主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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第112話

 大理石の床に豪華な赤い絨毯がしかれる玉座の間に方膝をつき深々とブドーが頭を垂れていた。

 

「ブドーよ面をあげよ」

「はっ」

 

年若き皇帝の声にやや間を置いてブドーは顔を上げた。

だが、その表情は硬く、質実剛健をそのまま絵にしたようなブドーの剛毅さの欠片もなかった。

 

「どうしたブドーよ。そなたらしくもない」

「ナイトレイドを逃がすといった失態を演じておきながらこの場において陛下の御尊顔を拝すことが大きな罪のように感じ奉りまして……」

 

前回のナイトレイドとの戦いにおいて、ナイトレイドを殲滅することは言わずもがな、一人さえも倒すことが出来ないだけでなく、人質を逃してしまったという失態の責を感じ、ブドーは命をもって謝罪をしようとも覚悟していたのである。

 ブドーの言葉を聞き年若き皇帝は少し困った表情を浮かべ、一度隣に控える大臣のオネストに視線を投げ掛けるどうすればいいのかと。

 その様からも皇帝の大臣オネストに対する絶対的な信頼が垣間見られるばめんであった。

 皇帝のどうすればという視線を受けたオネストは笑顔を浮かべ頷くと、軽く耳元で助言をする。

すると皇帝は勇気付けられたのかオネスト大臣とは対照的な無垢な笑顔を咲かせ振り向きブドーに対し口を開いた。

 

「そなたは親子代々この国に尽くしてくれた忠臣。このようなことで責めはしない。もしもそれでも罪を感じているというならば、我が悩みを解決してくれ」

「ありがたき御言葉……ブドー命に換えても陛下のお悩みを解決いたしましょう」

「うむ」

 

ブドーの頼もしい言葉に皇帝は答えると、大臣のオネストに軽く目配せをする。

分かりましたとオネストは一歩前に出ると経緯の説明を開始した。

 

「ブドー将軍とエスデス将軍がナイトレイドとの一戦に出てからすぐに革命軍が動き出したのです。まだ先行隊で本隊ではありませんが、シスイカンを落とし勢いがつき始めています。将軍にはコロウカンまで出向いてもらい、目障りな先行隊を殲滅してもらいます。本隊が辿り着いたらそちらも排除するようにとの陛下の勅命であります」

「ははっ、承知いたしました」

 

ブドーは深々と頭を垂れ、力強く勅命を承りましたという意を示し、玉座の間を退出した。

ブドーの体からは今回の汚名をなんとしても晴らすといった強い覚悟がオーラとなり溢れ陽炎のように揺らめいていた。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 戦時体勢に入っているためか、普段の静まり返った雰囲気はなく、バタバタと慌ただしい雰囲気が宮殿内に流れる中、ブドーは目に見えるほどの覇気を放ちながら廊下を歩いていた。

 あまりの恐ろしさに遠目でブドーを見たものは道を変え、不運にも擦れ違ったものは覇気に当てられ金縛り状態になったり、泡を吹いて白目を剥いてその場に倒れ混む者がいるほどであった。

 そんな最中であった。

 

「ブドー将軍」

 

先程までの慌ただしさが嘘のようになくなり、人通りもパタリと止まった中でその渦中のブドーに声がかけられたのだ。

 

「貴公は確かワイルドハントの」

 

 ブドーは訝しげに声を掛けてきた者に視線を向ける。

それはまるで射抜くような鋭い視線。

武官であっても心臓を貫かれるほどの恐怖を味わうことになるのは言うまでもない。

 ブドーのワイルドハントに対する認識は最低であり、革命軍との戦いが終わったのちの粛正対象とも考えていたことに加え、一言も言葉を交わしたことがない相手であったとその人物を認識したためにその視線や表情が厳しくなったのだ。

 

「私に何のようだ」

「ブドー将軍が戦地に旅立つために帝都を留守にすると聞きまして、将軍の御懸念を解消するあるものを差し上げようと思いまして」

 

 ブドーの敵対心が籠められた視線を難なく受け流し、あまつさえ笑顔を浮かべると、音もなく優雅な所作で近づくと何かをブドーに差し出した。

 

「なんだこれは。私には必要とも思えないが」

 

 警戒してか注意深く渡された物を観察したのちに、用途が分からなく、また渡してきた者が者なため、不要と断じて握り潰そうとした。

 その刹那、やはりなといった笑みを浮かべると、小声で用途を呟いた。ブドーのみに聞こえるように。

 耳にその言葉が届くと、ブドーはハッとした感じで驚きの表情をしたのちにフッと笑みを浮かべ、握り潰すのをやめ渡された物を懐にしまった。

 

「貴公は信用ならんが、その忠義は認めよう。ありがたく受け取っておこう」

 

ブドーがマントをはためかせ去っていく姿を見送ると、意味ありげに口元を緩めていた。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「どうじゃったアレは渡せたのか?」

「ああ、案の定喜んで受け取ったさ」

 

 工房に現れた左京亮に試すような笑みを浮かべ聞いたドロテアはその答えにそうかと言ったように軽く息を吐いた。

 呆れが交じったような表情を浮かべたドロテアだが、次の瞬間には別の小悪魔の如き何か含みのある笑顔を咲かせる。

 

「妾は明日にでもピクニックに行くつもりじゃがお主も行くか?」

「あの性欲いや今は……食欲女に食わせに行くのか?」

 

左京亮は流し目を奥の厳重にあつらえられた部屋に送る。

 何やら汚いものをみるかのような冷たい視線で。

 

「ああ、コスミナは食えば食うほど強くなるからな。すでに囚人も捕虜も食いつくしてしまってのぉ、帝都近くにまで入り込んでいる奴等を食わせようと思ってな」

「そうか……」

 

 左京亮は僅かに何かを思案するような所作をしたのち、歪んだ笑みを浮かべる。

 

「ああ、ついていくかな。ただ、行き先は俺に決めさせてくれないか」

「ああ、かまわんぞ」

 

ドロテアは左京亮の考えを察して了承した。楽しそうに。

 

「ああ、そうだ。言うのを忘れていたがシュラの奴が死んだってよ」

「そうか」

 

 事の次いでのように簡単に話す左京亮となんの感慨もなさそうにたった一言で面倒くさそうに答えるドロテア。

シュラへの思いが見えてくる一場面であった。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 イェーガーズの詰所に急遽召集されたセリュー、ウェイブ、クロメの三人が集まっていた。

 セリューは

「主水君はどうしたのかな?昨日あのあと会えなかったし」

といった感じで視線を室内に巡らせ。

 ウェイブは昨日の主水に盛られた薬が抜けきらないのか何度も眠そうにあくびをし。

 クロメはそんなウェイブを心配そうに見つめていた。

 三人が三者三様の姿を見せ詰所で待っていると、三回ほど自重気味なノックが鳴ったのち、神妙な顔をしたランが入ってきた。

 その神妙な表情は困惑、戸惑い、悲しみ、疑問など様々な負の感情がない交ぜになったもので、それを見た三人にも嫌な予感がヒシヒシと感じさせられ緊張が走る。

 中でも、主水が居ないことが起因するのかセリューには胸が締め付けられるような嫌な予感に苛まれていた。

 何か今までのものが全て崩れさってしまうのではないかという何処からか沸き上がる底知れない恐怖が重たくのし掛かっていた。

 

「皆さん急な呼び出し申し訳ありません」

「あの、隊長は?」

 

セリューが問い掛ける。

 本当は主水について一番最初に問い掛けたかったが、嫌な予感から聞く勇気が出なかったことと、普段ならば、ランを後ろに引き連れたエスデスが来るはずという考え、そしてイェーガーズのメンバーならばエスデスについて聞くのが当然と解したからだ。

 

「エスデス隊長は昨日の戦いで一命はとりとめたものの重傷を負ったためドクタースタイリッシュに長時間の手術を受け、それから眠り続けています。ドクタースタイリッシュは、その長時間の手術の疲れから今日は休暇を取られています………」

「エスデス隊長が………!!」

「ウソだろ!?」

「そんな………」

 

 三人とも信じられないといった驚愕の表情を表す。

 ランの真剣な顔を見てもそれでも信じられることではなかった。

 今まで嫌というほどその強さを眼前で見せつけられていた三人にとって、エスデスは傷つくことさえない、無敵の存在だと認識させられていたからだ。

 それが戦闘によって傷つく所か、生死をさ迷うほどの大ケガをするとは夢にも思わなかったからだ。

 驚きに支配される中で、セリューがその違和感にいち早く気づく。

 ランが何か躊躇するように言葉を止めたことを………そして、悲しそうな瞳でセリューを一瞥したことに。

 セリューは意を決す。

 このまま戸惑っていても埒があかない、それに自分の頭に浮かぶようなことはあり得ないと自分に言い聞かせて。

 

「もんーーーー」

「いったい誰が隊長をそんな目に!」

 

 セリューのか細い問い掛けにウェイブは気づくことなくランに食って掛かるように問い掛ける。

 ウェイブの瞳には強い怒りが灯っていた。

 

「……………」

「ラン!!」

 

苦悶の表情を浮かべ無言で佇むランにウェイブは強く先を促す。

「分かっているんだろ誰がエスデス隊長をこのようにしたのか」と。

 

(いづれ厳しい現実に直面するのならば……)

 

一度俯いたランは意を決し苦しそうに震える口調で答えた。

 

「中村主水です」

「    」

 

まるで全ての時間が止まったかのような静寂が訪れる。

無音。 

セリューの恐怖により高鳴る鼓動が聞こえそうになるほどの。

僅か数秒間が何時間にも感じるほどの中、ウェイブが混乱を押さえながら立ち上がる。

 

「ランなんて言ったんだ?」

「中村主水がやったと………」

「こんなときに冗談はよせよ!!」

 

ウェイブは青ざめながらも怒気を孕ませランの胸ぐらを掴んだ。

そこには嘘だと言ってくれという微かな願望も含まれていた。

 

「冗談ではありません!」

「ウソ……だろ……」

 

見せたことがないほどの強い口調で辛そうに答えるランと、それを聞いてズルズルと崩れ膝をつくウェイブ。

ウェイブの意を継ぐようにクロメが声を上げる。

 

「主水がそんなに強いはずはない」

「私も信じられませんでした。しかし、それを話すエスデス隊長は本当に嬉しそうに話しており、決して嘘をついているようには思えませんでした」

 

クロメの問にウェイブはありのままに答える。

見た限りそれが真実であると……

 

「私だって信じたくありませんよ………」

 

弱々しく呟かれた言葉はランの本音であったのだろう。

 

「………………………」

 

まるで意識を失ったかのように虚ろな目をして呆然自失となるセリュー。

楽しかった記憶にヒビが、亀裂が入っていく。

全てが偽りだったのではないかと。

 

「ふふふ」

「えっ!?」

 

突如響く笑い声。

 

「ふふふふふ。あははははは………」

 

止めどなく涙を溢しつつ笑い声を轟かすセリュー。

あまりの痛々しさにラン、ウェイブ、クロメは呆気に取られたのち、ラン、ウェイブは顔を歪めて背け、クロメは優しくセリューを抱き締めることしか出来なかった。

 

 歯車は確実に終末に向かって動き出した。

 




次回はナイトレイドに視点が移ります。

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