一閃した。

いや、端から見れば一振りと見えるが、実際は一瞬の内に、5発の打撃を加えていた。

首、四肢という五ヶ所を。アレスターにうち据えられたオーガは、四肢を封印され座ったまま動けず、首にも入れられたため、声を発することも出来なくなっている。

「………」

殺意に満ちた瞳で主水を睨み付ける。

「少し待っていてくれますか」

主水はオーガに歩みよると、隣に置かれているオーガの剣を手に取り、抜いた。

「さすが隊長、手入れもしっかりなされていますね」

 主水が、オーガの剣を抜いて、軽く素振りをしていると、障子に影が射す。

どうやらガマルが帰ってきたらしい。

主水はしゃがみ込み、オーガに告げる。

「実は、今夜男が二人死ぬことになりまして。一人目はあなた。二人目は……」

主水は振り向き様に、障子を開けて入ってきたガマルを逆袈裟に切り上げ、斜めに両断した。

「やはりこの剣は斬るというより、叩き潰すと言ったほうがあっているな」

ガマルの返り血で部屋中が血に染まる。

なぜだか、一番浴びているはずの主水は一滴も返り血を浴びてはいなかった。

「次は隊長の番です」

「………」

歩みよる主水を見るオーガは何かに気づいたような素振りを見せた。

今の一部始終を見て、主水が噂されているナイトレイドであり、自分とガマルを殺しに来たのだと気づいたのだ。

思い当たることも多分にあったためであろうが。

「あんたの思った通りだよ、オーガ隊長」

主水は剣でオーガを貫いた。

吹き出す血液、苦悶に顔は歪むが、声一つ出すことができない。

しばらくたち、血液の流れが緩くなると、オーガの瞳孔が開ききり、その生命活動を停止した。

 主水はオーガの手を取り、刺さったままの剣の柄を握らせ、一通の手紙を置いた。

 その手紙こそ、主水が、偽せ証文をでっち上げる男に書かせたオーガの遺言書である。

 遺言書を書くにしても、偽物として字を似せないといけない。

そのオーガの字の特徴を知るために、この二日間、主水は書類で間違いを繰り返し、几帳面なオーガに手直しをさせ、資料を手に入れたのだった。

 主水はそのままその場を立ち去った。

――――――

次の日、警備隊隊舎は震撼していた。

「オーガ隊長が自害したんだってよ」

「なんでも、遺言書に自分の罪を全て記してあり、良心の呵責に耐えられなくなったってあったらしい」

「一緒に悪事を働いていたガマルを斬った後に自害したらしい」

以上の事が真しやかに隊舎中で囁かれていた。

「も…主水君……」

セリューがフラフラと危なげな足取りで、主水の前につくと、崩れ落ち、床に腰をつけて、鳴き始めた。

「オーガ隊長が……オーガ隊長が……死んじゃったよ。また大事な人が……私を残して…」

主水は号泣するセリューの元に歩みより、静かに抱き締めた。

「オーガ隊長は自分の罪を悔いて、自害なされたようです。その際、悪人のガマルを斬り正義をまっとうなされました。御立派な最後じゃないですか」

セリューに慰めるように語りかける際、主水の心は僅かに痛んでいた。

「そうだよね…オーガ隊長は……立派だよね……」

嗚咽を漏らしながら反芻し、続けて

「主水君は…絶対に…私を残して消えないでね…」

懇願するように呟いた。

しかし、いつ死んでもおかしくない稼業に身をおく主水は、それに答えることはできなかった。

 


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