主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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かなり間が開き申し訳ありません。
受験生になりあまり時間が取れなくて。
これからは少し間が開くことになるとは思いますが完結はさせるつもりなのでよろしくお願いします。


第118話

「うぐぐぐぐ………ぐああぁぁあっっ!」

 

「タツミ、タツミ」

 

薄暗く、湿り、濁った空気が充満する洞窟内に、蹲り身を焼くような激しい痛みに耐えかね、断末魔を漏らすタツミと、悲痛な表情でタツミにすがり付くマインの姿があった。

 痛みにのたうつタツミは、所々インクルシオの強硬な鱗のような外装に覆われ、瞳にもありありとその模様が現れていた。

 

『精々あと四回が限界だ。それを超えるとインクルシオに身を食われるだろう』

 

 帝具専門の医者の見立てがありながらも、ドロテアと左京亮との戦いでインクルシオを使用したために余りにも大きな代償にタツミは苦しめられていた。

 誰にも心配はかけたくないという仲間思いのタツミのため、人知れず洞窟内で苦しんでいたところに、そのタツミを心配したマインが現れ、少しでもタツミの痛みを押さえてあげられたらという思いにかられ、寄り添っているのだ。

 しかし、今やマインも何もできない無力感と、前回の戦いにおいて、自分が不甲斐ないばかりにタツミにインクルシオを使わせる結果になり、これだけの苦しみを与えてしまったという後悔に苛まれていた。

 

「タツミ……ごめん……ごめんね」

 

「マ……イン……」

 

「……………」

 

洞穴の外から二人の姿を静かに垣間見る一つの影が。

同情するでも憐れむでもなくただただ見つめる姿は真意が読み取れない。

 

「主水…ボスが呼んでる」

 

「ああ……」

 

切な気な表情のアカメに呼ばれた主水は洞穴の二人を一瞥した後、その場を後にした。

 

「主水……」

 

「なんだ」

 

アジトへの帰り道アカメは足を止め主水の方へ振り返り、意を決したように口を開いた。

その瞳には迷いはなかった。

 

「最終決戦では私も村雨の奥の手を使わなくてはならなくなると思う。そしてどうやら村雨の奥の手を使うと人間を辞めることになる。もし私が人間でなくなり化け物になり、皆に手をーー」

 

「容赦なく叩き斬ってやるよ」

 

言葉を最後まで聞くことなく主水は言い切った。

アカメを正面から見据えて。

 主水は仕事人として、仲間の正体が明るみに出た場合、家族にその正体がバレた場合も、共に情を捨て斬ることを決意していた。

恐らくその延長線上にあったものと思われる。

ただし、今の主水にはそれ以外の思いも芽生えていたことは本人自身も気づいてはいないことであった。

 

「ありがとう主水」

 

アカメは不安が晴れたように笑った。

 アカメも恐らく変わり行くタツミの姿を見て、自分の行く末を写し見たのかもしれない。

 そして、

「タツミにはマインがいる、しかし私には」

と考えた為に、その思いを、願いを主水に告げたのだろう。

 

「それともう一つしてほしいことが……」

 

「もうなんでも聞いてやるよ」

 

「ありがとう。じゃあーーーーー」

 

少し自重気味に話す内容に、少し表情を歪めた主水だが、やはりこれにも首を降ることなく、軽く頷き肯定の意を表した。

それに満足したのか、アカメは主水に背を向けるとまた黙って歩き始めた。

 その後ろでは、主水が無表情で腰に挿したアレスターの柄を軽く握り締めている姿があった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「二人とも来てくれたか」

 

椅子に座り手紙のような書簡に目を通していたナジェンダは、室内に入ってきた二人を見て軽く微笑み迎え入れた。

 

「話とは」

 

「ああ、今革命軍本隊からこの書簡が届いてな」

 

ナジェンダは手に持っていた書簡を軽く二人に見えるように上げると続けた。

 

「本体は既に動き出しているようだ。ただ、ブドーの猛攻により足止めを食っているという状況らしい」

 

「ブドー……」

 

アカメはその名をポツリと呟く。

タツミ、レオーネ、マイン、ナジェンダを相手にしながらも、対等以上の戦いを繰り広げた漢。

恐らく以前の壮絶な戦いを思い返していたのだろう、表情が曇っていた。

 

「俺たちにブドーを何とかしろと言うのか」

 

「!」

 

アカメの体がピクリと反応した。

そうではないかと予想はしてはいたが、無意識にせよ体は反応してしまった。

 

「いいや違う」

 

二人の固い表情にクスリと笑みを漏らすと、首を振りその問を否定した。

ナジェンダも「ブドーに苦しめられている」という話を聞けば、二人はそのような反応をするだろうなと想定し、その想定通りになったために、笑顔になったのだろう。

表情は変わらないが僅かに力が抜けたようになる二人を相手にナジェンダは話を再開する。

 

「本隊にはあの男がいる。革命軍のボスの右腕とまで称されたな。…………まあ、タカナもいるが………ヤツは関係ないか。すまん話が脱線した。つまりは革命軍本隊が帝都につくまでに要人を暗殺してほしいという話だ。どいつもこいつも悪行の限りをつくしてきた者共だ」

 

ナジェンダは、暗殺対象の名前が連ねられた紙と中身で膨れ上がった袋をドスッという音をたてて机の上に置いた。

 主水への依頼には必ずその理由と金が必要になるために、態々暗殺対象が悪行を働いていたということを加え、金を払ったのだ。

 

「分かった。タツミの変わりということだな」

 

「そうだ」

 

主水は袋の中身を出し「ひいふうみいよ」と数えていき二等分し、自分の取り分を袖に収めると残りを袋に入れアカメに手渡した。

 

「左京亮を殺しきれなかった責任も俺にはあるからな」

 

ボソッと主水は呟くと踵を返してナジェンダの部屋を後にした。

 

◇◆◇◆◇◆

 

とある高級料亭の一室。

戦時中であるはずであるのに、この部屋には大量の料理が並べられ、全く戦争中とは感じられない様相である。

 金さえ払えば戦争中であっても贅沢なことが出来ると言ったところか。

 

「うちの口入れ屋から大量の傭兵を雇い入れてくださりありがとうございます。それも大幅に代金を水増しして下さり、かなりの儲けになっております。これは細やかながら将軍への贈り物でございます」

 

口入れ屋(仕事の斡旋業)の主人が深々と頭をたれ、武官然とした男に大層な桐箱を渡した。

 

「くくくく。笑いが止まらんな。お前がとこぞから集めてきた男たちを俺が帝国の予算で高値で兵士として雇い、戦地に送り出し、戦闘経験がないために全て戦死。再びお前が集めた男を雇いーーこれを繰り返すだけで大儲け。敗戦の責任は現地の指揮官へ。はぁ辞められんなぁ。しかし、16と偽り送ってきた子供が10才だったのは驚きだったぞ」

 

「あれは戦争孤児です。私が面倒を見るとすることで私の世間での評判を高めたうえ、その後戦争へ送り出し金になるのですからまさに一石二鳥です」

 

二人の男は歪んだ笑みを浮かべると高らかに笑いあった。

最後の行動になるとも知らずに。

 

「今宵はここまでにするか。また明日死地にお前から雇った者達を送らねばならんからな」

 

「今夜死地に飛び込むのはてめぇのほうだ」

 

「なっ!!」

 

低く渋い声が武官風の男の耳の鼓膜を揺さぶると同時に黒い刃が男の胸から突き出て血飛沫を上げる。

その光景を見上げる口入れ屋の男は口をパクパクさせ武官風の男の血を大量に浴び呆然としている。

 主水は突き立てた脇差しを抜いた刹那手首を翻す。

すると口入れ屋の男の首が落ちまるで噴水のように血を巻き上げた。

 

(さすが政の仕上げたもんだ)

 

まとわりつくことなく血液が滑り落ちていく黒い刀身を見て主水は思う。

 その脇差しこそ主水が政に依頼し仕上げてもらったものだった。

 材料はもともと政が裏の仕事に使用していた手槍であった。

 もう政はこの世界では仕事人をすることはなく、使うことがなくなったために主水の脇差しの材料にし、新に仕事の得物に叩き直した一品であった。

 主水はマフラーで隠された口角を軽く上げると人知れず部屋を後にした。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 その後も主水は静まり寂れた以前とはうって換わった帝都の中を歩いていた。

 辺りは閑散とし、以前のような夜でも賑わっていた活気などはまったくなく、御通夜のような静けさとなつまている。

 そして今主水が歩いているのは、以前主水が何度もイェーガーズの身分で巡回という名のサボりを働いていた巡回の道順であった。

 月が雲間に隠れ辺りが暗闇に黒く染められた時だった。

 

「ま、まさか!主水さんなのか!!」

 

暗闇から一人の青年が驚きの声をあげた。

 

「……」

 

主水はその姿を鋭い視線で視認するとゆっくりと背中を向けて街中を郊外に向けて疾走した。

 

「待ってくれ主水さん。くそっ!」

 

青年は体に暗闇よりも黒く艶やかな光沢を放つ帝具〈グランシャリオ〉を身に纏い、以前の同僚主水を追って爆走した。

 

「くっ、なんで生身でここまで速いんだよ!?」

 

まるでウェイブがしっかりとついて来ているのを確認するかのように姿を消しては一定間隔を開けて姿を現す主水に、ある種の恐怖をウェイブは感じ始めていた。

 自分は罠にかけられているのか。分かってはいる。

 しかし、確かめずにはいられない。

本当に主水は革命軍なのか?

本当に主水がエスデスにあれほどの手傷を与えたのか?

今まで共に歩んできたのは全て偽りだったのか?

あの共に笑い、酒を酌み交わし、語り合ったのは全て偽りだったのか?

限りなく沸きだす疑問。

罠と分かっていても直接主水の口からその真実を聞く。

 自分が信じているもののためにも、またどんな悲しいことがあっても、誰も心配させないように笑顔を絶やさなかった同僚が、今や悲しみを隠せず窶れてしまったそのセリューのためにも。

 

「いたっ!」

 

次にウェイブが主水を見つけたのは帝都から少し離れた森の中であった。

 そこにはまるでウェイブを待つように主水はその場に静かに立っていた。

 

「主水さん!」

 

「……アカメ連れてきてやったぞ」

 

主水はウェイブに背を向けたまま虚空に向かって声をかけた。

 

「ありがとう主水」

 

闇の中からアカメが姿を現す。

その事実はウェイブの思いを瓦解させるには十分なことであった。

つまり、主水は革命軍の仲間であるということを。

 

「ウェイブおめぇにはアカメの話を聞き、その質問に答えてもらう」

 

主水の変わりきった姿とその態度にウェイブは怒りという感情しか持つことができなかった。

 

「主水さん。いや主水!俺の質問に答えさせてやる!力づくでも!!」

 

ウェイブは体を屈め飛び出そうとした直後。

 

「おめぇに拒否権はねぇ」

 

力が抜けたようにその場に座り込むウェイブ。

 

「何が起こったんだ!?」

 

自分の体に起こったことが分からない。

主水の声が間近で聞こえたことから主水が何かをしたことは疑いようがない。

しかし、何をしたのか。いやそれどころか主水が動いたことも、目を離していないのに分からなかったのだ。

 怒りはさめ、後ろに立っている主水に対しての恐怖のみがウェイブを支配していた。

 

「ウェイブの体の自由は奪った。俺は場を外した方がいいだろうな」

 

「いや、主水も知っていることだから聞いてほしい」

 

「分かった……」

 

アカメはウェイブと主水に静かに語りだした。

 


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