主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第117話

「じゃあな。俺は少し皇帝に媚び売ってくるわ」

 

左京亮はドロテアを宮殿の玄関に下ろすと不適な笑みを浮かべて宮殿の奥に消えていった。

 宮殿内は、戦時中及び旗色が悪いという状況が重なっているために、張り詰めた緊迫感に覆われており、そこら中を官僚が忙しそうに走り回っている。

 そんな緊迫感もどこ吹く風と言った風にドロテアは歩き出す。

 ただその歩みはフラフラと危うげである。

 全てはレオーネとの戦いでの負傷と左京亮に宮殿まで抱えられかなりのスピードで走られ三半規管が揺さぶられ続けていたためである。

 

(おのれあの獣め……ただ今は損傷を癒すために使った血液を補給せねば)

 

 血液補給のため、また癒すために工房を目指す。

 壁に手をつきやっとの思いで工房の前にたどり着き、工房の扉に手をかけたその時だった。

 

(ここまでつけば…………ん?)

 

僅かに開かれた扉に違和感が走る。

出ていった時にはしっかりと施錠したはず。

 

(ここに来るのは大臣か左京亮といった所か。しかし大臣はこの危急時には……そして左京亮はない……ならばヤツか)

 

僅かに表情を固くしたドロテアであるが、即考えを読めない勝ち気な笑みを浮かべると扉に手をかけ口を開いた。中にいる人物に。

 

「どういうことじゃスタイリッシュ。主のいない部屋に勝手に入るとは。火事場ドロボウと言えばよいのかのぉ」

 

「あ~ら。帰ってきちゃった」

 

中にいる人物ーースタイリッシュは全く悪びれる素振りもなく、飄々とした感じでこの工房の主を迎えた。

 狸と狐の化かし合い。

 両者共に知恵者であり、屈指の策謀家であり、にらみ合いなどはなく、読みあいといった風に向かい合う。

 先手を開いたのはスタイリッシュであった。

 

「ナイトレイドと一戦を交えるって言っていたから、もう帰ってこないと思っていたのに。あ~らそう言えば亮ちゃんがいたから大丈夫だったようね。ボロボロだけど」

 

小顔に見えるポーズを決め、したり顔で見下ろすスタイリッシュ。

あからさまに嘲笑う感じではあり、ドロテアも腹に据えかねない気持ちが沸き上がる。

 

「どういうことかのぉ」

 

「分かってるんじゃないのドロテア。貴方がいなくなった工房……有効利用出来るのは私だけなのよ。主無き工房を貰い受けにきてあげたのよ」

 

背筋に冷や汗が流れるほどの猛獣のような笑み。

しかし、その笑みもドロテアにとっては畏怖すべきものではなく、怒りを煽るものでしかない。

 

「お主の腹のうちは理解したのじゃ。妾の全てを奪おうとしたとな。では妾も同じようにさせて貰うのじゃ」

 

ドロテアは床に手をつくと、今出せる全ての力を振り絞りスタイリッシュに飛びかかった。

 

「まあまあそんな体で。皆殺っちゃってぇ」

 

「ウゴアアアアッ!」

 

のけ反りつつドロテア目掛けて指をさす大袈裟な身振りでスタイリッシュは声を上げる。

それに呼応し物陰から機械化された男たちが溢れかえる。

 

「私が何も用意しないでこんなところに来ると思って。もう年なんだからゆっくり眠らせてあ・げ・る・わ♥」

 

「妾をなめるでない」

 

ドロテアの体を黒いオーラが包み込む。

黒いオーラをたなびかせ男の群れに突っ込む。

 ドロテアの拳は触れるものを腐食させる。機械化されていたとしても構わず。

 

「邪魔じゃあ!」

 

ドロテアの手から黒く収束されたオーラが鞭のように辺りを薙ぎ払う。

薙ぎ払われた先から男たちは腐り塵芥と化した。

 

「まさか!!」

 

「終わりじゃ」

 

ドロテアはスタイリッシュに飛び付く。

力を強化されたドロテアを非戦闘系のスタイリッシュが払えるはずもない。

 

「味は不味そうじゃが。優秀なDNAは含まれておるじゃろうな。妾が有効利用してやろう。感謝するがよい」

 

ドロテアは勝ち誇った表情で帝具〈血液徴収〉アブゾデックをスタイリッシュの首筋にあてがい突き立てた。

 

「ヌッフッフップ。御馳走様なのじゃ」

 

ドロテアはスタイリッシュから離れると満足そうにスタイリッシュの血で汚れた口許を拭った。

 知恵者同士の戦いが遂には近接戦闘になりドロテアが勝ちを拾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と思われた。しかしその刹那。

 

「なんじゃと!?」

 

ドロテアの顔が青ざめ、震えがくる。

ドロテアは苦しげに胸元を押さえるとその場に蹲った。

 

「おのれええええええ!謀ったなスタイリッシュウウウウ!」

 

「こんなこともあるだろうと踏んで、ここに来る前に毒を注射しておいたのよ。まあ私には免疫があるけれど人間であればかならず死に至る劇毒をね」

 

今度はスタイリッシュが勝ち誇った表情で倒れ伏したまま理由を述べる。ドロテアの負けた理由を。

 

「グフッ」

 

ドロテアは盛大に吐血をし絶命した。

今まで血液を吸ってきたドロテアが血液を吹き出し死に至る。皮肉的な死に様であった。

 

「一発逆転…………と言いたかったけどまさかここまで血を吸われるなんて予想外ね」

 

全てを読みきっていたスタイリッシュだったが、読みきれなかったのが、ドロテアが今回のレオーネとの戦いで多量の血液を使用し、普段以上に血液を徴収したという一点のみ。

 しかし、そのただの一点が命取りとなった。

 

「辺りが暗くなってきたわぁ。なんか気持ちいいわね」

 

視界を失いつつもスタイリッシュは天井に向けてからからに干からびた腕を上げる。

そのさまは神に感謝するようにも見える。

勿論科学者らしくスタイリッシュは無神論者ではあるが。

 

「あの子は大丈夫かしら………この私が最後に思うのがこんなこととはお笑い…………ね…」

 

柄にもないと苦笑いを浮かべた後に、力なく腕が崩れ落ちスタイリッシュも絶命した。

 

イェーガーズ 残り五人

ワイルドハント 残り一人

 

 

「あーらら。二人ともおっ死んじまったか」

 

工房に現れた左京亮は二人の死骸を見て呆れたように呟いた。

 しかし、そこには悲しみなどの悲哀の感情は全く表れていない。

むしろ、何か楽しいものを見ているかのように二人の死骸を一瞥すると近場のドロテアを蹴り、歩む先のスタイリッシュの死骸を薙刀の峰で吹き飛ばし、工房の中心に備え付けられたカプセルに近づくと、薙刀の一振りでカプセルを破壊した。

 中からは液体が溢れ、内容物がこぼれ落ちた。

 

「約束通り頂いておくぞ」

 

口許に冷笑を浮かべソレを掴むと用済みとでも言うようにその場を後にした。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「仕事受けてくれてありがとよ。それと生きて帰ってこれたんだな八丁堀」

 

素直に礼を述べた後に政は主水に皮肉めいたことを笑顔で述べた。

ただ、そこには嫌味などないために、主水も嫌な顔せずに受け入れた。

 

「大変だったみたいだな。あの帝国のエスデスとやりあったようじゃないか」

 

「まあな。初めての仕損じだ……噂通りとんでもないやつだった」

 

主水は頭を掻きつつ苦渋に満ちた表情を浮かべる。

未だにエスデスを仕損じたことを後悔しているようにも見えた。

 

「八丁堀が仕損じるとはな。帝国が誇るドSだてじゃないな。だから疲れた顔してるのか」

 

「いや、なんだ……昨夜〈禁則事項〉で少し頑張り過ぎてな。アイツはカカアより体力あって少々盛り上がり過ぎちまった。だが、若いっていいな」

 

「…………」

 

重い話と思っていた所に、想像とは違い斜め上をいく理由に、政は呆気に取られた後に軽くため息をはいた。

 

「八丁堀はかわらないな。それで本題はそれか」

 

政は主水の腰を指差した。

そこには、いつも指していた二本挿しがなく布にくるんだ太刀のみがあるという寂しい状態である。

 

「ああ、エスデスとやり合った時に脇差しを失ってな。おめぇに新しく作ってもらいてぇ」

 

「そうか………」

 

政は難しそうな表情に一転する。

主水としては政ならば一つ返事で了承してくれると考えていたため、政の表情に唖然とする。

 

「前までなら受けたが今は難しい。戦時中ということで元となる金属がおりて来ないんだ。少し前ならそれでも闇市で割高で手に入れることが出来たが。今ではそれさえも手に入らない。規制が厳しくなっててな」

 

「そうか………待てよ、戦場狩りでは手に入らないのか」

 

戦場狩りとは、戦場で死んだ者の鎧や刀を集め売り捌くことである。

 戦時中ということから主水は導き出した考えを出す。

 古来日本でも戦国時代ではよくあったことであることは知られていたからだ。

 

「そちらも規制の対称だ。それに最近は帝国側には死傷者はなく、革命軍側の死者は跡形もなく消されているらしいからな」

 

「そうか……」

 

政の言葉に一抹の不安を感じはするが今はそれは二の次のため、また二人で思案に暮れる。

五里霧中、答えはおそらく見つからないだろうが。

 

「悪かったな政。無理言っちまってよ」

 

「八丁堀!」

 

重い腰を主水が上げた直後、政は主水を呼び止めた。

決意が籠った強い眼差しに主水は一瞬釘付けとなる。

 

「俺が一斉一代のものをコレで作ってやる」

 

「それはおめぇ…………頼んだ」

 

ソレを見た主水は僅かに躊躇するが、政の思いを受け取り一言で答えを返した。

 

 

 

〈ボツになった鬱ルート〉

 

「少し前ならそれでも闇市で割高で手に入れることが出来たが。今ではそれさえも手に入らない。規制が厳しくなっててな。なんでもイェーガーズの規律の鬼と呼ばれてる女が全ての闇商人を片っ端からあの世に送ってると来てる。それで殆どの闇商人はあの世に引っ越ししたからな」

 

「まさか…………セリューか!?」

 

「よく知ってるな八丁堀。たしかそんな名前だ」

 

「!!」

 

 主水の想像を、遥かに超える最悪の事態を耳にしたことにより主水は頭の中が真っ白になり、逆に視界は闇に包まれたように黒く染まっていた。

セリューの闇に沈んだ瞳を見ているかのように。

 

 

バッドエンドまっしぐらのためにボツになりました。

 


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