「いい腕してるな……」
主水は表情を緩め唸った。心底気持ち良さそうに。帰って来たときには疲れはて、ボロボロになっていたのが嘘のように。
「天にも昇っちゃうほどでしょ」
主水の言葉に喜びを表すように表情を綻ばせるチェルシー。
しかし、手を止めることなく上半身裸で布団に横たわる主水に針を射っていく。
「ここは疲労回復のツボ」
「おっ……」
「ここはケガの回復を早めるツボ」
「おおっ」
的確にツボをつき、快感に溺れる主水に淡々と針を射っていくチェルシー。
「そしてここは…」
「そこは?」
素早くうちこんでいくチェルシーがここぞとばかりに間をおく。
それほど勿体ぶるのはどれほどのツボかと主水は聞き返す。
少女の笑顔が、女性の笑顔へと変わった。
「勢力増進のツボ!!」
「そうきたか……」
軽くため息をはく主水。
普段の主水であれば、喜ぶ所だが。
「ここ数日危険種の百目ウナギを食べ続けて毎晩がんばってそろそろ限界なんだが」
「明日になったらもう会えないようなことになるかもしれないし生存本能が求めてるの主水との愛の結晶が欲しいって」
針を抜いた後にしなだれかかるように主水にすり寄るチェルシー。
その頬は朱に染まり、艶を帯びていた。
「俺は種無しカボチャだぞ」
さんざん主水が生前に言われ続けていた愚痴。
江戸時代において御家を残すために必ず子孫を作らなくてはならない風潮の中で神頼みまでしても為せなかったために、耳にタコができるほど姑に言われ続けたあの愚痴を主水が述べた。
今夜は疲れがピークに達しているためにチェルシーの論を論破するために。
「ウーンそれなら、ぬくもりがほしいなぁ
」
妖艶な表情で甘えるように耳元で囁くチェルシーは主水を陥落させた。
◇◆◇◆◇◆
帝都からおよそ二十五里(100㎞)の位置の荒野の広がる大地を馬のような危険種に乗った一団が土煙を上げて走っていた。
その数数千、挙兵した革命軍の兵士達である。
先頭には自らが指揮に立つと革命軍のリーダー、そして右腕となり、革命軍屈指の戦闘力を持ち、帝国の二大将軍との戦いにおける切り札となる山田朝右衛門が、殿には護りに特化したタカナとその右腕レチェリーとスピアといった陣形をとっている。
これまでいくつもの関を破りその勢いは天をも突く勢いであり、すでにコロウカンまで残り一里といった所である。
「すでに帝都の中心部に西から攻めこんだ友軍が入り込んでいるらしいな」
「左様のようで。手勢は万全で無い故私たちも急いでコロウカンを抜け助力せねば」
「ああ、そうだな。だが、ここら辺が報告にあった数千の軍勢が消失した辺りだとお思うのだが……」
革命軍のリーダーは、一団に警戒と速度を落とすように指示を飛ばしたうえで、辺りに鋭い眼光で視線を巡らす。
前方には街一つが入るほどの大きなコロウカンの関。そして、今走っている周辺には大きく抉れた大地と黒く焼け焦げた跡が。
所々には溶解した岩なども存在しており、かなりの威力で広範囲の攻撃が行われていたことが察せられた。
「超級危険種あたりを使役してのことだろうか……」
リーダーが表情を曇らせたその刹那、コロウカンの見張り矢倉から青白い光が灯り、そして一一一
「皆はその場から動くな!!」
朝右衛門は走っている危険種から飛び、一団の十数m先に足をおろし、片手をあげ止まるように制した。
勢いのついていた一団であるが、警戒を深め少し速度を抑えて走っていたため、朝右衛門から後方数mの位置で停止した。
直後一団の目の前に巨大な網膜を焼くほど眩く、そして禍々しい青白い光の塊が目の前に迫っていた。
「あっ!!!」
革命軍のほとんどの兵士が自分の運命がここに窮まったと諦めの境地に達していた。
ここに存在する四人を除いては。
山田朝右衛門の黒い羽織が皆の眼前ではためいた。
それと同時に暴風が吹き荒れ誰もが目をおおう。
カチッという鯉口をならす音がなり、しばらく暴風が吹き荒れた後に、未だに命があることに懐疑的になった、皆がそろりと目を開ける。
「…………………!?」
目の前に迫っていた死への誘いをもたらした青白い雷の塊が消失していた。
誰もが、言葉を失っていた。
人間業ではどうにもできないことは誰にでも明白な力の暴力を、たった一振りで目の前の男が消し去ってしまったのだから。
「えっ!!!」
さらに、皆を閉口させる現実が。
朝右衛門の直前まで、半円形に抉れ、まるで赤い絨毯がひかれているのかと錯覚するほど真っ赤に溶解した大地が。
先ほど眼前に迫っていた雷の塊が過ぎ去っただけでなしてきた所業であった。
そんな真っ赤に染まり、熱気で白い蒸気がたちのぼり陽炎が揺らめく中を、青い雷を纏うように発する青い甲冑を身につけた二mほどの背丈の男がこちらにゆっくりと歩を進める姿が。
「ブ、ブ、ブ、ブ、ブドーが来たあああっ!!」
視力が一番優れている斥候に向いたものが声を上げる。
一度目の死を乗り越えた者たちを絶望に叩き落とす現実に誰もが震撼していた。
しかし、ここでも
「私が参ろう」
朝右衛門は赤く溶解している大地にブドーのように足を下ろし、熱気などどこ吹く風というように、無表情でブドーに向けて歩を進めた。