主水(もんど)が突く!   作:寅好き

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テストが先週終わったための更新ですが、前回の宣言とは違い今回も今までに比べると短くなっていることを反省します。


第107話

 上空から吹き込む風が辺りの砂塵を散らしていく。

 徐々に晴れていく砂塵の中に佇む影は、風に煽られるようにはためく黒い同心羽織り、銀色に輝く抜き身の刀、口許を隠すように深くまで巻かれた茶色のマフラーといった様相が見て取れるように。

砂塵の中のその姿が露にされると同時に斬りつけられたエスデスと、守られた形となったアカメの両者に驚きに彩られた表情と呟きがもれた。

「中村………!!」

「主水……!?」

 

◇◆◇◆◇◆

 

「すまないイェーガーズ………接触不良で作動しなかったんだ。俺の失態だ」

あからさまに表情を曇らせ天閉は主水に謝罪した。

ナイトレイドのメンバーを救うために用意しておいた策が失敗したためだ。

 鉄拳が飛んできてもおかしくない状況でありながらそれもないため、天閉は恐る恐る顔を上げると、主水は眉間に皺を寄せ軽く呟いた。

「そろそろ潮時だと思ってたところだしな………セリューももう一人でも大丈夫だろう………」

その呟きがどのような意味を持つのかは天閉にはすぐに察せられた。

そして、そのように主水に決意をさせることになった自分の失態についても。

「ただ心残りはイェーガーズの給料をもらえなくなることか」

冗談めかした発言に天閉は言葉を無くすが、真剣な表情に戻し主水に声をかけた。

「イェーガーズ……」

「天閉、何分で直すことが出来る?」

「あ、ああ、最低でも五分ほしい」

「五分か……」

天閉の答えの五分という言葉を聞き主水は僅かに思案に暮れる表情をしたのちに軽く頷いた。

「分かった五分だな。俺はエスデスを何とかする。ブドーはタツミ達に任せても五分ぐらいなら大丈夫そうだが、アカメはもう長くはもたねぇからな」

「大丈夫なのかイェーガーズ」

「戦闘力はやつの方が上だが殺しでは俺の方が上だ」

主水は無表情で語る。

それには言い難い迫力があった。

「すまないイェーガーズ」

「謝る時間があるなら直せ。あと準備が整ったら合図を送れ。頼んだぞ」

主水はマフラーを口許をまで上げると鋭い目付きに変わりアカメの窮地を救うべく氷の牢獄に向かった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「フフフフ…………ハハハハハハ」

静寂が訪れていた場に高らかなエスデスの笑い声が響く。

突然の事にアカメはたじろくが、主水は動じることもなくその姿を見守る。

「これほど愉快なことが起こるとは予想もしていなかったぞ」

笑いを堪え主水に視線を向けるエスデス。

その瞳には失望や裏切られたといった憤りや恨みといった感情はさらさらなく、ただただ喜びに満ちたりたものであった。

「どういうことだ……」

普段なら問いかけはせず仕事に移るはずだが、最低でも五分は必要だということを念頭に置いているため主水は静かにエスデスに問い掛けた。

少しでも時間を稼ぐために。

「私がお前に初めて会ったときのことをお前は覚えているか?」

「…………」

主水は返事をしないが、あの時のことは鮮明に記憶に残っている。

 最初に会ったのは警備隊の隊舎から出た時、目の前に来ただけで息が詰まるほどの圧迫感を受け、戦いの中でないにも関わらず、今まで戦ってきた相手の中でも屈指の力を感じ取ることになり、背筋に冷や汗が流れるほどのことだったからだ。

「あの時に私の勘が告げたのだ。この男は私と同じ修羅の道を歩いている、私を楽しませることが出来る者だと。ただ、私とは対極に位置する存在ではあるとも。そこで相容れない存在であると理解しつつも私の側に置くことにした。私の逸る心を満たすためにな。それからはお前が知っての通りだ。お前は私を楽しませることは出来たが、満足させることは出来なかった。私の望む姿とはかけ離れたお前を見て一時は私の勘も鈍ったのかと思ったぐらいだ。それが見てみろ、今私の前にいるお前は私が感じ取り求め続けてきた存在だ!これが喜ばずにいられるか!」

エスデスの端正な容姿が喜びに染まっていく。

 戦闘狂のエスデスはその規格外の力のため満足させる戦いを演じることが出来るのはほぼ皆無と言っても過言ではなかった。

戦っても戦っても相手が弱すぎて満足することはなく渇きを感じる一方だった。

そんな中でエスデスは渇望した『自分を熱くしてくれるだけの力を持った存在』を

それが現実に現れたのだ、その前では裏切られたことなど歯牙にもかけることのない些細なことであった。

「さあ中村。お前がナイトレイドだろうが関係ない!私を楽しませろ!」

エスデスの体から迸る殺気は辺りの空間を歪めるほどのもので、一般人であればそれだけで良くても気が狂い、悪ければ自らその恐怖から逃れるために自害するほどのものである。

主水はエスデスに鋭い視線を向けたままマフラーで隠れた口を開く。

「アカメ、エスデスは俺が相手をする。お前は体を休めたのちに、タツミが危なくなったら加勢してやってくれ」

「分かった……」

アカメに対する主水の小さな呟きには了承はしたが、僅かに戸惑いがあった。

 今のエスデスは先程自分が追い詰められた時とは比べるべくもないほどの力を感じさせ、どんなに主水が強いといっても正直主水でも勝てない、このまま戦えば死ぬことになると認識していたからだ。

 しかし、アカメは頷くしかなかった。

主水の口調が有無を言わせぬほど強いものであったのだから。

「行くぞエスデス隊長」

「来い中村!」

主水はゆったりと刀を晴眼に構える。

「!!」

その刹那十分な距離があったはずの間合いが零になっていた。

目の前にエスデスが迫っていたのだ。

「遅いぞ中村」

「ちっ(想像以上に速え)」

予想外の事態ではあったが、唸りを上げて振り下ろされた細剣を今までの戦いの経験に合わせて、エスデスの今までの戦いを脳裏に呼び起こしそこから軌道を予想し、即座に無駄のない足捌きと体捌きで紙一重にてかわし、返す刀で切り上げる。

「かすりもしないぞ……なっ」

主水の刀がエスデスの鼻先を掠め空を切る。

その僅かにエスデスの視線がぶれた直後エスデスの視界から主水の姿が消えていた。

エスデスに返した一太刀はエスデスを攻撃するものではなく、そちらに注意を向けるための目眩ましであった。

「………」

気配を断ち、低い姿勢からエスデスの背後をついた主水は刀を突き出す。

一ミリのズレもなく洗練された一突きがエスデスの心臓を穿つーーーはずだった。

「残念だったな」

予期していたのではないかと思える一言。

背後に現れた氷柱により主水の一突きは押さえられていた。

(予想通りだ)

主水は動じることなく左手で脇差しを抜くとさらに突きだした。

「くっ」

エスデスはけた外れの反応速度で対応するが、脇差しは微かにエスデスの服と腕を斬りつけた。

「いいぞ中村!」

振り向き様にエスデスは細剣を豪快に振りきる。

空間さえも断ちきるほどの勢いを持った一撃は、既に主水がエスデスの次の手と細剣の間合いを把握しているため、バックステップを踏みかわし避けており、空を切るが、細剣から放たれた衝撃波が襲い来るので腰を屈めてかわした。

衝撃波は主水の頭上を過ぎ去り50メートルほど先にたつ氷の氷柱を両断した。

主水は気に止めることもなく、腰を屈めた低い姿勢から即座に地を蹴り前進し、刀の間合いに入り、右手に持った刀で袈裟懸けに斬りつけた。

「フフフ」

エスデスもそれを大きく後方に飛び退き避けきると指を打ち鳴らした。

 一瞬にして空間が冷え込み、主水を取り囲むように円上に360度四方に鋭い氷柱が無数に精製され、エスデスが腕を主水に向けると一斉に放たれた。

(全くズレはねえか……しかたねぇ)

主水は刀と脇差しを鞘にしまうと前進しつつ黄金の輝きを放つアレスターを抜き前方180度から迫る氷柱を薙ぎ払い、前進したためにその時間差で後方180度から迫り来た氷柱を薙ぎ払った。

刀で切るとそのまま破片が体を傷つけることがあるため全てを叩き落とすことにしたのだ。

 主水の周囲を粉々に砕け散った氷柱がキラキラと輝き舞い、全ての氷柱を破壊したことを物語っていた。

 それだけの戦いを演じた二人だが共に息をきらしてすらいなかった。

「さすが中村最高の気分だ。私に傷をつけるだけでなく全ての攻撃をかわしきるとは。これだこういう胸が熱くなる戦いを望んでいたんだ!」

エスデスは喜色満面といった表情を顔に出し声を上げた。

 今まで傷を負うことすらなく戦いを終わらせてきたエスデスにとっては、僅かな傷であってもさらに熱くさせるには十分なものであった。

(まだ精々一分って所か……とんでもなく長え五分になりそうだな)

主水は軽く溜め息を吐く。

もはや時間稼ぎではなく本気で殺しにいっているが、傷をつけることしか出来ず、ましてエスデスは喜んでいるのだ。

 ただ、不安要素だけでもなかった。

エスデスの戦いを何れ敵になることを想定し観察してきたために、その欠点を見抜き優勢に進めることができたのは唯一の収穫であった。

「さあもっと私を熱くさせろ中村!!」

口許に笑みを浮かべたエスデスが息をつく間もなく、地面を抉れるほどに蹴り主水に肉薄していた。

 

 

 

 


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