その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

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第七話:行雲流水を行く

 

 

 その日は酷い天気だった。

 空一面に広がる灰色の雲は大量の雨を地上へと、まんべんなく矢のように射ちつける。このところ干ばつに悩まされていた村人たちは大いなる自然の恵みに感謝しつつ、傷んだ屋根の雨漏りを心配し、妖怪たちは森や洞窟内で雨をやり過ごしているだろう。そんな悪天候の『上』を、白い翼が飛んでいたことに気がつけた者はいなかった。

 

 

「ずいぶんと厚い雲ね、博麗神社が見えないわよ」

 

 

 分厚い雲海を見下ろしながら、刑香は雲の上を飛んでいた。

 眼下を覆い尽くす黒雲は地上の景色を完全に遮断している。それでも純白の鴉天狗は青空を真っ直ぐに進む。地上は激しい雨だろうが、雲の上はある程度は快適だ。視界を遮る雨粒も、気の滅入る黒雲もここまでは届かない。刑香の白い翼に晩秋の優しげな日差しが降り注いでいた。いい天気だ。

 

 今、刑香は紫からの手紙で博麗神社へと呼び出されていた。何でも大切な話があるらしい。スキマではなく、わざわざ刑香を呼び寄せるあたり、他者に聞かれてはまずい話なのか、それとも無理難題を押し付ける下準備なのかはわからない。どちらにしても厄介な内容なのは間違いないだろう。

 

 

「っと、この辺よね?」

 

 

 鴉天狗としての直感を信じ、博麗神社とおぼしき所へと刑香は降下することを決めた。このまま雨雲を突き破れば、ずぶ濡れになってしまう。さすがに脆弱な自分でもその程度で風邪をひくことはないと信じたいが念のために風を操り、雨を弾きながら降下する。避けきれなかった雨粒が髪と頬を濡らすのを、鬱陶しく思いながら真っ暗な地上へと高度を下げていく。

 雲間を抜けた上空から見下ろすと、薄暗い中に神社の鳥居が見えた。どうやら降りるタイミングに問題はなかったらしい。そのまま纏った風で雨を弾きながら神社へと飛ぶ。

 

 

「…………ん、誰かいるわね」

 

 

 だんだんと近づいてくる鳥居。その側に人影がいるのに刑香は気づいた。八雲紫ではない。

 そして、その者は自分とは別の方法、恐らくは何らかの妖術を使用しているのだろう。そこだけ風が凪ぎ、一切の雨粒がよけていく様子は異様だ。ただ佇んでいるだけで放たれる圧倒的な存在感。その者の外見は青い法師服にナイトキャップ、そして背後には黄金の毛並み。

 今まさに水浸しにされつつある境内に、刑香は降り立った。一本歯下駄がパシャリ、と水たまりを散らす。目の前には、黄金に輝く九本の尻尾を持つ妖怪。

 

 

「久しぶりね、藍」

「よく来てくれたな、白桃橋」

 

 

 スキマ妖怪、八雲紫の右腕にして最強の式神。伝説中の伝説として語り継がれる『九尾の妖狐』の大妖怪。八雲藍がそこで待っていた。

 

 

 

 

 幻想郷の要の一つである博麗神社。

 巫女の治療のために定期的に訪問しているため、この神社にも馴染んだものだと思いながら刑香は藍から出されたお茶を啜る。患者である巫女は奥の部屋で眠っているが、その寝息は弱弱しい。刑香の見立てでは、彼女の時間はもう一週間と残されていない。その短い時間を彼女には、せめて穏やかに過ごして欲しい。それが巫女の親友である八雲紫の願いであることを刑香は理解している。

 だからこそ異変の早期解決のために「天狗組織を説得しに行く」と無茶なことを言っていた紫を刑香は止めなかった。八雲紫なら何とかしてしまうのではないかという淡い期待もあったからだ。しかしながら、やはり天狗からの答えは刑香の想像通りだったらしい。

 藍が知らせてくれた昨日の会合の結果に、刑香はため息をついた。それはかつての同僚たちへの失望ではなく、八雲紫でも駄目だったという事実への落胆だけだ。天狗の組織がどういうものかは、嫌というほど知っているのだから。

 

 

「………やっぱり失敗したのね。もしかして紫なら、って期待してたんだけど」

「紫様と言えど不可能なことはある。まして相手は誇り高くも狡猾な天狗たちなのだから、儘ならないこともあるさ」

「狡猾って、私も一応天狗なんだけど? …………似たようなやり取りを昨日、霊夢とした気がするわ」

「ふふ、ずいぶん霊夢と仲良くしてくれているようで助かっている。私はどうも幼子に優しくすることが不慣れでな、橙にも悲しい思いをさせていないか不安で………おっと、これは無駄な話だったな。それでは紫様からのお言葉を伝えよう」

 

 

 八雲藍。刑香との付き合いは八雲紫と比べれば短いものの、その生真面目な性格は刑香と相性が悪くない。刑香にとってはいちいち何かを企んでくる紫よりは話しやすい相手だ。故に刑香は特に構えることもなく、出されたお茶を啜っていた。藍が刑香の『能力』についての話を切り出すまでは。

 

 

「会合の際に目撃した天魔殿以外の大天狗たちの姿が異様なものであった、と紫様が仰られていた。その原因はお前の『能力』絡みで間違いないか?」

「………その通りだけど、それがどうしたの?」

「昨日、紫様は一つの疑問を持たれた。以前、お前は『当代巫女の寿命は一年程度しか延ばせない』と言ったな。しかし、一年という期間は能力の限界ではなく、お前自身が何らかの制限を設けているだけではないのか?」

「…………っ!?」

 

 

 びくり、と肩を震わせて刑香が動きを止める。

 隠しきれない動揺に夏空の碧眼が揺れた、その様子を眺めていた藍は確信する。刑香が能力を全開で使用すれば、当代巫女の寿命を今以上に延ばすことは可能だということだ。そのまま藍は話を続ける。

 

 

「ならば話は早い、当代巫女の寿命を更に延長して欲しい。もう少し時間があれば、紫様と私で紅い館を攻略する下準備が「断る」…………そうか、やはりな」

 

 

 それは比較的に温厚な性格をしている刑香から、初めて放たれた完全なる拒絶だった。予想はしていたとはいえ、中々に強い口調だ。後悔と怒り、様々な感情が今の刑香に渦巻いていることを藍は感じ取る。外では激しい風雨が神社の壁に叩きつけられ、縁側が軋んだ音を立てていた。まるで今の刑香の心を表すように。

 

 

「これ以上は絶対にオススメしない。巫女を『人間』として死なせてあげたいのなら、止めておいた方がいいわ。私の『死を遠ざける程度の能力』は、そんなに都合の良い力じゃないんだから」

「………全て理解した。これ以上は無粋だな、話題を変えよう。もう一つお前に頼まなければならないことがあるんだ」

 

 

 藍の目には、今の刑香が怯えているように見えた。

 大天狗たちの様子はまるで『生ける屍』のようだった、と主人からは聞いている。『生』に執着してしまった哀れな姿、そこに彼ら本来の妖怪としての格は無くなっていた。やがて迎えるはずだった『死』を否定され、ただ木偶のように生きる余白の生涯。生き恥を晒し続け、死の安らぎさえも程遠い。それは如何ほどの苦しみであろう。

 刑香はその事態を招いたことに罪の意識を感じているのかもしれない。そして、それは刑香が故郷を追放されたことと無関係ではないのだろう。刑香とそれなりに親しい者として、藍にも興味はある。

 しかしこれ以上は自分が踏み込むべき領域ではない、と藍は気持ちを切り替える。ここからが本題なのだ。

 

 

「私と紫様は今夜、紅い館へと攻め込む。しかし正直なところ戦力が足りていない。もう一つの頼みとは他でもない。白桃橋、お前の鴉天狗としての力を貸して欲しい」

「…………そっちもお断りするわ。あんた達のことは嫌いじゃないし困っているなら協力したいけど、あの屋敷に関わるのはいくらなんでも危険が多すぎる」

 

 

 刑香の口から出てきた言葉はまた拒絶だった。

 刑香は、一度だけ紅い屋敷へ偵察に行ったことがある。そして、あの屋敷から立ち昇る妖気があまりにも大きいことをすでに把握している。恐らくは西方世界の上位に君臨していた者たちがあの館の支配者なのだろう。つまり連中と戦うには、この異変に関わるには、刑香の場合は命を懸ける必要があるのだ。紫や藍のような大妖怪でない刑香は命くらい懸けなければ、あの屋敷の連中とは勝負にすらならない。

 

 もしこれが数百年の友である射命丸文と姫海棠はたてからの頼みであったなら、刑香は喜んで引き受けたはずだ。しかし紫や藍たちとはいくら親しくなったとはいえ、たかが一年程度の付き合いだ。それは刑香が命を懸けるには、とても足りないのだ。軽々しく命を懸けるような選択はできない。申し訳なさそうに答える刑香に対して、藍は「結論を急ぐな」と話を続ける。

 

 

「異変の首謀者と戦って欲しい、というわけではない。お前に任せたいのは私たちと共に屋敷の前まで行くことと、門番の妖怪を足止めすることだけだ」

「あれ、私に頼みたいのはそれだけなの?」

 

 

 拍子抜けした様子の刑香。無理もない、てっきり激戦に巻き込まれると思っていたところへ投下された依頼は「門番の足止め」のみ。その門番の妖怪も只者ではないのだろうが、倒さなくても良いのなら刑香は少なくとも負けはしない。刑香の『能力』はそういった戦いには極めて有効だ。命まで懸ける必要はないかもしれない、それならば話は別だ。

 

 

「紫様には異変の首謀者、つまり屋敷の主を下していただく。それが『幻想郷の守護者』としての責務だ。しかしその間、他の妖怪を私一人で受け持つのでは、万が一があるかもしれない。その可能性を無くしたいのだ」

「あんたが負けるような相手なら、幻想郷にいる大半の生物は木っ端微塵になると思うけどね。…………わかった、それなら引き受けてもいい」

「む、いいのか?」

 

 

 あっさりと協力を了承した刑香に、藍がその黄金の瞳を少しだけ見開いた。刑香はちゃぶ台に置いてある急須へと白い手を伸ばす。そして苦笑しながら、自分と藍の湯飲みへと残っていたお茶を注いだ。

 

 

「どうせ私の首を縦に振らせる交渉材料があるんでしょ? なら私が譲歩できる内容になった以上は長引かせるだけ無駄じゃない。確かにあんた達との付き合いは長くないけど、交渉事で私が勝てる相手じゃないってことくらい理解しているわ。だったら、あんたが私を脅す段階になる前に了承しておいた方がいいでしょ。お互いのためにも」

「そうか、ありがとう白桃橋」

 

 

 刑香の言葉を聞いて、藍は心から微笑んだ。『九尾の妖狐』などという伝説級の妖怪でありながら一人の妖怪の元に仕える変わり者。暖かな笑みを浮かべた藍を見て刑香が照れくさそうに顔を背ける。どうも真っ直ぐにお礼を述べられるのは慣れない。仕切り直すように藍へと話の続きを促すことにする。

 

 

「それで私は具体的に何をすればいいの?」

「紫様のスキマはあの屋敷内には繋げない。おまけに夜しか屋敷内には入れないように結界が張られているようだ。敵の思惑に乗るのは癪ではあるが、夜に畳み掛ける。一番最初に遭遇するであろう門番の相手をお前に頼みたい」

「そいつを足止めするのが私の役目か」

「足止めだけで構わないが、もしその妖怪を倒せたなら私たちの加勢に駆けつけてくれてもいい。敵の領域でお前だけが孤立するよりはマシだろう。ただし負けることだけは許されんぞ」

「鬼でも出ない限りは問題ないわ。萃香様が出て来たら逃げるけどね」

 

 

 どうやら求められることはそこまで大きくないようだった。要するに門番をしている妖怪相手に時間稼ぎをしていればいい。その間に紫と藍が異変の首謀者を潰す、それで終わりだ。

 

 

「………死ぬなよ、霊夢が悲しむ」

「それはあんたも同じでしょ………ってあんたは死なないか。でも、あんたにも何かあれば霊夢と橙が泣くわよ。気を付けなさい。ああ、それにね」

 

 

 武器である錫杖を掴んで刑香は立ち上がった。夏空の瞳が挑戦的に、黄金の瞳へと映り込む。

 

 

「―――例え誰であっても、私を死なせるのは骨が折れると思うけど?」

「全くもって、その通りだな」

 

 

 二匹の妖怪は不敵な笑みを浮かべる。

 時間制限付きであるが、生き残ることに関して刑香の『能力』は極めて強力無比だ。それを身を持って知っている藍は素直に刑香に同意した。そして刑香も藍の強さを知っている、この大妖怪が遅れを取る敵など幻想郷の内にも外にもそうそういるはずがないと。元々は紫によって引き合わされた二人。おまけに気まぐれに練習試合をやらされたりしたわけだが、全てはこの時のために八雲紫が仕組んだのではないかと思えてくる。

 

 

「とりあえず夜まで時間があるし、哨戒飛行にでも行って来るわ」

「ああ、気をつけてな」

 

 

 風雨を無視して刑香は縁側へと歩み出る。そのまま翼を広げ、一面に立ち込める真っ白な靄(もや)の中へと、刑香は溶けるように飛び去っていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 同じ頃、レミリアは今日も今日で大図書館にいた。

 別にこの場所がお気に入り、というわけではない。友人兼話し相手であるパチュリーがなかなか図書館の外には出ないために仕方なく、自分が直々に出向いている、それだけだ。

 カツン、とレミリアは盤上にて駒を進める。それにパチュリーが顔をしかめた。

 

 

「相変わらず大胆な攻め方ね。そのくせ蜘蛛の巣みたいに、見え難くて厄介な罠を張ってくるから始末に負えないわ」

「くくく、我らの頭脳たる魔女殿ならばこの程度の窮地は余裕だろう?」

「ボードゲームの類いでレミィに勝てる存在は紅魔館にいないわよ………まったく、異変を起こしているのは私たちなのに、ずいぶんお気楽なものじゃない」

 

 

 レミリアは大図書館の一角でパチュリーとチェスに興じていた。本棚から広がる古いインクの匂いと少し埃っぽい空気がレミリアの鼻をくすぐる。それは決して不快ではない、むしろ落ち着く雰囲気があった。

 チェスの内容自体はレミリアが優勢、パチュリーは少なからず劣勢だった。元よりこの屋敷でレミリアにチェスで勝てる実力の持ち主はいない。いや一人だけ可能性を持つ者はいるのだが、その者は諸事情によって地下室に幽閉されている。

 とりあえずキングの駒を避難させて、チェックメイトを逃れるパチュリー。レミリアは愉快そうにその様子を眺めながら、敵陣へと駒の兵隊を進軍させていく。討ち取った駒を手中で弄りながら、レミリアは口を開いた。

 

 

「幻想郷は百年ばかりの平穏に慣れきっていた。それ自体に罪はない、平穏とは何よりも尊いものだから。………でも、その先が駄目だった。賢者たちは牙を抜かれた妖怪たちの弱体化や、人間と同レベルで管理された妖怪たちの不満から目を背け続けていたのだから、ね」

「あ、私のビショップが…………なるほど、レミィは幻想郷に積もり積もった不満という名前の導火線に火を付けたわけね」

 

 

 元々、現状への不満はかなり妖怪たちに蓄積していたのだろう。少し刺激しただけで彼らは内部での抗争を引き起こした。それはあまりにも脆い平穏だった。レミリアがそういった『運命』に干渉したのは事実だが、牙を抜かれていたはずの妖怪たちは想像を超えて暴れまわっている。それを煽動しているのが紅魔館、そろそろ賢者たちもレミリアたちへ何らかの対策を打ち出す頃だろう。

 

 

「今夜辺り、かしらね」

「どうしたのレミィ、あなたの番よ?」

「ん、ちょっと待って」

 

 

 レミリアは曇ったガラス窓へと視線を移す。

 シトシト、と降り続く雨は夕暮れ時には上がるだろう。雨雲が消えた後、空へと広がるのは真っ赤な満月の光のみ。それがレミリアには愉快で堪らない。その舞台は月光を力に変える吸血鬼にとっての、まさに独壇場だ。自分たちは最高の条件の下で、来訪者たちは最悪の状況で刃を交えることとなる。

 

 

「パチェ、今夜辺りに侵入者どもが来るわ。これまで私たちに挑んできた雑魚とは格の違う連中がね」

「連中からすれば、私たちこそが幻想郷への侵入者なのだと思うけど、まあ今更よね。そこそこの侵入者が来るなら美鈴にも知らせておいてあげないと、あとは屋敷の防衛システムを起動させておくわ」

「………もう一つ、やって欲しいことがあるの」

 

 

 そう言うとレミリアは一度も動かしていなかった、自軍のクイーンの駒に手をかけた。前後左右斜めの列、極めて広範囲のマスへと移動できる、チェスにおいて最強の駒。レミリアはクイーンを指先で掴み上げ、パチュリーに見せつけるようにして告げる。

 

 

「地下室の結界を解除する準備をしておきなさい。今回は『あの娘』を外に出してあげることにするわ」

 

 

 パチュリーは紅茶のカップを傾けていた手を、ピタリと止める。その顔に浮かんでいたのは僅かな驚愕と戸惑いだった。レミリアのクイーンにより自身がチェックメイトに追い込まれたことに対して、ではない。悔しいがレミリアとのチェスで負けることに慣れてしまった現状において、今更思いがけないチェックメイトに驚きはしない。

 チェスの内容ではなく満月の夜に『あの娘』を外に出す、というレミリアの発言に耳を疑ったのだ。

 

 

「………正気なの? 満月の夜に私たちは幾度となくあの娘に、あなたの妹に殺されかけたのよ。普段の彼女ならともかく、満月の下でのフランが正気を保っていられるわけがない。そんなことをすれば、紅魔館が内部から瓦解するわ」

「大丈夫よ、いつも通り全ては私に任せなさい。それにフランを完全に自由にさせるつもりはない。制限は付けるし、最後に結界を解除する判断は私が行うわ」

「…………はぁ、何を言っても無駄なようね。結局のところ、レミィは方針の全てを決めてから私に話を持ってくる。だから私が意見できることは少ないのよね。本当に厄介な吸血鬼様だこと」

「ふふん、それでも私の判断に誤りがあったことはないでしょう?」

 

 

 はいはい、とパチュリーは仕方なく頷いた。

 しかしながら、レミリアの計画が大筋で狂ったことはあまりない。ならば任せても大丈夫だろうという信頼が彼女にはある。とりあえずパチュリーは門番として頑張っているであろう美鈴に、連絡を入れようと通信魔法の準備を始めた。その際にチェス盤を片付けて本棚の端へと彼女にしてはそれを少しだけ乱暴に押し込む。記念すべき二十連敗には流石の冷静沈着なパチュリーも一欠片くらいはイライラしていたようだ。

 

 そんな負けず嫌いな親友を視界の隅に置きながら、レミリアは夕暮れの光が差し込んできた窓際を見つめていた。予定通りに雨は上がり雲は晴れた。やがて夜の帳は降り、月の光が満ちるだろう。それは吸血鬼の時間だ。

 

 

「今夜はとっても楽しい夜になりそうね」

 

 

 窓から外を伺うレミリアの紅い目には、遥か上空からこの屋敷を偵察している翼を持った妖怪が映っていた。

 

 

 ーーーさあ、来るがいい。幻想郷の守護者ども、私の手元にあるのはキング、クイーン、ビショップにナイト。残念ながら未だにルークはいない、しかしお前たちと遊ぶには十分だろう?

 

 

 レミリアは欠けた手札にて宣言した。

 やがて訪れる戦いの始まりを。

 

 

 

 




タイトル変更しました(8/11)。
旧タイトル『吸血鬼異変~幻想に生きる者たち~』

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