技量不足を感じます。
嬉々とした笑みを浮かべ疾走してくるエスデスに対し、主水はそのままアレスターを右手一本に持ち構える。
(構えを変えたか。それにあの帝具はたしか………やっかいだな。あれをしておくか)
それまで刀を使っていた主水が帝具のアレスターを使うことにした理由としては二つあった。
一つ目として、先程の戦いの折り主水はエスデスに刀を当てることは出来なかったとはいえ掠めることは出来た。
であれば、アレスターならば掠めただけでも自由を奪うことが出来るので、エスデスの戦闘力を削れ勝負を決することが出来るとの判断であった。
二つ目として、アレスターを操る十手術が関係する。
十手術とは元来相手を無力化するものであり、江戸での捕縛であれば得物として刀が想定されるため、十手術自体が対剣術使用に特化していること、さらには、十手術はこの世界では東方のみに存在するらしく知られてないためエスデスであっても初見ならば対応に苦慮し、優勢になるとの判断である。
「まだまだ楽しませてくれると見えるな中村!」
エスデスが細剣を振りかぶったまま、地の一蹴りで十分にあった間合いを瞬時につめる。
主水もアレスターを斜に構えてエスデスに備えるが。
「フッ」
「ちっ!」
小さな笑い声を残し、先程のお返しとばかりに主水の目の前でエスデスが残像を残して姿を消した。
主水は残像など気にする素振りもなく辺りの気配に神経を研ぎ澄ませる。
刹那、主水は真っ直ぐを見つめたまま空いた左手で脇差しを抜き逆手で持ったまま背後をついた。
主水の背後に姿を現したエスデスの腹を抉る。
しかし、主水はあからさまに顔をしかめた。
手に伝わる感触でしてやられたことを悟ったからだ。
「さすが中村と言いたいところだが、私には一歩及ばなかったな」
背後の貫かれたエスデスが脇差しが刺さっていた部分から亀裂が走り砕けると同時に、上空からエスデスが強襲する。
背後の氷のエスデスを貫きそれが身代わりだと悟ると直ぐに主水はエスデスの強襲があると考え守りを固めるべく行動に移していたため、上空からの一太刀を間一髪でアレスターと脇差しを交差して押さえる。
「!!」
ただエスデスの力は予想を遥かに超えており、さらには重力をプラスされたため重く、主水の足が地面にめり込むほどであった。
さら悪いことに、その威力に耐えきれなくなった脇差しに亀裂が入り、欠片を散らし役目を終えた。
「よく止めたな。だが」
エスデスは細剣でアレスターを押さえたまま地に足をつけると、右足を軸にして左足で回し蹴りを放った。
「がっ!!」
主水をまるで巨大な金槌で脇腹を打つような激痛が走る。
細剣を抑えることで手一杯であった主水は対応しきれず、体を僅かに傾けて当たり所を変えることが精一杯であり、そのまま脇腹を打たれくの字に体を曲げて吹き飛んだ。
「ぐっ」
瞬時に主水は受け身を取り体勢を建て直すとアレスターを地に突き立て吹き飛ぶ勢いを殺す。
(肋骨を一本やられたか……)
その走る痛みから損傷を把握しつつも相手にそれを知らせる訳にはいかない。
故に、主水は痛みから脂汗を流しつつも表情には出さず立ち上がる。
「これで一対一、同点だな中村」
「まるで遊んでいるようだな」
まるでゲームのような口ぶりのエスデスに主水は表情を殺して言葉を発する。
「そうかもしれんな。私にとって戦いとは胸踊る遊びのようなものだ。それにこれほどまでに私が力を出しても相手が壊れなかったのは初めてだからより楽しそうに見えるのだろうな」
エスデスはさらに猛る肉食獣のように目をぎらつかせ、獰猛な笑みを浮かべる。
今まで得ることが出来なかった満足感というものを納得いくまで得たいという欲望から。
(少し守りに入っていたか……)
エスデスとは対照的に主水は冷静に今回の戦いを振り返っていた。
そして見つめ直した上で戦い方を改める。
(エスデスの弱点をつくためにも攻めねぇとな。『振り下ろす太刀の下こそ地獄なれ、ぐんと踏み込め後に極楽』十手の極意だしな)
未だに残る痛みをかなぐり捨て主水はエスデスに向かい強く踏み込んだ
初めて主水から攻勢に出る。
「次はお前から来るか。まだまだ楽しめそうだ」
エスデスは迎え撃つべく周囲に氷柱を精製し細剣を主水に向けると幾多の氷柱が堰を切ったように放たれた。
(軌道は一直線)
主水は瞬時に自分に当たる恐れのあるものだけを見抜き叩き落としていく。
だが、その中で異常な早さの突きが。
主水はアレスターでその突きの軌道を変え反らす。
「見抜いていたか」
氷柱に交え放った細剣による突きを反らされエスデスは感嘆する。
(弱点通りだ)
主水は心中でほくそ笑む。
主水が見出だしたエスデスの唯一の弱点。
エスデスは狩猟民族の生まれのため、幼少時代から自分より遥かに大きい危険種を相手にしてきた。
危険種の中には鎧のように強固な外甲を持つものや、巨大な体躯を持つものが大半である。
故に、その相手を一撃で葬り去るためにエスデスは自分の最大の攻撃を当てるべく一撃を大きく振りかぶる戦い方をしていた。
幼少の癖は抜けることはなく、その危険種用の戦い方がエスデスに染み付いていた。
そして、その後戦場を変えエスデスが将軍に登り詰めるために対人間も多くこなしてきたが、その戦い方であっても負けることはなかった。
それは全てエスデスの生来から備える桁外れの戦闘力に由来する。
斬撃の速度、並外れた動体視力、脊髄反射と見紛うほどの反射神経、動物的な勘、それらがエスデスの唯一の弱点を補ってさらには弱点となることなどなかったのだ。
故にエスデスは対人間など考える必要もなく、幼少に身に付けた対危険種用の戦い方を変える必要もなく、また気づくこともなく使ってきたのだ。
それが何度もエスデスの戦いを見てきて主水が見抜いた唯一の弱点であった。
その弱点を知ったからこそエスデスの挙手を具に捉え読みきり対策していた。
先程の蹴りを受けることになったようなトリッキーな戦い方以外ならば。
「十手術の怖さ見せてやるよ」
主水はアレスターに接している細剣を螺旋を描くように巻き込みはねあげる。
はねあげられた細剣の鋒は中天を射す。
大きく脇腹を曝すような姿になったことにエスデスの表情に驚きが一瞬浮かぶが、それが不適な笑みに変わる。
「面白いしかし、これでは私に攻撃しろと言っているようなものだぞ」
エスデス以外であれば、得物をはねあげられたことにより体勢が崩れ大きな隙を作り出すことになるが、エスデスはその強靭な体幹により体勢が崩れることはなく、上段に構えた形となりそのまま細剣を振り下ろした。
エスデスの細剣が主水の頭上から迫り来る。
主水はその細剣をアレスターを掲げ鉤で受けると手首を返し十手を回転させると同時に、エスデスの手から細剣が落ちた。
エスデスの握力が強くとも梃子の原理により強められた力には叶わない。
「うっ!!」
細剣を、得物を落とすなど経験が無かったことからエスデスに驚愕が浮かびそれが隙となる。
エスデスは危機を回避すべく後退しようと身を翻すが、一手遅く主水が逃がすはずもない。
エスデスの危険種並みの反射神経により浅くはなったが間髪入れずエスデスの両腕を打つ。
一踏みで大きく後退し間合いを作ったエスデスは力なく両腕を垂らすような姿となっていた。