その鴉天狗は白かった   作:ドスみかん

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活動報告にて予告させていただいた通りに、番外編を投稿します。
こちらのお話は『東方project~人生楽じゃなし~』を連載中である、ほり吉様から戴いた原案に自分が改訂を加えたものです。
とある事情により、幻想郷の『外』の世界へと飛ばされた東方キャラクターたちが奮闘する物語である『東方project~人生楽じゃなし~』。そこにもし、白い鴉天狗がいたらどうなっていたのか、というお話です。


注意事項を三点ほど。
①本編ストーリーとは関わりがありません。
②登場人物の性格(刑香含め)において『その鴉天狗は白かった』とは微妙な違いがあるかもしれません。
③舞台は幻想郷ではなく、現代です。そのような内容及び雰囲気が苦手な方はご注意ください。

尚、今回は三話構成となります。前編、中編、後編を二日に一回程度にて更新を予定しております。
寛大な心で目を通していただけると幸いです。



『番外編②』
番外編その4~秋風のエピソード~


 

 とあるスーパーマーケットの中で、少女は迷っていた。

 道を間違えたわけではない、何を買うべきなのかに迷っているのだ。彼女の周りを片手に買い物かごを持った年配の女性が通り過ぎる、その際に興味深そうに少女を見つめていた。それを少女は青い瞳で見て、すぐに視線を戻す。こういう扱いには慣れているのだ。

 

 

 ーーさかなさかなさかなー、よりもにくぅぅ

 

 

 天井に付けられたスピーカーから奇妙な音楽が流れていた。白い少女はそれを聞いて首を傾げる、相変わらず『外の世界』は意味が分からない。ちょうど彼女の横が魚コーナーだったが、買う気が起きない。いや、あの歌詞で魚を買いたくなる者がいるのだろうか。

 

 食品コーナーを眺めながら、かつかつとブーツを鳴らす。手に持った空っぽの買い物カゴを揺らして、足取りは軽やかに、ただし表情は不機嫌そうに少女は歩いていた。

 

 白い半袖のカットソーから見えるのは華奢そうな腕。ゆったりしていてシンプルなデザインだったが、胸元のささやかなフリルが少し可愛らしい。下は細い身体にピッタリと張り付いた深い藍のデニム。そして茶色のブーツが似合っている。

 

 

 ーーあらら、綺麗な子ね。

 ーーちょっと変わってるけど。

 ーーきっと外人さんよ。

 

 

 ひたすらに白い少女。透き通るようなその色は、すれ違う人々の眼を一瞬だけでも奪っていく。同じ妖怪ならともかく、そこいらの人間と比べるには少女はあまりにも異質に過ぎた。これは幻想郷の他の出身者にも言えることである。

 そんなことは気にも止めず、白桃橋刑香はきょろきょろと何かを探していた。周りの視線には気づいているが意識していても仕方がない、そう諦めている。

 

 

「さて、何を買っていこうかな。アイツはこのごろ碌なものを食べてないみたいだし、それなりのモノを作ってやらないと……」

 

 

 誰に言うでもなく呟く刑香。彼女がここに来た理由は今夜の飲み会のための買い出しだった。

 自分も含めて友人達は酒豪であり、天狗とはそういう妖怪なのだ。だから定期的に飲み会をして情報交換を行ったり、この世界に来てからの不満をぶつけ合ったりしている。そのためには、どんな種類のお酒を選ぶのかが重要になるわけだが、今の刑香が悩んでいることはそれではない。お酒のお供に何を持っていこうかと迷っているのだ。

 

 どうしてか人の影のないウインナーの試食コーナーを抜けて、お菓子の並ぶ陳列棚を物色する。

 そこには「サキイカ」や「ピーナッツ」などが置かれていた。お酒の当てにもなりそうなコレらは大人が食べることも多いらしい。使えるかもしれないと立ち止まり、一つ手に取った。

 

 それは「甘ェ栗」というふざけたパッケージに入った栗である。幻想郷とは違い、外の世界では栗をわざわざ蒸す必要がなく、そもそも皮をむく必要もない。ありふれた商品だが、感覚が千年以上も前で止まっている刑香は珍しいと感じていた。

 

 

「ふむ、これは楽でいいかもね。別に大した労力ってわけじゃないけど、初めから加工されているならありがたいわ。あっちのはどうかしら?」

 

 

 栗を持ったまま、ひょいと別の商品を手に取る。それは小さな棒の入ったパック、芋ケンピだった。砂糖などを使ったお菓子だが、幻想郷では砂糖の量産が難しい為のであまり見られない品である。

 その二つを見比べつつ、少し眉をしかめる。どうにも地味なお菓子を取るあたりは堅実な性格ゆえかもしれない。はたてならハバネロのチップスを、文ならチョコレートクッキーあたりを選ぶだろう。刑香は小さくため息を吐いて両方を棚へと戻した。

 

 

「何か違うわね。別に問題はないかもしれないけど、こういう出来合いを買うのは気に入らないわ。手を抜いてるみたいだし、それに……」

 

 

 それに気になるのは友人である射命丸文。

 この頃、あの少女はまともな食事をしていない。この間は一枚のトーストを分割して、弁当用とおやつ用などと言いながら食べていた。「悩みがあるなら相談に乗るけど?」と心の底から尋ねたくなった。どうせ原因は金欠なのだろうし、自分もおいそれと貸せるほどにお金の余裕はない。それに刑香から文は受け取らないに決まっている。

 

 

「だったらいっそ…………。うん、それがいいかもね」

 

 

 トーストを思いだしてピンときた。ここの物がしっくりこないなら自分で料理しまえばいい。そう結論付けて踵を返す。

 

 まず向かったのは調味料のコーナー。そこからオリーブオイルを手に取って、買い物かごに放り込む。それからバターを見つけて同じようにカゴに入れていく。もちろんこれだけでは足りない。

 次に向かったのは野菜コーナーだった。そこで手に入れたのはパセリ、玉ねぎそしてニンニク。だんだんと手にかかったカゴが重さを増していく、カートを持ってくれば良かったかもしれない。

 それでも天狗の意地を見せて別の場所へと脚を向ける。まだまだ買う物があるのだ。

 

 

「おつりとレシートのお返しです、お確かめください」

「ん、ありがと」

 

 

 一杯になった買い物かごを会計に回す。そこにはビールやチューハイ、その他にも清酒の缶や先ほど入れた料理の材料などが入っていた。そして、かごから飛び出ている食材が一つある。硬そうな皮をした小麦色のパンだった。

 

 それはフランスパン、彼女の作るお酒の肴のメインになる材料なのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 刑香の住んでいる場所はマンションの一室である。元々が山小屋のような場所で住んでいたことを思えば、随分と生活水準は上がったように思える。ここに行きつくまでは苦労がそれなりにあったが、悪くない苦労だったと思う。ちなみにルームシェアをしていて、相方はまだ戻ってきていない。

 

 部屋にはベッドと簡素な作りの机が一つずつ、そしてタンスが置かれただけだ。装飾と言えばタンスの上に敷かれたハンカチ、その上に乗った古ぼけたカメラが一つくらい。必要なものしか置かれていない居住空間、それは幻想郷で生きていた頃と変わらない。

 

 

「よっと、このままだと料理するのに邪魔だからね」

 

 

 机の上に置いていた黒いヘアゴムを取って、口にくわえる。そのまま両手を後ろにまわして髪を束ねてからヘアゴムで纏めてしまう。それは短いポニーテールだった。そして余った髪を左右に分けてから、刑香は机の引き出しを開けた。

 入っていたのは『今日の料理』という色あせた料理本。中古を買ってきたので少しばかりオンボロだった。それをバラパラとめくる。

 

 

「こっちに来て読書量が増えたような気がするけど、料理本とかの本が多い気がするわ。別にいいんだけど、天狗としては何だか複雑よね。…………霊夢か魔理沙に何か作ってあげようかしら」

 

 

 

 そんなことを呟いて台所へ向かう。

 使った後はそれなりに整理するので、キッチンの台は良く片付いていた。そこまで調理スペースは広くないが、磨かれたステンレスの表面はきらきらと照明を反射している。

 

 置かれているのは、ぎっしりと物の詰まったビニール袋。その中からお酒を出して冷蔵庫に入れていく。先に退けておかないと、このままでは料理の邪魔になる。ビニール袋を片付けてから黒いエプロンを身につけた。

 

 

「よし、始めましょうか」

 

 

 手を洗って取り出したのはまな板と包丁。それにボールなどの道具。全てピカピカである、まさか中古品や百円均一でそろえたとは思われないだろう。特に包丁は昔使っていた妖刀に比べればナマクラもいいところであるが、半日かけて磨き抜いた。どうにか使えるナマクラになったので悪くないと刑香は思っていた。

 

 まず刃の餌食になったのはフランスパン。粉を出しながらも、鮮やかな手並みで分断していく。そして切り分けた一部にオイルを塗って、その上にパセリを載せる。それからオーブントースターに入れた。

 

 火を起こさなくとも熱を使った調理ができるとは、本当に便利な世の中である。これは殆どの幻想郷の住民たちが思ったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「っ、どんな野菜よ、これは」

 

 

 玉ねぎの皮むきは何度やっても涙が出てくる。絶対に他人がいる場所では料理できそうにない。まさか天狗ともあろう自分が野菜に泣かされるとは思ってもみなかった。流し台に敷いた新聞紙の上に皮を落としていくのに惹かれて、涙も零れ落ちていく。こんな姿は誰にも見せられそうもない。

 

 これが終われば次はみじん切り。

 球体のモノを切るのは中々難しい。まな板の上で小気味よい音を立て、半分にされた玉ねぎがコロンと転がった。そのうちの片方を脇に置き、もう片方に手際よく切れ込みを入れていく。こうしておけば簡単に切れる、このあたりの調理法は他の野菜と大差はない。

 

 トトトッと包丁を動かし、端から微塵にしていく。みずみずしい音が響き、玉ねぎは透明な欠片へと変えられていく。それは鮮やかな手並みであった、しかし刑香はーー。

 

 

「…………う、なんでこんなに、眼にしみ、るのよ……バカ」

 

 

 そろそろ本気で泣いていた。どうやら空色の瞳は雨模様のようで、ぽろぽろと小雨がまな板に降り注ぐ。

 玉ねぎは幻想郷が隔離された後、外の世界で本格的に広まった野菜である。なので幻想郷では珍しく、人里に出入りしている刑香でも料理したことはない。ネギなら扱うが、残念なことに種類が違う。実のところ涙を抑える方法はあるのだが、さすがに刑香が知る由もない。

 

 そのままニンニクもみじん切りにしてしまう。まな板に玉ねぎとニンニクのかけらが並んだとき、ようやく刑香は濡れたタオルで顔を拭き取った。こういうことは一気に済ませた方がいいのだ。

 

 

「後はバターと一緒にフライパンに入れて、焦がさない程度の火力でじっくりと炒めればいいわ」

 

 

 フライパンで良い音を立てる食材たち。それを見守りながらフライパンを動かしていく刑香。なんとなくつま先でトントンと拍子を取ってみたり、片手で髪を触ってみたりする。正直にいえば手持無沙汰だった、今回作る料理はそう難しい物ではないのだ。

 

 そうして出来上がったのはバターでとろりとした元野菜たち、これはメインというわけではない。少し冷やしてからタッパーに入れていると「チーン」と何かが鳴る音が聞こえた。

 

 

「っと、焼き上がったみたいね。タイミングも悪くないわ」

 

 

 オーブントースターのタイマーが「0」になっているのを確認する。ガチャリと開けた先、熱々の空気が満たされた中には小さく切り分けられたフランスパン。小麦色から少しだけ濃くなった皮が香ばしい匂いを放っていた。

 

 それらをパンを皿に乗せていくと香ばしい匂いがしていた。しかしまだ食べる段階ではない。ここから冷やして水分を蒸発させる必要があるのだ。あとは時間の流れに任せておけばいいだろう。

 下準備はここまでだ、なので刑香はエプロンを脱いで部屋に持っていく。しばらくして戻ってきた手には一冊の文庫本があった。

 

 

「さてと、借りた本でも読もうかな。貸し出しカードを作るのには苦労したけど、タダで本が借りられるとは素晴らしいわね。…………どこぞの貸本屋が潰れるんじゃないかしら?」

 

 

 ブックカバーがされているので表紙はわからない。しかし分厚い表紙からして、あまり楽しく読むものではなさそうだ。実際のところ何となく選んだ本である。白い少女はリビングのソファーに腰かけて、それをぱらぱらとめくり始めた。

 

 静かな時間が過ぎていく。

 誰もいない香り立つ部屋の中で本を読み進める。単に作った物を冷やすための時間なので、そう長い間ではないだろう。それでも心安らぐ穏やかな時がそこにある、刑香はこういう時間が好きだった。

 

 そんな短い休息の後、ぱたんと本を閉じる。そのまま皿の上で放置していたパンへと近づいて手に取った。随分と硬くなった感触がある。かじってみると外側はカリカリで口の中に入った中身はふかふかしている、このままでも美味しい。

 

 

「うん、これなら大丈夫そう。物珍しいだけの舶来品と思っていたけど、パンもなかなか美味しいものね」

 

 

 そしてスプーンでパンに何かを付けていく。オリーブオイルで良い色に焼けたフランスパンに塗るのは、ガーリックを中心としたペーストだった。さっき泣かされた玉ねぎとニンニクを炒めて作ったモノだ。刑香はそれを塗り終わると、小麦色のパンを口に持っていく。

 

 さくっ、小気味よい音がした。

 

 

「うん。まあ多分、私にしては上出来じゃないかしら?」

 

 

 それを味わってから飲み込んだ後、ぺろりと舌で指を舐め取る。少しだけ満足げにしているのに言葉は素直ではない。こうして刑香お手製の『ガーリック・トースト』は出来上がった。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 準備が終わったのは、月の微笑む夜が広がる時間帯になっていた。飲み会の場所ははたての家ということらしい、しばらくすれば文も仕事から帰って合流するだろう。そんなことを考えながら刑香は駐輪場へと脚を向ける。

 手に持っているのはバスケット。もちろん先程作った料理が入っている。友人たちの評価が気になるところだが、悪くはならないはずだと思う。

 

 空は電気を落としたように暗く、秋草の隙間からは虫の声が聞こえてくる。幻想郷ほどではないが現代でも秋の虫たちは涼やかな鳴き声で夜を彩っていた。わずかな間だけ立ち止まって耳を澄ました、キンモクセイの香りを乗せた夜風が顔を撫でる。

 

 

「…………やっぱり秋はいいものね。過ぎ去った夏と近づく冬の気配、物寂しい風が吹くのに命が溢れてる。こうしているだけで、気持ちいい」

 

 

 空を見上げると秋風が空色の瞳を靡かせ、白い髪をゆらゆらと揺らす。雲間から降り注ぐ月光は、全ての生き物たちに微笑みかけているように見えた。来るべき冬への残酷さを滲ませながら。

 

 あまりにも空へと気を取られていたので、段差に足が引っかかった。つんのめって「わっ」と声を上げる。転びはしなかったが、ばっと刑香は周りを見回した。幸いにして誰もいない。バツの悪そうな顔をしながら、ほっと胸をなでおろす。空を飛んでいれば、こんなことにはならなかった。その事実を恨めしく思う。

 そう今の自分には翼がないのだ。

 

 

「……早く行かないとね。あいつらも待ってるだろうから、急ごうかしら」

 

 

 誰に言っているのか独り言を呟きつつ、駐輪場に置いてあった自分の原動機付き自転車にまたがった。ヘルメットをしっかりとかぶって、バックを座席の下に滑り込ませる。そうしてマンションから一台の原付が夜道に繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそうだね、刑香?」

 

 

 そんな光景をただ見ていたのは、月光が作り出すマンションの影に隠れていた少女が一人。しー、と指を唇に当てて微笑んだ少女はサードアイを揺らして闇に溶けていった。

 

 

 

 


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