主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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受験という物を嘗めていました。
相当空いてしまい読んでいてくださった人には申し訳ありません。


第119話

「俺は中村主水と話に来たんだ!革命軍のアカメと話すことなんかない!!」

 

 力無く座り込みながらも怒りに震えるウェイブの怒声が、人気のない森に響き渡り、その怒声に気圧されるように木々がざわめいた。

 静寂に包まれた森の中だからこそそのウェイブの心の叫びにあたる怒声は広く辺りに響き渡り、その場の雰囲気をも変えるものでもあった。

 そのあまりの気迫に圧されるかのように、アカメのウェイブへの語りかけが遮られた直後。

 

「ぐはっ!?」

 

ドスッという鈍い音と共にウェイブが苦悶の表情で胃液と血を吐きだした。

 

「お前ぇに発言権はねぇと言ったはずだがな……」

 

無表情の主水の携える鞘がウェイブの鳩尾にめり込んでいた。

その衝撃にウェイブは意識が飛びかけ、身体を折り曲げ、額を地につけるように蹲った。

 ウェイブが蹲る直前に視界の端に止まった主水の顔は、ウェイブの記憶に僅かに残るあの主水と同一人物とは到底思えない冷淡で能面と形容できるほどの無表情で背筋が凍りつくほどのものであっり、もう以前の、ウェイブの記憶に残るあの頃の主水はそこには存在しないということを明確に表す結果となった。

 

「…それでも…お…れ…は………」

 

消え入りかけた意識をウェイブのもつ強靭な意思が持ち直させる。

 あまりにも強く噛み締めたために歯茎からも血が滴り、依然として血と胃液も止まることなく口端から流しつつも主水の言葉に拒絶の意を示した。

 ウェイブが元来から持ち合わせる折れることのない信念が、強い覚悟がそう為さしめたのだろう。

 

「仕方ねぇなぁ……死ぬか?」

 

「ぐっ……!」

 

 ウェイブは鞘を首に宛がわれ強制的に引き起こされ、そして投げ掛けられた人間味の欠片もない死神からの死の宣告。

 その意思さえもまるで野に咲く雑草を踏みつけるかのごとき無慈悲な一言。

 その主水の声は身体の奥底から震えが来るほどの冷えきった冷淡なものであった。

 ついで辺りに響き渡る鞘から太刀が抜き放たれる無機質な音と、雲間から顔を覗かせた月明かりが照らし出す太刀の銀色の鈍い輝きがウェイブの顔を撫でた。

 主水は首に宛がうのを鞘から太刀へと入れ替えた。

 死を運ぶ刃の冷たい鋭利な感覚が恐怖を心に体に刻み付ける。

しかし、逆に、首をなぞる太刀がウェイブの首に僅かに切れ目を入れ、流れ落ちる鮮血が対照的に温かさを感じさせた。

 自らの体内を流れる血液の温かさが、自分が生きていることを実感させ、さらには自らを勇気づけた。

生きている限り諦めることはない!と。

 

「俺は脅しに屈することはない!!例えこの命がなくなることになってもだ!!」

 

「!」

 

ウェイブの瞳には恐怖を乗り越え熱い魂が宿っていた。

 

「はぁ………だとよアカメ。教えてやれこのバカに」

 

いつもそばで聞いていたあのため息が響き、あわせて太刀が離され納刀されたことを思わせる、鍔と鯉口が奏でる金属音が響き渡り、主水が背を向けてウェイブから離れた。

 

「俺はもんーーー」

 

「頼む聞いてくれ私の妹ーークロメのことなんだ!」

 

「えっ!!」

 

ウェイブはアカメの言葉にーーークロメという言葉が耳に届くと同時に動きを止め、驚きに身を震わせた。

主水の事と並ぶほどに頭を悩ませているクロメのことが、予想外のアカメーークロメの姉の口から出たからだ。

 

「主水に聞いた。クロメと一番気心が通じているのはお前だと。頼む聞いてくれ

 

「分かった………」

 

ウェイブは今までの拒絶が嘘のように静かになり、あっさりと肯定を示す頷きを返した。

 

◇◆◇◆◇◆

 

(俺はこの話をどう伝えればいいんだ。いやクロメに伝えてもいいのか)

 

アカメの話を黙って聞いたウェイブは、その後すんなりと解放され、今はアカメの話を反芻しつつ、イェーガーズの隊舎で頭を悩ませていた。

 

(俺はどうすればいいんだ)

 

「ウェイブ、ねえウェイブ」

 

(伝えてたら確実に……………くそっ)

 

「むぅっ」

 

呼び掛けて反応しない所か、頭をかきむしるウェイブに心配かつ腹立ちを覚えたクロメは頬を膨らませた。

 

「だーれだ」

 

「うわっ!!」

 

いきなり塞がれ、暗くなった視界に驚きの声をあげるウェイブ。

してやったりといった朗らかな笑顔を浮かべたクロメ。

しかし…………

 

「なんだクロメか。驚かすなよ」

 

ぎこちなく答えたウェイブの視線の先のクロメは、表情を消しどんよりと濁った瞳をしていた。

 先ほどまでの笑顔など無かったように。

 

「ウェイブ………お姉ちゃんに会ったの」

 

「え!!!」

 

予想だにしないクロメの問いかけ。

何も言ってないはずだ。

なんで分かったんだ。

ウェイブは渦巻く驚きと、知られたことによる恐怖に言葉を無くした。

 

「なんで分かったんだ」

 

否定すべく絞り出したクロメへの問い掛けが答えを明確に表していた。

焦りから出た失策であった。

 

「やっぱり会ったんだ……だってウェイブからお姉ちゃんの匂いがしたから。教えて欲しいなお姉ちゃんがいる場所を」

 

ウェイブは自分の発言を悔いながらも頭を巡らせた。

確かにアカメはクロメを呼び出して欲しいとウェイブに頼んだ。

故にこのままアカメに指定された場所を伝えればいい。

だが、それが出来れば苦労しない。

確かめなくてはならない。

自分がどのような結論を出すかを決意するためにも。

 

「話す前に聞かせてくれ。まだアカメを殺したいのか?」

 

それがウェイブがアカメの話をクロメに言い出せなかった理由。

さらには、今までクロメが話すたびにアカメを殺したいといっていたことと、今回のアカメの話した内容では相容れないことであることからの確認も含めていた。

 

「当たり前だよ」

 

(やはりな…………)

 

満面の笑顔でさも当然とばかりに澱みなく答えるクロメにたいし、ウェイブは言葉を発することなく、心の中で寂しげに嘆息を漏らした。

 クロメと長く共にしたなかで何度もその片鱗は見てきたために、当然予想していたことではあったが、やはりその救いようの無いクロメの考えを目の当たりにすると、そのショックは計り知れないものがあった。

 ウェイブはそのショックが冷めやらぬ中切り札となる言葉を用いることにした。

 

「クロメ。アカメを殺さずに俺と共に生きていかないか」

 

「えっ……‼」

 

自分の濁りなき真実と思い。

アカメを殺すことなど考えずに自分と生きて欲しい。

ウェイブが伝えられる最後の切り札。

 

「ウェイブにそういってもらえて本当に嬉しい……」

 

「じゃあ」

 

悪夢から覚めたように頬を朱に染め、うつむきつつ手をモジモジさせながら嬉しそうに小さく呟いた。

 その様子に少なからず希望を見出だしたウェイブは喜びの声と共に先を促した。

 

「でもねそれは出来ない」

 

「…………」

 

クロメの様子から予期できなかった言葉が発せられ、ウェイブは言葉を失った。

まさに茫然自失。

自分の最後の掛けさえもクロメには届かなかったのだ。

もう自分には手札がない。

このままではクロメが手に届かない場所に行ってしまうという喪失感にウェイブはうちひしがれていた。

 

「ウェイブの提案は本当に嬉しかった。でもね私はそれを受けてはいけないの。お姉ちゃんを助けるためにも。昔の仲間のためにも」

 

口を濁すクロメに自分では想像に難い過去が、因縁が存在するであろうこと、そしてそこに自分は立ち入れないであろうことは、ウェイブには薄々と感じることができた。

 故に言葉を発することができなかった。

 

「ごめんね。ウェイブ。だから教えてほしいの」

 

(くそっ。アカメはクロメを助けられると言った。しかしこれではその意義事態が失われてしまう)

 

苦悶、悲哀の表情を浮かべたウェイブは歯噛みをした。

口の端からは強く噛み締めたために血液が一筋伝っていた。

 

「教えられない。クロメにどんなことがあったかは分からないが俺はクロメに死んで欲しくはないかーーー」

 

「ありがとウェイブ。そしてさよなら」

 

ウェイブの間近にクロメの顔が迫り、ウェイブの口はクロメの唇によって塞がれた。

 

唇を離し、儚い微笑みをウェイブに向けたクロメは膝から崩れ落ちたウェイブをその場に残し、キラキラと光る雫を溢しつつ、静かにその部屋を後にした。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「こんなにウェイブのことを思っていたなんて」

 

絶えず流れ出る涙を何度も何度も拭いつつ、クロメは自分の思いを再確認した。

しかし、その思いをかきけそうと決意を新たに込めようとしたその際だった。

 

「どうしようお姉ちゃんの居場所が分からない」

 

大切な事実にショボンと気落ちしたクロメだったが、

 

「イェーガーズのクロメ様ですね。私がアカメの居場所を教えて差し上げましょう」

 

廊下に凛とした澄んだ声がまるで助け船を出すかのように響いていた。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「私はクロメを助けるなんて認められない。シェーレの仇なんだから」

 

ナイトレイドのアジトに机を叩く音と共に怒声が響き渡った。

 それはアカメが自分の思いを、出きるならばクロメを救いたいと仲間に打ち明けた時だった。

 

「アカメの気持ちも分からなくはない。だけど、クロメはシェーレを殺したのよ。シェーレは死んで、クロメだけが生き残るなんて私が許さない。アカメがもしもやらないのなら私がクロメを殺す」

 

明確な殺意と決意を込めた瞳をしたマインはそういい放つと扉が壊れるほど強くしめ部屋を飛び出した。

 

「マイン」

 

タツミはマインは俺がという思いを込めた視線をアカメに向けるとマインを追って外に出ていった。

 

「まあ、マインの気持ちも分からなくはない。だけどな、私はアカメの思いを尊重するよ」

 

アカメの首に腕をまわしたレオーネはニカッと快活にアカメに笑いかけた。

アカメの緊張を説くかのように。

 

「ありがとうレオーネ」

 

「なんだなんだしおらしくなっちゃって。うりうり」

 

「ひゃう」

 

嬉々としてアカメの胸を揉みしだくレオーネ。

場に漂うピリピリとした雰囲気は霧散していった。

 そんな折、先ほどまで静かに成り行きを見守っていた主水が扉に手を掛け外に出ようとした。

 

「主水?」

 

先ほどのマインとの一件から再び緊張が走ったアカメであったが、それを察したのか主水は振り向くことなく口を開いた。

 

「俺はお前を手伝うといったからな。邪魔者の露払いと、少し見届けたいことがあってな」

 

それだけ言うと主水はその場をあとにした。

 

 


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